真冬の光  第三部 護り願うもの 2章-3
真冬の光 目次 3章-1
 
第三部 護り願うもの
二章 護り願うもの - 4

 
 城の中では、思いつくかぎりの工夫がつぎつぎに凝らされるようになった。
 使わない部屋の扉は長の言葉通りにはずされ、薪になった。石積みの間からしみこむ寒さをふせごうと、窓や壁の前には綴れ織やら古い敷物が吊るされた。これには意外な効果もあった。手の込んだ花や動物の柄は見るものの気持ちを引き立ててくれた。
 狩人たちは傷んで使わなくなった弓を差し出し、炉の焚きつけにした。分身のように大切に扱ってきたものを燃やすのは、誰も気乗りはしなかったが、男たちは何も言わなかった。長年、脂を摺りこんで使ってきた弓はどれもよく燃えた。
 慌ただしい日々の中。子供らの様子がどうも妙だ――そう気づいたのは、やはり女たちだった。
 何かといっては姿が見えなくなる。一番年長のライナがいないと思えば、次には年下のアルトと順繰りにいなくなる。最初は、麦粉挽きや牛の世話といった仕事はきちんとしているから心配することもないだろうと気にもとめなかった。
 しかしある朝、罠を調べに出た狩人らがアルトを連れて帰ってくると事が大きくなった。
 外へ出るのはいい。問題は誰にも何も言わずに出て行ったことだ。アルト、そして知っていて止めなかったらしいライナと二人の子が親と城臣の前に並ばされた。
「何故、黙って出て行った?」
「何をしていたのだ?」
 いつもは温厚なモルードの渋面に子供たちは縮みあがった。だが、誰も口を開かなかった。
「嘘をつくと天の庭から追いだされるぞ」
「ついてません」
 アルトは真面目くさって答えた。確かに何も言ってはいない、と吹き出しそうになったギリスの脇腹をヤペルはこっそり突ついた。
 一方、モルードも顔には出さなかったが内心仰天していた。普段は聞き分けのいいライナまでが頑固に口を噤んだからだ。さらに、唇を引き結んでいた年下の子がようやく口を開き、みんなで使って欲しいと言って背負い籠の中を見せると、大人たちは顔を見合わせた。中に入っていたのは――乾いたイバ牛の糞、タパレだった。

