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春を待つ城 7

 やがてレンディアは雪と風に閉ざされ、長い籠もりきりの生活が始まった。
 村人はそれぞれの家で過ごし、城はセディムと城臣だけだった。切り盛りのために訪れる女たちの他には声もしない。
 城は雪に降り込められた静けさの中にまどろんでいた。

「このところセディム様は変わられたの」
 夕食の後の静かな城の炉辺で、城臣のトゥルクが呟いた。ヤペルはそれに耳をとめた。
「そなたもそう思ったか」
 ヤペルは相棒の空の杯をちらっと見て、酒壺に手を伸ばした。トゥルクは嬉しそうに、おう、おうなどと呟きながら杯を差し出した。
「そりゃあ、見ればわかる。あのセディム様が誰に言われるでもなく書物を抱えて座り込んでいるなど……」
「確かに見たこともないわな」
 ヤペルは大まじめで答えた。
「別に考え込んで食いも眠りもしないわけではなし。どこか具合が悪いというわけでもなさそうだ。それにしてもいったい何を調べておいでやら」
 二人はそれぞれに長のことを考えながら、温めた酒を大事そうに啜った。
 トゥルクは書物の嫌いなセディムを学ばせるのに昔から手を焼いていたので、ここへ来てようやく長年の苦労が実ったかと胸をなでおろしていた。
 ヤペルは若長の考えを図りかねながら、数日前のことを思い出していた。彼はセディムに相談事をしようと長の間を訪れたのだった。
 その時、一人で窓の外を見やるセディムの気配が、かつてケルシュがそうしていた時とそっくりなのに驚いたのだ。
「まるで辛抱強く獲物を見張るような顔つきでいらしたな」
 ヤペルは小さく呟いた。
 雪が降りしきるのを瞬きもせずに見ていたセディムだが、ヤペルに気づくといつもの明るい表情に戻った。村人が冬の暮らしに難儀していないか尋ね、畑の植付けのことでヤペルにいくつもの調べ物を言いつけた。
 納得するまで問い続け、疑問は熟考しなければ気がすまない。
 昔からそうだった、とヤペルは思い出した。
 何故か、どうしてかとしつこく問うのはどの子供も同じだが、特にセディムの問いは果てなく続いたものだ。
 くるくるとよく走りまわっては何故、と連発するのだから、後を追いかける城臣たちはたまったものではない。だいたいその役目はトゥルクに回ってきたものだった。
「まあ、ご苦労であったな」
 ヤペルは重々しく頷きながら、同輩に杯を勧めた。
 城臣たちが気にかけている当人はその時も、考えては書物を広げ、城の中を歩きまわっては、また外を眺めていた。

「何故、レンディアはいつでも貧しいんだ?」
 陽がろくに出ないので実感はないが、夕方近くの城には城臣や狩人が集まっていた。狩の回数が少ない冬の間に弦をだめにするまいと弓矢の手入れをしている。
 その作業に没頭していると思っていたセディムがふいに問いを投げかけた。
 長の意外な言葉に、城臣たちは矢を揃える手を思わずとめた。
「そう決められたことですからな」
 驚きからまず立ち直って口を開いたのは、レンディアでもことに信心深いといわれるレベクだ。
「ハ−ルは必要なものを与えて下さいます。恵みは足りないことも余ることもありません」
 城臣たちはまた弓を油布で擦りだした。
「それはわかっている。だが、皆がこれだけ働くのに何故麦は増えないんだ」
「一年を過ごせるだけの収穫があれば、それ以上のことを望むなど……」
「もし、平原のようにもっと収穫があったら」
 セディムはレベクの言葉を遮った。
 城臣の言うことは聞く前からわかっている。足ることを知らないなど不信心、というわけだ。セディムは話がかみ合わないことに苛立った。
「収穫がもっとあれば冬に病で死ぬ者も減るではないか。それともこれもハ−ルが決められたことなのか」
「セディム様」
 ヤペルが強い口調で長を止めた。
 これは言いすぎだ。レンディアの民と神とをつなぐ橋である長の言うことではない。
 他の城臣たちは黙って手を動かし続けた。聞いてはならないことは忘れるのが長のため、というつもりのようだった。
「ハ−ルは我々に知恵と力を与えて下さっております」
 ヤペルはセディムと二人きりになると諭すように口を開いた。
「ですから、それを無駄にはするまいと毎日畑を耕すのです。しかし、何でも思いどおりにできるわけではありません。つまるところ、ハ−ルが全てを与えて下さるのを忘れてはなりませんぞ」
「忘れたことなどない」
 セディムは思わず声を荒らげたが、すぐに目をふせた。
 手近に触れた椅子の腕を握りしめる。不機嫌な子供ではないだろうに、とセディムは内心自分の癇癪に舌打ちしていた。
 長の間で椅子に座り、かたやヤペルが立っているとなると、どうしても子供の頃と同じ説教をくらっているような気になってしまうのだ。
 しかし、セディムはまだ納得していなかった。
 もちろんヤペルの言うことは正しい。だが、雪に閉ざされてから毎日のように調べ、考え続けてきたことの答えにはものたりなかった。

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