Novel 1

 
 Prelude 〜前奏〜

 この国に、王妃の笑顔を見た者はいなかった。
 嫁いでこの方、口をきかず一度として笑わない、国の花たる王妃を案じて王は命じた。国中の詩人(うたびと)を呼べ、と。
「楽を奏で、物語を謳わせるのだ」
 鈴の音や異国のいでたちの歌い手たち。それで王妃が笑うなら、と毎夜の宴は華やかさを競った。
 しかし、閉ざされた紗の向こうにいるかのように、歌も王の心も王妃に届いてはいなかった。

 今宵もまた月が昇る。
 一人の詩人が進み出て、王と王妃、並み居る貴人たちの前で優雅に膝を折った。
「さて、宴の夜も更け、賢者や勇ましき騎士の話ももはや語り尽くされたと申せましょう。ですから、私は愚か者の話をいたしましょう」

 

Novel 1
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