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ファンタジー小説 6

 

「夏至の森」 創元推理文庫
パトリシア・A・マキリップ 著 原島文世 訳

   夏至の森 (創元推理文庫)


原題「Solstice Wood」。祖父の葬式のために故郷にかえったシルヴィアを待っていたのは、鬱蒼とした森に抱かれたリン屋敷と祖先ロイズ・メリオールの手記。そして、森に棲む美しくも怖ろしい妖精の女王とその眷属から屋敷を守っていたのは、祖母が主催する縫い物の会だった。

 初めて読んだ作家さん。最近はファンタジーはあまり読まないのですが、こちらはハイファンタジーではなく、妖精も出ますが携帯電話も出るようなので、面白がって手にとってみました。「冬の薔薇」という作品の続編ですが、そちらは読んでいなくても大丈夫です。

 都会暮らしに慣れて、近所がみんな顔見知りという故郷が少し億劫なシルヴィアは早々に自分の町へ戻りたい。しかし、祖母アイリスと村の女性が毎月おこなう縫い物の会<繊維ギルド>が森と村の境界を守っており、そのひとつが綻んでしまったことで、シルヴィアは思いがけない経験をすることに。従弟の少年が森の異界にとらわれ、シルヴィアも望む望まずに関わらず、妖精の世界へ入り込んでいきます。

 妖精の描き方が、幻想的でありながらも生っぽくて面白い。美しいにしても、爬虫類や小さな虫のきれいな色や形を思わせる、少し気味が悪い美しさ。肌がぬるぬるしていたり、話すたびに口からぽろぽろと花を落とすのです。

 現代が舞台となっているのがとっつきやすいですが、あとがきを見ると、この作者の他の作品はもっと幻想的な作風のようです。ファンタジーにはまりこみたい気分になったら、探してみようかな。
(2013.2.16)

 

「魔術師ペンリック」 創元推理文庫
L・M・ビジョルド 著 鍛治靖子 訳

  魔術師ペンリック (創元推理文庫)


原題「Penric's Demon, and other novellas」。ペンリック19歳、婚約者を迎えに行く途中、病で倒れている老女の最後を看取ったのが、すべての始まりだった。亡くなった神殿魔術師の老女が持っていた魔が、あろうことかペンリックに乗り移ってしまったのだ。おかげで婚約は破棄され、ペンリックは年古りた魔を自分の内に棲まわせる羽目に。ペンリックは魔を制御し、庶子神神殿の神殿魔術師になるべく訓練を始めるが……。

 「ペンリックと魔(Penric's Demon)」「ペンリックと巫師(Penric and the Shaman)」「ペンリックと狐(Penric's Fox)」の中編3作を収めた、著者の新シリーズ。

 久しぶりに読む五神教シリーズ。他のファンタジーは雰囲気が重かったけれど、この作品は随所にヴォルコシガン・シリーズのようなユーモアが感じられて好みです。これは主人公ペンリックの明るくのびやかな性格によるところが大きい。読み進めれば、尋常でない闇を抱え込まされていることもわかるのだけど。それでも、地方貴族の末っ子らしい鷹揚さや、心根の優しさはどこかマイルズと共通する部分もある気がします。

 最初の「ペンリックと魔」で、ペンリックは通りがかりの縁(?)で魔に乗り移られてしまうのだけれど、その魔はなんと12人(ライオンと馬もふくめ)の生を代々渡り歩いてきたという大物。
 頭の中に“10人の姉”がいて自分を見ている、って考えただけで辟易しそう。ですが、それに慣れたペンリックもすごいですねえ。彼女らとどうつきあうか――まずペンリックがしたのは「名前をつける」こと。シンプルですが、(魔物の)心に響く贈り物だったのでしょう。
 こうして、青年ペンリックと年古りた魔「デズデモーナ」の新生活(?)が始まります。

 2作目は、ペン(ペンリック)とデス(デズデモーナ)の出会いから4年後。ペンはマーテンズブリッジの神殿の神官学師という立場に。ウィールド王家の王女大神官の宮廷魔術師ともいうらしい。王女のおかかえ魔術師ということかしら。このあたりの設定がまだよくつかめないのですが。

