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ファンタジー小説 5 |
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「星の王子さま」 | 集英社文庫 サン=テグジュペリ 著 池澤夏樹 訳 |
星の王子さま (集英社文庫) 原題「Le Petit Prince」。砂漠に不時着した飛行士の「ぼく」と遠い星からきた王子さまの童話。 星の王子さまが、一本のバラの咲く小さな星をあとにして、地球を訪れる。その途中の星で出会った人たちのこと、地球へやってきた王子さまが考えた言葉を「ぼく」に聞かせる。どうして、それは何、と聞きながら。……なのに、こちらの質問にはめったに答えてくれないのね(涙)。 気になった言葉は 人間? どこにいるかは誰も知らないの。あれは風に飛ばされるでしょ。根がなくて生きるのって大変よね あの人はみんなに馬鹿にされるかもしれない。それでも、ぼくにはあの人だけが滑稽でないみたいに思える。たぶんそれはあの人だけが自分以外のものの世話をしているからだ。 飼い慣らしたものには、いつだって、きみは責任がある。きみは、きみのバラに責任がある……。 どれもシンプルで素直な言葉で、覚えておけそうな気がするのが嬉しいです。 そして、少し寂しかったのは。これは子供の時の読んで、覚えておく本だなあ、と思ったこと。 混ぜ物のないエッセンスのような言葉ばかりで、あまりに美しくて、鈍い大人の心にはうまく入っていかないような気がするのです。 大人の心には、もう少しの濁りと薄さがないとうまく親和していかない――。 |
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(2009.6.5) |
「プークが丘の妖精パック」 | 光文社古典新訳文庫 ラドヤード・キプリング 著 金原瑞人 三辺律子 共訳 |
プークが丘の妖精パック (光文社古典新訳文庫) 原題「Puck of Pook's Hill」。丘で遊んでいたダンとユーナは偶然に妖精パックを呼び、プークが丘を目覚めさせた。彼らの前には遠い昔の人々があらわれては戦や旅、伝説の剣の物語を語った。 「魔法使いが手を貸したとしても、こううまくはできなかった。きみたちは丘を開いたんだ。ここ千年なかったことだ」 こんなわくわくするような科白とごっこ遊びではじまるお話。イギリスの児童文学の香りがたっぷり。読みながら、何度もアーサー・ランサムやサトクリフの「イルカの家」を思い出しました。そういえば、ランサムもごっこ遊びから始まってましたっけ。 好きだったのは。 聖地巡礼の旅に出て、デーン人の船にとらえられてアフリカへ向かった騎士たちのおはなし「騎士たちのゆかいな冒険」。 ハドリアヌスの防壁で蛮族の侵入を阻み、戦う、ローマ帝国の青年たちのおはなし「大いなる防壁にて」。 どちらも、友情と忠誠が生き生きと描かれていて堪能しました。好みが分かれそうではありますが、忠誠心がじっくり描かれていると「イギリスのお話を読んだな」という実感がわきます。 著者は1865年インド生まれで、幼い頃にイギリスに渡る。本書や「ジャングルブック」他を発表。晩年にはノーベル文学賞受賞。1936年にロンドンで死去。 帝国主義的と批判されてきたけれど、近年は再評価されるようになった作家。 例えば、「東は東、西は西」(「東と西のバラード」)という言葉が東洋蔑視の思想だとひきあいにされるそうですが――解説に書かれた前後の文章を見ると、そんな意味で語られたのではないように感じました。言葉が一人歩きしているような気がする……。上の「大いなる防壁にて」では、異なる文化や宗教の人たちと信頼関係を結ぶことが、物語の大事なエピソードになってます。そんなつきあいを描ける作家だとも思うのですが。 私も植民地主義みたいな考え方は嫌いです。でも、過去の歴史を見る時には、当時はそれがごく普通の考え方だったのだという視点も必要ではないかな、と思ってます。 