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海洋小説    2

海の覇者トマス・キッド 1
「風雲の出帆」 
早川文庫
J・ストックウィン 著  大森洋子 訳 

   風雲の出帆―海の覇者トマス・キッド〈1〉 (ハヤカワ文庫NV)


 1793年イギリスはフランス革命政府に宣戦布告し、艦の水兵をそろえるために強制徴募隊が上陸した。カツラ職人トマス・キッドも酒場で捕らえられ、戦列艦デューク・ウィリアム号に乗せられた。慣れない海の上の生活はキッドにとってつらいものだったが、やがて友人もできて水兵としての腕をあげていく。

 平の水兵からいずれは提督の地位まで登りつめる、という展開になるらしく、楽しみにしてます。他の海洋小説と異なり、常に水兵の目で艦上の生活が描かれているのも興味深いです。お気に入りは老水夫の味のある与太話、法螺話。やや難点かと思ったのは、後半レンジ(仲間の水夫)が登場するとキッドの影がやや薄くなったしまったこと。あと、艦長が部下に理解がありすぎる感じがしたことでしょうか。
(2003.8.23)

海の覇者トマス・キッド 2
「蒼海に舵をとれ」 
早川文庫
J・ストックウィン 著  大森洋子 訳 

   蒼海に舵をとれ―海の覇者トマス・キッド〈2〉 (ハヤカワ文庫NV)


 フリゲート艦アルテミス号に一等水兵として転属になったキッド、レンジと食卓仲間たち。キッドは海での生活に慣れ、この世界で生きていく気持ちを固める。艦はインドへ、そして更に東の中国を目指す。

 キッドの性格や謎めいていたレンジの考えが段々鮮やかに書かれるようになって、読み進めるのが楽しかったです。海の男に博学な友人って組み合わせはオーブリーにも似て、流行なのかしら、と思いました。今回のお気に入りはポウリット艦長。腕利きで厳しくて、人情もある。なので長い航海の最後にアルテミスを襲った災厄は辛かったです。
(2003.8.30)

海の覇者トマス・キッド 3
「快速カッター発進」 
早川文庫
J・ストックウィン 著  大森洋子 訳 

   快速カッター発進! 海の覇者トマス・キッド (ハヤカワ文庫 NV)


 アルテミス号損失に関する軍法会議が終わり、水兵達は転属を命じられる。74門艦トラヤヌス号が目指すのは西インド諸島、キッドは操舵長助手を命じられた。下士官となったキッドの世界は大きくかわる。上陸作戦では班長として水兵をとりまとめ、シーフラワー号では天測と船の現在位置を計算することを学ぶ。

 違う艦に転属になったのに見知った顔がぞろぞろと主人公についてくるのは何故なのか?海洋冒険小説に共通する謎が、ついにこの巻で解明されます(あっ!石投げないで下さ〜い)。レンジは人知れずラミジシリーズにも出張っていたのかも・・・
冗談はさておき、作業がきつかったり、体が痛かったりというような感覚に訴える場面の描写が生き生きしてうまい作者だと思います。嵐の中、舵に取り付く、食事をほおばるといった場面が印象に残りました。ということは、キッドが出世しない方が私にとっては面白いのか?次の巻では驚くほど出世するとのことなので、楽しみと心配が半々というところです。
   相変わらずエピソードが尻切れトンボで終わるところが非常に物足りないです。前の巻に出た赤道越え祭のようなファンタジックな部分ならともかく、少年ルークやフランス人家族はどうなったのか、気になります。これはもう、著者がわかって書いてることなのでしょうね。「海の勇者たち」(ニコラス・モンサラット著)のような、複数の話を組み合わせた小説を書いてくれないかな、と密かに期待してます。
   今回のお気に入りはファレル艇長。やり手で人格も良くて、という人はさっさと昇進していってしまうのね(涙)。また登場してキッドの上官にならないかな。
(2004.10.22)

