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Epilogue 〜後奏〜 |
楽の音は絶え、いつしか詩人の物語は終わっていた。 蝋燭のゆれる炎だけが、静かな宴の間に夜の更けたことを告げていた。 その時、宴の上座の人々がざわめいた。見れば、中央に座る王妃の頬に流れ伝うものがある。 「その詩人を捕らえよ!」 王は顔をしかめて立ち上がり、傍の者たちに手を振った。 「王妃を慰めるための宴で、そのような話で涙を流させるとは何事……」 「何故、知っているのですか」 しかし、王妃の問いに誰もその場を動くことができなかった。 あふれる涙をぬぐうことも忘れて、王妃は重ね尋ねた。 「わたくしとエリドしか知らないはずのあの花を、何故そなたは知っているのですか?」 「王妃さま。ご覧の通り、私は旅の詩人です」 詩人は静かに頭を垂れた。 「尊い身分の方がお召し下さることも、そして、誰も知らない思い出をお聞かせいただく夜もございます。あるお方はこう仰った。……愚か者の話をしよう、と」 民の歓呼の中を新王は歩みゆく。 金と花の二重の冠を戴いて、その肩は払うことも忘れた花におおわれていた。 国王の証と民衆の祝福。 長いこと願ってきたものを手に入れて、それなのに王の心は重かった。いや、本当に願ってきたのは何だったのかと幾度も自身に問うていた。 彼がその名を呼んだ王女は、もうここにはいない。彼が異国の王へと嫁がせたからだ。双子の王子たちも、まもなくこの地を後にする。諍いの種を残しておくつもりはないからだ。 では、何故? 花冠が彼に思い出させたのは、いつか見た光景だった。 少女の小さな手とまっすぐな瞳。 あの幼い手には銀より花がふさわしかったのだ。だが、かつての少年はそれに気づくことはできなかった。 あの日、差し出された心は真摯なものだったのに、彼はそれを踏みつけにした。 王冠を戴き、最初にしたこと。それは王女を遠い国へと追いやることだった。それは政略のため、そして何よりその瞳を見ていたくなかったからだ――。 わき返る祝福の歌の中、不意に王は空を仰ぎ見た。 その頬を幾筋も涙が伝い、とまらなかった。彼は自身の手で胸の奥庭の少女を去らせた。 「……何よりも愛していたものを私は手放したのだ、と。そう語って下さいました」 詩人は王妃を見つめ、 「さて、この後の話は存じません。ただ、話して下さったお方は私めを気にいって……」 そう言うと、懐から小さな笛を取り出した。 「物語とともに、これをお与え下さいました。受け取られることのない思いの証は、さまよい歩く詩人が持つにふさわしいと仰ったのです」 月は天から地へと降りていく。詩人は銀の歌口に唇をあてた。 笛は儚い恋の物語を歌う。 それを失って涙した愚かな王の物語を。 そうして流されたという涙が何より痛みをやわらげた、と王妃が答えたのかどうか。 笛に心打たれた王妃は、詩人に花冠をお授けになったという。 |
おわり |
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