キプリングをナショナリズム小説とみるのも見方のひとつですが、むしろそういう時代においても既成概念から離れた視点を持っていたことに注目するべきではないかと思うのです。 それぞれのお話のあとで、パックが毎回ダンとユーナの記憶を消してしまうところが切ないですね。 二人は何度もパックのことを思い出して、新しい物語を聞くことができました。でも、ある日。パックと別れたが最後、二度とこの丘の物語を聞けなくなる時がくるのです。そのことをまだ知らないユーナの言葉が無邪気です。 「また今度、パックがわたしたちを連れていってくれるわ。行って帰って、見て知ることができる」 「ああ、また次の機会にね」 そして、パックはオークとトネリコとサンザシの葉をふらせたのでしょう。続編もあるようです。「ごほうびと妖精(Rewards and Fairies)」。 また、次の機会にね。 |
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(2010.3.5) |
「黄金の騎士フィン・マックール」 | ほるぷ出版 ローズマリー・サトクリフ 著 金原瑞人 久慈美貴 訳 |
ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール 原題「The High Deeds of Finn MacCool」。昔、アイルランドがエリンと呼ばれていくつかの王国が争っていた時代、フィアンナ騎士団の団長フィン・マックールを中心にした妖精と人間の物語。サトクリフによるケルト神話英雄譚。 久しぶりのサトクリフ。大型本が多くてなかなか手が出ないのですが(電車で読めないから)、夏休みだったので家でゆっくり読もうと借りてきました。 アイルランドの英雄譚を物語にした、ということは「ベオウルフ」と同じタイプのお話ですね。アイルランドの荒野の風景、妖精と人との関わりが美しく、荘重に描かれていて堪能しました。 賢くて勇敢なバスクナ族のフィンが同族の助けや「大いなる鮭」の力を与えられてフィアンナ騎士団の団長となり、その名に恥じない誇り高い戦士になる。信頼する仲間と有能な猟犬に恵まれて数々の冒険へ赴き、妖精族の乙女を妻にむかえて子をなす。しかし、育ての子の裏切り、友との仲違いを経てフィンはしだいに頑なになり、人心も離れていく。そして、フィアンナ騎士団はついに終わりを迎える――。 読み終えて、妙な感想ですけど「無常だなあ」と思いました。ケルト文化にあまり馴染みがないのですが、そういう世界観ってあるのでしょうかね?? なぜなら、フィンが生涯かけて得たものが、一つ一つ彼の手許から去っていくのですから。 最後のファータイ父子との戦いですら、勝利は得ますが、残る現実は「死」だけなんです。また、すっかり忘れたころになって、かつてモーナ族との間にあったわだかまりが再燃するというのも運命としか思えません。 そして、勝利が苦く描かれるようになったのは、息子アシーンの旅立ちやディアミッドの死、あたりからでしょうか。 アシーンとディアミッド――この二人も物語の中で特別な存在。彼らは人と妖精の世界両方に足を踏み入れています。この二人のエピソードには、いつも「人の世からの幸福な旅立ち」「人の世に取り残される・引き戻される喪失感」といった感覚がまとわりついている気がします。指輪物語に描かれるエルフたちの旅立ちとも繋がる世界観なのでしょうね。 騎士団の面々が個性的で面白かったです。 ディアミッドはもちろん、まさかのゴル・マックモーナ、そしてコナン・マウル。どうしてコナンは「彼を好きな者はいない」なんだろう? 人間味あふれていて、面白いではないですか。背中に毛皮をくっつけて、食い意地張ってて、我慢できずに文句たらたら(笑)。サトクリフの物語は美しく紡がれていますが、もとの神話には意外とユーモラスな雰囲気もあるのかもしれない。 そんなわけで、好きな話はコナン登場のものが多いです。「ジラ・ダガーと醜い牝馬」「ナナカマドの木の宿」。もちろん、最後の三章は格別な味わいなのですけれど。 |
