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まんが 2


「ダーリンの頭ン中 -英語と語学-」 メディアファクトリー
小栗左多里 トニー・ラズロ 著

   ダーリンの頭ン中 英語と語学


「ダーリンは外国人」コンビのトニー&さおりコンビが送る、英語と日本語の不思議や違いをわかりやすく面白く描いた、「言葉」エンタテインメント。コミックエッセイ。

 人気まんが「ダーリンは外国人」の姉妹本で、トニーさんの語学オタク炸裂の一冊。
 面白かったのは、

「漢字ってすばらしい」
 個々を知っている漢字が使われていれば、初めて見た単語でも意味がわかる――なるほど。列島(archipelago)なんて英語ではわからないけど、日本語は見た目そのままなのね。でも、英語の接頭語は面白くて私は好きなんですけど。

「んんん、んん…」
 日本語のかなは一文字=一音とは限らない。たとえば「ん」には5種類の発音がある。
 え、ウソだ、と思ったけど、左多里さんと同じく、口に出して言ってみたら納得。自分でしゃべっていて気づきませんでした。でも、別の「ん」で発声しても意味はわかるからいいじゃないですか。チベット語の「か」は3種類あって意味が違うから困ってます。

「ワクワク 悲しめない理由」
 擬音語・擬態語からはじまり、音自体が持つイメージが言語の違いに関わらず共通していることがある、という話。
 mumble(もぐもぐ言う」なんてぴったりだし。「SL」が入った単語は良くないイメージが多い、なんて話にはびっくり。
 この間、TVか新聞で見た日本語の学者さんの話を思い出しました。いわく「『ぶ』が入った擬音語は水に関連するものが多い」と。ぶくぶく、ざぶざぶ、がぶがぶ……なるほど。
 音のイメージと言葉の意味の関係って、不思議なほどつながっていて面白い。

(2012.7.20)

 

「チャンネルはそのまま! 1」 小学館
佐々木倫子 著

   チャンネルはそのまま! 1―HHTV北海道★テレビ (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)


素直で元気、大いに経験不足なところはガッツで埋め合わせる新人報道記者、雪丸花子。彼女こそ今年、北海道☆テレビに伝説の「バカ枠」で採用された新入社員だ。そのはずしっぷりで上司に怒鳴られ、優秀な同期生を混乱させる。

 ナースのお仕事と同じく、仕事現場の熱さや、部外者の目でみた滑稽な失敗、ドタバタを描くのがうまいなあ。普段見ているテレビの裏側の取材の苦労も窺われて面白かったです。

 巨匠カメラマンと新人雪丸のコンビネーションにじんときました。いや、巨匠の腕前というべきかな。「お前がどれだけ無能でも画は俺が責任持つ」って、かっこいいですよねえ。言われたくないけど。

 プチプチというありがたくない名前をいただき、奇しくもその通りに勤めあげている山根くんの真面目ぶりにも爆笑。ああ、面白かったー。
(2012.9.10)

 

「いちえふ 
福島第一原子力発電所労働記T」
講談社
竜田一人 著

  いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1) (モーニング KC)


福島第一原発作業員が描く渾身の原発ルポルタージュ漫画。「メディアが報じない福島第一原発とそこで働く作業員の日常」、そして「この先何十年かかるともしれない廃炉作業の現実」を、あくまでも作業員の立場から描写。「この職場を福島の大地から消し去るその日まで」働き続ける作業員たちの日々の記録。

 作者がハローワークを通して1F、つまり福島第一原子力発電所での仕事を紹介され、現地で働いた実体験がリアルに描かれています。
 普通のまんがのようにストーリーはなく、まさに絵と文字で綴る労働日記なので、人によっては読みづらいと感じるかも。でも、ここに書かれたように淡々と繰り返される毎日の積み重ねこそが現場なのだろうと思います。

 やっぱりと思ったのは、作業員雇用の形態。元請から六次下請けまである場合があり(他にももっとあるかも)、その間に利益が抜かれていること。また、個人印を会社に預けているため、どのような書類に捺印「した」かわからないこと、等々。
 全ての会社が不明瞭な雇用をしているとは言い切れないけれど、こんな仕組みでは何が行われても不思議ではないと思う。

