真冬の光  第二部 早雪の底 1章-3 真冬の光 目次 2章-1
 
第二部 早雪の底
一章 早雪の底 - 4

 
 峰降ろしの風の中、セディムはヤペルと連れ立って食料庫へ向かった。
 吹き上げられた雪片が中空できらきらと光っている。手で風をつかめそうな気さえする。セディムはつい足早になり、後からくるヤペルをせかした。
 途中、二人は幾人もの村人とすれ違った。雪嵐の間に家々で干して束ねた食料を収めにやってきたのだ。皆、口々に若長に話しかけては嬉しそうに頭を下げた。
「セディム様、ようやく陽が出ましたな」
「手足がのばせるのは有難いことで」
 最初は一人ずつに立ち止まって返事をしていたセディムも、やがて首を傾げた。
「どうして、皆あんなに仰々しくするんだ?」
 以前は親しく声をかけて肩を叩いてくれた者が、今は一歩離れて頭を下げる。長への敬意といえば確かにそうなのだが――。
「父上にだって、もっとあっさりした挨拶しかしなかったのに」
「それは、もちろん嬉しいからですよ」
 ヤペルは目を細めた。
「皆にとって息子であり兄弟でもある方が長となれば、こう……晴れがましい気分にもなろうというもの」
 そこへ、ちょうどまた一人村人が通りかかった。彼はセディムを見るなり笑顔で一礼して、軽い足取りで去っていった。セディムは複雑な表情で見送った。
(みんな何か勘違いしているのではないか。要は経験ゆたかな長から若造に替わったということなのに)
 しかし、そう考えたとたんに気がついた。勘違いしているのは自分の方だ。立場にふさわしい者にならなければいけないのはこちらだ。
 長たる力がない――往こうとする父の前でそう口走ったことをセディムは恥じていた。事実とはいえ軽はずみだし、それを短慮とたしなめてくれる父がいなくなったことが殊更に堪えた。
 悶々としながら食料庫に足を踏み入れたセディムは息をのんだ。
「――ヤペル。これで全部なのか?」
 城臣は厳しい面持ちで頷いた。
 壁際にはヒラ麦の袋が積まれ、天井からは干肉がぶら下げられていた。並べられた籠には山で摘まれた野草や綿穂、草の実が入っている。
 だが、麦袋の数は見るからに少なかった。例年の冬の七割にも満たない。肉の量は狩に出ていたセディム自身がよく知っている。葡萄の粒が情けないほど小さいのは干したせいだけではないし、そうしてみると根菜の細いのが目についた。
「父上が最後に刈り取りを命じた畑があったじゃないか。あの分は?」
「それも含まれとります」
 では、本当にこれで全部なのか、というセディムの言葉はのどの奥で消えてしまった。
 この冬最初の嵐は激しかった。冬支度は各家で進められていたせいで、いったいレンディアにどれだけの食料があるのか、今日まではっきりと把握されていなかった。
 セディムは拳を握りしめた。
「――わかった。無いものは無いんだ。これでやっていく方法を考えよう」
「足りないのは食料だけではありません。暖をとるためのタパレも、粗朶も限られとります」
「明かりをともす獣脂も、だ。やっぱり、村の全員を城に集めよう」
 セディムは食料の山を示した。
「今年は普通じゃない。収穫が少ないのも獲物がないのも、雪が早いことも。用心にこしたことはない」
 ヤペルは何か言いかけたが、それをのんで頷いた。
「承知しました。あとは狩に出た連中頼み、ですな」
 これ以上、麦の袋を見ていても気が滅入るばかり、それなら自分にできることを探しに行こうとしていたセディムは、この言葉に足をとめた。
「狩? 雪鳩狩に出たのか?」
「はい。ギリスと他数人で出かけました」
「そんなことは聞いてない」
 セディムはむっとした。
「知っていれば、一緒に出たのに。何故、言わなかったんだ?」
「そう仰るだろうと思いましたのでな」
 その言葉にセディムの表情が険しくなった。
「何故、いけない? これも長の仕事ではないというわけか」
 かたわらの麦袋を拳を叩いた。だが、袋はたよりない音をたててへこむばかりで憂さ晴らしにはならなかった。セディムはヤペルを睨めつけた。
「長とは倉庫番のことだったのか」
「番、ではありませんぞ」
 ヤペルはたしなめた。
「把握して、先行きを考えて下さい。でなけりゃ、雪でも掻いてもらった方が村のためになりますからな」
「その方がいい」
「狩で獲物が得られればよいが、無ければその先どうなります」
「そんなことは、長がどこに居ようと変わらないだろう。城に居ようが狩場に居ようが――」
「では、何故あなたが行かれるのか? 目録を読んで下さるようにお願いした、その理由はお分かりにならんのか?」
「自分が行くべきかどうかは自分で決める!」
 二人は正面から睨みあった。だが。
「――そうですな」
 ヤペルはため息まじりに答えた。
「セディム様がもう幼い子供ではないことを忘れておりました。これだから年寄りはいかん」
 こう言われて、セディムの腹立ちは行き場を失くしてしまった。
 ここは城臣の方が一枚上手だった。セディムはもとより道理を示されれば納得がいく性質だし、幼い頃から親しんだヤペルに謝られるとどうにも居心地が悪いのだ。
 口論しても何にもならないとわかっている。願うことは同じ、春までレンディアが生きのびることだけなのだ。
「わかった」
 セディムはためらいながら言った。
「狩はできるだけ他の者に任せるようにする。それでいいか?」
 ヤペルはうなづいた。
「この冬をいかに乗り切るか、一緒にお考えいただけるなら、わしら城臣も心強い。雪鳩狩の連中が戻るのを待ちましょう」
 しかし、セディムは見るからに不満を飲み込んでいる様子だ。ヤペルはその肩を叩いて、辛抱強く諭した。
「何にせよ、すべては天から来るものです」
「……」
 セディムは窓の外、崖の上にせり出した雪の庇をながめた。しかし、ハールが特別の計らいごとを抱いている時はそういうものだが、人の目には天からの徴はさっぱり見えてこなかった。
(春まで……雪が融けるまで、どうやって生き延びるか)
「少しでも獲物があるといいな」
 思わずこぼれたセディムのつぶやきに、城臣も外を見やった。
 しかし、彼らの願いはむなしいものになった。夕刻になって帰ってきた狩人たちの鞍脇は空のままだった。






 

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