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まんが 3

  

「アンの世界地図 1〜4」 秋田書店
吟鳥子 著

   アンの世界地図~It’s a small world~ 1 (ボニータコミックス)

   アンの世界地図~It’s a small world~ 2 (ボニータコミックス)

   アンの世界地図~It’s a small world~ 3 (ボニータコミックス)

   アンの世界地図~It’s a small world~ 4 (ボニータコミックス)



ゴミ屋敷で酒びたりの母に育てられた少女アン。彼女はロリータ服を身にまとい、日々を闘う。ある日アンは母と衝突し、祖母の住む徳島へと家出。そこで謎の着物少女アキに出会い、同居生活をはじめることに……。アンを優しく見守るアキに手を引かれ、アンの世界は拡がっていく。

 作者追っかけで手に取りました……と書いて気づいた、他のまんがをここに挙げていませんでした。何故忘れていたんだろう〜? 他作品はファンタジーばかりだったので、現代日本を舞台にしているのが新鮮でした。

 親にネグレクト(育児放棄)されていたアンが、持ち前の強さと素直さで新たな居場所を見つけていく物語です。
 親から愛され望まれて生まれた子なら苦労も疑問もなく手に入れるものを、アンは自分の手で手探りして見つけなければならない。その恐怖といってもいいほどの不安感と、自分を育ててくれる物事(人とは限らない)への憧れ、彼女が生まれながらに持っているのびやかさ、真っ直ぐな視線が細やかに描かれていて、すごい作品だと思いました。
 他の作品もそうですが、この作者は言葉がいいです。きらきらと優しいおしゃべりかと思っていたら、ふいにフェンシングの剣のようにこちらの心の急所をひと息についてくる。ちょっと最近のまんが家さんには珍しいタイプかと。

 途中からは、第一次大戦期に徳島にあった板東俘虜収容所のドイツ人兵士と地元の人々とのささやかな交流と別れが描かれます。゛小さな国の寄せ集め゛であるドイツの複雑な社会状況が極東の小さな町の人々を翻弄していることが何ともやりきれなく、切ない思いをさせられました。

 和服姿もすがすがしい少女アキがアンに見せてくれる、現代の徳島っ子の飾らずあたたかな姿にもじんわり。ですが、そのアキ自身にも深い謎と癒されない傷がある様子。続きを楽しみにしています。
(2016.3.12)

 

「アンの世界地図 5」 秋田書店
吟鳥子 著

   アンの世界地図~It’s a small world~ 5 (ボニータコミックス)


少女アンがたどり着いた徳島の古民家。そこにはアキがいて、安心できる暮らしがあった。そして、今へと繋がるたくさんの人生があった…。日々を、家族を問い続け、毎日を勇敢に「冒険」した少女の物語。これにて終幕。

 あおいちゃんの謎が解け、何より母親との関係が最悪だったアンがそれを乗り越えて、親代わりのアキの危機を救いました。ついで、うだつの家も大活躍。よかった、よかったの完結編でした。しかし、もしかして、アンはアキのことを誤解したままなんでしょうか?

 ともあれ。おばあちゃんが胸に抱え込んでいた、遠い時代の徳島の記憶。それが孫世代や歴史を知らない第三者によって日があてられ、「知られる」ことによって傷が癒されていく――うだつの家、という時を越えた語り部がいてこそ成り立つお話だったのかもしれない。

 既刊で書かれた俘虜収容所の懐かしい人たちと、未来を歩き出したアンとアキの幸せを祈りたくなる、じわっとした温かみのある作品でした。
(2016.9.26)

 


「きみを死なせないための物語 1」
秋田書店
吟鳥子 著  作画協力・中澤泉汰

  きみを死なせないための物語 1 (ボニータ・コミックス)


宇宙に浮かぶ都市文明「コクーン」。国連大学の学生であるアラタ、ターラ、シーザー、ルイの幼なじみ四人組は、宇宙時代に適応した新人類“ネオテニイ"のこどもたちだった。ある日、彼らは歓楽街の路地で、緑の髪の少女に出会う。

 twitterでときどき見かけては気になっていた作品。おお、期待以上の本格SFの香り。

 地球を「見上げる」宇宙都市――人口過密によるトラブルを避けるために監視カメラと市民IDによる統制が敷かれ、厳しい社会道徳が浸透した世界。そこでは血統によって選別された「ネオテニイ」は一種のエリートらしい。旧人類よりも長寿であるネオテニイの子どもたち(でも20才)の生き方は、難病・ダフネー症の女性と出会ったことで大きく変化する――。

