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児童書 4

  

「ともしびをかかげて」 岩波書店
ローズマリ・サトクリフ 著  猪熊葉子 訳

   ともしびをかかげて〈上〉 (岩波少年文庫)

   ともしびをかかげて〈下〉 (岩波少年文庫)


原題「The Lantern Bearers」。衰退したローマ帝国は、450年にわたるブリテン島支配に終止符をうつ。地方軍団の指揮官アクイラは、悩んだ末に軍を脱走し、故郷のブリテン島にとどまることを決意したが…。

 お正月休みに読みました。このシリーズはずっと気になっていたのですが、長い休みで家にいる時でないとハードカバーの重い本を読むのは大変なので(^^;)。写真は岩波少年文庫のものを載せておきます。

 凋落しつつあるローマ帝国は、ついにブリテン島から軍を引き上げた。サクソン人、スコット人などの脅威にさらされていたブリテン人は自らの力だけで敵と戦わなければならなくなった。ローマ軍兵士だったアクイラは、ローマ人、ブリテン人、どちらの立場で生きるべきか悩み、ついに軍から脱走して故郷へ帰る。しかし、戦に敗れ、妹はサクソン人に連れ去られ、自分も奴隷として敵の中に暮らすことになった――。

 ローマ帝国のブリテン島支配が単なる占領ではなかった、と気づいたことが物語誕生のきっかけだった、とあとがきに書かれています。そんな遠い時代の人々の心情がくっきりと描かれた物語でした。

 主人公のアクイラもオデッセウスの物語を愛し、兵士という立場に誇りを持っています。450年の支配の間に人々の中には帝国の文化、ローマ人という意識が刻み込まれていた。それが、ローマ軍の撤退とともに、ブリテン人という自覚が強く意識されるようになる、いや、しなければならない状況になるのです。植民地は占領されて傷つき、独立(返還もそうかも)して傷つくのだとあらためて教えられる。

 アクイラは、その経験を見れば当然なのでしょうが、長いこと過去に囚われているようで、苦しく悲しい物語ではあります。父の仇を討つという動機も、何かにつけて思い出す友人も、すでに失われたものに根ざしているから。のちにサクソン人のもとから脱走してブリテンのアンブロシウスに仕えるようになっても、目の前の風景に重なるのは故郷の野山、という場面は切ない。

 やがて、アクイラは妻を娶って息子が生まれます。決して良くはなかった家族との関係は、長い時間かけて穏やかで心通じあうものになっていく。また、ブリテン人たちは大きな犠牲を払いつつも勝利を得て、ついにアンブロシウスが王となります。
 過去の苦しみをずっと背負っているアクイラやアンブロシウスに代わり、アルトスという名将も育っている。だから、物語としては希望を感じさせるかたちで締めくくられているのですが、同時に大きな不安も残されているように感じました。ローマ帝国の一部という意識は失われ、登場人物たちにとってはむしろ暗闇に足を踏み入れるような時代であったのかも。だから「ともしびをかかげて」という題名なのかもしれない。
 ニンニアス修道士が語った言葉も印象的でした。

「別れの印としてか、それとも反抗の印ででもありましたろうか。もう一夜だけ闇の夜のくるのを押しとどめようとしたのでしょうか」

(2014.1.3)


「運命の騎士」 岩波書店
ローズマリ・サトクリフ 著  猪熊葉子 訳

   運命の騎士 (岩波少年文庫)


原題「Knight's fee」。犬飼いの孤児ランダルは、ふとしたことから、騎士ダグイヨンの孫、ベービスの小姓として育てられることになった。ノルマン人によるイギリス征服の時代を背景に、二人の青年騎士の数奇な運命と、生涯をかけた友情を描く。

「イギリス」人の黎明期にあたる時代の物語。ノルマン人、サクソン人が「イギリス人」になるって感覚としてぴんとこないので、物語で読めるのは嬉しい(登場人物たちとしても、まだ想像を越えた概念のようですが)

 印象的だったのは、羊飼いのレウィンから古い石器を見せられたところ。
 土の中から拾われたそれは遠い昔にここに住んでいた人々が使っていたものなのですが、道具を握ったときに五感を通して過去の作り手を身近に感じるというのは、根源的でかつ生々しい体験だと思うのです。
 血のつながった親との記憶もなく、さらに育った土地から離れて騎士ダグイヨンの土地ディーンで生きることになった少年が手に入れた居場所の象徴なのかもしれない。