 そして、この作品のすごいところは「人体と放射線の距離感」を目に見えるように描いたこと。うまく言えないのだけど、物理的な関係というか、目に見えない放射能をひとつのやり方で「見せた」と思う。
 何枚重ね着をしてマスクをつけて、目張りをして、どのくらいの時間でどのくらいの被ばく線量になるのか。これは、鋳型を見せて、鋳物の形を想像させるのと似ている。重装備の絵を見て、「ここまでしなくてはいけないのか」あるいは「これでここまで避けられるのか」――どちらの感じ方もあり、なのだと思います。

 作中で、新人作業員が他の作業員が体調を崩さないのは放射能に慣れてるから、と言いかけた時、ベテラン作業員がこう窘める場面があります。

「放射線に慣れなんか通用しねえ。身体さ症状でるような高線量浴び続けでだら俺達ゃもう死んでっぺ。いいか、放射線なめるな。本当に怖いなら、本気で勉強しろ」

 知るのは大事なことと思う。原発周辺なり避難区域なり、あるいは遠く離れた土地で放射能を避けるにはもっと知識がいるのだけれど、少なくとも「汚染」と「清浄」の二つに一つしかないような恐れ方はしなくて済むようになるだろうと思いました。

 作品では、前線で働く作業員ではなく、その休憩所の運営が描かれています。密林を見ると『もっと事故現場の中心で働いたのかと思った』と低い評価をつけているレビュアーの方がいました。それはそうなのだけど、これも現場の一端に変わりないと思います。
 この膨大な数の使い捨て衣料とタオルと、文字通りダブダブにあふれる汗のことを想像せずに、私たちは原発を誘致、建造、利用したのだと突きつけられる本でした。
(2014.10.5)

 

「いちえふ 
福島第一原子力発電所労働記U」
講談社
竜田一人 著

   いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(2) (モーニング KC)


2012年秋、竜田は6次下請け企業からの脱出を図り、念願の建屋内作業の職に就く。2012年末、一旦首都圏に戻り覆面漫画家としての活動を始めた竜田だったが、実は彼は2014年夏、ふたたび作業員として1Fで働いていた。

 著者はかねてから希望していた高線量の現場での仕事を得て、ふたたび「1F」、福島第一原子力発電所へ。また、1Fの外で出会った人々との再会も描かれています。

 1巻を読んだ時には、孫請け、ひ孫請けと複雑な雇用構造なのが問題だと思ったのですが、この2巻を読むと、それが一概に悪いこととも言い切れない、そして避けられない現実でもあると感じました。
 常に仕事があるとは限らず、でも決まればすぐに派遣できる人手を確保しなければならず。技能差のある作業員をまとめられる技量も求められる。無理を押しての仕事は信用や義理によって可能ともいえる。そして、この仕事が地域経済を支えてもいる――。
 多層下請け構造が、人手の確保や廃炉作業を潤滑に進めるための問題回避を可能にしているのなら、これを単純に批判するわけにもいかないのかもしれない。
 多層下請け構造を必要なものと捉えたうえで、働く個々人レベルを守るための仕組みを国主導で考えることはできないのかなあ、と思いました。

 他に印象的だったのは、県内の仮設住宅などを訪れたエピソード。そして、「漫画家・竜田一人」の取材に来た記者たちについての話。
 遠く離れてネットとニュースだけで「福島」を見ていては知りようがないことがある。そして逆に、ありもしないことを「ある」と思い込んでいる可能性もある。それを思い出させてくれる作品だと思う。
 多分、これからも多くの勘違いを私(そして、誰もが)はしてしまうのだろうけれど、その度にこのまんがが「現場はこんな感じですけど」と、ぽそっと言い続けてくれたら、と願っています。
(2015.4.2)


「月の輝く夜に」 白泉社
山内直美  原作・氷室冴子

  月の輝く夜に (花とゆめCOMICS)