 4年の間にさまざまなことを学び、1作目とはうってかわって立派になったペン。デス代々の知識を一気に蓄えたのだから勉強もすすみますよね。ちょっとうらやましいわあ。

 2、3作目は登場人物も重なっていて連作のよう。あとがきによれば、原作ではこの間に別の2作がはさまっていますが、あえてこの順番で邦訳されたのでしょうね。
 増えてくる登場人物それぞれが個性的。

 父神教団の上級捜査官で、生真面目頑固なオズウィル。
 狼由来の謎めいた力を秘めている王認巫師のイングリス。
 3作目では、イングリスの巫師仲間やオズウィルの助手も登場します。

 魔術師と巫師との違いがいまひとつわからないのだけれど。どうやら、魔術師の方が物理的に働きかける力に長けている様子。
 デスが力を発揮すると、周囲のすべての動きがスローモーションにみえるほどペンの動きを速くできたり。
また、デスの目を借りて(というか、貸すと言うべきかな)見える風景が迫力もの。森のすべての生命力が色鮮やかに、濃密に迫ってくる――空気の密な匂いまで想像しそうになる描写でした。

 一方で、ペンが身につけた魔法の力は実用的な一面も。
 貴重な書物を瞬く間に「印刷」して写本を作ってしまったり、剣を一瞬のうちに錆の塊と化してしまうなど強力なもの。もちろん、害虫退治にも効きます(笑)。こういうちょっとユーモラスなエピソード、大好き。

 いいチームの物語は面白い。あと3作が楽しみです。
(2021.3.5)

 

「魔術師ペンリックの使命」 創元推理文庫
L・M・ビジョルド 著 鍛治靖子 訳

  魔術師ペンリックの使命 (創元推理文庫)


原題「Penric's Mission, and other novellas」。ペンリックは、アドリア大公からセドニアのアリセイディア将軍に宛てた内密の手紙を携え、船でセドニア帝国に向かった。だが港についた途端、間諜として拘束され、投獄されてしまう。自らの内に棲む庶子神の魔デズデモーナの助けで牢を脱出したはいいが、なんとか尋ねあてた将軍は既に捕らえられ、両目をつぶされていた。最初から全てが将軍を狙った政敵による罠だったのだ。責任を感じたペンリックは医師と偽り、将軍の手当てを買ってでる。だが再び将軍のもとに敵の手が……。

「ペンリックの使命(Penric's Mission)」「ミラのラスト・ダンス(Mira's Last Dance)」「リムノス島の虜囚(The Prisoner of Limnos)」中編3作が収められています。

 前作のマーテンズブリッジからは船で遠く離れたセドニア帝国周辺が舞台。モデルは地中海世界なのか、描かれる風景もどこか明るく開放的。3作それぞれでペンリックの中の魔――1作目では医師、2作目は高級娼婦、3作目は学者――が活躍。魔の個性(?)がおもてに出てくると、彼らと折り合いをつけてつきあっているペンリックの鈍感力(笑)、柔軟性が際立ってみえますねえ。

 前の巻で登場した巫師たちは残念ながら不在ですが、セドニアの将軍・アデリスとその妹ニキスが重要な役として登場。特に、ニキス。ネタばれ……を心配するにはすぐにばれてしまうので、まあいいか(おいおい)。ニキスはヴォルコシガン・サーガのエカテリンなんでしょうか。

 ニキスはともかく肝が据わってる。ペンリックの中に複数の魔がいる状態に「何年いっしょにいるの?」「何世紀も生きるってどんなもの?」と聞きたいことが頭に渦巻きますが、困惑しつつも冷静さを失わない女性です。
 そんな彼女についてのペンとデスのやりとりもおかしい。

「あなたは彼女を気に入ってるんですか。私が出会うご婦人をいつも気に入るわけではないですよね」
「ご婦人たちの方だって、いつも私を気に入るわけではありませんからね」



