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歴史・文化(中東) 1

世界史リブレット57
「歴史意識の芽生えと歴史記述の始まり」
山川出版社
蔀 勇造 著 

   歴史意識の芽生えと歴史記述の始まり (世界史リブレット)


歴史を形に残そうという行為はいつ頃から行われるようになったのか、また、どのように記録され受け継がれてきたのか。メソポタミア、エジプト、ギリシャ、イスラエル、中国における歴史観の誕生とその特徴を説明する。

 主にメソポタミアの年代記をとりあげて、歴史記述のはじまりと移り変わりについて説明されています。更にオリエント文明の流れをくむイスラエルの歴史観について、またオリエントとは別に独立して成立した歴史観の例としてギリシャと中国をとりあげています。(あと、独特の時間意識を持つ文明としてインドについても少しだけ触れられています)

 王の名とともに「○○があった年」という形で書かれた各年の記録が、簡略化され、のちには王の名のリストに変化していく過程の説明。その編纂の仕方(王ごとに区切るか、一貫して記載するか)、記述の特徴によって著者の意図や権力についての考え方を窺うことができる、というところが面白かったです。旧約聖書の史書については、機会があったら他の本も読んでみたいと思いました。

 このシリーズは、どのテーマも要点をコンパクトにまとめてあるので、調べ物のとっかかりによく読ませてもらっています。ただ、T期(全56巻)に比べてU期はテーマがピンポイントのものが多いようなので、読む順番に気をつけないと、幹より先に枝葉に注目することになりそうでした。いや、順番に読めばいいのでしょうけれど……。
(2006.8.20)


「これならわかる 
パレスチナとイスラエルの歴史Q&A」
大月書店
野口宏 著 

   これならわかるパレスチナとイスラエルの歴史Q&A


共存への道は開かれるのか? パレスチナやユダヤの地理・生活・宗教・歴史から、イスラエル建国後の紛争を国際法に則って解決しようとする国連等の試みをイスラエルの立場に立って妨害するアメリカの政策等について解説する。

第1章 パレスチナとイスラエル 
第2章 旧約聖書と古代ユダヤの歴史
第3章 ユダヤ教とユダヤ人
第4章 キリスト教の成立とパレスチナ 
第5章 イスラム教の成立と中東世界のイスラム化 
第6章 中世ヨーロッパのユダヤ人迫害
第7章 ユダヤ人と近代ヨーロッパ世界 
第8章 シオニズム運動の始まり
第9章 パレスチナとパレスチナ人
第10章 第一次世界大戦とバルフォア宣言 
第11章 ナチスのユダヤ人迫害と第二次世界大戦
第12章 第二次世界大戦の終結とイスラエルの独立
第13章 イスラエルによるパレスチナの全面占領
第14章 パレスチナ独立運動とPLO
第15章 エジプト・サダト大統領と中東和平 
第16章 第一次インティファーダの発生
第17章 暫定自治協定の成立と第二次インティファーダ
第18章 アメリカとイスラエル 
第19章 パレスチナは今 
第20章 パレスチナ問題



 1章から7章まではユダヤ人の歴史、後半は現在の紛争の起源であるシオニズム運動や帝国主義について、またイスラエルをめぐって行われている国際社会の駆け引きなどについて。
 ごく基本的な疑問「ユダヤ人はなぜパレスチナの土地を自分たちの土地と主張するのですか?」から、ユダヤ人迫害の歴史、イスラエル建国の経緯、アラブ世界の内争、パレスチナ問題に関する国連決議まで――今のパレスチナとイスラエルの悲劇的な対立について、Q&A形式でざっくり解説されてます
(2005年出版の本なので、その時点まで)

 この問題を概観したかったのと、既に知っていることを整理したかったので、その点はほぼ満足なのですが。文章の端々に著者のパレスチナびいきが滲み出ているように思えて、どうも腑に落ちない本でした。

 私もイスラエル建国の経緯、現在のイスラエルの外交姿勢は非難されるべきと思ってます。でも、それを土台に書かれているように感じられて、フェアではない気がする。
 前半のイスラエルの歴史は、事実と伝承が混じっていたとしても、それを思い込みと捉えるような視点はどうなんだろう。当事者にとって「歴史」であるならそう扱うべきだし、その上でパレスチナ側の抱く「歴史」観を解説すればよいのに、そこがすっぽり抜けているので物足りないです。
 また、イスラエル建国については。ユダヤ・マネーが効いていたのは確かだけど、欧米の宗教観も無関係ではないし。それに、おもにイギリスの三枚舌外交によって中東が混乱したことを考えれば、ある意味イスラエルだって翻弄されたのだと思う。

 あまり背景を広くとらえすぎると、「入門編」である本の意図がぼやけてしまうのだろうな、とは思うのですが。
 でも、視点の置き方が入門編にしても(だからこそ?)問題ありでは、と感じました。
(2011.1.5)


「イスラームの「英雄」サラディン」 講談社選書メチエ
佐藤次高 著

   イスラームの「英雄」 サラディン――十字軍と戦った男 (講談社学術文庫)


イスラーム世界を統一するという野望を抱き、聖地エルサレムを十字軍の手から取り戻した人物、今なお英雄として人々の心に生き続けるサラディン。イスラーム世界、キリスト教世界双方において「高潔な英雄」とされたサラディンであるが、彼は当時の社会状況の中で何を考え、行動していたのか。伝説と事実とを区別した上で「人間としてのサラディン像」を捉えようとした伝記。

 私の読む本は放っておくとキリスト教圏視点に偏るので、反省してイスラーム世界側のものも読もうと手にしました。大昔に、一番手っ取り早いと思われたので「コーラン」を読んだのですが、何が何だかわからなくなって途中挫折したので(←それはそうだろう)、人間にピントを合わせた本を選びました。