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(2011.8.20) |
「翼の帰る処 上」「下」 | 幻冬舎 妹尾ゆふ子 著 |
翼の帰る処 (上) 翼の帰る処 (下) 帝国の尚書官であるヤエト。病弱な彼は左遷先の北嶺の地で静かで地味な隠居生活を送ることを夢見ていた。しかし、太守として赴任した皇女を助けるうちに、この地に眠る帝国の秘密と生きた神話に気づくことになる。 あちこちのブログで評判良さげだったので読んでみました、ファンタジー。 なかなかに面白かったです。帝国の歴史だの、皇帝一族のもつ不思議な力の設定だの、しっかりした世界観があることが好みでした。 こういうのが読めるなら自分で書かなくてもいいなあ、と思ったのは「チャリオンの影」以来か(あ、いや、書きます書きます)。 地味に心静かに余生を、と願うわりには仕事の手をぬくことができずに能力を惜しむことなく発揮してしまうヤエトが可笑しい。覇気がなく病弱ですぐ発熱して倒れてますが、故に「ここだけは絶対に倒れずに頑張る」という気力が鮮やかに伝わってくるのでした。 時々、誰の台詞かわからなくて困ったのと、やっぱりイラストつきの小説は苦手なんですが。まあ、本来のターゲット年齢層ではないのでひっそりと読ませていただくことにします。 |
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(2009.9.27) |
「翼の帰る処 -鏡の中の空- 上」「下」 | 幻冬舎 妹尾ゆふ子 著 |
翼の帰る処 2 ―鏡の中の空― 上 翼の帰る処 2 ―鏡の中の空― 下 皇女は北嶺王となり、その相であるヤエトは貴族に列せられることとなった。この人事を取り決めた皇帝の真意は何か。また、皇子たちの後継者争いの中で、皇女は自分の進む道を探し始める。 二作目も「だんだんと」ヤエトが望まぬ方向に(笑)進むのかな、と思っていたら、「即座に」でした。貴族の称号をいただいてしまった時点で、彼はもう消耗し尽くしてしまったんではないかな。もちろん、その後もいろいろ事件は起こるのですが。 皇女は晴れて他の皇子たちと並ぶことを許されて、これからが正念場ですね。 しかし、彼女は権謀術数の中に身をおくことなど望んでないのでしょう。生まれが生まれなので、どういう世界かわかってはいるのでしょうけど。 本人は否定するかもしれませんけど、意外とちんまりとした夢で満足しそうなタイプ(?)であるように私は感じるのです。無理なく幸せの方向に翼を広げていけるといいね、と思います。 前作よりも、物語世界が深くなっていくようでした。 ヤエトとは対の関係にあたる、未来を視る予言者。ジェイサルドの過去。かつて滅びた民の末裔。皇妹をふくむ皇帝一族の確執。 面白くなりそう、とは思うのですが、文章があまり私の好みではない気がしてきて、読み続けるかどうか考え中です。 |
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(2009.11.27) |
テメレア戦記 1 「気高き王家の翼」 |
ヴィレッジブックス ナオミ・ノヴィク 著 那波かおり 訳 |
テメレア戦記〈1〉気高き王家の翼 原題「His Majesty's Dragon」。ドラゴンと人間が共存している架空歴史ファンタジー。19世紀初頭、英国はナポレオン支配下のフランスと戦争状態にあった。英国海軍艦長であるローレンスは拿捕したフランス艦からドラゴンの卵を見つける。テメレアと名づけられたドラゴンは貴重な戦力として英国空軍に迎えられ、その担い手に選ばれてしまったローレンスは海軍での身分を捨てて空軍へ移籍することになった。 図書館で予約待ちになることが多くて、ようやく読めました。前評判通り、面白かった! ドラゴンがトラファルガーの海戦に参加したり、中国(清)からフランスへ希少価値あるドラゴンの卵が贈られる(まだ、この巻では触れる程度ですが)など、架空の歴史ファンタジーです。テイストは海洋小説そのまま。