 なるほど。
 彼らのうちなる(時にこぼれ出る)やりとりはユーモアが利いていて楽しい。拗ねたり不機嫌になった彼女らのなだめるのは難しいのだそうで(笑)

 彼女らの中でも今回は特に高級娼婦ミラが魅力的でした。彼女にかかったら、将軍も単なるひよっこ若造。また、周囲の女たちがペンリックを女装させて極上の高級娼婦に磨き上げることに夢中になる場面ではついつい笑ってしまいました。

 また、魔術についての設定も、前よりもより明確に書かれているような気がしました。相手の意思に反した行動を無理強いさせたり、重いケガや病気の治療を行う反動で「大量の混沌」が蓄積されてしまう、と。
 そして、医師としての腕を買われすぎて、故郷の神殿でぼろぼろになるまで働かされたペンの辛い体験も語られていました。この世界の魔術師は、誰も仕事を断ったりできない立場にあるんでしょうか。

 じっくり読みたいファンタジーシリーズなので、これからも長く書き続けてもらえたら嬉しいです(^^)
(2021.12.15)

 

「魔術師ペンリックの仮面祭」 創元推理文庫
L・M・ビジョルド 著 鍛治靖子 訳

 魔術師ペンリックの仮面祭


原題「Masquerade in Lodi」。庶子神祭目前の街ロディ。神殿で仕事をしていたペンリックは診療所から患者を診て欲しいとの依頼を受ける。魔に憑かれて錯乱した若者がいるというのだ。ペンリックは魔を引き剥がす聖者とともに祝祭に湧く街に逃げた若者を追うが……「ロディの仮面祭」、海賊に囚われたペンリックが幼い姉妹と脱出を図る「ラスペイの姉妹(The Orphans of Raspay)」、軍で蔓延する疫病の原因を探る「ヴィルノックの医師(The Physicians of Vilnoc)」の中編3作を収録。

 久々に楽しみにしてました。
 この著者の描く女性はみんな目を離せない個性を持っていて面白い、と「ロディの仮面祭」を読んであらためて思いました。
 庶子神教団の聖者キーオは聖者の自覚をそなえつつ、少女らしいいたずら心で周囲に混乱をまき散らす。デスがキーオをまあまあ気に入ってしまったから、ペンもそのペースに乗せられてしまいます。乗せられついでにお祭りであれこれ買わされているのが可笑しいです。

 そして、特に印象に残るのは「ヴィルノックの医師」。
 訳者あとがきにあるように、新型コロナのパンデミック以前に書かれたお話なのですが、読者の読み方はコロナ以降は変わってしまうでしょうね。
 原因不明の疫病への恐れ、人々の疑心暗鬼、医師の苦労と報われなさ(そうあってはいけないのだけど)は現実にあまりにも似ていて。いま、何事もなく本を読んでいられることに感謝しかないです。

 ペンリックが医療から距離を置きたがる理由となった過去の出来事も、軽くではあるものの書かれていました。
 常人からすれば、何でもできる(ように見える)魔術師に頼りたくなる気持ちもよくわかる。それが過度にならないように止めてくれる権威や決まり事が必要なんだな、とファンタジーを読みながらも現実について考えてしまいました。

 こんな風に、やや重めの雰囲気であったものの、ペンリックにあらたな仲間ができたことが嬉しい。
 犬の魔を宿した老農夫デュブロ、アデリスの砦で上級医師をつとめるレーデ。ペンリックと同等に医療の話が出来たり、魔とのつきあいを語りあえる――彼らがまた再登場してくれたら嬉しいです。

 さて、五神教と魔術が織りなす世界観もかなりつかめてきたので、もう一回読み返してみようかな。
(2023.12.10)

 

「ブレイブ・ストーリー」 上 角川文庫
宮部みゆき 著

   ブレイブ・ストーリー (上) (角川文庫)


おだやかな生活を送っていた亘(わたる)に、突然、両親の離婚話がふりかかる。家を出た父を連れ戻し、再び平和な家族に戻りたいと強く願う少年が向かった先は、運命を変えることのできる女神の住む世界「幻界(ヴィジョン)」だった。5つの「宝玉」を手に入れ、女神のいる「運命の塔」を目指す彼を待ち受けるものとは?