父親ほどに年の離れた大納言・有実を恋人に持つ貴志子。相手の妻子からは疎まれているが、有実の頼みで入内を控えた娘・晃子を預かることになる。

 「なんて素敵にジャパネスク」など平安ものコンビの作品。ただし、雰囲気はあちらよりもぐっと大人びた感じ。きらびやかな平安絵巻ではないので、万人受けはしないかも。でも、しっとりとした味があって私は好きです。

 まるで父娘ほども年の離れた恋人同士である有実(ありざね)と貴志子。
 ある日、貴志子の屋敷に有実の娘、晃子(あきらこ)が滞在することになります。二つしか年の違わない義理の娘に心穏やかでない貴志子。しかも、初めて出会った晃子の姿に彼女は驚きます。何故なら、これから入内するという晃子の顔には疱瘡のあばたが残っていたから。
 幸福な縁組を望めない娘を、せめて女として得られる最高の身分にしてやりたい親心なのだ、と有実は言います。最初、貴志子は素直にそれを信じますが、その陰には複雑でやるせない事情があったのでした。
 おっとりぼんやりの貴志子と、負けん気の塊のような晃子。二人が夜通し語り明かす中で、平安人の隠れた胸のうちが薄衣を一枚一枚はがすように顕にされていきます。

 途中までは、女性二人の話なのかと思ってました。自分の意見など言えない、意思表明などできない時代の女性の感情の吐露なのかと。
 でも、彼女らの人生を絡めとったかに見える男たちもまた、平安貴族社会のどうにもならないしがらみに苦しんでいたことが伝わってきました。
 冒頭の場面で語られる登場人物の涙の理由が後になってわかってくる。晃子には幸せになって欲しいなあ、と強く思いました。

 印象的だったのは晃子と有実。自分と似てると思うのは貴志子かな。このぼんやりぶりが他人とは思えません。
(2012.10.7)

 

「彼氏彼女の事情 1〜10」 白泉社文庫
津田雅美 著

    彼氏彼女の事情 1 (白泉社文庫 つ 1-2)


頭よし性格よしの完璧な優等生・宮沢雪野。でも実は良く見られたいがため、不断の努力を続ける見栄っ張りだった。そんな雪野が唯一勝てないのが有馬総一郎。そして、雪野がうっかり素をみせたことから二人の関係は始まった。

 前半は、時にほろりとさせられつつ抱腹絶倒。後半は、有馬の苦労と友人たちの成長から目がはなせません。
 個人的な好みからいえば、コメディとしてはじまった作品はそれに徹してほしいなと思うので、後半の有馬家の愛憎劇はあまり好きではありません。でも、それ以外は堪能しました。ほんとうに面白いまんがだ。

 雪野の見栄っ張りにかける果てしない努力、涙ぐましい努力、どうでもいい努力(笑)。明晰な頭脳の使い道はそれか。片手間に財テクにはまってる女子高生って、こんなに変な主人公は少女まんがで見たことないかも。見た目はきれいな子なのに(溜息)。
 でも、いくら変でも雪野は安定した家庭で育ったいい子。まっすぐで、落ち着いているから、物語が進むにつれて一番安心して感情移入できる存在になっていくのですよね。

 基本、雪野と有馬のおはなしですが、友人たちの姿も印象的でした。
 しっかり者で、まっすぐに好きな人を見つけて追いかけて行った真秀。だめな両親の姿に傷つきながら、現実を受け入れる健史。長い、寂しい日々をくぐりぬけて歩き出したつばさの美しさにはおもわず息をのみました。

 著者は私よりも間違いなく年下なのだけど。
 こういう大人びた視点でまんがを描かれていて、さらに若い読者がその視点に共感しているんだな、と思うと……ええと、大人として申し訳ない気がしますね。

 劇中劇の「鋼の雪」も傑作と思いました。
(2012.1.27)

 

