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春を待つ城 2
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峰から峰へ轟くような風の音。
城の窓から見えた薄日は見せかけばかりだった。雲が薄れて間から晴れた空まで見えるのに、風はますます冷たくなる。
雪野原に一人立つセディムは頭を分厚い布でくるみ、その上から毛皮の帽子をかぶったレンディアの狩人の典型的な冬のいでたちだ。
鼻から顎まで覆っていた布を引きおろすと、山の凍てついた空気を振り払うように辺りを見回した。厳しい目とはうらはらに驚くほどやわらかい表情が口元には漂って、若さを際立たせていた。
白い斜面のところどころに岩が頭をのぞかせている。ひょっとすると薄い苔でもつけているかもしれない。牛は久々の青い草にありつこうと歩きまわった。セディムも雪を踏みしめ、その感触を楽しみながら辺りをひとめぐりした。城の澱んだ空気から出てきた身には刺すような冷気も心地いい。
狩りをするつもりで出てきたが、獲物の姿などどこにもない。用心深い山の獣には、晴れ間といっても短すぎるのだろう。
セディムはついさっきヤペルに言った自分の言葉を思い返して、唇を固く引き結んだ。
――雪が融けなければ何もどうにもならない。
そう思うと、古い城の空気は息苦しいばかりだ。しかし、この冷え込みではもうひと雪荒れるかもしれない。終わりのみえない長い冬に、いつになったら慣れることができるのだろうか。
「また冬へ逆戻りか」
そう呟いたとたんに冷気が体に入りこんできた。城を出てから初めて口を開いたことに気づいた。
ツルギの峰から吹き下ろす風の激しいことと言ったら、口から入り込み熱を奪い、命を奪い取るのだ。
セディムは高い峰を振り仰ぎ、雪の白と空の色が目の覚めるように鮮やかな稜線を見つめた。
峰々は決して汚されたことのない雪に覆われている。誰も近づくことを許さず、どよめくような風の音だけが高みを取りまいている。
まさに神おわす峰だ。その足元、おそらく世界中でもっとも神に近い場所にレンディアはあるのだ。
セディムは知らずに頬を伝った涙が凍りつくのを感じた。あわてて拭いとりながらもツルギの峰から目を離すことができなかった。
何と美しい姿だろう。ここが神、ハ−ルが我々に与えられた土地なのだ。
畑を耕し牛を育てて、子を儲けてやがて死を迎える。これが神が与えられた命なのだろう。この生活の貧しさも、やりきれなさも全てが神から与えられた物で……。
山の民の苦渋など知らぬげにそそりたつ断崖を見て、セディムは身震いした。ツルギの峰は恵みは出し渋るのに奪いとる時は容赦しない。
見上げた峰とは逆の眼下の斜面には煙が漂っている。城からのものか、それとも貧しい村人の夕餉の支度か。
村が何事もなく冬をやり過ごせたことには感謝している。
なのに、何故こうも苛立つのだろうか。春を待つ身にようやく陽が射したところなのに、他に何を望むというのか。
そこまで考えて、セディムは口元を覆い直した。ツルギの峰の足元で不敬な言葉など上せないように、誰かに聞かれるのを怖れてだった。
その時、イバ牛がついと鼻を上げた。
その気配にセディムはもの思いから引き戻された。牛は峰を見て軽い足取りで体の向きを変えながら主の命令を待っている。
――とうとう来たか。
セディムは獲物の気配を今かと待ちながら牛の背を軽く叩いた。
見上げた険しい断崖の影から白いものが姿を現した。半円を描いて滑るように降りてくるのは雪鳩だ。
山の民には見慣れた姿だが、それでもセディムは獲物の優雅な動きに目を奪われた。まるで山の長が長い衣の裾をさばいて階段を降りてくるようだ。
どうやら運がついている。
冬も終わり近くなると雪鳩の姿は少なくなる。これを射止められれば村の生活の大きな助けになるだろう。
セディムは背中の矢筒から一本抜き取り、形を吟味した。最初のひと矢が狩りの成り行きを決める。反りのない、よくできた物を使いたいと思ったのだ。
雪鳩は不恰好な山の獣のことなど気にも留めず、イバ牛が舐めてやわらかくなった苔をついばみ始めた。少ない労力で食べ物を得ようとする、厳しい山に暮らすものの知恵だ。
そして、セディムは獲物のその動作を待っていたのだった。