 RPGゲームのシナリオという体裁の本。RPGは決して嫌いではないですが――これは、本で読むよりゲームをやりますよ、という感じ。「ゲームでは食べ物はあるけど飲み物はない」というツッコミはくすりと笑えて楽しかったのですが。

 また、導入部の現実世界の小学生たちは面白いのですが、何せ大人が身勝手すぎる。これは、旅人ワタルが運命の塔で女神に会ったくらいでどうなる気もしない。この大人たちのどうしようも無さが物語のネタであるならいいのですが、そういう訳でもなさそうなので、続きを読むことはないかな。
(2016.7.17)

 

「あやかし飴屋の神隠し」 メディアワークス文庫
紅玉いづき 著

  あやかし飴屋の神隠し (メディアワークス文庫)


皮肉屋の青年・叶義は幼い頃、あやかしの神隠しに遭って以来、いかなるものも“視えないものはない”という。妖しい美貌を持つ飴細工師・牡丹はその手で“つくれないものはない”という―。二人の青年が営むは、世にも不思議な妖怪飴屋。奇妙な縁に惹かれた彼らは、祭り囃子の響く神社で今宵も妖怪飴をつくりだす。人と寄り添うあやかしの、形なき姿を象るために。あやしうつくし、あやかし飴屋の神隠し。


 メディアワークス文庫シリーズ、手に取ったのは初めてかも。ぱらっとめくって、妖し物の物憂い雰囲気が気になって読んでみました。

 妖しいほどに美しい飴職人・牡丹と飴屋台を切り盛りする青年・叶義(かなぎ)、そして、彼らが屋台をだす神社の神主・道理を中心としたお話。
 妖かしに憑かれた人を引き寄せてしまう牡丹と、「視える」けれど何もできない叶義の組み合わせが面白いし、登場人物それぞれが物悲しい過去とそれゆえの優しさを持っていて、しっとりとした森の神社の空気を感じさせるところがいいですね。

 ただ、地の文が独白調のせいか、ちょっと話の流れがわかりにくい気もします。

 神社にぱっと明るさをもたらしてくれた女子高生・蜜香のお話が一番好きでした。
(2018.5.1)

 

「幻想郵便局」 講談社文庫
堀川アサコ 著

  幻想郵便局 (講談社文庫)


就職浪人中のアズサは「なりたいものになればいい」と親から言われてきたけれど、「なりたいもの」がわからない。特技欄に“探し物”と書いて提出していた履歴書のおかげでアルバイトが決定。職場は山の上の不思議な郵便局。そこで次々と不思議な人々に出会う。生きることの意味をユーモラスに教えてくれる癒し小説。

 この世とあの世の境目にあり、生前の功徳を記した通帳を発行したり、死者と生者の間の郵便を配達する登天郵便局。そこで、アズサは「探し物が得意」ということを買われてアルバイトとして働きはじめる。その探し物とは……?

 ほんわり、のんびりとした雰囲気が楽しい。時々、現代の怪談話めいた超常現象も起きるのだけど、アズサのおっとりとした語り口がすべてをくるみこんでしまう。ええと、そう、怖くはないかな(笑)
 死にきれずに郵便局界隈をさまよう人(霊)たちも、どこかおかしみを誘う。カップめんを啜る生霊ってどうなんでしょ。何より、心霊スポットである郵便局でのひと騒動を終えた後に「充実した一日だったなあ」とつぶやくアズサがおかしいです。

 怪談めいた部分があまり怖くないので、小説として少し間延びした印象も持ちましたが、このおっとり感は好き。この著者の他の小説も探してみようかな。
(2019.1.18)

 

「予言村の転校生」 文春文庫
堀川アサコ 著

  予言村の転校生 (文春文庫)


父・育雄が故郷の村長に当選し、中学二年生の奈央はこよみ村に移り住む。村には秘密の書「予言暦」があるという。元アイドルの溝江アンナとその息子・麒麟、“村八分”松浦、父の政敵・十文字など個性的な村民と共に奈央は様々な不思議な体験をする。