テメレアがローレンスにナイル海戦の武勇伝を聞かせて、とおねだりする場面が好きです。 訳者あとがきによれば、著者は「アン・マキャフリーとパトリック・オブライアンがこの本の先祖」と言っています。 私はマキャフリーはほとんど読んでいないのですが、オブライアン(感想はこちら)と合わせて読めば、ドラゴンは帆装軍艦であり編隊は艦隊というイメージなんですね。また、ドラゴンをきれいに世話し、怪我をすれば自分の身のように痛む、という様子には、海洋小説の艦長たちの心情を思い出しました。 著者は本当に海洋小説好きなんだな、というのが随所にうかがわれて楽しい。海軍での習慣がぬけないローレンスが脱いだ服をきっちり畳んでしまったり、テメレアの体を洗ってこすってやったりしているところには笑ってしまった。磨く必要はないですけどね。 また、テメレアをはじめ、ドラゴンたちの可愛いこと。飛行士たちの気持ちがよくわかりました。 ドラゴンの描写については、愛玩動物的な可愛さではないことがよかったです。人間ではとうてい敵わない強さを持っていて、それなのに賢く、人情味(?)があるところがいい。食事風景は恐ろしいし(笑)。 もっとも、愛すべき彼らを駆って戦闘に向かう、という点が心情としては受け入れにくいのですが。それと、知性あるドラゴンたちにとって同種と戦う理由は何なのでしょう。 人間の戦争の大義はドラゴンにはどうみえるのか。テメレアくらい賢ければ一家言ありそうな気もします。 この本ではドラゴンを艦にたとえているけれど、血を流す生き物でもあることを示したことで海洋小説とはまったく違う世界観や感性を書くことも可能なわけで。それが次巻以降の楽しみです。さて、いつ読めるか? |
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(2009.4.5) |
テメレア戦記 2 「翡翠の玉座」 |
ヴィレッジブックス ナオミ・ノヴィク 著 那波かおり 訳 |
テメレア戦記II 翡翠の玉座 原題「Throne of Jade」。中国使節団からテメレアの返還を求められた英国政府は、中国との友好関係を保つためにテメレアとローレンスを引き離そうとする。険悪になった事態をおさめるために、テメレアとローレンスはアリージャンス号でアフリカ南端、インド洋をこえて遠く中国・清帝国へ向かった。 またまた、楽しく読みました。海の脅威と向き合いながらの長い旅、艦上の緊張感など、1巻より塩っ気が強くて(笑)好みでした。 前の巻でも感じましたが、説明がくどくならずに、それでも映像がくっきりと目に浮かぶ文章がいいですね。 前半、夜の洋上での戦闘シーンでは、真っ暗な中に間をおいて上げられる照明弾(そして花火)、それに照らし出されるドラゴンの姿が鮮やかでわくわくしました。 この話はピーター・ジャクソン監督によって映画化されることが決まってるそうですが、ここはぜひ映像化していただきたいです。見たい、見たい! テメレアを手なづけたい、でもローレンスはいらない(らしい)ヨンシン皇子の真意は何か。中国使節団や英国外交官ハモンドのつかみどころの無さ。そして、ライリー艦長との意見の違い、などにどこまでも気が揉めるローレンス。足は大丈夫なんですかね。前半、かなり思わせぶりだったので伏線になってるのかな、と思いましたが、いつのまにか治ったらしい。漢方が効いたのでしょうか。 中国に着いたら着いたで、この国の人権……いや、ドラゴン権先進国ぶりに、テメレアはここにいる方が幸せなんじゃないかと思い悩んでます。 そんな心中を知ってか知らずか、テメレアはぐんぐんと知識を身につけ、見聞を広め、他ドラゴンとの交流を深めていきます。前の巻よりも生意気っぷりが目立つところがまた可愛い。ついでに、生意気がすぎて先輩ドラゴンに横っ面を張られているのが可笑しいです。 そして、アリージャンス号の面々は、清の皇位をめぐる政変に巻き込まれてしまいます。ですが、清って最初は末子相続じゃなかったっけ、それとも「太子密建」の後継者指名はこの時代にはもう始まっていたのだっけ、などとうろうろ考えてしまって、政変気分ではなくなってしまいました。 そして、皇帝が北京を出て北の避暑地で狩を楽しんでいた、という話は歴史ものの本でもよく読むので、思わずくすっと笑ってしまった。そんなことも史実を意識して書かれているんですね。 ヨンシン皇子はくせがあって面白いキャラクターだったので、もっと活躍して欲しかったです。 もう一つどうでもいいことですが。 テメレアはやっぱり彼女を置いて英国に帰るのだろうか。港ごとに彼女をつくるって(笑)、空軍だけど船乗りみたいです。そこが気になる(?)次巻はもうじき発売らしい。 |