 ……といった世界設定のよう。まだ物語の序章のようなので掴みきれてはいませんが。

 自分の両親やきょうだいよりも長く生きるように定められたネオテニイたちの孤独、苛立ち、そしてあっという間に死に別れてしまう人たちへの痛いまでの愛情が感じられます。これは読んでいて切ない。主人公の「誰かを死なせないための生き方」が、実は死によって始まっている、というところも。

 主人公たちがすこし歳を重ねたところで1巻は〆られていて、2巻以降も楽しみ。個人的には、旧人類であるアラタの兄・大地がどこか含みありげで気になります。
(2017.12.24)

 

「きみを死なせないための物語 2」 秋田書店
吟鳥子 著  作画協力・中澤泉汰

  きみを死なせないための物語(2)(ボニータ・コミックス)


人類が地球に住めなくなった未来。長命な新人類“ネオテニイ”の一員であるアラタ、ターラ、シーザー、ルイの四人組はかつて“緑人症”という奇病をめぐり、ある“喪失”を経験した。16年後、大人へと成長した彼らの現在とは…?

 16年後、アラタたちは外見は20歳そこそこですが、年齢は36だそう。それにしても、ターラちゃんが美人すぎる。

 仲良く育った彼らの関係もこの世界独特のパートナー契約で複雑になっている様子。
 アラタと第三パートナー(結婚にあたる?)になりたいのに、言いだせないターラ。性的嗜好が異なるために第二パートナーであることがしこりとなっているシーザーとルイ。アラタはといえば、研究対象のダフネー症被験体の少女ジジに振り回される毎日。

 そして、パートナー契約によって窮屈そうにみえる人々の最後に行きつく先――死の迎え方が描かれて、かなり……これは怖い。
「リストイン」という安楽死制度、そりゃあ『孤独に苦しまずに尊厳を持って死を迎える』って良さそうに聞こえますけど、あくまで自身の希望に沿ってであれば、だと思うのですが。
 そして、社会秩序が守られているかを監視している「天井人(テクノクラート)」の存在がそれとは気づかないうちに社会を息苦しくしている一面が描かれていました。

 私はダフネー症患者はこの硬直した社会の外側にいるのだと思っていたのですが、どうやら違うんですね。16歳で寿命が尽きる彼らすら「リスト」に載ってしまう。こわい世界です。

 その中できらきら輝いている幼いジジが可愛い。地球を眺めるのが好きで、アラタとターラになついていて、でもシーザーを思う気持はまっすぐです。

 ジジはしぬときシーザーに手をにぎっていてもらいたいの。


 長く長く生きなければならないネオテニイも、残りわずかな命であることを直視しなければならないダフネー症患者も、愛する人とともに居たいと願う気持は同じなのにね。

 さて、アラタとシーザーはひっそりと宇宙ロケットを製作しているらしい。それでどこを目指そうとしているんでしょうか。
(2018.1.28)

 

「きみを死なせないための物語 3」 秋田書店
吟鳥子 著  作画協力・中澤泉汰

  きみを死なせないための物語 3 (ボニータコミックス)


宇宙に浮かぶ都市国家コクーン。この限られた場所で生きるため、天上人(テクノクラート)と呼ばれる組織が人々の生命の価値を“査定”し、低評価の者を安楽死させていた。そんな中、短命の病“ダフネー症”のジジはシーザーに恋をする。存在価値のない人間が生きることは許されない世界で、少女はそれでも、恋の夢を見ていた。

 やはり、パートナー制でがんじがらめになった社会に最もいらだちを覚えていたのはルイでした。

 ルイから、社会制度にNOと言わない、と糾弾されてしまったターラやシーザー。
 ターラちゃんは優等生気質だけれど自己評価は低いから(ネオテニイも普通人と変わらないと考えているので)、社会のルールからはずれて生きていこうとは考えないのでしょうね。女性のネオテニイとして自分の卵子の使われ方には保守的な考えなのかもしれないし。
 でも、シーザーはちょっと可哀相。お前に言われたくない、と感じるのではないかしら。

 幼馴染み4人の関係は親友というのが一番しっくりくるけれど、年齢が上がるにつれて求められる社会的な立場がそれを許さないのですね。やっぱり、この世界はおかしい。

 おかしいといえば、ダフネー差別。

 ネオテニイが旧人類より寿命が長くて優秀なように、ダフネーはその反対なの。身の程ってものを知りなさい。

 そもそも、ダフネー症患者の研究者にこういうリサのような人物がなるのは大きな間違いと思うのだけど。児童虐待はいうまでもない。

 ジジが怒ったように、区別ではなくて差別なんですよね。
 たしかにダフネー症患者には住む場所があり、それなりの機関で定期的に検査を受け、やがて他の人々と同じようにリストインする。すべてが制度に組み込まれた社会だから、まるでダフネーを「区別」するだけのように見えるのだけれど――。ひとたび事が起これば、責任を負わされるのはダフネーの方。
 そのことを知っているわずかな人たちだけが怒りを覚えているのが、この世界の現状なんだろうな。

