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推理小説 1

 

「象は忘れない」 早川文庫
アガサ・クリスティ 著  中村能三 訳

   象は忘れない (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


原題「Elephants Can Remember」。探偵小説家のアリアドニ・オリヴァは、パーティの席上で十年以上昔の事件の真相を尋ねられた。彼女の古い友人の死亡事件を、警察は夫婦の心中と結論づけていた。だが、動機は誰にもわからない。ポアロに相談したミセス・オリヴァは「象は物事を忘れない」という言葉を頼りに、事件の関係者たちの話を聞いてまわった。

 久々にクリスティを読んでますが、こんなに会話の多い文章でしたっけ。シナリオかと思うほど喋り続けてます、ミセス・オリヴァ(笑)。いや、「鳩のなかの猫」は女子高生、今回は想像力過多のアリアドニ・オリヴァが活躍するお話だから、それも当然なのか。

 でも、楽しかった。怒涛のようなミセス・オリヴァのおしゃべりの中にちゃんとヒントとなる事柄がひそんでいて、見つけた読者はすっかり嬉しくなるという仕掛けです。また、シリヤの両親世代の話には、相似形をなす人間関係がいくつもあってこれも怪しくみえる。読者も後から驚くような凝った謎解きではありませんが、こういう推理小説もいいですね。

 あとがきによれば、最後にかかれたポアロものの作品なのだそうです。道理でポアロさん、謙遜なんて身につけてしまわれて……。私は遠慮無用なポアロさんの方が好きですが。
 でも、クリスティもポアロさんもお歳だからなのか、若者たちに向ける視線が愛情にあふれていて素敵でした。
(2009.5.20)


「鳩のなかの猫」 早川文庫
アガサ・クリスティ 著  橋本福夫 訳

   鳩のなかの猫 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


メドウバンクはイギリスだけでなく海外からも良家の子女を受け入れる名門の女子校。有能な校長のもとに運営され、にぎやかだが時に退屈なほど平和なこの学校で、新任の体育教師が射殺された。この事件の鍵をつかんだ、と確信した学生ジュリアは、名探偵エルキュール・ポアロのもとを訪ねた。

 ふと、懐かしくなって図書館で借りてみました。中学生の頃によく読みました、ポアロのシリーズ。読み進めながら推理を楽しむ、というタイプの作品ではないですが、さまざまな登場人物の描写が楽しかったです。
 やり手で、しかも冒険心を忘れないバルストロード校長、アナトリアへ地元バスを乗り継いで旅行しているアップジョン夫人がいい味です。
 主役エルキュール・ポアロは後半になってからの登場ですが、今回は妙に楽々と推理(笑)。あまりにあっさりしていたので、むしろ女子学生ジュリアの機転の方が印象に残りました。

 ラストシーンは唐突な印象がありましたが、やっぱり疑惑の品物の行く先がはっきりしないと物語がおさまらないのでしょうね。
 お芝居を一本見たように、気持ちよく読み終わりました。
(2009.4..30)


「オリエント急行の殺人」 早川文庫
アガサ・クリスティ 著  山本やよい 訳

   オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


原題「Murder on the Orient Express」。真冬の欧州を走る豪華列車オリエント急行には、国籍も身分も様々な乗客が乗り込んでいた。奇妙な雰囲気に包まれたその車内で、いわくありげな老富豪が無残な刺殺体で発見される。偶然乗り合わせた名探偵ポアロが捜査に乗り出すが、すべての乗客には完璧なアリバイが……。

 先日、テレビでオリエント急行を見て、ふと読みたくなりました。
 十代の頃と違って、ポアロはもはやデヴィッド・スーシェでしか想像できない(笑)。葉巻はもちろん、イニシャル入りのハンカチ、ガウンといった女性の持ち物に特に時代を感じます。また、見ず知らずの旅行者同士が旅の話に興じる、といった光景も面白かった。

 ……と言っていいですよね。

 あまりに有名な作品で謎解きはできませんでしたが、優雅な雰囲気を満喫しました。
(2014.6.13)


ラテンアメリカ文学選集
「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」
現代企画室
V・リョサ 著 
 鼓 直 訳

  誰がパロミノ・モレーロを殺したか


ペルーを舞台にした推理小説仕立ての小説。パロミノ・モレーロが死んだ。甘い声で歌うギター弾きにはあまりに似合わない無惨な殺され方だった。リトゥーマと上司の警部補は捜査を始めた。知人、家族・・・関係者の証言の中から生前のパロミノとその恋人の姿が浮かび上がってくる。