 騎士の孫でいずれは荘園を継ぐベービスとその従者であるランダル。二人は立場は違うけれど、勇壮な騎士たちの世界に憧れて育ちます。
 やがてベービスが騎士という身分を授かると二人の間には決定的な距離ができてしまいますが、それを飛び越える信頼関係があることに温かな気持ちになります。

 物語の終盤、ランダルは大切に思い続けたディーンの地との絆を得ますが、その代償に失ったものの大きさを思うと、サトクリフらしい厳しい物語だと感じました。
(2014.5.8)

 

大草原の小さな家シリーズ 1
「大きな森の小さな家」
福音館文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  恩地三保子 訳

  大きな森の小さな家 ―インガルス一家の物語〈1〉 (福音館文庫 物語)


原題「Little House in the Big Woods」。ウィスコンシン州の「大きな森」の丸太小屋に、ローラと、とうさん、かあさん、姉のメアリイ、妹のキャリーが住んでいます。物語は、冬がくるまえの食料作りからはじまり、ローラ五歳から六歳までの、一年間の森での生活が、好奇心いっぱいのローラの目を通して生き生きとものがたられます。

 懐かしいです、子どもの頃に文を暗記するほど読み込みましたっけ。
 150年も昔のアメリカ。必要なもの全てをひとつひとつ手で作りだす暮らし――それを四季の移りかわりとともに描いたお話です。豚のとさつや銃弾づくり、過酷な冬の寒さは大人にとっては気の遠くなるような苦労続きだったろうけれど、子どもの目を通して語られる日々は温かくて幸せ。時代は違っても、親子がしていることは同じなんでしょうね。ローラの思い出は時代や国が違ってもいまも魅力的です。

 手作りハムやカエデ糖などの慎ましい冬支度の描写も大好きでしたが、今読むと親戚との交流も温かい。協力しあうことで、厳しい暮らしに小さな余裕と豊かさが生まれていたんだなあ。次巻以後ではあまり見られない風景だったことに、今頃になって気づきました。

 密林で書影を探して気づいたのですが、出版社によって訳や挿絵が違うし、新訳(いまどきのコミック風イラストつき)もありました。私はガース・ウィリアムズの挿絵で、この福音館文庫の訳が好き。
 実は講談社文庫版を持っているのですが、こちらはアメリカ初版時の挿絵。アメリカでは初期に出版されたもの以外は挿絵画家が変わっていて、初版の絵を懐かしむファンも多いのだそうです。
(2018.8.15)

 

大草原の小さな家シリーズ 2
「大草原の小さな家」
福音館文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  恩地三保子 訳

  大草原の小さな家 ―インガルス一家の物語〈2〉 (福音館文庫 物語)


原題「Little House on the Prairie」。「大きな森」の家をあとにして、インガルス一家は、広々とした大草原での新しい土地をもとめ、インディアン・テリトリイへ幌馬車で旅だちます。いくつもの州を通りぬけ、ようやくたどりついた大草原に、とうさんとかあさんは力をあわせて家を作っていきます。ローラ六歳から七歳までの一年間の物語。

 すっかり開拓が進んで、前巻では鬱蒼とした森に囲まれていた小さな家の前の小道も大通りになってしまった。そんな土地を離れたい、という父さんの希望を母さんが受け入れて、一家は家財道具一切合切を馬車に積んで見知らぬ土地へ乗り出していきます。

 どこまでもだだっ広い草原の中を何日も何日も馬車で進み、やがて川の近くの土地に家を建てることになります。誰もいない風景を見ながら、時には親戚と別れた心細さがにじんだのじゃないだろうか。
 なので、新しい友人(エドワーズさん、スコットさん)との出会いが嬉しい。家を建てるにも井戸を掘るにも互いに助け合う――頼りにはするけれど、決して借りにはしない。そんな近所づきあい(?)が清々しい気がします。

 とはいえ、近所、といってもそう近くはない様子。病気になっても草原の火事に遭っても、基本は家族だけで立ち向かうのです。子どもたちが幼いので実質は夫婦二人の奮闘なわけで、両親の勇気と責任感を想像すると恐ろしくて眩暈を起こしそうです(笑)