アラン、海へ行く 7
「臆病者の海賊退治」
徳間文庫
D・ラムディン 著  大森洋子 訳 
(2003.8.7)

「海洋奇譚集」 光文社 知恵の森文庫
R・ド・ラ・クロワ 著  竹内廸也 訳

   海洋奇譚集 (知恵の森文庫)


海は非合理なもの、異質なもの、神秘的なものの支配する領域だ――海難事件の証言をもとに、海で起こった不可思議な話を描いた短編集。

 実例を挙げながらというノンフィクションの構成であるのに、資料のような味気なさはありません。取り上げられている事件の年代は、例も含めれば18世紀末から20世紀半ばまで、船の種類は帆船からタンカーまでと幅広くて、海は昔から変わらず不思議な場所だったのだと思いました。何年も漂流し続ける帆船の話のように陸では起こりえない現象あり、また、死者が船を追う話のように科学で説明のつかない出来事もあり、陸の上とは違う世界があることを陸者に教えてくれる本でした。現実に広がる海が、ここに描かれたのと同じ海であることが何より神秘的に感じられました。
 エラン・モーの灯台守りの失踪を書いた話が印象に残りました。船乗りでもなく陸者でもない、二つの世界の間に立って灯りを守り続ける姿と、その日々の生活の描写は、時がとまった別世界の物語のようです。
(2004.11.13)

アーサー・ランサム全集1
「ツバメ号とアマゾン号」
岩波書店
A・ランサム 著  岩田欣三 神宮輝夫 訳

   ツバメ号とアマゾン号(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

   ツバメ号とアマゾン号(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)


原題「Swallows and Amazons」。ジョン、スーザン、ティティ、ロジャの四人兄弟は、夏休みを過ごす湖のヤマネコ島をめざしてツバメ号の帆を広げた。未踏の地のはずの島で、四人は海賊船アマゾン号とその船長と航海士であるナンシイとペギイという少女達と出会った。

 夏休みのキャンプ、小さいながら自分達だけの帆船……読み進むのが楽しくて、子供の頃に読みたかったと少々口惜しくなりました。風や波の音が聞こえて、操船の手ごたえまで感じられそうです。ロジャたちと毎回のご飯を楽しみにするのもお約束になりそうでした。
(2002.12)

アーサー・ランサム全集2
「ツバメの谷」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

   ツバメの谷(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

   ツバメの谷(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)


原題「Swallowdale」。夏が来た。六人の子供達は一年ぶりに再会して、ツバメ号とアマゾン号は再び帆を広げて冒険に出るはずだった。しかし、ナンシイとペギイは「土人とのごたごた」のために陸に足止めされ、ツバメ号は難破してしまった。

 タイトルを見て「ツバメ号の話なのに何故、谷?」と思っていたら、読み始めてすぐに大事件となってしまいました。まさか難破するとは思わず、気を揉みました。というわけで、この巻では陸上の冒険にかなりのページを割いています。霧の中の行軍、カンチェンジュンガ登頂とお楽しみはたくさんありますが、やはり読み応えがあるのは再び(めでたく)帆を広げた二隻の競争でしょう。
(2003.1)

アーサー・ランサム全集3
「ヤマネコ号の冒険」
岩波書店
A・ランサム 著  岩田欣三 訳 

   ヤマネコ号の冒険(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

   ヤマネコ号の冒険(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)


原題「Peter Duck」。ヤマネコ号が出帆した。フリント船長のもと、六人の船乗りとある老水夫が乗り組んでいる。行く先はカニ島。何十年も昔に埋められた宝を掘り出すためだ。その宝を横取りするために、彼らの後を悪評高いブラック・ジェイクのマムシ号が追っていた。

 「そう来たか!」と、1ページ目を開いたとたんに呟いてしまいました。アーサー・ランサム殿、参りました。
(2003.1)

アーサー・ランサム全集4
「長い冬休み」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

   長い冬休み(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

   長い冬休み(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)


原題「Winter Holiday」。冬休みを過ごすツバメ号メンバーとアマゾン海賊は新しい仲間と知り合った。ディックとドロシアきょうだいは町育ちで、冒険のやり方には不慣れだったが、8人はスケートや信号通信を楽しんでいた。しかしナンシイ船長が検疫船旗をあげて仲間のもとから去った。リーダーを失った子供たちは……?