 その中の1人、「自分は毎日を精一杯生きていても、何も残せない凡人」と語るターラが何を成せるのか――続きが気になります。

 ところで、今回アラタの背景がよく描かれていました。あのマスクはそういう目的だったのか、知らなかったよ。これまではごく常識的な好青年としか思っていませんでしたが、意外と天才肌の神経質なタイプなんでしょうか。

 彼はいよいよ宇宙への関心が高まっているようです。
 この息苦しいコロニーから脱出して欲しい、と思う反面、逃げずにこの社会に一石投じてほしい気もします。こちらも次が楽しみです。
(2018.3.28)

 

「きみを死なせないための物語 4」 秋田書店
吟鳥子 著  作画協力・中澤泉汰

  きみを死なせないための物語 4 (ボニータコミックス)


宇宙空間にあえかな希望を見出していたアラタだが、仲間との意見の衝突、そして天上人に目をつけられたことで計画のすべてが大きくかわってしまった。ネオテニイの優秀な頭脳の中に人類社会の大きな秘密を抱え込んだまま、アラタはある決断をくだす。

 新刊を待っている数少ないコミックのひとつです。
 前巻からさらに数年が過ぎています。ネオテニイが年をとるスピードに合わせての展開なんでしょうね。アジアちゃんが立派なプレママになっていて頼もしいです。

 さて、しかしネオテニイたちはなかなか変化しませんねえ。ちょっとやきもきします。ダフネー問題と監視社会であるコロニーの恐ろしい一面も描かれて(パートナー制に違反するようなことを話した途端に逮捕される、言論の自由を提供されたはずの場も天上人によって厳しく見張られている。しかし、これでは学会が成り立たなくなりませんかね)、息苦しさを覚えたのはターラちゃんだけではないはず。

 そんなわけで読者の視線も思わず宇宙へと向くわけですが、そこにコロニーが禁忌としてきた「何か」がある。それを抱え込んで誰にも分かち合えないアラタが苦しいんでしょうね。それに気づいたリュカの身に起きたことが悲しかったです。

 もうひとつ、コロニー社会の異端者であるダフネーのジジちゃん。彼女の真っ直ぐ素直でパワフルな恋心が息をのむほど可愛らしくて。こんな思いが黙殺される社会にろくなことはないな、と感じました。

 ジジは、自分がダフネーでさえなければ恋が実ったのかも、と悲しむ。彼女を慰めるターラは、自分がネオテニイだったからアラタに選ばれたのだと気づいて悲しむ。
 なんかもう、男どもは何をやっているんでしょう。。。

 その筆頭である(笑)アラタは自分なりに思うところがあってある大きな決断をするのですが。その立場でいったい何を、どう守るつもりなのか。

 早く禁書に書かれた内容が見えてこないかしら、と気になって仕方ありません。
(2018.10.20)

 

「きみを死なせないための物語 5」 秋田書店
吟鳥子 著  作画協力・中澤泉汰

  きみを死なせないための物語(5) (ボニータ・コミックス)


アラタが天上人となってダフネー研究は中止されてしまったため、ジジのために研究の後継者を探そうとするターラ。だが、彼女自身はアラタへの不信感に傷ついていた。

 アラタとターラ、ルイとシーザー――幼馴染みたちはいまやそれぞれの立場でそれぞれの道を歩き出した。お互いに抱いているのは憎しみではないはずなのに、言葉をかわしても通じ合えないのがせつないです。

 そんな中でもっとも心配で急がれるのはジジちゃんの行方。明日には閉鎖されるというラボであれほど憎たらしいリサと語り合う場面にはほろりとさせられる。
 また、じきに汚くなって枯れるのだ、というジジの言葉をルイはどう聞いたのか。彼にできるのはジジの姿を絵にとどめることだけなんですね。
 アラタやターラだけでなく、ジジと関わった人たちがそれぞれにダフネーの行く末を案じているのに、現実には何も動いていないのがはがゆい巻でした。

 そして、主人公ネオテニイたちが彼ららしい熟考を重ねる横で、脇役たちがひそかに動いています。ターラちゃん(アラタと別れて強い女へと脱皮中)の遠縁である海洋学者キュヴィエ、そしてルイのもとを訪れた「郵便屋さん」は誰と繋がっているのか気になります。

 アラタ、いろいろ辛いのはわかるけど、働け働け! ジジに時間はないのだから。
(2019.4.28)

 