 さて、インディアンとの関わりが一番書かれる巻でもありました。多くの入植者にとっては、「自分たちの」新しい土地を発展させるためには、インディアンは早々に移住してほしい。
 インディアンにはインディアンの考え方もあるし、インガルス一家と同じような家族の団らんもある、白人と無用の争いをしたくない穏やかな考えのインディアンたちもいる――それをわかっている父さんでさえ「自分たちの」土地という言い方をするのです。

 結局、一家は政府のインディアン移住政策の影響でインディアン・テリトリーから追い出され、せっかく建てた家も畑も放棄せざるを得なくなります。
 インディアン・テリトリーは当初はインディアンだけの土地で、のちには白人にも開放されるようになるので、インガルス一家がここを退去しなければならなかったのはほんの一時の政治駆け引きの影響だったのかもしれません。
(2018.8.19)

 

大草原の小さな家シリーズ 3
「プラム・クリークの土手で」
福音館文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  恩地三保子 訳

  プラム・クリークの土手で―インガルス一家の物語〈3〉 (福音館文庫 物語)


原題「On the Banks of Plum Creek」。「大草原の小さな家」を出て、長い旅のすえ、インガルス一家はようやくミネソタ州のプラム・クリークの土手にできた横穴の家におちつきます。七歳のローラは姉のメアリイといっしょに町の小学校へはじめて通うことになり、ローラの世界はすこしずつ外へ向かってひろがっていきます。

 7才になったローラの新しい体験が細やかに描かれていて楽しかったです。初めての学校、広がる人間関係――これまでインガルス家の子は家族と両親の知り合いとしか接して来なかったけれど、子どもどうしの社会に飛び込んだわけですね。えばりんぼ(笑)で意地悪なネリーを前に、おとなしく黙ってない性格のローラが生き生きとしてかわいいです。少しばかりスカッとしたりして。

 面白いと思ったのは、ローラが両親に対して裏表のある態度を覚えたこと。といっても悪い意味ではなくて、まっとうな子供の成長としての裏表なんですけどね。思うことを口に出さないことを覚えた、それと同時に言葉にされないけれど確かにあるものに想いを巡らせることを覚えたのです。子どもの頃にこの本を読んでいた時には気づきませんでした。

 後半では、大草原を覆うイナゴとそれによる大凶作の年のことが書かれています。地面を覆い、開いている窓からも流れるように入ってくるイナゴを想像して思わず身ぶるい。アメリカの災害は桁違いです。
(2018.9.5)

 

大草原の小さな家シリーズ 4
「シルバー・レイクの岸辺で」
福音館文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  恩地三保子 訳

  シルバー・レイクの岸辺で―インガルス一家の物語〈4〉 (福音館文庫 物語)


原題「By the Shores of Silver Lake」。とうさんが鉄道敷設の仕事を得て、ローラの一家はサウス・ダコタ州へ移り、工夫たちの去っただれもいないシルバー・レイクでひと冬をすごします。失明した姉のメアリイを助け、いそがしいかあさんの片腕として一家をささえていくローラの、一歩おとなに近づいた少女の日々が物語られます。

 読んだ覚えのないエピソードがいくつかある気がします。昔読んだものは子ども用に編集されていたのかも。でも、これは編集なしの方が面白いし、話の流れも自然な気がしました。

 前巻でのイナゴ被害、さらに熱病で医者にかからなければならず、困窮していたインガルス一家に思いがけないお客さまが。西部の鉄道建設現場の仕事の話が舞い込んで来て、一家は住み慣れた土地を離れることを決意します。

 鉄道の建設、払下げ農地をめがけてアメリカ中からやってくる人たち。彼らを迎え入れる町(というか集落)ができ、ホテルや洗濯業といった新しい仕事も生まれている――。人間の声や熱気があふれる巻でした。
 その陰でインディアンはすっかり登場しなくなり、町の喧騒に追いやられるようにひっそりと去った野鳥や狼の姿も印象的でした。

 早い者勝ちの農地獲得競争の世界。そこには狡い人も愚か者も弱い人もいたことが淡々と書かれていて面白いです。法もまだ整備されない、ゆえに才覚のある人間がのし上がっていける愉快さが伝わってきました。保安官を騙る話は、西部劇でもお目にかかったようなエピソード。おそらく、あちこちで似たようなことがあったのでしょう。
 同時に、そこには誠実さや友人には釘一本の借りも作らないという自立の精神もある。それを体現していた存在として書かれている一家はまさにアメリカの良心であり矜持なんでしょうね。

