1へ ← 読書記録 → 3へ

推理小説 2

 

モリー・マーフィシリーズ1
「口は災い」
講談社文庫
リース・ボウエン 著  羽田詩津子 訳

   口は災い (講談社文庫)


原題「Murphy's Law」。20世紀初頭、殺人を犯してアイルランドの実家を飛び出したモリーは、かくまってくれたキャスリーンの子供たちを、肺病の彼女に代わって夫の待つニューヨークに連れていくことに。しかし、船のなかでモリーの嘘を嗅ぎ付けて脅してきた男が入国目前のエリス島で殺された。

 無実の罪で故郷を飛び出したモリーは、偶然出会ったキャスリーンの身代わりとして新天地アメリカへ向かった。その秘密を知る男が何者かに殺されたことから、モリーは事件の真相を求めて見知らぬ街ニューヨークを歩き回ることになる。

次々と起こるトラブル、それを気にせず真犯人を探そうと空腹を抱えて歩き回る(お金がないので鉄道に乗れず、パンも買えない)モリーから目を離せません。もちろん、キャスリーンと偽名を名乗るのを忘れずに。

至るところで地下鉄工事が行われ、目も眩むような摩天楼が建設されているニューヨークの雰囲気も刺激的です。地下に、空に新しい世界が広がっていく、というアメリカのいい時代だったんですよね。
しかし、その陰で貧困にあえいでいた移民たちの暮らしも生々しく描かれて、小説の世界がより深く味わえました。

謎解きらしい謎解きがないので、コージー「ミステリー」と呼ぶのはためらわれるのですが。でも、テンポよくて登場人物がみな魅力的です。3巻以降も読んでみたいのですが、どうもシリーズ2作目までしか邦訳されていないようです。どうする、どうするよ?
(2014.11.20)

 

モリー・マーフィシリーズ2
「押しかけ探偵」
講談社文庫
リース・ボウエン 著  羽田詩津子 訳

   押しかけ探偵 (講談社文庫)


原題「Death of Riley」。1900年代初め、ニューヨークに住み着いたアイルランド娘のモリーは、想いを寄せるエリート警部のダニエルの反対を押し切って探偵になると宣言。師匠と見込んだヴェテラン探偵のライリーは頑固な女嫌い。何とか口説いて出入りを許された矢先、ライリーが殺されてしまう。図らずも跡を継いだ彼女は犯人を追う。

 ジョージーシリーズが面白かったので、同じ作者さんの本を手にとりました。間違えて2作目から読んでしまいましたが、面白かった!

 1900年代初めのニューヨークという舞台は私は初めて読んだので新鮮。高架鉄道あり、路面電車あり、でも馬車も活躍してます。18階もあるようなビルも建設中。葉巻を吸ったり、バーに行く女性は相当進歩的だった時代。楽しいなあ。

 そんなN.Yで、自分の力と機転で生活の足場を築くモリーが可愛くて目が離せません。
 ライリーの事務所に助手志願として乗り込んだり、手掛かりを求めてどこへでも足を運ぶ行動派。それと同時に、前巻からいい雰囲気になった(らしい)ダニエルとの関係に一喜一憂するところもある。100年前も今も変わらないお年頃の女性です。

 謎解きはジョージーシリーズの方が手ごたえありますが、人物造形はこちらのシリーズの方が多様で面白い。次の巻は邦訳されてるのかな。すっ飛んだ進歩的な女友達シド、ガスとモリーのトリオの話だといいなあと思いつつ、まずは1巻を探しにいきます。
(2014.11.5)

   

「翡翠の家」 創元推理文庫
ジャニータ・シェリダン 著  高橋まり子 訳

   翡翠の家 (創元推理文庫)


原題「The Chinese Chop」。「部屋求む。ルームメイト応相談」。ニューヨークに来たものの、住みかにさえ不自由している新人作家ジャニスが出した個人広告。それを見て連絡をくれた中国系女性リリー・ウーと一緒に引っ越したのは、ワシントンスクエアの元実業家邸、今はアーティストたちが住むアパートだ。が、入居するや不審事が続き、さらには殺人事件が。犯人は住人の中に?