「天馬の血族 1〜8」 角川書店
竹宮惠子 著

  天馬の血族 1 完全版


広大な草原を治める騎馬民族の国・チグル汗国。そこに並はずれた「気」を使いこなすアルトジンという少女がいた。平和に暮らしていた彼女だったが、その胸には大いなる運命の印が刻まれていた。

 久しぶりにひっぱり出して読んでみました。モンゴルがモデルの架空戦記プラスSFありロマンスあり、といった作品。厚さ4cm強もあり、重いのでめったに読みませんが(笑)ずっと本棚に収まってます。

 主人公のアルトジン、オルスボルトの気性がさわやかで好きなので、やはり草原を舞台にした場面が好き。都が出てくると今一つ馴染めません。残虐というか嗜虐的な描写も趣味じゃないし。ネーミングにも脱力したりして。

 それでも、ともかくスケールの大きなストーリー。
 牡丹と龍という惹かれあうふたつの力、帝に直接・間接的に支配される周辺の国々、人間に隠された超常の存在――これだけ大きな仕掛けの中では、国を治めたり人を率いることの意味を考える主人公たちの姿はいじらしいほど小さい。その小さな姿が強烈に輝いているのが魅力なんだろうな。

 主人公以外で好きなのは、ロトかな。アルトジンへの報われない思いを抱きながらオルスボルトに仕える、皮肉な役回りが可哀相でしたが。
 それを越えて、国をまとめる者たちの肩にかかるものの大きさを理解して、支えられるというのは、ロト自身の器も相当に大きいのですよね。
(2012.7.10)

 

「虹色のトロツキー 1」 中公文庫コミック版
安彦良和 著

   虹色のトロツキー (1) (中公文庫―コミック版)


昭和13年(1938)、旧満洲国の首都新京に石原莞爾が唱えた「五族協和の実現」を理念として、建国大学が開学する。石原の心酔者、辻政信少佐は日蒙二世の青年ウムボルトを特別研修生として建大へ入学させた。第二次世界大戦突入直前の激動する中国大陸を日蒙二世の青年の目を通して描く。

 太平洋戦争前の中国大陸の雰囲気がわかるかと思いついて手にとりましたが、いや、ハードルの高いまんがでした。時代背景の説明がまったく無いから、他で基本的なことを知ってからでないと厳しいものがある。すみません、私が甘かったです。

 あれこれわからないことばかりなのですが、目に留まったことだけメモ。
「五族協和」という理念(一応)のもとに開学された建国大学に集う蒙、満、日の若者たち。彼らの姿には清々しさを感じますが、やはり五族協和というのは絵に描いた餅であることは学内で日本語が主に使われていたことからもわかる。学外でも、現実には日本人が優遇されたわけで、当時の人はその矛盾をどのように考えていたのだろうと考えました。

 もうひとつは、社会主義、共産主義思想が広がった時代(この作品より少し前からかな)の感覚。正直、いまや社会思想としては失敗したものという感覚が一般的なのではないかと思うのだけど、この時代から戦後にかけて熱く信じて語られていたわけで。それを想像する助けになるだろうかと考えているところ。

 ウムボルトが大学を出て、ひそかに新疆の伊寧へむかうところで1巻おわり。とりあえず続きも読んでみます。
(2014.10.25)

 

「虹色のトロツキー 2」 中公文庫コミック版
安彦良和 著

   虹色のトロツキー (2) (中公文庫―コミック版)


反スターリン勢力の実力者トロツキーを建国大学へ招くという石原莞爾の計画のため、日本軍のスパイとして新彊へ行くように指示されたウムボルトは故郷へ戻り、そこで幼友達ジャムツや銀巴里の歌姫麗花と再会する。

 ウムボルトの過去、中国を取り巻く情勢が書かれて、話は次第に複雑になりつつあります。ちょっとついていけないかも。とりあえず通読はしてみるつもりですが。

 辻政信は中国を分割して自国に取り込もうとするロシアを警戒し、トロツキーに近づくためにウムボルトを利用しようとする。一方、ウムボルトは自分たち家族を襲った悲劇の背景にあったものを見極めるために逆に辻政信を探ろうとする、といったところで2巻終わり。

