←   Novel  →  

天空の塔の物語
昔々、神さまがこの地を歩かれた頃の物語
断章

 はるかに遠い昔から、彼はそこに立っていました
 時もない、何もないところでした

 彼の名はハール。いちばん最初のものでした。

 ハールは、明るいものと暗いもののことを考えました。
 すると光と闇が生まれました。
 それを交互にかさねると、時が流れるようになりました。
 朝と夜が生まれ、それがたいそう面白く思われて
 ハールはしばらくその中ですごしてみることにしました。

 居心地が良いように大空を架け、座るための大地と抱くべき水をこしらえました。
 それから、うっかり時を編むのを忘れないように、空には日と月星をおくことにしました。
 めぐる星々が瞬くのをハールはしばらく眺めてすごしました。
 それに飽きると星を並べたり、はじき飛ばしておりました。

 はじいた星がぐるぐる回って元のところにもどってくるので、
 その合間に楽しむことがあるとなお良いように思われました。
 そこで、星のように瞬くものをつくることにしました。
 天と地のあわい。
 そこにたくさんの獣をつくりました。

  天を飛ぶもの、地をはうもの、およぐもの
  根を持つもの、翼を持つもの
  大きなもの、小さなもの
  強きもの、弱きもの

 それぞれ名前をつけてやりました。

  彼らは喰ったり、喰われたり、
  取ったり、やったり、
  動いたり、眠ったり、
  生きたり、死んだり、

 それはそれは忙しそうでしたが、ハールはのんびり眺めて楽しみました。
 時に、思いついた獣をつけ加えてみました。

 さて、つぎには何をつくろうか。そこで、ハールは気づきました。
 ひとつ、つくっていないものがある。
 自分に似ているものがない。

 さいごに、ハールは人をつくりました。
 自分に似せた姿、そして同じ力をあたえることにしました。
 思うことでいのちを生んで、名前を呼んで在らしめるのです。


  天をさす山に 地をおおう海
  流れる雲と 雨と 雪
  日の照る日も 嵐の夜も

 そこには、ありとあらゆるものがありました。
 ないものは何ひとつなく
 あるべきものが、あるべき姿で
 作りそこねたものはなく、いらないものもありませんでした。

 そして、そんな世界にハールは満足したのです。




「――だが、少々込み入ってきたな。さすがに手が回らん」

 そう呟いたのは、白い蛇の姿のハールでした。
「いやさ。手がないのか」
 そこで、ハールは伸びあがってふくらむと、
 今度はしなやかな獣の姿になりました。

 ハールは塔の窓辺寝そべって、下界を眺めてみました。
 はるかに見渡す地平線まで、雪が覆い尽くして
 まばゆい 真白な 静かな世界。
 さて、次には何をしようか。

 考えこんでいたハールは、やがて ふあ と欠伸をしました。


  ←  Novel  →  
inserted by FC2 system