 父親が突然、生まれ故郷の寒村・こよみ村の村長に立候補そして当選したことで、村へ転校することになった中学2年の奈央。市役所勤めをやめて村長になった父は不思議なことを言った――「これは、決まったことなんだよ」。
 こよみ村には昔から「予言暦」と呼ばれる秘密の書が伝えられており、そこに書かれたことが必ず現実になる、と村中の人たちが信じている。そんな謎めいた土地が舞台のファンタジー。
 全体にほっこりと明るく、でも少しだけ怪談めいたエピソードもある面白い小説でした。小さな村の中の人間関係、権力争いなど生々しいエピソードの中で、奈央や親友の静花、村の少年の現代っ子らしい爽やかさが印象に残ります。

 私が東京出身であるせいかもしれないけれど、地方都市の竜胆(りんどう)市やそこから見て辺鄙にみえるこよみ村の空気感が面白いのです。
 地元の人間関係の重さと温かさは裏返しだし、田んぼの中の一軒家が選挙事務所になるようなもの寂しい村は、神秘的な深い森に恵まれている。田舎暮らしに憧れて都会から移住してくる人たちもいれば、カラオケルーム目当てに竜胆市へ息抜きにいく人もいる。

 見方が変わると風景ががらりと変わって見える。これ自体がファンタジーなんだな。
(2019.2.5)

 

幻想古書店で珈琲を 1
「幻想古書店で珈琲を」
ハルキ文庫
蒼月海里 著

  幻想古書店で珈琲を (ハルキ文庫)


大学を卒業して入社した会社がすぐに倒産し、無職となってしまった名取司が、どこからともなく漂う珈琲の香りに誘われ、古書店『止まり木』に迷い込む。そこには、自らを魔法使いだと名乗る店主・亜門がいた。この魔法使いによると、『止まり木』は、本や人との「縁」を失くした者の前にだけ現れる不思議な古書店らしい。ひょんなことからこの古書店で働くことになった司だが、ある日、亜門の本当の正体を知ることになる。

 魔法使いの店主がいる時だけ入口が出現する古書店。そこを訪れる人たちのドラマを描くファンタジーです。古びた雰囲気の喫茶店のお話を読みたくて手に取りました。店主からは「いえ、ここは古書店です!」と言われそうですが。

 設定は好みですが、主人公の司が個性というか意志が弱すぎて、気持ちが入りません。
 店主・亜門の過去をめぐる話はしっとり古風なロマンスとオカルトチックなエピソードが同居していて面白かったです。しかし、悪魔が礼拝堂へ祈りに行って大丈夫なんですかね。

 また、お話とは関係ないけど、神保町界隈を知っていると楽しい。さぼうる、書泉、ニコライ堂。万世橋駅(現在は無い)まで出てきたところが心憎い。場所の雰囲気がそのまま小説のお楽しみになってました。
(2018.8.1)

 

幻想古書店で珈琲を 2
「幻想古書店で珈琲を 〜青薔薇の庭園へ〜
ハルキ文庫
蒼月海里 著

  幻想古書店で珈琲を 青薔薇の庭園へ (ハルキ文庫)


本や人との「縁」を失くした者の前にだけ現れるという不思議な古書店『止まり木』。自らを魔法使いだと名乗る店主・亜門に誘われ、名取司はひょんなことからその古書店で働くことになった。ある日、司が店番をしていると亜門の友人コバルトがやって来た。司の力を借りたいと、強引に「お茶会」が開催されるコバルトの庭園へと連れて行かれてしまう。

 シリーズ2巻。1巻に比べて、会話がテンポよくユーモアもあって、いい意味でこなれてきたんだな、と感じました。ただ、BLっぽい雰囲気が強くなって私は苦手です。やたらに「可愛い」を連発されても、その良さが伝わって来ず。まあ、おばさん向けの本ではないのですが。

 コバルトさんの奇想天外なお茶会のゲストを探しにいくお話は設定が楽しかったですね。なんと、この人がゲストですか、何でわからなかったかなあ、と思いました(^^;)
(2018.8.8)

