10 Novel 12
春を待つ城 11

 その晩、城は久しぶりの宴で遅くまで賑わった。
 杯を傾け大声で笑い興じる者、子供たちをぐるり周りに座らせて心躍るような物語を披露する者。女たちは笛の音に足取りも軽く料理を運んだり、歌の輪に加わったりした。
 その広間の中でも特に目をひく一群がいた。
 春の使者、エフタの長の息子ティールとセディムの座った一画だ。
 客人であるティールは晴れ着に身を包み、茶色い髪も丁寧に結び直してこざっぱりとしている。迎える側のセディムも、しまいこんで滅多に出さない長の衣に袖を通していた。
 二人は年も近い、まるで兄弟か従兄弟のようにして育った。この数年顔を合わせてはいなかったが、会ったとたん互いに肩を抱いた。
 どちらかといえば恥ずかしがりな性質のティールも、なつかしい姿を見て嬉しさを隠さなかった。
「父上はお元気でおられるか?」
 セディムはティールの杯をこぼれそうになるまで満たした。
 ティールは礼を失すまいと一気に飲み干そうとしたが、大ぶりの杯は底なしかと思われた。仕方なく途中であきらめて啜るように口をつけた。
「エフタは変わりありません。村も畑も、従兄上が前に来られた時のそのままです」
 セディムは久しぶりに会う幼馴染がどうやら酒は苦手らしいと気づいて、おとなしく酒壺を置いた。
「私が父に連れられて行ったのが最後だから、もうずいぶん前のことだ。妹君もお変わりないか」
「はい。父の悩み事といえばそれでしょう。少しは女らしくしろと、毎日のように叱っています」
「それは可哀相だろう」
 セディムは驚いて杯を持つ手をとめた。「まだ小さいのに女らしくも何もない」
「小さいと言っても十三ですよ」
 セディムの口がぱっくり開いた。
「そんなばかな」
 今度はティールが声を上げて笑った。
「十三ですよ。いくつだと思ったんです?」
「私が会ったのは多分二歳やそこらで」
「いつの話ですか」
「いや、よく考えればそうなんだが」
 セディムはようやく気を取り直した。「まあ、歩いてはいるだろうな、としか思わなかった」
 それを聞くと二人は顔を見合わせて笑った。
 幼馴染との話に珍しく声を上げて笑うセディムを、ヤペルは炙り肉を取りながら見ていた。
 エフタの継嗣と並んで見ると、セディムは普段より大人びて見えた。先の長が亡くなった折は、背ばかり育った、まだ子供だった。今のティールよりも若かったのだから、奇妙な感じがするものだ。ティールはセディムよりも三つ年下なのだが、こうして並んだ二人はもっと年が離れているように見えた。
 傍らでもう真っ赤になったトゥルクにそう話すと、めでたいことだ、とよく回らぬ舌で答えが返ってきた。
「セディム様も父上そっくりになってこられた。りっぱな長になられたということだろうよ」
 ヤペルがエフタの未来の長へ挨拶がわりに、と酒壺を持っていくと、セディムはそれをやんわりと止めて代わりに問いかけた。
「そういえば、ナーチャとシスカの姿が見えないが、どうしたんだ? あの二人が宴に顔を出さないなんて。どこかでまたやらかしてるんじゃないのか」
「いや、もうやらかしまして」
 ヤペルは苦い顔でうなった。
「まあ、籠を貸したの鍋を借りたのというようないつもの口喧嘩ですが。今日のは周りに子供もいるのに大人げないことでしたのでね。今頃は二人で仲良く牛小屋の掃除ですわ」
「相変わらずだ」
 セディムはティールに目配せして見せた。
 この二人が泥だらけで遊んでいた年から、ナーチャとシスカは文句を言い合っている。別に仲が悪いわけではなく、毎日の習慣のようなものだ。周囲も慣れてはいるが、さすがのヤペルも今日はうんざりした、というところだろう。
「頃合を見て酒を持って行ってやれ」
 セディムはそう言ってヤペルに酒壺と料理の皿を押しつけた。
「さっさと済ませて顔を出せと言うんだ。せっかくの春の宴にけちがついていけない」
 甘い、セディム様は甘いとぶつぶつ言うヤペルを見送りながら、ティールが笑いをこらえていた。
「二人も変わらないし、ヤペルも昔どおり」
「ヤペルの気苦労も相変わらずだ」
 セディムはティールにつられて笑った。
「レンディアもことに変わりなし、だ」
 それを聞いてティールは怪訝な顔をした。
「そうでしょうか。レンディアは何となく変わったな、と思いましたが」
 セディムが驚いた様子でティールを見返したので、若者は思わず目をふせた。
「よくわからないのですが、何となくそう思ったんです」
「まだ何日かゆっくりしていけるんだろう?」
 セディムは杯を置いて幼馴染の顔を覗き込んだ。
「いろいろ見てもらいたいものがあるんだ」
「いろいろと言うと畑ですか?」
「それもそうだ。初狩にも来て欲しいし、ノアムも会いたいだろうし」
「その、私は狩は……」
 ティールは自信なげに口ごもった。
 静かに書物をめくる少年の姿を思い出して、途切れた言葉の先は想像がついたが、セディムは首を振った。
「春の使者が来てくれれば男たちも喜ぶ。春は矢を番えることはしないが、獲物を連れてきてくれるものだからな」

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