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(2009.12.5) |
テメレア戦記 3 「黒雲の彼方へ」 |
ヴィレッジブックス ナオミ・ノヴィク 著 那波かおり 訳 |
テメレア戦記III 黒雲の彼方へ 原題「Black Powder War」。中国での残り少ない日々をあわただしく過ごすローレンスらのもとに、遠く英国からの急送命令書が届いた。「ただちにイスタンブールへ向かい、ドラゴンの卵を受け取れ」。しかし、何故遠い中国にいる彼らにこのような命が下されたのだろうか。命令書への疑念を捨てきれないまま、ローレンスは出航準備の整わないアリージャンス号ではなく内陸を通ってイスタンブールへ急ぐことにした。中央アジアの砂漠、高い山々を越えてテメレアは西を目指す。 前半は点在するオアシスに寄りながらテメレアの食料である駱駝を連れて、という不思議な旅でした。 途中、野生ドラゴンの群れと出会い、なりゆきで一緒にイスタンブールへ向かうことになるのが面白いです。これまで読んできた英国や中国にいるドラゴンはあくまで人との関わりの中で描かれてきましたが、実はドラゴン独自の言葉や伝承を持っているようで。 こうなると、英国で単なる人間の補助、という役割に甘んじなければならないドラゴンが可哀想になってきました。テメレアが熱く語るドラゴンの「人権」はどうなっていくんだろう? テメレアと、忠誠を誓った祖国との間で板ばさみとなっているローレンスの苦悩はまだまだ続きそうです。 ところで、1巻が手元にないのだけど、確か英国ではドラゴンがしゃべる、ということを一般に知られていないのではなかったっけ。しかし、諸外国のドラゴンがこんな風であることが、商人やら船乗りの口で英国には伝わらないのかな。ちょっと不思議。 そして、イスタンブールでは引渡しを拒まれたドラゴンの卵をめぐって人間たちは奮闘。歴史ある古都のエキゾチックな風景が楽しかったです。 ここまででも十分に冒険を堪能したのですが、この巻の読み応えは実は後半にあったなあ、と感嘆しています。 イスタンブールを後にした一行は戦渦のヨーロッパを北上します。この旅に影を落とすのが、北京での騒動の一番の被害者だったかもしれないリエン。ドラゴンとしての格はテメレアと同等、さらに彼を越える知識を持つリエンは手ごわい敵として立ちはだかってきます。い、いつのまにそんなポストについたか、と驚かされました。 ローレンス一行は、ナポレオン率いるフランスが制空権を握る地中海方面を避け、プロイセンを通ってバルト海へ抜け、そこにいる英国海軍艦隊と合流しようとしています。 そこで描かれているのは、大国同士の戦争の間で押しつぶされていく小国の運命。歴史ある国の誇りと新生した国の勢いのぶつかり合い。あるいは、その戦争のもとで、生き延びようとする農村や町の人々。そして、食べ物もなく、怪我を負って苦しむ兵士の姿――。 ファンタジーというより歴史小説と呼ぶのがふさわしいような重みを感じる物語になっています。 このあたり、海軍出身のローレンスの感じるところをもっと読みたかった気もします。海軍の戦場は基本的に軍人(ぎりぎり徴募兵)しかいない場所だから、こういう一般の人々を巻き込んだ戦場を彼はどう見たんだろうか? 唯一の救い、というか気持ちの拠りどころは、架空の物語の中でもこの時代の紳士協定的な習いを残してくれていることでした。