 現代ラテン文学を読むと最初はその淡々とした文に馴染めないものを感じ、そのうちそれがとんでもなく強烈な熱情や切なさの裏返しだと気づいてはまっていきます。いたるところで感じる嘲笑、下品さ、エロティックな言葉、澱んだ空気、臭気。そして事件の真相が明らかになるにつれて、その中に信じられないほど美しいイメージが浮かび上がってくる。それはリトゥーマが見上げる月だったり、パロミノの歌だったり、ドニャ・アドリアナの水浴び姿だったりする。
 私はペルー(や、その周辺国)の音楽の歌詞を読むと、独特のセンチメンタルさを感じることがあります。肉体的というか、心臓に響く感じというのでしょうか。それがここにも生きてるなあと思いました。
 また、パロミノの死は南米の民族問題も孕んでいます。「混血」「グリンゴ(米国人の蔑称)」この言葉の間で死んだパロミノの無惨な姿と歌声が胸に残ります。
(2003.4.27)

「謎のヴァイオリン」 新潮社
クリスティアン・ミュラー  著 瀧井敬子  訳  

   謎のヴァイオリン


グァルネリの幻の名器が現れた。しかし渦巻き部分のみ。麻薬捜査官を引退し、ヴァイオリンの鑑定士となったベルナルディのもとに次々とグァルネリの部分品が姿を現す。2世紀ぶりに発見された楽器は何故ばらばらにされて人手に渡ったのか?

 多忙な稼業から身を引き、静かに暮らす主人公(これは仕事人の憧れですね)、世話焼き家政婦ディルリンガー、イタリア貴族のディ・タスチ子爵。この1作だけなのが惜しいくらいに登場人物に味があって面白かったです。名器を分解して複数の楽器を作るとか古楽器の鑑定の様子など、あまり知られていない習慣や描写が風変わりなミステリーです。が、謎解きとして読むには展開がちょっと判りやすすぎるかも。
(2004.5.15)

「時の娘」 早川文庫
J・テイ 著  小泉喜美子 訳 

   時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)


一枚の肖像画が退屈な入院生活を送っていたグラント警部の興味を誘った。彼は悪名高いリチャード三世の、歴史書とは違う素顔を推理しようとする。王位を奪うために甥たちを殺害したという逸話は事実なのだろうか?

 歴史書、資料を調べあげることで過去の事実に迫ろうとする整然とした思考、文章が読んでいて気持ちいいです。歴史ものと推理小説のミックスなのですが、歴史といっても堅苦しい説明ばかりがされているわけではない。グラント警部が看護婦から借りる落書きつきの歴史教科書、肖像画を見た時の各人物の気ままな感想、グラントの思考が新しい方向へ広がるのを助ける美しい女友達の存在。それら全てが生き生きとしていて読んでいて楽しい。
 病室から出られないグラントに代わって調査をする青年(あだ名は「むくむく子羊ちゃん」って……笑)によって、作中ではこの謎解きの成果は本になる予定になっています。しかし「名探偵による推理のご披露」という華々しさだけにこの本の面白さがあるわけではなく、むしろグラントが得る充実感、一枚の絵が真実を語り続けているのを証明してみせたという達成感がすがすがしい。
(2003.4.5)

「ロウソクのために一シリングを」 早川書房
J・テイ 著  直良和美 訳

   ロウソクのために一シリングを (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


原題「A Shilling for Candles」。イギリスのとある海岸で溺死体が発見された。殺されたのが人気絶頂の映画女優クリスティーン・クレイだったことが世界中に衝撃を与えた。容疑者は一文無しでクレイに拾われた青年、夫であるエドワード卿、女優の仕事仲間たち――真相を求めてロンドン警視庁のグラント警部が捜査に乗り出す。

 1936年に発表された作品です。「時の娘」が面白かったので、探して読んでみました。事件らしい(?)事件は冒頭の殺人だけで、関係者を丹念に追うことで推理を組み立てる展開。なつかしい感じだなあ――そう思ったら、アガサ・クリスティと同時代の作家さんでした。辛めのユーモア、ゴシップ好きへの皮肉などなど、何となく味わいが似ている気がする。

「時の娘」ではベッドに横になったままだったグラント警部が走ってます(笑)。女優マータの登場も嬉しかったのですが、誰より気に入ったのは警察署長の娘、エリカ。機転がきいて大胆で、しっかりもの。アガサ・クリスティの「七つの時計」に出てきたアイリーン・ケイタラムと似ている、かな。全体に古風な雰囲気が漂う中で、型破りなエリカの行動にはしたなくも(笑)はらはら致します。
(2008.5.5)