 シリーズも4巻になって、いつもの顔ぶれにも性格の違いが出てきたなあ、と思いました。あの子ならどうするか。この文章を何回も見た気がします。船長不在でも荒海を乗り切ろうとするぺギイ、町育ちのDきょうだいは友達のやり方を学ぼうとしている。冒険を面白くするコツを心得たナンシイを失って、それでもリーダーの帰還を信じて自分達の冒険を続けようとする子供達の姿が雄雄しいです。
 なお、ナンシイがかかった疫病については本をお読み下さい。
(2003.12.2)

アーサー・ランサム全集5
「オオバンクラブの無法者」
岩波書店
A・ランサム 著  岩田欣三 訳 

   オオバンクラブ物語(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

   オオバンクラブ物語(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)


原題「Coot Club」。Dきょうだいはノーフォーク湖沼地方の母の友人のもとで休暇を過ごしていた。そこで知り合ったオオバンクラブのメンバーと、ティーゼル号で南部を目指す。

 これまでの巻とはっきり違うこと、「悪い人」が出てくることが新鮮でした(あえて3巻は例外と考えてますが)。彼らはごっこ遊びの中の悪漢ではなく、大人社会においても迷惑者。そして「よそ者とは関わらない」という町の暗黙のルールをやぶって彼らと関わってしまったトム少年の立場が読みながら気にかかりました。Dきょうだいの休暇中の保護者であるバラブル「提督」がおちゃめでいい味出してます。「いい提督とはぶらぶらしていて水兵の邪魔にならないことなの」とは名言かと……。
(2004.1.10)

アーサー・ランサム全集6
「ツバメ号の伝書鳩」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

  ツバメ号の伝書鳩


原題「Pigeon Post」。アマゾン海賊、ツバメ号の乗組員、そしてDきょうだいはべックウッドで再会した。フリント船長の帰還を待ちながら、彼らは高原地帯で金鉱脈探しを始める。しかしこの事業には最初から不運な出来事がつきまとっていた。日照り続きで川が干上がったために農場から離れた場所でのキャンプを許されず、鉱脈を横取りしようと狙う不審な男も現れた。フリント船長から届けられるはずのアルマジロ(かもしれない)、ティモシィはいまだに到着しない……。

 彼らが前に集まってから半年以上が過ぎてるはずですが、その間にずいぶん成長したなあ、としみじみ読みふけりました。ことにスーザン。子供達の中で最も土人的な彼女の存在感が際立ってました。彼女がいるから土人の信頼を得てキャンプを張ることができたわけですし、夜通し働いた後には何が必要かと仲間全員を見渡している姿に、私は彼女が最年長だったかと勘違いするところでした。「もうトンネルに入らないなら何をしたっていいのよ」ときっぱり言うスーザン!いや、お母さんに怒られた子供の気持ちでした。
 子供には子供の事情がある。このシリーズの嬉しいところは、それを思い出すとっかかりがあちこちにちりばめられているところかと思います。ある人にとってはディックの実験だったり、スーザンのかきたまごだったり。幼いロジャから年長のナンシイと年代も広く、その性格もまちまちです。あの湖上に戻る道はいくらでもある、そう言ってくれているようで、大人になって読んでも嬉しい本です。
 最後のページのティモシィの小屋の絵には笑ってしまいました。だって……
(2004.10.16)

アーサー・ランサム全集7
「海へ出るつもりじゃなかった」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