敵であっても無防備なところを背中から撃つことはしないとか、参戦する義務のないローレンスがプロイセン軍とともに状況の許す限り戦おうとしていることとか。 そして、いつものように、やっぱりドラゴンたちに注目。今回はやんちゃな火噴きドラゴンのイスキエルカも登場。 彼女が生まれたことで自分のものが取られる、と憤慨するテメレア、可愛い〜。肉を取られるのもいや、おまけにグランビーまで取られるのもいや、って……クルーよりもまず肉ですか。 もうひとつ気になっているのは、最初の急送命令書の文面。あれによると、ローレンスたちが持ち帰った卵にはすでに担い手が決められているみたいなんですが。グランビーが乗り手になってしまっていいのでしょうか。次巻も気になります。 |
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(2010.9.4) |
テメレア戦記 4 「象牙の帝国」 |
ヴィレッジブックス ナオミ・ノヴィク 著 那波かおり 訳 |
テメレア戦記W 象牙の帝国 原題「Empire of Ivory」。命からがらのプロイセンからの敗走、援軍はついに来なかった―祖国でいったい何が起きているのか?小さな火噴き竜イスキエルカとともに帰国したテメレアとローレンスを待っていたのは……。仲間を救うため、その手立てを求めて新たな冒険がはじまる。 原因不明の竜疫の治療法を求めて、ローレンスとテメレア、そして幾頭かのドラゴンたちはアフリカはケープタウンを目指します。 いや、面白かった! ドラゴンたちがまた可愛いのですよ。今巻のアイドルはイスキエルカですよねえ。 小さい火噴き竜ながらも闘う気満々。戦闘に参加させろとうるさくて、うるさくて。もう、最高に可愛い。しかも、終章にはすっかり賢い、行動力のあるドラゴンに成長しました。乗り手のグランビーは尻に敷かれてるし。とはいえ、装飾品のサイズにこだわって拗ねてるテメレアもやっぱり可愛いけど。今回はまったく苦労したよね。 ドラゴン語りはキリがないので、ここらへんにして(汗) 空軍と呼ばれるので、どうも現代のお話を読んでいるような錯覚を時々おぼえますが、やっぱり19世紀を下敷きにした物語なんですね。家督相続の常識や男女関係も19世紀です。ローレンスの父親の知人として登場したのは、奴隷貿易廃止に尽力したウィルバーフォース。実在の人。 物語の中でも奴隷制度をめぐる意見の違いが随所で軋みをたてています。反対意見もあれば必要悪とみなす人もいる。議会はもちろん、社交界、艦の上でさえも。今であればとんでもないことと思いますが、当時としては当たり前の対立だったんですよね。 その中で、はっきりと反対意見を表するようになったローレンスは要らぬ敵を作ってしまったみたいですけど。 架空歴史ファンタジーならではの面白さが前面にでてきたと思ったのは、トラファルガー会戦で戦死したネルソンがここでは生きていること。さらに後半では、竜疫という災禍をめぐって事態は急展開を迎えます。ローレンスの抱いた予想がこの架空戦記の軸になっているのですよ! ロンドンのお偉方の非道な行為を許せず、「人としての本分を果たす」――その一念で敵陣へ乗り込んだローレンスの命がどうなるか。再びテメレアに騎乗できるのか、というところで終わってしまいましたよ! つ、次の巻はいつでしょうか。 追記:はい、正直いって毎回付録はすっとばしていたのですが。今回は読みましたよ。うう、目から水が。 |
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(2012.9.17) |
テメレア戦記 5 「鷲の勝利」 |
ヴィレッジブックス ナオミ・ノヴィク 著 那波かおり 訳 |