 

「獣の奏者 1  闘蛇編」 講談社文庫
上橋菜穂子 著

   獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)


リョザ神王国。闘蛇村に暮らす少女エリンの幸せな日々は、闘蛇を死なせた罪に問われた母との別れを境に一転する。母の不思議な指笛によって死地を逃れ、蜂飼いのジョウンに救われて九死に一生を得たエリンは、母と同じ獣ノ医術師を目指すが――。

 守り人シリーズよりもテンポよくまとまっている感じがして、一部はさっくり読み終わりました。
 大公が所有する闘蛇(とうだ)を育てる闘蛇衆の村。そこで、霧の民の血を引く少女エリンは親戚や近所から疎外されて育った。しかし、大公からの預かりものである闘蛇を死なせた罪でエリンの母は殺され、エリンは村から逃げ出した。
 死にかけていたエリンは蜂飼いのジョウンに助けられ、彼の仕事を手伝ううちに生き物を育てるのに必要な知恵を学んでいく――。

 辛い体験から頑なになりがちなエリンが、ジョウンとの暮らしの中でのびやかさを取り戻していく様子が可愛らしかったです。ちょっと性格が出来すぎじゃないかと思えましたが。

 やがて、成長したエリンはジョウンとの暮らしに別れを告げ、神獣を育てる学校で学ぶことに。そして、そこで世話されていた神獣リランと出会ったことでエリンの運命は大きく変化します。真王、それを護る立場の大公。真王に捧げられる神獣と、大公が戦に使う闘蛇。この世界を二分する力の間に立たされていくことに――。

 真王と大公の存在は、ちょっと日本の天皇制と世俗的権力の二重構造を思わせて面白いなあ。ただ、王領と大公領民の生活が大きく違うのは何故なのだろうと思いました。その成り立ちから言っても地理条件から言っても、それほどかけ離れた文化にはならない気がするのですが。

 リランと心通わせることができそうな、そんな予感がしたところで一部終了。
(2014.2.6)

 

「獣の奏者 2  王獣編」 講談社文庫
上橋菜穂子 著

   獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)


カザルム学舎で獣ノ医術を学び始めたエリンは、傷ついた王獣の子リランに出会う。決して人に馴れない、また馴らしてはいけない聖なる獣・王獣と心を通わせあう術を見いだしてしまったエリンは、やがて王国の命運を左右する戦いに巻き込まれていく――。

 エリンはその優れた観察力と柔軟な考えで、王獣と意思を通じあうことが出来るようになります。怪我を負っていずれ命を落としたであろうリランが彼女に救われたことは、エリン自身がジョウンに拾われたのと重なって見えて感慨深い。
 ですが、エリンとリランの関係は思わぬ波紋を呼ぶことに。
 王獣をいかに育てるかを定めた王獣規範をエリンは知らず、リランとの親密な繋がりはその規範が長年守ってきた禁忌に触れる。そして、王と大公が巧妙に役割分担して支えてきた国の仕組みそのものを脅かすことになるのです。

 話はより複雑に、そして重苦しい展開に。エリンの望んでいた王獣と人との関係はもっと単純なものだったのでは、と思うのでやるせないです。

 ただ、引き込まれながらも、どこか納得できない場面もありました。
 エリンは竪琴でリランと意思疎通ができたのに、なぜ笛をちらつかせて言うことを聞かせようとしたのか。
 いくら親しくなっても王獣と人は理解し合えない――それはわかるのですが、それでも、「飛べ」といえば飛んでくれるリランをエリンが利用するだけに見えるところに抵抗を感じてしまいました。

 エリンはリランに何を返してやれたのだろう。もはや野生の王獣としては生きられないリランを、人の世界の駆け引きの道具として使ったのは真王や大公だけではなかったように思えます。
 そのあたり、エリンには自分の行動についてもっと悩んで欲しかったと感じました。
(2014.2.18)

 

「扉を開けて」 集英社コバルト文庫
新井素子 著

   扉を開けて (コバルト文庫)