「乙嫁語り 1」 エンターブレイン
森 薫 著

   乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)


遊牧民の娘・アミルは、定住生活をおくる8つ年下の少年・カルルクのもとに嫁いだ。年の差、習慣の違いを越えて、二人は愛を育んでいく。19世紀の中央アジアが舞台の物語。

 表紙にひと目惚れして買ってしまいました。好み、好みです〜。
 ヴィクトリア朝英国が舞台の「エマ」はちょっとだけ読みましたが、同じ19世紀の、こちらはアジアのお話なんですね。
 この地域、どんな文化や生活なのか、ざっくりしたイメージしか掴んでいない。遊牧民がいる、でもカルルクの一族のように遊牧をやめてしまった人々もいる。イスラム教徒とか正教徒とか仏教徒とか……と思ったら、何が何だかわからなくなりました。

 それにしても、アミルがかっこいいですよ。弓矢で晩ご飯を捕ってくる奥さん。しかも、さくさくさばいてくれました。騎乗姿もきりっとして美しいです。
 何より、これらすべてが大仰なことではなく、ごく普通の日常として描かれているところが素敵。
 普通、まんがならアミル&カルルクのラブストーリーについて語るのが正道ってものでしょうが、森薫作品に限っては遊牧民生活に見惚れるのが正道と思われます。

 ところで、エイホン家に居候している外国人(多分、人類学あたりの学者さん)、きっぱり怪しいですね。
 あとがきで初めて名前がわかるっていうのも珍しい事態ですが(笑)。スミスと名乗るからには英国人かアメリカ人でしょうが、この時代にこんなところで何をやっているのか。グレートゲームの香りを感じるのは、鼻の効かせすぎでしょうか。
 そんなことも次巻の楽しみにしております。
(2009.10.25)

 

「乙嫁語り 2」 エンターブレイン
森 薫 著

   乙嫁語り 2巻 (ビームコミックス) (BEAM COMIX)


一度は嫁いだアミルを連れ戻し、別の男の嫁にしようとする実家から、兄たちがやってきた。町じゅうが団結して彼らを阻むが、これで解決したとは思えない不安がアミルとカルルク夫婦を覆う。

 アミルの実家との争いにはらはらしながらも……やはり、スミスさんはそちら関係の人か! と喜んでます(汗)。この間、読んだばかりの「少年キム」とつながっているのです。次の巻ではきっとそんな話も出るのだろうなあ。楽しみです(←なんか、楽しみ方が間違ってる気もする)

 アミルとカルルクも夫婦らしい雰囲気になり、町の人たちの暮らしぶりにもより馴染めるようになってきました。
刺繍に苦労しているティレケが、母親から伝来の柄を見せてもらうエピソードが大好き。
 子供のときからこうやって嫁入り支度を整え、嫁いでからも山ほどたくさんの布をこしらえる。長年一緒に過ごす布だから、手を見ただけで「誰々らしい」なんて言葉が出るのでしょうね。現代日本では想像するのも難しい生き方です。
「一生、死ぬまで縫い物かあ(げんなり)」と思わないでもないけど(ティレケもそうですし)。他のどんな仕事をしても、見方によれば「一生、***なんて」ということなんだろうな。
(2010.7.1)


「乙嫁語り 3」 エンターブレイン
森 薫 著

   乙嫁語り(3) (ビームコミックス)


市場でアンカラへ向かう案内人を探していたスミスは、一人の女性と知り合った。次々と夫を亡くし、義母と細々とした暮らしを営むタラスとスミスの間に、やがて穏やかな愛情が生まれる、しかし――。

 やった! 怪しいスミスさんが今回主役です(笑)ここで道草してて大丈夫かな、とちょっと心配ではありますが。

 いつもノート片手に研究材料集め(あるいは情報収集)してきたスミスさんの胸のうちの言葉が聞かれました。

 この土地に暮らしてきた人たちなのだ。ただ生きていくことにすら多大な労力を要する、そういった土地に代々暮らしてきた人たちなのだ。

 こんな世界で、男手もなく、ひっそりと寄り添って暮らす義母とタラス――二人の思いやりや考え方の違いが細やかに描かれていて堪能しました。
 遊牧と家父長制の中にいる女たちには、こういう結末が自然なのかもしれない。どうしようもない哀しさは残るにしても。一見、理不尽にも見える義母の態度も、実は最初から最後まで一貫して「タラスに幸せになってほしい」なんですよね。こういうところが、ちょっと切ないのでした。

 ちょこっと登場したアミルとカルルク夫婦(と付添パリヤさん)には少しほっとしました。私は焼きまんじゅうと串焼きがいいなあ。あとザクロ。
(2011.6.23)