 ローラ自身はずいぶんと大人びてしまいました。熱病のために失明したメアリーのために母や時には父の手助けをする。学校があまり好きではないのに、メアリーの代わりに教師になることを決める。成長とはそういうものかもしれませんが、周囲の都合に合わせることでローラ自身の人格が形作られていく様子が伝わってきました。
 私が幼い頃にこの本を読んで、「シルバー〜」以降の話をあまり楽しめなかったのは、それが理由かもしれないと思い当たりました。

 インガルス一家はどうやらここに落ち着くのでしょうね。いつも「もっと西へ、未開拓の土地へ行きたい」と言っていたとうさんも少し変わったのかもしれません。
(2018.9.28)

 

大草原の小さな家シリーズ 5
「長い冬」
岩波少年文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  谷口由美子 訳

  長い冬―ローラ物語〈1〉 (岩波少年文庫)


原題「The Long Winter」。ローラたちの一家が住む大草原の小さな町を長くて厳しい冬がおそう。大自然とたたかいながら力強く生きたアメリカ開拓期の人々の生活がいきいきと描かれる。

 シリーズ中で1番好きな巻です。(拙作はこのお話へのオマージュだったりする)

 10月の猛吹雪に始まり、雪が融けて汽車が開通する5月までの厳しく長い冬。身長近くまで積もる雪と、それがすぐに吹き飛ばされて無くなってしまうような激しい風。草原や湿地、湖、町のすべてが雪の下に埋もれてしまうとは恐ろしくなりますが、同時にローラの目はそれらを厳しくも魅力的な風景ととらえていました。

 冬の最中、豪雪のために汽車が不通となり、小さな町は食糧にも燃料にも欠く状況に。インガルス家6人もわずかなパンやジャガイモを分け合う暮らしになります。現代人にはとても耐えがたい生活ですが、飢えと寒さを忘れるために歌を歌い、詩を暗唱する姿にうたれました。

 また、行方不明になった馬を探したり、小麦を求める旅などアルマンゾ視点のエピソードが多いのも珍しい巻でした。きっとローラが夫に話をせがんだのでしょうね。

 春にまく小麦を自分の判断で準備していたのだから、それだけの働きをしたのだから、種麦を持っておく権利がある――彼らしい判断ではある。そして、町中が飢えつつある中でキャップとともに危険な旅に出る決意も、ある意味、自分の種麦を守るためなのです。
 しかし、危険をおかした旅であっても見返りを求めないのは人として当然、という考え方もきっちり持っている。そこがわかると、大人の読者から見ても魅力的な姿が伝わってきました。少年時代の話を読んだおかげで彼の考え方をすんなり理解できて嬉しい。昔は、小麦を売りたがらない自分本位な若者のように思っていたので。

 シリーズ全部を読み終わって少々さびしいです。また懐かしい読書をしてみようかなあ。
(2019.1.15)

 

大草原の小さな家シリーズ 6
「大草原の小さな町」
岩波少年文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  谷口由美子 訳

  大草原の小さな町―ローラ物語〈2〉 (岩波少年文庫)


原題「Little Town on the Prairie」。厳しい冬にそなえて町に移ってきたローラの一家。姉メアリとの別れ、学校でのできごと、将来へのあこがれと不安などをとおして、成長してゆくローラが描かれる。

 町の家で暮らすインガルス家の様子、学校や教会での町の人との交流が描かれています。
 ついにメアリーは盲人のための学校へと旅立ち、ローラも家計を助けるためにお針子の仕事をしたり、教師になることを真剣に考えはじめる……のですが、それでもやっぱり浮かれた少女らしさがあふれていて可愛らしい。流行の髪型を意識して自分で前髪を切ってみたり、サイン帳や名刺づくりを体験してみるなど、前後の巻を思うとこの一冊が一番ローラが年頃らしく過ごしているように思いました。
 もっとも、年頃とはいえまだ幼いことは、急接近してきた若者・アルマンゾへの態度でもわかります。この頃のローラはもしかしたらアルマンゾよりも馬の方が好きなのでは?
 あと心配したのは、学校のワイルダー先生と衝突してしまっていること。この人、アルマンゾ・ワイルダーの姉なんですよねえ。いくら独立した新しい家庭を築くといっても一応親戚になったはずなので、二人の未来が心配になってしまいました(150年も前の話ですけど)
(2018.11.5)

