15 Novel
春を待つ城 16

 ――変わらないものなどない。
 セディムはその言葉を反芻した。
「いつか望んだものを手にいれることができると、本気で信じているのか?」
「あなたが祈って下されば、願い続けていることくらいハールは気づいて下さるでしょう」
 ラシードは鷹揚に笑ってみせた。
「それに気が向けば、入り用の物を送って寄越すくらいしてくれるかもしれませんぞ」
 そう言うと、ラシードは顎で指し示して見せた。セディムが送り主に返そうとした平原の麦の袋だった。
 これはだめだ、と首を振るセディムに、ラシードはなおもそれを指し示した。
「よく見て下さい。これはあなたの麦と同じものか?」
 促されてセディムはもう一度金色の穂を取り出した。
 この茎、穂の長さ。金色の実は苦い思いを呼び起こした。殻に包まれた実、実の形……。セディムは息を呑んだ。
「……実のつき方が違う」
 ラシードは我が意を得たりと身を乗り出す。
「これはシル河の北、バクラのさらに北から運ばれた麦です。おそらく平原の麦とは種類が違う」
 そう言ってラシードはにやりとした。
「これならここでも実るかもしれませんぞ」
 セディムは傷の痛みも忘れて身を起こした。
 思い描くのも諦めていた風景。もしかしたら、レンディアの誰も目にしたことのない風景が見られるかもしれない。そう思ったとたんに、何年も忘れていた物が脳裏に浮かんだ。
 あの雪鳩の矢羽根。見事に育った苗。
 何か明るい思いがした。それは狩に出て獲物見つけた時の、あの期待と誇らしさに似ていた。
「うまくいくとは限らない」
「だが、弓弦を引かないで獲物が手に入ったためしなどないのでは」
 ラシードはセディムの言葉を引き継いだ。セディムは思わず笑った。
「確かにそうだ。本当だ」
 父がよく口にした、懐かしい言葉だ。狩人がよく引き合いにだす諺をどうして忘れてなどいたのだろう。
 声をたてて笑うなど久しぶりのような気がした。
 もし仮に、少しでも麦が増えるなら。それこそ何でもすると自分に誓っていたのではないか。そう考えると笑いながらも涙が浮かびそうになった。
「では、これと同じ重い麦の収穫、百袋に」
 目を擦りながらセディムは言った。「新しい上着を賭けよう」
 片手に麦の穂を載せて、ラシードの前に差し出して見せた――知恵ではなく、ただ願い続けるために。
 ラシードも頷きながら言った。
「私はあなたほど慎ましくはないのでね。百五十と行きましょうか」
「ずいぶん気張ったものだ。よほど自信があるのか」
 セディムはラシードの古びた上着を見やった。セディムのそれは枝に裂かれて無残だ。
「だが、互いに悪くない賭けだ」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 まもなく夜が明けようとしていた。

15 Novel おまけ*
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