 面白かったのは、お好み焼きを使った中国解体図。外モンゴル、続いて新彊がロシアにもぎとられようとしている、という説明はわかりやすかった。やっぱり、この時代この地域を知るためにはもっとソ連を知らないとどうにもならないのだな、とわかりました。
 歌姫・麗花はウイグル人の血もひいているというので、このあとの活躍が楽しみです。いったい彼女の仲間と言うのは誰なんだろう。

 お話の上で気になるのは、建国大学の学生たちの動きです。
「五族協和」というお題目が飾りに過ぎないことを日本人、漢人、朝鮮人、満人、蒙人学生がそれぞれの立場で考えている。優遇された日本人学生ですら「これはおかしい」と憤るのは、結局は若者らしい理想主義なのかもしれないけれど。
 でも、この時代の抗日運動というのは、少なくとも現代で考えるよりもはるかに複雑な事情があったのだな、と思いました。

 学生が詠う若山牧水の歌が美しいです。

 白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ

(2014.11.8)

 

「虹色のトロツキー 3」「4」 中公文庫コミック版
安彦良和 著

   虹色のトロツキー (3) (中公文庫―コミック版)

   虹色のトロツキー (4) (中公文庫―コミック版)


ソ連のスパイによって拉致されかけたウムボルトは幼なじみジャムツに助けられ、東北抗日聯軍と行動を共にする事に。しかし、ジャムツの過激な抗日思想に反感を覚え、本当の意味での五族協和を満洲で実現させたいという理想を抱いて謝文東の部隊に合流する。だが、満洲の現実は――。

 こんなところに金日成がいました。なるほどー。そして、白系ロシア人て、白人系という意味じゃなかったんですね。……なんだかもう、感想を書くレベルではなくなってきております。

 抗日とひとことでいっても朝鮮人、中国人それぞれに腹に持つものが違うわけなんですね。そして、その背後で影をちらつかせているように見えるソ連の思惑がよくわからないのが気になります。
 いまだ、影すらあらわさないトロツキーも。年表を見ると1940年死去なので、ウムボルトそろそろ間に合わないんじゃないかと心配で……。

 もう、この漫画は難しすぎて手に負えないので、とりあえず読破を目指します。
(2014.11.26)

 

「虹色のトロツキー 5」 中公文庫コミック版
安彦良和 著

   虹色のトロツキー (5) (中公文庫―コミック版)


ウムボルトはかつて父とともに働いていた安江仙弘のもとに身を寄せ、父とトロツキーの関係を知るために安江に協力することになった。満洲の有り方に疑問を持つウムボルトは満軍ではなく、蒙古族を中心とした興安軍の将校として日本に協力することになったが、その選択に納得できない麗花はウムボルトのもとから姿を消した。

 ウムボルトの記憶と父・深見の過去が少しずつ結びつき、形を見せはじめた巻でした。また、興安軍でモンゴル語で指揮し、わずかな期間ながら部下を持ったことは重要な体験となった様子。こう読むと、やはり彼のアイデンティティというのはモンゴルにあるのだな、と感じます。
 実体のない満州ではなく、民族がそれぞれの文化を誇りにできる国を求めはじめたウムボルトですが、東北部の現実は彼の希望とは違う方向へ向かっていくのです。

 前の巻で姿をくらましていたジャムツはまた意外なところから姿を現しました。そして、次の舞台は上海らしい。退廃的な雰囲気は中国の他地方とはまた違う空気だろうと思うので楽しみです。
(2014.12.16)


「虹色のトロツキー 6」 中公文庫コミック版
安彦良和 著

   虹色のトロツキー (6) (中公文庫―コミック版)


安江大佐の密命で上海へ向かったウムボルトは、虹口で辻説法をするトロツキーそっくりの人物と会う。彼は本物のトロツキーか否か、両親の死との関わり、そして、石原や辻が語る「トロツキー計画」をめぐる軍部内の力関係はどう動くのか。