 そして、感想。とてもわかりやすく、しかも面白かったです。
 したたかとも思える行動で生き延びてきた一族と、その中に育ったサラディン。ヌール・アッディーンのもとで経験を積み、やがて叔父の跡を継いで豊かなエジプトを支配するようになる。権力基盤となるエジプト支配の体制をつくりあげたのち、さまざまな思惑を持つアミールたちを束ねての十字軍との戦争、エルサレムを異教徒の手から取り戻す様子……。年代を追って書かれるエピソードにはサラディンの粘り強さ、用心深さが感じられます。
 また、当時のイスラーム社会の習慣、政治、騎士のあり方などについて、ヨーロッパとの違いに触れながら説明されていて面白かったです。

 イスラーム世界の中の複雑さがまだよくわからないのですが(宗派、政治体制など)、キリスト教世界の影の薄さに驚きました。他の本の中で読んだ「この時代、進んだイスラーム世界が遅れたキリスト教世界から得るものはなかった」という言葉がふと思い出されました。あちら側(キリスト教世界)との温度差のようなものが、うっすらと感じられて面白かったです。他の本も読んでみようと思います。

 また、著者の方が見た現地についての記述がはさまれている点がよかったです。サラディンが少年時代をすごしたというダマスクスの風景の美しさは印象的。その土地を思い描く、さらにそこを歩いた当時の人々の気持ちを想像するきっかけになりました。
(2007.4.22)

中東大混迷を解く 
サイクス=ピコ協定 百年の呪縛」
新潮選書
池内恵 著 

  【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)


百年前、英・仏・露によって結ばれた秘密協定。それは本当に諸悪の根源なのか。いまや中東の地は、ヨーロッパへ世界へと難民、テロを拡散する「蓋のないパンドラの箱」と化している。列強によって無理やり引かれた国境線こそが、その混乱を運命づけたとする説が今日では主流だ。しかし、中東の歴史と現実、複雑な国家間の関係を深く知らなければ、決して正解には至れない。

第1章 サイクス=ピコ協定とは何だったのか
第2章 露土戦争と東方問題の時代
第3章 クルドの夢はなるか?
第4章 再び難民の世紀へ 
第5章 アラビアのロレンスと現代


 中東に馴染みがなくて、入門書も楽しくな〜い、昨今のニュースを見てもどこから齧ったらいいかわからな〜い……文字通り歯が立たないので、気持ちにひっかかった「サイクス=ピコ協定」に望みをかけて読んでみました。

 オスマン帝国崩壊後のアラブ世界には、三つの協定
(サイクス=ピコ協定、セーブル条約、ローザンヌ条約)によって、ひとまずの安定がもたらされた。しかし、民族、宗教(宗派)、地政学的な問題は内在したままで、それが表面化してきたのが現在の状況、ということらしい。
 かつて、多様な民族が入り混じっていた地域――いわば、ある種のグローバル社会だった中東に国境、国家という概念が持ち込まれて、そこからあふれたものが今の中東問題の種となったともいえる。まるで現代よりも一回り先取りして、さらに今は逆行しているようにも見えるのが不思議。

 面白かったのは、『サイクス=ピコ協定が諸悪の根源、というわけではない』という著者の主張。私も「こういう欧米押しつけの決め事が事態をややこしくする」と考えていたので、少し意外でした。
 さまざまな民族が住む地域を、それにあわせて国境線をひくことは現実には難しい。また、域外の国が決めた国境線と国家も問題解決にはならなかった。『〜が悪い』と後知恵で語ることに意味はないし、未来の役にもたたないということがよくわかりました。

 もうひとつ興味をひかれたのは、歴史上でトルコとロシアがこれほど繰り返し対立してきたということ。

 ロシアが東西・南へ伸張し、トルコがボスフォラス海峡、ダーダネルス海峡を握る限り、二国間の火種は消えてなくなることはない。
 また、トルコはヨーロッパ世界とアラブ世界のはざまに立っているわけで。トルコってまったく因果な場所にある(?)のですね。

 ヨーロッパ側から見ると、トルコはアラブ世界が侵入してくるのをふせぐ壁であり、いまはISとの戦いの同盟者でもある。それでいながら、トルコとの信頼関係を結べないというのは、西欧文化側の問題なんだろうか。ヨーロッパにとって「強いトルコは困る。しかし、弱いトルコも困る」というのはなかなか勝手な言い分ですね。
 また、この「壁」は、アラブ世界からはどのように見えるんだろうか。防壁、障害……それともそもそも壁とは見えないのだろうか――それがちょっと気になりました。

 そして、ロシアに「周辺への膨張」癖のようなものがあるのなら、トルコ周辺やヨーロッパだけでなく、太平洋側にもトラブルの種はつねに内在するということなんですよね。海へ出たいのはわかりますよ。でも、そのうち(喜ぶことではないけれど)北極海の氷が解けるよ、凍土が解けたら資源がどっさり採れますよ、と言っても、歴史に繰り返し刻まれた思考の流れからは、そう簡単に逃れられないのかもしれない。

 脱線しすぎましたが、今世紀も難民の世紀になる、という見通しは重苦しい思いがします。
 国境、国家でくくりきれないものが世界中のあちこちであふれだす。こうやって、全体を俯瞰する目も必要だろうし、それと同時に苦難の中にある他人のことを思う気持もますます必要になるのでしょう。この言葉にはどきりとしました。


 難民とは存在する政治的な問題の「症状」として現れるものである。…(中略)…残酷なのは、難民が被る多大な喪失と引き換えに、全体としては事態は「解決」に向かうということである。
(2017.1.4)

 

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