「乙嫁語り 4」 エンターブレイン
森 薫 著

   乙嫁語り 4巻 (ビームコミックス)


英国人スミスは、タラスと別れたあとも目的地アンカラへの旅を続けていく。旅の疲れなのか、馬の上から水に落ちてしまったスミスを助けに向かったのは……!?  現在のウズベキスタンにある巨大な塩湖・アラル海近郊、漁村に暮らす人々の生活と文化を描き上げる。

 えっと、衝撃の事実。――主人公はアミルさんじゃなかったのか!
 帯を見てびっくり。スミスさんだそうです。ああ、そういえば、お嫁さんたちのことを語れるのは彼だけですもんね。

 アミルさんと実家のごたごたはまだ片付いていないのですが、とりあえず措いておいて。
 前巻の苦い思いを胸に抱いたままアンカラへの旅を続けるスミスさん。アラル海のほとりで出会ったのは双子の娘たち。ライラとレイリのドタバタ恋愛劇でした。
 仲のよいふたりはそろそろお年頃なので、結婚相手を見つけたい。家畜持ち(=金持ち)で、イケメンで、二人兄弟を探すのですが、そんな条件の若者はそういない。いつも二人で遊びまわって、「あそこんちの双子」とひとくくりにされている間は、いくら魚をとばしても無理というものです。
 二人が別々に恋人に会うのに慣れた頃、スミスさんの手帳には盛大な結婚式の習慣が書き込まれるのでしょう。

 番外編の馬市場。きれいな馬を買ってもらったトルカン少年のわくわくした笑顔が可愛かったです。
(2012.6.10)

 

「乙嫁語り 5」 エンターブレイン
森 薫 著

   乙嫁語り 5巻 (ビームコミックス)


やんちゃな双子のライラ&レイリにも、ついに結婚相手が見つかった。彼ら4人の ドタバタにぎやかで、楽しくて、笑顔と涙に満ちた結婚式へようこそ。

 3話にわたって中央アジアの婚礼の宴の様子がじっくり描かれて、堪能しました。
 エスケープなんて真似ができるかどうかはおいといて(笑)、羊の解体あり、スミスさんも見ることができない結婚の儀式あり、ご馳走あり。うん、こうでなくっちゃ!
 感情表現がまっすぐな双子たちだから、実家をあとにして流す涙も盛大。残る家族たちにとっても、双子の結婚は嬉しくも寂しいものなんですよね。涙と微笑みと退屈あり、の披露宴でした。

 後半はアミルさんとカルルクさんのお話。
 カルルクはますますしっかりしてきて、絵を見なければ、年の差カップルという感じが(いい意味で)薄れてきました。アミルさんの日常を描いた「日暮歌」の回が一番好きです。

 そして、アミルの手許に迷い込んできた鷹が、遠くの世界の不穏な風を感じさせます。
 着々と南下するロシアがアラル海のほとりの小さな村にも影を落としはじめた様子。スミスさんは無事にアンカラへ辿りつけるのでしょうか。
(2013.2.11)


「乙嫁語り 6」 エンターブレイン
森 薫 著

   乙嫁語り 6巻 (ビームコミックス)


英国人スミスと案内人アリが、アンカラへの旅を続ける頃。アミルの兄、アゼルは苦悩していた。生き残るために、カルルクの村を略奪すると決めた親族たち。その背後には、つぶし合いを狙うロシアの思惑が見え隠れする。一族への忠誠心と、妹アミルへの愛情、ふたつの板挟みのなかで、アゼルが決めた「正しい選択」とは……?

 アミルの実家のハルガルは、牧草地を失い、一族の生活基盤を失うことをおそれていた。一度は嫁にいったアミルを取り戻して有力者ヌマジに嫁がせようと考えたが、町ぐるみの抵抗にあって失敗。そして、とうとう遠縁のバダンと手を組んで土地を奪おうと攻めてきた。しかし、この戦の後ろには少数騎馬民族のつぶし合いを狙うロシアの影があった――。

 波乱の巻でしたね。この数巻は細やかな目線で双子の婚礼やアミル夫婦の話が続いていたので、今回もまったりなのかな、と思っていましたが。いや、騎馬術すごいです。
 そして、アミルの強さも。ジョルクから戦いが始まる前に逃げろと忠告されるも、アミルは「嫁に来た自分はここにいなければならない」と断言。自分も弓を持って応戦に加わります。この辺、やっぱりまだカルルクさんは年上女房にかなわない感じです。
 今回の注目はバイマトとアゼルかな。二人ともバダンとの協力には最初から懐疑的です。


