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バレンタイン企画(2004)
明け月の聖なる日


 ごん! と、白い包みが卓の上に置かれた。
「これ、食べてね。あなた」
 そう言ってスーシャは、この秋一緒になったばかりの夫に甘く微笑んだ。
「これは……?」
「チョコレートよ。平原では明け月になると、誰でも好きな人にチョコレートを贈るのですって。あなた、知ってた?」
「聞いたことはあったかな」
 オルムはそう曖昧に答えた。雪に埋もれた明け月に山を降りることなどないから記憶は頼りない。しかし……。
「いろんな人にあげたのよ。隣のミルカおばあちゃんに孫のルカ、裏の家の二ナ……」
「スーシャ、それは……」
 多分、意味が違う、という言葉をオルムは飲み込んだ。妻があまり楽しそうだったので、水をさす気になれなかったのだ。
 スーシャは服の裾を翻してくるくる歩き回りながら喋った。
 あら、あそこの家のリラちゃんと犬のクルカにあげるのを忘れたわ。どうしよう、もうチョコレートがない。
 ねえ、あなた、甘い物なら何でもいいのかしら?干芋ならあるんだけど。
 オルムは自分に貰ったのを半分リラに分けてやってはどうかと言った。
「クルカは干芋でいいと思うよ。どちらかといえばその方が彼の好みだろうし」
 スーシャは嬉しそうに夫を見た。
「そうね、そうするわ。ありがとう、あなた」
 オルムはそこで包みを開けて、人の頭ほどもあるずっしりとした品を検分した。
 どこをどの程度叩くと半分に割れるだろうか?かなり頑丈そうで、少々のことではひびも入りそうにない。そうかといって力加減を誤って、妻の目の前で贈り物を粉々にしたいとは思わなかった。
 それにしても以前平原で見かけた甘い菓子とは、どこかが違うような気がした。
 チョコレート。うまくは言えないのだが、もっとこう、甘やかで華があるというか。
 だいたいこんなに硬かっただろうか?
 オルムは首を振り、心を決めた。
 春になったら妻を連れて、ふもとの市まで出かけよう。そこでチョコレートの本当の姿を確かめるのだ。
 それから手にした延ばし棒をチョコレートに打ち下ろした。
 絶妙の力加減で真っ二つになった菓子を見て、若夫婦は歓声をあげたのだった。


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