 

大草原の小さな家シリーズ 7
「この楽しき日々」
岩波少年文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  谷口由美子 訳

  この楽しき日々―ローラ物語〈3〉 (岩波少年文庫)


原題「These Happy Golden Years」。15歳のローラは念願かなって教師の職につき、新しい生活をはじめることになった。孤独な下宿生活、学校の生徒たちへの不安、大学に通いはじめた姉メアリの帰省、アルマンゾとの心ときめくそりでのドライブ、明るく行動力あふれるローラが18歳で結婚するまでを描く青春編。

 数冊とばしてしまいましたが、間の巻ももちろん読みますよ(^^)

 メアリーのかわりに教職につき働きはじめたローラ。15才ということに驚きです。仕事のために家を離れて下宿し、年齢の近い子どもたちを教えるという不安が強く感じられて、やはりシリーズ最初の頃とは雰囲気が違います。

 アルマンゾとの交流が一冊の軸になっており、当然友人のメアリ・パウアーや当時の若者たちの恋も描かれていて微笑ましいです。遠くの学校につとめるローラの毎週の送り迎えのためにやってくるアルマンゾ。特に何を話すわけでもなく並んで座っているローラが気づまりになりながらも、次第に一緒に過ごす時間を楽しみにするようになります。ドライブは恋人たちには欠かせない(当時は馬車で)。

 厳しい寒さと突然の雪嵐に苦労する日々、その中で明るい歌を歌ったり、キャンディーひとつに大人も子ども顔を輝かせる、その時間を分かち合う家族の温かさ――当時の人たちは本当につましく、でも手にできた幸せを大事に大事にしていたんですよね。
(2018.10.15)

 

大草原の小さな家シリーズ 8
「はじめの四年間」
岩波少年文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  谷口由美子 訳

  はじめの四年間―ローラ物語〈4〉 (岩波少年文庫)


原題「The First Four Years」。ローラは結婚して、厳しい開拓地で新しい家庭を築く。長女ローズの誕生、小麦の大被害、生まれて間もない長男の死など、さまざまな出来ごとを経験しながら、明日への希望を持ちつづけて過ごした新婚の四年間。

 ローラとアルマンゾ夫婦が結婚して最初の4年間のお話。後書きにも書かれているように、以前はこの巻はローラが書く気持ちを失くして下書きのまま出版されたと思われていたのですが、近年になってそうではないことがわかったらしい。つまり、ごく初期に書かれて娘ローズによる練り直しがされない状態の文章なのだそうで。そう知ると作品の印象もがらりと変わりました。淡々と覚書のように書かれた文章は慣れると味わいがありますね。子どもの頃には退屈だと感じたのですが、大人になって読むとこのシンプルさがいいです。

 農夫に嫁ぐのが嫌だったというローラ。町の人は農作物に勝手に値段をつけ、農夫の買い物にも勝手に値段をつける、不公平だ、と。開拓者の娘として育った彼女には馴染めなかったのでしょうね。
 アルマンゾは「結婚して3年は自分が思うように農業をさせて欲しい、うまく行かなければ農業をやめる」とローラに約束します。こうして若夫婦の3年の賭けが始まったのです。
 開拓とは違って農業は1年単位で結果を出していく仕事。章立ても1年ごとになっているのはそのせいなのでしょう。
 小麦を植え、馬を育てて増やし、牛や羊を飼う――アルマンゾはいろいろなことを試みますが、嵐や雹のためにその努力も無駄になってしまう。新しい農機具や新居のための借金だけがつぶされた畑のあとに残る。農業の辛さだと思うのですが、彼はそれでも農夫の仕事が好きなんですね。

 きみは考え違いをしているよ。農民こそ独立した人間なんだ。農場では農民が何をやりたいかですべてが決まってくるんだ。懸命に働いて手入れをよくすれば、町の人たちよりずっと多く稼ぐことができるし、いつだって自分が主人でいられるんだ。


 こんな言葉を聞かされて、ローラは半信半疑のまま、それでも農夫の妻の役割を引き受けていきます。

 彼らの賭けがどうなったか。ひとことでは集約できません。ある仕事は無に帰し、ある仕事は実を結んだのです。
 そして、3年の間にローラ自身が自分の生き方にしっかりと落としどころを見つけています。それが彼女にとっての一番の収穫だったのかも。