 必要であれば奪う。それはいい。皆そうして生きている。だが、それは己の力のみでやればいい。武器を買いつける財があって、なぜ冬に家畜を減らす?
 馬は野を駆けて生き、鳥は空を飛んで生きる。
 我々は誰に使われたりもしない。まして、ロシアの手先になど死んでもならん。



 遊牧民族には、遊牧民族らしいやり方、価値観、道理がある。それを頭からつぶすことに躊躇しない大国ロシアの南下政策が気になります。
 スミスさんは無事ですかね。いよいよ、物語の中での彼の存在意義が際立ってきました。
(2014.2.22)

 

「乙嫁語り 7」 エンターブレイン
森 薫 著

   乙嫁語り 7巻<乙嫁語り> (ビームコミックス(ハルタ))


旅を続ける英国人スミスと案内人アリ。アラル海にある双子の村から山を越えて南下し、たどり着いた場所はペルシア。逗留先の主人から歓迎を受けるふたりであったが、そのウラでは第4の乙嫁アニスが、誰にも打ち明けられない悩みを抱えていた。

 スミスさんが立ち寄ったペルシアの裕福な家庭の妻を描いたお話。これまでとはがらりと雰囲気が変わり、水と緑豊かな庭、細やかなイスラム文様の建物が流麗な線で描かれています。いつも通り、美女たちもいます。

 裕福な夫に深く愛され、日々何不自由なく過ごすアニスは、しかし、心のどこかに寂しさを抱えていた。そんな時に女性が同じような妻であり母である女性と特別の関係を結ぶ「姉妹妻」という風習を知り、その相手を探して浴場へ通うように。やがて、シーリーンという親友を見つける、という物語。

 冒頭では、アニスは自分が何が不満なのか、いや不満を持っているのかさえ覚束ない頼りない女性。家に居て話すのは侍女か飼っている猫くらい。その猫にさえ見捨てられるのでは、と不安を持っています。
 ですが、勇気を出してお風呂屋へ出かけ、親友シーリーンを得たことで、アニスの内面は成長し始めます。やがて、シーリーンの危機に心を寄せて行動を取れるほどにしっかりとしていくのです。
 現代の日本人から見れば、アニスの行動は「それでも夫任せ」「男尊女卑」とも映るけれど、この時代、この文化の中では間違いなく大いなる成長物語だと思う。それが、細やかに描かれており良い作品だと思いました。

 「姉妹妻」とは初めて聞いたのですが、互いに信頼し助け合う、いわば「結婚」の女性同士版のような風習で、仲人を立てて儀式もとり行って「新婚旅行」に出かけたりもするのだそうです。これを知らなかったアニスも遠方から嫁いだ人なんでしょうか。
 女性が社会の表に出ないイスラム文化ですが、女性には女性の世界というか文化が豊かに営まれていたのだ、と感じられました。
(2015.4.30)

 

「乙嫁語り 8」 エンターブレイン
森 薫 著

  乙嫁語り 8巻 (ビームコミックス)


アミルの友人パリヤにとって、目下のところ気になるのは結婚相手。率直すぎる性格が災いしてか、なかなか縁談がまとまらない日々。そんなパリヤにも最近、 気になる相手ができたようで……。第5の乙嫁(おとよめ)は人気の高いパリヤさんの物語! 果たしてパリヤは結婚できるのか、暗黒期から抜け出せるの か!?

 根はやさしいのに素直に話せない、不安が暴走し始めると歯止めがきかない可愛いパリヤさんが主役の巻。当人も変わろうと努力してるのですが、そのずれっぷり、勘違いぶりが(悪いけど)おかしくておかしくて。彼女を手助けしようとするアミルやばあさま(名前忘れた)の存在があたたかく、頼もしかったです。

 この文化圏の女性の最大の関心事である嫁入り支度、その華ともいえる刺繍の美しさが堪能できる巻でもあります。針運びが丁寧に描かれて、カラーでないのがもったいない! そして、難しい刺繍をひと品仕上げるごとに女性が自信と強さを身につけていくことがよくわかるエピソードもありました。

 まんがとは直接関係ありませんが、最近、いまさら何故か騒がれる女性の立場についても、ちょっと考えさせられました。私は女性も外で仕事するのが当然と考えていますが、それは男性と同じようにしろ、というより、できることが多い方が自信を持てるから。その意味では、この物語に描かれる乙嫁たちは今の日本の多くの女性よりもよほどしっかり自立してるのかもなあ、という気がします。
(2015.12.30)

 

「乙嫁語り 9」 エンターブレイン
森 薫 著

  乙嫁語り 9巻<乙嫁語り> (HARTA COMIX)


照れと混乱の果てに…。アミルの友人パリヤの恋模様を描く、好評コミカル第5シーズン! 布支度は進まないし、友達も少なく、自分の気持ちは上手に伝えられない。八方ふさがりのパリヤだが、お遣いの案内役をウマルが申し出たことにより物語は一気に急展開する。