 その午後のこと。長の間にいたセディムと城臣たちのもとに珍しい姿があらわれた。スレイだった。
 この秋に初狩を許され、長に直接頼みごとをできる立場となった若者はまっすぐにセディムの前に歩み寄った。
「お願いがあります。ライナたちの手伝いをさせて下さい」
 緊張と気負いではちきれそうになっているスレイはいきなり話を切り出した。子供たちを叱ったモルードが横から言い添えた。
「手伝いとは何だ。子供らは何をしとるのだ」
 結局、子供たちは最後まで大人の質問に答えなかった。タパレをどこから持ってきたのか。何故、それを隠すのか――。しかし、スレイは首を振った。
「言いませんよ、絶対に」
「言えないようなことをしたのか?」
「いや、そうじゃなくて。あれはアルトたちが夏にイバ牛を追いながら集めたものです。こんな冬だから役立てて欲しい、とライナが言い出したんです」
「ああ、ライナが……」
 あの子らしい、とヤペルはうなづいた。
「だが、ライナらしくもない軽率だ」
「黙って外へ出るべきではないことはわかってます。だから、俺かディンが手助けすれば済む。そうすれば、城の皆の役に立てます」
「いったい、お前は何を言いたいのだ」
 もう一言、小言を並べようとしたヤペルを、セディムが手をあげてとどめた。
「スレイ。ライナが喋らない理由を知っているのか?」
 スレイはまっすぐにセディムの目を見た。
「――ヒタキの岩場を覚えてますか?」
 セディムは軽く目を瞠った。
「ヒタキの岩場?」
「長?」
 城臣たちは若者二人を見守った。しかし、セディムは覚えているともいないとも言わなかった。腕組みしながら少し考え、それから幼馴染に向かって頷いた。
「――わかった。スレイ、ライナたちを手伝ってやってくれ」
 若者はさっと立ち上がった。
「ありがとうございます」
 そう言い終るか終らないうちにスレイは立ち上がって、飛ぶように出て行ってしまった。
「何か心当たりがおありで?」
 スレイが去ったあと、モルードは気になる風にセディムに尋ねた。自ら子供たちを問い質したので、やはり理由を知りたくてならないのだ。しかし、セディムは目でうなづいたものの、少し考えてから答えを濁した。
「ほら、歌があるだろう。ヒタキ 飛べ 飛べ、天に露を置け――」
「ああ」
 虹を紡いで地に戻れ、とモルードは歌の続きを引き取った。
 古くから伝わるこの歌は、ハールと人との係わりを表していた。祈りと、それに対する応えは、時に他人には見えないひそやかな形でとり結ばれる。珍しい鳥の羽やほんの偶然の出来事といった、祈った者にだけわかる印をハールは寄越すのだ。そんな時には、人々は祈った事柄を他人には明かさず、尋ねることもしない。
「――だから、ライナは言わないんだ」
「なるほど。ハールとの約束とあれば、無理に聞くわけにもいきませんな」
 モルードはため息をついて引き下がった。
 城臣たちが去ると、セディムは腕を組みながら壁掛けに寄りかかり、幼い頃のことを思い出した。
(あんなことを、ライナはよく覚えてたものだな)
 それは数年前、セディムが初狩を許される前の最後の夏だった。
 レンディアの子供たちは、炉辺で聞き馴染んだ伝承のごっこ遊びが好きだった。たいていレンディアの建国とそこに至るまでの人々の旅の物語で、牛を追いながら粗朶を集めながら、別世界に入り込んでしまう。
 その日も子供たちはアレイオスとその臣下になりきって、雨風を凌げる場所を教えて欲しいと天に願った。その時、一羽のヒタキがすぐそばに降りてきたのだ。
 アレイオスが人々を山へ導く物語は、天からヒタキが舞い降りて、食べ物のある場所を教えてめでたく終いとなる。その言い伝えそのものの事が起きて、子供たちは驚いた。
 若鳥は人を怖れる様子もなかった。子供らのすぐそばで木の実をついばみ、そして去った。ヒタキが降りた岩陰は広く暖かで、まさに長旅に疲れた人々の憩いの家にふさわしかった。セディムたちはそこに木の実を集めたり、粗朶を運びこんだりした。
 子供の思い込みと言われればそれまでだ。しかし、求めて、示された――だから、そこは特別な場所だ。誰いうとなく、大人には明かしてはいけない秘密になったのだった。
 それを知っていたのはセディムとスレイ、ディン、そしてライナだけだった。その秋にセディムは狩に加わることを許されて、子供だった日々を忘れていった。しかし、ライナたちはその後もあの岩陰で遊んでいたに違いない。
(あれは、本当にハールからの何かのしるしだったんだろうか)
 セディムはひとり炉を見つめながら考え込んだ。
 あの頃、自分は舞い降りたヒタキを天の応えと信じて疑わなかった。子どもの日々の他愛ない祈りは応えを得られないことも多かったが、だからといって悲しんだ覚えはない。
 真冬に日差しを待ち望むように、いつも祈っていた。
 今よりも天と地は近く、ハールの力は鮮やかに世界を覆っているように思えた。むしろ、長という立場に立ってからの方が天は遠くなってしまったようだ。
 セディムは物憂い気持ちを振り払おうと、身を起こし背筋をのばした。
(でも、はっきりしていることがある)
 ハールへの篤い信頼と敬いの心はレンディアに根を下ろしている。それは自分たちで気づいている以上の力を持っているのだ。






 

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