 毎年、地面に種を播き、それと自分の時間とを自然の力にゆだねる農民の楽観主義は、開拓者だったローラの祖先の信じた「先へ進めがいいことがある」とどこかでつながっているように思えた。
 開拓者は空間の先へ進むけれど、農民は時間の先を見つめているのだ。


(2018.11.20)

 

大草原の小さな家シリーズ 9
「農場の少年」
福音館文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  恩地三保子 訳

  農場の少年―インガルス一家の物語〈5〉 (福音館文庫 物語)


原題「Farmer Boy」。ニューヨーク州北部、マローンの農場に住む少年アルマンゾの物語。アルマンゾは九歳、学校へ行くよりも、父さんの農場の手伝いをして、牛や馬といっしょにいるほうが楽しいのです。子牛を訓練したり、すばらしく大きなカボチャを実らせていくうちに、彼もまた、やがて、父さんと同じ農夫になろうと決心します。

 シリーズ中1冊だけローラが登場しない巻。ローラの夫となったアルマンゾが少年だったニューヨーク州時代のお話。私は子どもの頃は「ローラが出ていないなんてつまらない」と思って読んでいなかったので、きちんと読むのは初めてです。

 裕福な大農場の末っ子として生まれたのがアルマンゾ。西部の開拓者であるインガルス家とはがらりと違う暮らしぶりです。人々の服は手紡ぎ毛織もあれば機械織りの生地で仕立てたよそゆきもある、少年たちは耳当てのついた帽子をかぶって独立記念日のお祭りでレモネードを買う。ワイルダー家が裕福なせいもありますが、長男ローヤルは新しく仕立てた服を着て高等学校へ入学しています。
 また、インガルス一家が払下げ農地に定住したのよりも古い話なのに、ワイルダー家で使われている農機具は新式。バターづくりの道具もこちらの方が格段に使いやすそう。また、馬の買い付け人や遠くからやって来る靴職人との交流など、西部にはなかったものばかり。

 でも、豚をほふって冬支度する風景は「大きな森〜」で描かれたのとぴったり同じ。きっと、ローラはアルマンゾの昔話を聞きながら「ああ、うちでも同じことをしたわ」と言葉をはさんだのでしょうね。

 そういえば、女きょうだいのイライザ・ジェインとアリス(ともにアルマンゾの姉)はあまり登場しませんね。やっぱり幼くても男の子と女の子の仕事ははっきり分かれていたのですね。イライザ・ジェインは長女らしい尊大さと面倒見のよさが印象にのこって、のちに西部でローラと衝突するエピソードも違う目で見られるようになりました。

 アルマンゾは学校よりも父と一緒に農場の仕事をするのが好き。はやく大きくなり、自分の裁量で牛や馬と働けるようになりたい。自分の手で馬を調教したいと十にもならない頃から考えていたんですねえ。他にも、冬の湖での氷切りや丸太の運びだし、羊の毛刈り、橇づくり等、ローラの視点には入っていなかった男性の仕事も多く書かれています。

 そんな生活は長男ローヤルには合わなくて彼は商売人になりたいようですが、アルマンゾは父親と同じように働きたい。父も末っ子の成長を厳しく温かく見つめています。
 父親は物語の中で幾度も「我々はアメリカの地を耕したのだ」と独立した農夫の気概や自然を相手にした仕事の良さを語っていて、これはのちにアルマンゾがローラに話したことと繋がっています。

 さらに父親は面白い考え方をアルマンゾに聞かせています。

「あんな機械(脱穀機)にたよるのはなまけもののやることだ。麦わらはだいなしになって家畜の餌にはならなくなるし、穀粒をそこらじゅうにまきちらして、むだをだすんだよ。
得をするのは時間だけだよ、アルマンゾ。だが、そうやってもうけた時間をどう使うんだ、何もすることがないのに? ただじっとすわって、手を膝に組んで親指をくるくるさせるくらいがせきのやまさ」



 なるほどねえ。昔の人の勤勉さって、こういう感覚だったのかしら。今なら余った時間にスマホでゲームしたい、ということになるのかもしれませんが。
 アルマンゾの生い立ちを知ったことで、シリーズ後半の巻が味わい深くなりました。
(2018.12.5)

 