 パリヤさん編、ハッピーエンドです。いや、どうなることかと心配しましたが、あたふた(パリヤだけが)した末に落ち着きました。一緒に水車を愛で(笑)、将来の夢を語るパリヤとウマルはいいコンビ。パリヤのパンづくりの腕が生きそうです。

 印象的だったのは、許嫁とはいえ結婚前の二人が一緒に出歩いたことへの家族の反応。
 いや、単に出かけただけなんですけど。決してふしだらではないと説明し、まわりも納得する。あとで、ウマルは「よその娘さんに悪い評判がたったらどうするつもりだ」と親に怒られてしまいます。
 結婚は親が決め、親類の了承が出てはじめて決まる、という世界。たしかに女の意志も権利もないけれど、ただ家畜のようにやりとりされるのではなく、この社会の決まりごとの中で大切に扱われていたのがわかります。

 一方のウマルの方も、この縁談はまんざらでもなさそう。ねー(笑)
 二人で協力して壊れた馬車を修理する場面は微笑ましいです。このシリーズ、生活環境も風習も現代日本とはかけ離れているけれど、恋人たちの一途さは今も昔も世界共通なんだな、と感じさせてくれる。むしろ、今より遥かに制約が大い文化だからこそ胸にしみるのでしょう。

 途中に入っている「盤上遊戯」は、メインエピソード以外のキャラクターの様子をすごろくのように紹介しています。スミスさんは追い剥ぎに遭ってひとつもどる。心配だ。そして、アミルさんも一回休んだ方がいいのかな。次巻はアゼルたち兄弟の放牧の話になるようです。
(2017.1.10)

 

「乙嫁語り 10」 エンターブレイン
森 薫 著

  乙嫁語り 10巻 (ハルタコミックス)


前半はカルルクが"男"になるべく修業をする"男修業"編。アミルの兄が暮らす冬の野営地へ行き、アゼル・ジョルク・バイマトの3人から鷹狩りを学びます。後半はアンカラへの旅を続けるスミスへ視点が移り、案内人アリとともに旅の様子が描かれていきます。

 狩から料理までなんでもこなす年上女房にふさわしい男になるために、カルルクさん一念発起の回でした。町とは違う厳しい環境のアミルの実家に世話になり、鷹狩のやり方を学びます。鷹の慣らし方が事細かく描かれていて嬉しい〜(そこか! いや、そこなんですよ)

 そして、たまに顔を出してくれるアミルさんの嫁物語はせつないけれど温かい。
 彼女はほんとうにカルルクさんでよかったと思ってるんですよね。長い時間一緒に居られるだけで幸せだというのだから、その夫が日に日に青年に育っていくのを見るのは嬉しいでしょう。いや、すでに堂々とした青年カルルクの姿を夫に見ているのかも。そういえば、アミルさんは本当に本当に馬が好きなんですね。

 ところで、アゼルさんたち兄弟はとても好きなのですが、こんなにカルルクさんに親切なのは何故でしょう。過去にはいろいろあったような気がするのですが……。

 そして、後半は大好きなスミスさんがついにアンカラ到着! 無事でよかったよう(涙)
 都会についたとたんに服装は変わるし、カメラをはじめ文明の利器があふれていて違う作品のようです。到着直前に山の中で出会った男たちの因縁の世界とはかけ離れている。どちらがいいというわけではないけれど、二つの文明世界にはそれぞれに考え方と道理があるのだよなあ。

 終盤では意外な人との出会いがあり、嬉しいけれど心配にもなります。どうするスミスさん、まだ旅をするつもりなわけですよね?

 そろそろきな臭くなってきた地域情勢。グレートゲームを今度はロシアがらみで調べてみようかな、と思いました。
(2018.3.26)


「乙嫁語り 11」 エンターブレイン
森 薫 著

  乙嫁語り 11巻 (ハルタコミックス)


タラスとスミス、出会いの先へ…!中央アジアを舞台に、さまざまな結婚物語を描き連ねていく『乙嫁語り』。英国人の旅行者スミスは、旅の目的地アンカラでタラスと再会したあと、ふたたび旅を始めることに。それは、もう一度アミルとカルルクの住む地域へ戻る旅……。新たに手に入れたアイテム「写真機」とともに、スミスとタラスと、案内人アリの旅路が始まる。

 懐かしいタラスさんとの再会の巻でした。
 前に登場した時には周囲の思惑や慣習の中で翻弄されるだけに見えた彼女ですが、「あの人を忘れられない」という思いだけで再婚を拒んでの旅に出ました。この再婚相手の男性も、タラスに結婚を断られながらも「放っておけない」とアンカラまで送り届ける、という人徳の持ち主。こんなことが実際にあるのかわからないですが、人々の情の深さにもうたれました。