テメレア戦記V 鷲の勝利 原題「Victory of Eagles」。黄金の鷲の軍旗が英国の土に突き立った。 ナポレオンがついに本土に上陸したのだ。 だが、この国家存亡の機にテメレアと担い手ローレンスの姿はない。 世界のドラゴンを救うため、命を賭した代価は、国家への反逆罪だった。 前巻で竜疫の特効薬をフランスに渡したとして国賊扱いされ、良心と忠誠心の板挟みで苦しむローレンス。一方、ローレンスと引き離され、しかも彼が死んだと思ったテメレア。その落胆ぶりが何とも可哀相でした。 前半、テメレアは担い手ローレンス不在の中でよく頑張りました。 ドラゴンのみの戦隊をどうやって作るのか――食料調達や戦術の組み立てももちろんですが、やっぱり英国への忠誠心を持たないドラゴンがなぜ戦いに赴く必要があるのか、というところがミソでした。ドラゴンが、愛国心と名誉を重んじずにいられないローレンスとは異なる立場にあることがはっきりと描かれていました。 後半は、ついにナポレオン率いるフランス軍が英国に上陸。3巻でも描かれたような、名もない一般の人々を巻き込んだ戦闘が英国本土でも行われます。ローレンスにとっては故郷の人々、いや家族や親族が戦禍に苦しむことになる。そして、フランス人兵士の惨状を前に忠誠心と良心とを秤にかけねばならなくなった彼は――。 英国で持っていたすべてを失くしたローレンスがオーストラリアへむかうところまで。続きを楽しみにしたいです。 |
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(2014.11.25) |
テメレア戦記 6 「大海蛇の舌」 |
ヴィレッジブックス ナオミ・ノヴィク 著 那波かおり 訳 |
テメレア戦記VI 大海蛇の舌 原題「Tongues of Serpents」。反逆罪によりオーストラリアに追放されたテメレアと、その担い手ローレンス。ラム酒軍団の反乱に混迷するシドニーから離れ、内陸に道を求めて、ひたすら荒野を進む。託された竜の卵は三個、旅の友は火噴きの竜。遠征隊は灼熱の赤い大地で、なにを見るのか。 あれだけ英国に尽くしてきたのに、オーストラリアに流刑の身となってしまったローレンスとテメレア。この巻は人難、竜難の相あり、というところでした。本当に、とことん嫌な人間か、わがままな竜(でも可愛い^^)ばかりで、特にテメレアが受難続きだったように思います。 人間関係に嫌になった……わけではないけど(ちょっとはあるけど)、ローレンスたちはシドニーから離れてオーストラリア奥地へ分け入る遠征の旅に。ドラゴンによる前哨基地を築くため、英国を蚊帳の外において行われている密輸ルートを暴くため、そして途中で行方不明となったドラゴンの卵を取り戻すために不毛の地を進んでいきます。ただただ、だだっ広い荒野、岩山、そして唐突に表れる緑の谷間と、これまでとは違う風景を堪能できました。 そして、今回はきかん気が可愛いイスキエルカに加えて、新人類もとい新竜類のカエサル、大食いクルンギルが登場。テメレアのように賢く、かわいいのはごく例外だったのでは、と思うほど個性的な竜たち。でも、カエサルは嫌いではないですね。臆面もなく言いたいこというのは子ども(?)の特権ですよ。 脱線しますが、前からうっすらと気になっていたのですが、クルンギルのようなスピードでドラゴンが食事をしたら、牛なんて絶滅するのではないでしょうか? もう明らかに竜の食欲が物語世界の生態系を食いつくしているのではないかと思うのですが。製鉄や造船技術が進歩した時期にイギリスの森林ががんがん伐採されたことも下敷きになっているのかな、などと考えます。 さて。オーストラリアも北西側へ行けば、当然のように持ち上がってくるのが中国との対立。英国と中国の雲行きが怪しくなったということは、史実のアヘン戦争をなぞった展開になるのでしょうか。それも楽しみです。 しかし、少々気になるのはローレンスの去就。 これまで愛国心や忠義と現実との板挟みになって悩んできた彼ですが、ここに来て、すべて放り出すかのような心情が書かれていて……まさか、この年で自分探しを始めてしまうのではと恐れてます。大丈夫か!? |
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(2016.4.1) |
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