あたし、秘密がある。他人の精神をあやつれて、目で見ただけで物を動かせる。月の満ちる時は特に力が強い。そんなあたしが予知夢を見た。扉の向こうで大勢の人が、あたしを“ネリューラ”とよんでいるのだ。それが、正夢となって…。赤い魔の月が輝く時、扉が開く…。そしてあたしはヒロインになる。

 1980(85?)年に出版された本のリニューアル文庫化です。私は最初の出版時に読み、懐かしくなって2004年発行のこの文庫を買い、どうもそのまま仕舞っていたようです(汗)

 一人称のせいで文が軽いといわれる作家さんですが、その中でも特に軽い。擬音多用でかなりマンガに近い。でも、テーマが重めなのでちょうどいいバランスなのだと思います。
 念動力を持つと知られるのを恐れて人と親しく関わったことのない美弥子は、大学生になって実家を出て、いまはマンション一人暮らし。偶然にも隣に住む斉木杳はテレポート能力を持つ、いわば同類。そして、これも同類と思われる桂一郎とともに三人は突然に異世界へトリップ。そこで美弥子は伝説のネリューラ姫と呼ばれて戦に巻き込まれる――。

 ――といったお話。
 20世紀の都会っ子である主人公たちが、体力でははるかに勝る異世界の兵士と戦うために知恵を絞るのですが、その戦法がとぼけていて笑ってしまう。なかなか科学的だったり奇想天外なんです。こういう馬鹿馬鹿しさ、いいなあ。

 そして、美弥子が出会った美しくも猛々しい東の国の鬼姫ディミダが印象的。
 美弥子は異能の異端児として親にさえ距離をおいていますが、変化を求めるディミダもまた、事なかれ主義の故国では浮いている。ともに強く、故に周囲に溶け込むことのできなかった二人は親友どうしになる。この二人は似ていながらも生き方はずいぶん違う。互いに持っていないものを教えあえる、いい関係になるのです。布団蒸しとかね(爆)
 しかし他方、もう一人異端児扱いされた人物が終盤に出て来るのですが、こちらと美弥子は理解しあうことはできなかった。
 周囲とどうしても馴染むことができなかったら、自分が変わるか、周囲を変えるか、そのどちらかしかない――自らを追いつめる考え方の、その結末はやるせないものでした。

 さて、久々に読んですっかり忘れていましたが、この話と「ラビリンス―迷宮―」「ディアナ・ディア・ディアス」「……絶句」「二分割幽霊奇譚」は同じ世界観を共有する姉妹のようなお話なんですね。最後の二つは私は読んだことがないのですが。
 中の国、西の国、東の国、南の国とつながった世界の話はもう一度まとめて読みたくなりました。
(2016.5.26)

 

「ラビリンス <迷宮>」 徳間書店
新井素子 著

  ラビリンス(迷宮) (徳間文庫)


村で6年に一度の大祭の夜―。神へのいけにえとして選ばれた娘たち。軍神ラーラの申し子で勇敢なサーラと英知の神デュロプスの申し子で賢いトゥード。神は いけにえを生きたまま喰うという。しかし神を殺すか、うまく逃げることができれば…。二人の美少女、サーラとトゥードは、神と闘うべく、神の館〈迷宮〉 へ…。

 「扉を開けて」と同じ世界の東の国のお話でした。
 6年に一度の大祭で神へのいけにえとされることが決まった少女サーラとトゥード。しかし、二人は神におとなしく食われるつもりはなかった。女だてらに優れた狩人であるサーラは貧しい家族のために身売りするよりは、神と戦って生き残りたいと願う。そして、神官の娘で知識欲にあふれたトゥードには、神に会って文字というものを教えてもらうという計画があった。
 しかし、人々が「神」と信じていた、ガラスの迷宮に住まう存在は、実はかつて高度な文明を誇った旧人類が遺伝子操作で生み出した実験生物だった――。