 タラスさん、心を決めたせいなのかずいぶん強く見えました。出奔はもちろんですが、装飾品や刺繍布を売って生活費にしたり、馬には乗らずに歩けると断言したり。え、いつのまにこんなことを考えていたの、と驚かされました。
 人にはアミルさんのような男顔負けの強さもありますが、タラスさんはまったく違うタイプのたくましさがありますね。

 好きだったのは、スミスさんが手放した時計の話。拾われ、売られ、そのたびに手にした人の想像力をかきたてて逸話がくっついていきます(笑)。運をありがたがる人の気持ちに納得なのですが、その運を「自分はもうあやかったから」と他の人にゆずり渡そうとする姿には謙虚さが感じられて、ほんわり温かい気分になりました。
(2020.1.26)

 

「乙嫁語り 12」 エンターブレイン
森 薫 著

  乙嫁語り 12 (ハルタコミックス)


撮影の旅を続けるスミス一行は、アニスとシーリーンが暮らす町へと戻ってきました。「何もやることがない一日」を描いた前後編、「猫」や「髪」、「風呂」に「手紙」の漫画など、大小さまざまな9篇の作品を収録。ロシア軍の南下がうわさされるなか、スミスの旅路に幸あらんことを!

 いつも同様に美しくて細やかな画面と日常のちょっとした一コマを描いた、肩の力のぬけた素敵な巻でした。
 暇をテーマに前後編を書く、というのはまんがならでは、だなあと思いましたね。暇を持て余したアミルさんが壮絶に美しいです。

 この巻での私の押しは「写真撮影」ですが、著者の森さんとしては「髪の毛」ですよね、「髪の毛」でしょう?(あ、全部ですか。失礼)
 この時代の写真の価値というかあり方が伝わってきました。
 一生に一度かなうかどうかという念願を叶えた巡礼者とその家族を記念撮影する。めずらしい写真になることで巡礼の意味は強まり、聖地訪問が家族と子孫を守ることになると、おそらく老人本人にも瞬時に理解できたのだと思う。巡礼そのものもそうなのだけど、記念撮影が老人の一生の意味を変えたような気もするのです。

 そして、ペルシャの美しいお屋敷に住む女たちの日常を写した写真の数々。男子禁制で、外国人であるスミスさんが目にすることなど万が一にもかなわない夢を叶えてくれたのも写真なんですね。

 その他、スミスさんがなぜ旅に出たのか、どんな生い立ちの人なのかに語られたエピソードもあって、また1巻から読み返したくなりました。
(2020.1.26)

 

「乙嫁語り 13」 エンターブレイン
森 薫 著

  乙嫁語り13


カメラを手に、旅を続けるスミスたち。やがてたどり着いたのは、アラル海周辺の漁村。そこは褐色の双子乙嫁、ライラとレイリが暮らす村であった! 懐かしき再会もつかの間、新婚ほやほやの双子によるおもてなしの宴が始まる!

 久しぶりの森ワールドにひたって楽しかったです。ライラとレイリの双子の乙嫁が相変わらず元気で可愛い。今回はスミスさんたちの再びの訪問を歓迎する食事をめぐるばたばたのお話でした。

 遠来のお客をたくさんの料理とご近所さんを招いてもてなすのがこの地域の習慣。不手際があっては恥ずかしい、ということでものすごい気合の入れよう。この人数分の料理を二人で作るの? いやいや、いくらまんがでも無理です(笑) はらはらしましたよ。

 でも、この双子たちの本当のおもてなしは、また一人の乙嫁となるタラスに生まれて初めての「海」を体験させたこと。
 この辺りって草原のイメージが強いのですが、カスピ海、アラル海もあるんですよね。アザラシと一緒に青い海を泳ぐ、というこの作品では珍しいエピソードでした。

 ほっとするつかの間のひと休みの後、タラスとスミスの旅に暗雲がかかってきます。アミルたちとの再会を願って出発したもののロシア兵と地元の村との衝突に巻き込まれ、スミスはやむなく引き返すことを決断するのです。

 心の底で、もしかしたら、という思いはあった。もしかしたら、再会できるのではないか。彼らは無事だろうか。また来ることができたとしても、もとのままとは限らない。

旅は終わったのだ。



 ガイドのアリさんとの心温まる別れのひととき。スミスさんたちはボンベイ行きの船に乗り込みます。
そして、この地のどこかに残るアミルさん夫婦はどうしているのか。次の巻が気になります。

(2022.9.4)




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