 ……といったことになってるようです。
 ネタバレしますので、以下ご注意ください。ここに来て、トロツキーとは何者なのかという根本がひっくりかえり、物語が大きく動いた巻でした。

 みんな、トロツキーという幻におびえているんですよ。あるいは限りない幻想を抱いているんです。スターリンも、関東軍の諸兄も、石原さんも……。
 蜃気楼や虹のようなものだと思いますよ。追いかけても追いかけても、つかまりません。



 作中の犬塚惟茂大佐の台詞です。
 幻想は幻想。でも、そのために現実が動けば、幻もほんとうのことになってしまう。戦争がまた一歩、現実に近づいていくのが感じられる巻でした。そして、ロシア(ソ連)、そして当時のユダヤ問題も知らないといけないんだな、と気づいてちょっと力尽きたかも。

 ちらっと登場した李香蘭と上海の雰囲気がよかったです。
(2015.1.12)

 

「虹色のトロツキー 7」 中公文庫コミック版
安彦良和 著

   虹色のトロツキー (7) (中公文庫―コミック版)


ジャムツの拷問によって精神を病んだ麗花を助けだしたウムボルト。しかし、平和な日々は長くは続かず、彼はノモンハン付近で起きた国境紛争の最前線へ向かうことになる。満蒙の国境紛争が日本とソ連の軍事衝突に発展したノモンハン事件を描く。

 ウムボルトが指揮するのは興安軍の中の少年部隊(という位置づけでいいのかな)。子どもたちの年齢は書かれていないのですが、丸顔の少年たちが先生についていくように上官に従うさまは何ともやるせないものがありました。
 ウムボルトが彼らを前線ではなく後方へやって欲しいと上官へ願い出るのですが、当の少年兵たちが「前線に残って、戦死した上官の仇を討ちたい」と訴える場面も。
 戦時教育がむごいのは、子ども当人がそれを信じて、大人に言われるままに死んでしまうこと。作中の少年たちが生き生きと、時に笑いながら戦場にいる姿に考えさせられました。
(2015.1.13)

 

「虹色のトロツキー 8」 中公文庫コミック版
安彦良和 著

   虹色のトロツキー (8) (中公文庫―コミック版)


ノモンハンの戦場でウムボルトと麗花は再会を果たしたが、ウムボルトは前線に留まることを決意する。そして、両親の死がトロツキーをめぐる工作をもみ消そうとした将校によるものと知らされた。

 最終巻でした。今回もネタバレしますので、ご注意を。



 戦線が崩れ、なしくずしに後退していく日本軍の中にいて、「どうせ死ぬなら、モンゴル独立のような意味のある戦いで死にたい」とまで考えるウムボルト。その姿に最初の方の巻で描かれていた気概に満ちた青年の面影はなく、読んでいてやるせない。結局、日本軍の中には帰らず、外蒙古へと去ることもできずに野に屍をさらすことになるとは思いませんでした。
 戦場を通りすぎる麗花が苦しげに叫ぶ場面があります。

 なんのために、こんなところで殺し合いをするの?
 もともと誰のものでもない土地だったのに。パオに住むモンゴル人が羊や馬に草を食べさせていたのに。何百年もそれでよかったのに。



 満蒙国境線って、要するにソ連と日本の代理戦争みたいなものですよね(満洲は日本領土だったけど)。言ってみれば、二大国のパワーゲームとは本来関わりのない人たちの血で戦闘が行われたようなもの。戦争はしばしばそういうものなのかもしれませんが、複雑な思いになります。

 麗花との再会場面は出来過ぎで、物語上あまり意味がないようにも思えるのですが。もし、彼女のもとへ帰るという約束がウムボルトになければ、彼はそのまま外蒙古へ行ったかもしれないですね。

 6巻までは主体性を持って動いていたウムボルトですが、最後2巻は時代に流されていくだけでした。追っていたトロツキーの幻影が消えて、ある意味、五族協和の理想を捨てきれなかった彼に残されたのが満洲国の「現実」だけだった、というのが皮肉でした。
(2015.1.15)

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