 このあたり、他の本にもつながる世界観を俯瞰できました。
 旧人類が核兵器によって滅び、わずかに残った人間は過去の歴史を忘れて、遺伝子操作で作られた生物を神として崇めている。「神々」は西方へ去り、知識も去った。あとがきにも書かれているように、「扉を開けて」で西の国の文化が発達しているのはそのせいなようです。すると、このサーラたち東の国の人たちが、時代下って事なかれ主義(?)とディミダを嘆かせることになるんですね。

 さて、ラビリンスで出会った三人はそれぞれの悩みで立ちすくんでしまっていた。
 優れた知能と強靭な肉体に不老長寿、と人間の欲を体現して創られた「神」は人を喰らわずにいられない自分を忌んでいる。彼に知識を授けられたトゥードは身に余る知識を得て、その使い方を誤ることを恐れている。そしてサーラは、命のやり取りを疎む神を理解できずに苛立ちを抱いている。
 三人が互いに影響を与えながら考えを深め、ついには迷宮を脱出する、というカタルシスを感じさせる物語。


 しかし残念なことに、いまの私は彼ら三人とともに迷宮の中で迷う心情にはなれなかったのでした。十代の頃にこの本をどう読んだか、よく思い出せないのですが。

 言ってしまえば、すでに物語の最初から答えは出てるようなものなんですよね。
 狩人として命のやりとりをすることに慣れていたサーラだけが、生き抜くことの意味も価値ももともと知っているんです。だから、トゥードと神がいかに自分の血まみれの手と知識に悩もうと、その気持ちを共有することはできませんでした。
 きっと、出版当時には素直にこれを読んでいたのだろうなあ。そう思うとちょっと寂しい。寂しい読書として本を閉じました。
(2016.6.1)

 

「ベーオウルフ」 沖積舎
R・サトクリフ 著  井辻朱美 訳

 
 ベーオウルフ 妖怪と竜と英雄の物語―サトクリフ・オリジナル〈7〉 (サトクリフ・オリジナル (7))


原題「Beowulf」。英国の8世紀頃の古代叙事詩「ベーオウルフ」の小説化。戦士ベーオウルフの若き日の妖怪退治と、年老いてギートの王となった彼と火竜との最後の戦いを描く。

 ファンタジーではない気もしますが、ひとまずここに。書影がなかったので、別出版社のものにリンクしておきます。もとになっている叙事詩「ベーオウルフ」を読んでいないので、以下、見当違いの感想もあるかもしれませんが。

 他のサトクリフの本と同じように重厚な、密度の高い文章に訳されていて満足でした(一度、サトクリフの原書を読んでみたくなりました。あ、いや、他の本で。古風な英語は勘弁です)。
 若い頃と老人となってからの二つの戦いが描かれていて、その五十年間の王ベーオウルフのことはあっさりとしか書かれていません。これはもともとそういう話なのですね。また、二つの戦いの描かれ方や文章の量が違うのは、これも原典どおりなのでしょうか。

 幾人もの登場人物の中から、ベーオウルフの姿が荒彫りの木像のように浮かび上がって見えてくる――そんな印象を抱きました。
 前半のグレンデル母子妖怪退治は物語のように風景描写とともに描かれています。後半の火竜退治は、まずは火竜のエピソードが書かれ、その長い長い時間の果てにベーオウルフが登場してきます。見たことのない、不思議な構成だと思いました。
 また、「鮭の皮のように精緻な鎖帷子」をまとって海底で戦うベーオウルフの姿が印象に残りました。水辺に暮らす民の話らしい美しさ、力強さが感じられました。

 疑問というか、心にひっかかって残った事柄もありました。
 若き日のベーオウルフに従っていた戦士たちは勇猛果敢であったのに、何故火竜との戦いに向かった戦士たちは逃げ出そうとしたのか。ベーオウルフは火竜の宝を民に残せるのが幸いだ、と最期に語るのに、ウィーグラーフはそれを王とともに葬ってしまう。何故、そう描かれているのか。

 いたるところに、理由はわからないけれど印象的な場面があります。決まり文句が隠されている……ような気がするのだけれど、知らないのでわからない。そんなもどかしい気分で読み終えました。
(2008.1.8)


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