大草原の小さな家シリーズ 10
「わが家への道」
岩波少年文庫
ローラ・インガルス・ワイルダー 著  谷口由美子 訳

  わが家への道―ローラの旅日記―ローラ物語〈5〉 (岩波少年文庫)


原題「On the Way Home」。1894年7月、マンリーとローラは幼い娘ローズをつれて自分たちの土地を求めて馬車の旅に出る。その時のローラの旅日記と、娘ローズがのちに書いた当時のワイルダー家の生活の記録。

 ローラが夫・アルマンゾと娘・ローズとともに『大きな赤いリンゴの土地』を求めて出発した旅――サウスダコタ州デ・スメットからミズーリ州マンスフィールドまで650マイル、約40日間の覚え書きです。
 シリーズ前半は子どもの頃に夢中になって読みましたが、当時はローラが結婚して家を出た後の巻の良さがわからなくて「はじめの四年間」も途中で読み止まり、この巻は未読でした。でも、いま読むととても面白かったです。

 八月二十日

七時半に順調な出発。だが、道は石だらけで、ひどい。作物は育ちが悪い。誰もがここでは必要な時に限って全然雨が降らない、と言う。



 慌ただしい旅の合間に一言だけ書きとめたんだろうなあ、というこんな感じの淡々とした文章が多く、ですがそこに妙に引き込まれました。

 また、第一印象、アメリカってこんなに厳しい気候の土地だったのか、と驚きました。
 そもそも一家がデ・スメットを出たのだって『七年間というもの、まったくと言っていいほど雨が降らなかった』後のことだし、旅の途中の気候も『強風。気温39℃』『気温42℃』『一日中、熱風の激しい向い風が吹いていた』と、ちょっと恐ろしくなるほど。
 出て来る風景もサウスダコタ州、ネブラスカ州、キャンザス洲を通る間は殺伐というほど寂しく、そこを通る人たちの希望や不安、失望も伝わってきました。

 ネブラスカはリディア・ロケットのポケット(からっぽの貨車のこと)みたいだ。中にも上にも何もなく、ただ枠があるだけ。


 マンリーはサウスダコタ州へ行く二人の旅人に話しかけた。キャンザスには何もないそうだ。



 移住者の馬車がうしろからきている。いずれ、いつもの質問がくるだろう。
「どこから来たんですか?」
「どこへ行くんですか?」
「行く先の土地の作物はどうなんですか?」



 こんな中で、森を切り開いたり、草原に鉄道を敷いたり、木材を運んで集落そして町を作っていったんですね。

 ミズーリ州に入ったあたりから木々の緑、小川や野鳥の描写も増えてきて、ローラたちが求める土地に近づく希望が想像できました。
 また、馬車で通りかかった町の当時の写真も数枚収録されています。ローラの少女時代を描いた「シルバー・レイクの岸辺で」あたりでも町の風景は出てきますが、これほど賑やかではなかったような。アメリカの地方都市がぐんぐんと育って行く様子が想像できました。

 さて、マンスフィールドに腰を落ち着ける3章だけは娘・ローズによって書かれています。ローラの覚書がその前で終わっていたこと、そしてローラ自身が当時のことを「考えたくない」と話すことさえ頑なに拒んだためです。
 そのきっかけとなった出来事は読む方がよさそうなのでここには書きませんが。ただ、ローラが本当に苦悩、怒り、そして自分自身への深い後悔を感じたことが理由だったのではないかな、と想像しました。

 シリーズ最後のこの本は、当時の開拓者たちの暮らしぶりが凝縮して書かれている気もします。
 新天地を求めて旅するのは希望もあるけれど、半分は賭け。その賭けに負ければどんな不幸が待っているか、それを気づかせる旅の家族も登場していました。
 何もないところに生活を打ち立てる苦労、自分の手で鍬を握り、銃を持って戦った――その歴史が今もアメリカ人の自負の一端をかたち作っているのですね。

 「大きな森の小さな家」のお転婆な少女がこんな大人になったんだな、というひとことが後書きにありました。

小さな家の物語は、遠い昔の物語です。でも、本当のものは変わらないのです。いつだって、正直で誠実でいることが、いちばんいいのです。

あなたを幸せにしてくれるのは、あなたの持っている゙もの゙ではなく、愛情と思いやりと、おたがいに助けあうことと、そして、何よりも゙ いいひと ゙でいることなのです。

(2018.8.11)

 

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