 1949年に書かれた推理小説です。古き良きミステリーの空気を満喫。どこかアガサ・クリスティを思い出しました。
 物語は第二次大戦が終わってまもなくの頃。故郷ハワイからニューヨークへ、駆け出しの作家としての新しい生活にとびこんだジャニスは偶然同郷のリリー・ウーと知り合って、シェアハウスで暮らすことに。この、画家や童話作家、女優が住むアパートで不審な事件がたて続けに起こります。管理人が殺害され、リリーも何者かに殴られてしまう。誰が、何故、何の目的で?

 あまり凝ったトリックや謎解きがないのが、いまのミステリー好きには物足りないかもしれません(私には程よい感じでしたが)。例えるなら、「マジック」「イリュージョン」ではなく「手品」というのがふさわしい。仕掛けがあるのを知っていて、それでもわくわくする、という感じでしょうか。

 ちょっと翻訳(か原文)が不自然なところもありましたが、私はむしろ雰囲気を楽しんで読んでしまいました。
 謎めいた過去を持つ個性的な人々が同じアパートに住み、殺人事件に脅えながらも「気分を変えましょうよ」と言って、カードゲームをしたりパーティに興じる。戦後はなやかになったファッションに夢中の女たち。謎めいた中国系ファミリーから感じられるのはエキゾチックな東洋の香り――と、どこかのんびりとした雰囲気。
 読み心地、後味がいいミステリーって貴重です。
(2013.3.7)

 

「常念岳 一ノ沢の死角」 光文社文庫
梓林太郎 著

  常念岳 一ノ沢の死角 (光文社文庫)


常念岳に登っていた中学生パーティーから安曇野署に救助要請が入った。女子生徒一名が転落し重傷だという。結局、治療の甲斐なく息を引き取ったが、刑事・道原伝吉は小さな矛盾点から死因に疑問を持ち始める。

 長野の山を舞台に起きた殺人事件を描いた短編7編。
 上高地、涸沢、北穂、奥穂と登山好きの中高年に人気の場所が次々に出てきます。私もけっこう楽しかった(照)。雰囲気は夜9時のサスペンスドラマっぽいかな。ただし、推理の筋は単調で物足りなかったです。

 文章はよみやすく、ベテラン刑事・道原が主人公の5編があっさりした読み心地でよかったと思いますが、正直言うと、あと20年くらい経ってから読みたいかな。
(2013.10.16)

 

「オレンジの壺 上 」「下」 講談社文庫
宮本 輝 著

   新装版 オレンジの壺(上) (講談社文庫)

   新装版 オレンジの壺(下) (講談社文庫)


離婚後、失意の日々を送っていた佐和子はある日祖父が遺した日記のことを思い出した。「佐和子が自分の意思で譲渡を求めるまでは渡してはならず、また誰も日記を読むように佐和子に強要してはならない」――こんな奇妙な遺言によって保管されていた日記には、若き日の祖父が渡欧した日々のことがつづられていた。祖父と美しいフランス人女性との恋の行方、そして「オレンジの壺」という謎の言葉が何を意味するのか。それを確かめるために、佐和子はパリへと旅立った。

 たまたま、体調がだるい時に手にして、佐和子の精神状態とリンクしてしまったので、そのまま読みきりました。さらっと水のように読めて、身体に楽な文章でした(何だ、それは)。

 佐和子が祖父の古い日記や手紙の束を読み解くミステリー。
 謎を解くために、佐和子はパリへ赴き、祖父の記憶を語ってくれる人を探し訪ねる。話は、現代から、二つの大戦のはざまの時期のヨーロッパへ飛ぶ。
 ある人の中にはまだ先の大戦の傷が残り、またある人は世界が新たな戦争へ向かいつつある気配を感じている。社会主義思想が広まりつつあった当時の空気は、やがて祖父と婚約者の上にも影を落としはじめる。