プリンス・マルコ・シリーズ 1
「セーシェル沖暗礁地帯」
創元推理文庫
J・ヴィリエ 著  伊東守男 訳 

  SAS/セーシェル沖暗礁地帯 (創元推理文庫 197-1 プリンス・マルコ・シリーズ)


オーストリアに領地を持つプリンス、マルコはCIA諜報員でもある。インド洋に沈んだウラニウムを手に入れるためにいくつかの国の特務機関が諜報員を派遣する。

 CIAもののこんなTVドラマを昔やってたなあ、と懐かしく思い出しました。エレガントでプレイボーイなプリンス。次々登場するセクシー美女(表紙は毛皮にくるまった超美女が銃を片手にこちらを見てました・笑)と何かと楽しくやっているマルコに「そ、そんな場合ですか、プリンス!?」と突っ込みをいれながら楽しく読みました。
 何となく気に入ったのが貨物航空便「スーパー・ペリカン」(エール・フランス。○通にあらず)。15メートルある雪だるまをぜひ見てみたかったです。この巻ではあまり話にあがらないのですが、プリンスはぼろなお城を持っていて修復費用のためにCIAで稼いでるらしいです。次はその辺りを読んでみたいなあ、と思いました。
(2004.4.24)

プリンス・マルコ・シリーズ 2
「イスタンブール 潜水艦消失」
創元推理文庫
J・ヴィリエ 著  伊東守男 訳 

 SAS/イスタンブール潜水艦消失 (1979年) (創元推理文庫―プリンス・マルコ・シリーズ〈2〉)


袋小路の海域、ボスポラス海峡でアメリカの潜水艦が撃沈された。敵対する国の艦がいるはずのない場所だが、いったい何者が攻撃をしかけたのか?

 雇われた殺し屋と協力者、謎を追う者と隠蔽しようとする者がだましあい、探り合いする。スパイものの楽しさが満杯でした。ずばぬけた記憶力と語学力を持っているが、どこかおっとり抜けた雰囲気の殿下が面白いです。お城の修復計画を立ててると、草臥れてても元気が湧いてくるなんて変で可笑しい。他にも、何につけてもついてない殺し屋クリサンテム、マルコのイスタンブールの(と、言う方がよいのか)恋人ライラがいい味でした。CIAの監視をかわして「来ちゃったわよ」という一言が可愛いです。
(2004.5.28)

 

「ダ・ヴィンチ・コード 上」「中」「下」 角川文庫
D・ブラウン 著  越前敏弥 訳 

   ダ・ヴィンチ・コード 上・中・下巻 3冊セット


原題「The Da Vinci Code」。ルーヴル美術館でダ・ヴィンチの素描を模したかのような他殺死体が見つかった。その晩、被害者である館長ソニエールと会う約束をしていたラングドンは容疑者として事件現場へ連れてこられる。そこにはソニエールが孫娘ソフィーにあてた暗号が残されていた。2006年5月公開の映画「ダ・ヴィンチ・コード」の原作。

 映画公開から一年、今頃読んでます。友人が古書店で入手して、読み終わるのを待っていたので。別に買いたくなかったわけではないのですが(笑)、なんとなく今になってしまった。時々電車の中で同志を見つけます。

 絵画の図像という道具立てといいテンポといい、映画のために書かれた話のように思えました。先はどうなるのか、と目を離せず、あっというまに読みきりました。そういう点は大変面白かったです。……ただ、読んでいて楽しくなかったです。

「面白いけれど楽しくない」って、なかなか説明しづらいのですが。
 先を読ませるためのテクニックが見え見えで、頭が冷めてしまうのです。読者に、結果を先に見せて経過説明に引き込む、あるいは、経過だけを見せて結果を見せない。上巻はまるまる一冊このくり返しなので、場面転換に振り回されるのに疲れてしまいました。
 後半はかなり落ち着いてきて読みやすくなりましたが、こんなに暗号と象徴がたくさんないとシオン修道会の使命は語れないのでしょうか(それを言ったらおしまいですか・笑)。
 そして、この事件の黒幕「あの人」近辺の描写は、とっても楽しくなかったです。私は推理小説をほとんど読まないのですが……こういうのは、あり、なんですかねえ。一人称の入れ替わりで話が進むので、なおのことひっかかったのかもしれません。
 事を半分しか見せられずに、この結末に持っていかれるのは、私は面白くなかったです。こうやって読んではいけないのかな?

 めずらしく批判から書いてしまったので、好きなことも書きましょう。
 ティービングさん、好きですね。ラングドンじゃなくて、ティービング・シリーズでよかったですよ(こらこら)。すぐ札ビラを切る(!)が、頭も切れる。どーにかしてティービング・シリーズになりませんかね。←無理ですね。
(2007.4.20)

 

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