 ――こんな雰囲気はかなり好きでした。
 ただ、納得いかない謎がそのままになっているのが、どうにも困りました。解説では、それは気にしないでいい、ような事が書かれていますが。いや、やっぱり気になりますよ、普通。
 もうちょっとだけでも、謎が明かされて納得させて欲しかった、と思います。
(2010.9.10)

 

「街の灯」 文春文庫
北村薫 著

   街の灯 (文春文庫)


花村英子は宮家や華族の子女とともに学校へ通う令嬢。その花村家に女性のお抱え運転手が雇われた。英子の送迎だけでなく、護衛や付き添いも兼ねるという若く謎めいた彼女を、英子はベッキーさんと呼ぶことにした。好奇心、想像力旺盛な英子はベッキーさんの助けを借りながら、昭和7年の東京で起きた不可解な事件を推理する。短編探偵小説集。


 昭和7年の物語ということで、お馴染みの東京名所――尾張町交差点(現在の銀座四丁目交差点)や神宮球場――の昔の風景を味わえるのが楽しいです。今と何が違うといって、やはり戦後に無くなった身分、つまり華族のお嬢様、海軍さんがそこを歩いているというところ。こういう人の存在感が時代の雰囲気を作るのでしょうね。

 謎解きもありますが、本格推理というよりも時代の雰囲気を楽しむ本なのだろうと思います。この点、実は私には苦手な本でした。あの、その――お嬢様方のしゃべりがかったるくて! 「これも、お素敵ですわね」言われましても、困ります。
 時代がかった言い回しも飛ばしがちだったし、女子高の『お姉さま』感覚は理解できないので、ベッキーさんもそれほど魅力的に思えませんでした。多分、私には合わない本。

 でも、英子が優しさとともに身分に求められる賢さ、責任感を身につけつつある様子が楽しかった。手元にもう一冊あるので、とりあえずそこまでは読んでみるつもりです。
(2010.9.30)

 

「玻璃の天」 文春文庫
北村薫 著

   玻璃の天 (文春文庫)


三代にわたって犬猿の仲であった二家が、孫同士の恋によって好関係を取り戻そうとしていた。だが、その和解の席上で、贈り物である浮世絵が消えた。二家をつなぐ橋は幻と消えるのか? 昭和初期の東京を舞台にした探偵小説<ベッキーさんシリーズ>第二弾。


 あいかわらずお嬢様たちの会話に暇をもてあましております(おい)。何が驚いたって、前作で犯罪の共犯をつとめていた人物が普通〜に登場しています。いいのか、それで、上流社会では。

 でも、前作よりも楽しく読みました。英子の機転のよさ、14、5の少女らしい優しさ、芯の強さがより鮮やかになってきたように思いました。

 印象的だったのは、立食パーティーの席上で出会った若手将校・若月英明と英子の会話。

「大義がなくて、なぜ国が立ち行くのか。大儀がなければ、人は私の利益や快楽や達成のみを求めて一生を送るのではありませんか。熟れ過ぎた実が腐って落ちるように、そういう国家は崩壊するしかないでしょう」

「お友達の中にも、男になって正義の戦いに行きたい、と語る方はいらっしゃいます。純粋だと思います。でも、わたしは、別の国が日本を救うためといって進攻してきて、わたしやわたしの家族が殺されたら、それを正義と思えるだろうか、と自問してしまうのです」

 結局、庶民の生活苦を知る叩き上げの軍人に、令嬢が返す言葉をなくしてしまって会話はお開きとなりますが。
 軍国主義を単なる批判でも陶酔でもなく見つめる青年と、深窓の育ちながら国家の行く末と幸福を考える少女――日本が太平洋戦争へと向かっていくあやしい雲行きのもと、生きていく先を見定めようとする彼らの会話にはやるせない気持ちを覚えました。
(2010.10.6)


1へ ← 読書記録 → 3へ
inserted by FC2 system