   海へ出るつもりじゃなかった(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

   海へ出るつもりじゃなかった(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)


原題「We Didn't Mean to Go to Sea」。ウォーカーきょうだいたちは、久しぶりに帰国する父を出迎えにいくハリッジで、軽快なカッター船、鬼号と船長のジムと知り合った。父の出迎えに間に合うように帰るという約束で、彼らは鬼号で2日間の湾内航海へ乗り出した。確かに誰も、海へ出るつもりはなかった……

 「錨をひきずってるんだ。どけ、どけ!」ジョンのあの言葉から後、冒険の境界線がなくなってしまった。読みながら大変なショックでした。これまで彼らの冒険には、いつでも境界線がありました。お母さんの許可、晩ごはんまでには帰るという約束……土人たちが冒険の中に異物のように入り込むことはあっても、境界線が消えてなくなり冒険と土人的現実が混じりあうことはなかった。なすすべもなく、ゆっくりと(3章にわたって)海へと流される間、霧笛とブイの音を聞くたびに身を固くして読みすすみました。
 これは年長のジョンとスーザンが主役のお話だと思いました。ジョンはいつの日か夜間航海をしてみたい、と考えたけれど、それは今日ではなかったはず。また、ゆで卵が冷えて固くなるたびにやるせない思いをつのらせていたスーザン。こんなこと間違ってる、と言っても、既に戻る術はない。そうやって唐突に現実にひきこまれる日が、この子供達にもやってきたんです。
(以下、ネタバレのため反転)
 ↓ ↓ ↓

   最終章近く、舵をとるおとうさんと毛布にくるまる子供達の場面を読む間は、至福のひとときでした。冒険を終えた子供たちの疲れと満足感もよいけれど、一人で船を走らせながら葉巻をくわえて夜の海をじっと見つめるおとうさんの密かな楽しみの時間。ジンジャー・ビアもよいけれど、本物のラムを入れた紅茶を片手にここを読むと、大人であることが嬉しかったです。
(2004.11.20)

アーサー・ランサム全集8
「ひみつの海」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

   ひみつの海(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

   ひみつの海(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

原題「Secret Water」。ウォーカーきょうだいたちは秘密群島の探検隊となって、空白ばかりの地図とともに島に置き去りにされた。周辺の測量と地図の作成という仕事は順調に進んだが、ある日彼らの宿営地に侵入者がやってきた。

 両親が迎えに来るまでという期限付きの子供だけの世界。奥まった入り江のような場所での物語。緊張感いっぱいの前巻のあとで、子供らしい濃密な遊び時間をつくったのはランサムの優しさだろうか、と思うと考えすぎでしょうか。
 もちろん小さな障害や物事がぎくしゃくとうまく流れないということはあります。お父さんは家族との時間を諦めなければならないし、野蛮人と戦うべきか否かで子供たちの間の意見は割れますし、友達になったはずのマストドンとウナギ族の友情はどうなるのかも気を揉みます。子供のごっこ遊びといえばそれまでなのですが、彼らの危機は間違いなく本物で大人もどきどきしてしまいます。
 初参加のブリジットが重要な役割を果たす「いけにえ」の儀式は、この巻の肝の場面と思いました。だって、和平であれ戦であれウナギ族と関係を結べなければ「いけにえ」にはなれないのですから。ブリジットが「救いだしてもらいたくないの」と叫んだとたんに、探検隊員が野蛮人に様変わり。子供の遊びって面白いものだな、と思いました。
(2005.1.3)

アーサー・ランサム全集9
「六人の探偵たち」
岩波書店
A・ランサム 著  岩田欣三 訳 

   六人の探偵たち 上

   六人の探偵たち 下



原題「The Big Six」。静かな川べりの町ホーニングで、繋留されていた船が次々に流されるという事件が起こった。疑いは、数ヶ月前に余所者の船を流したトムと、その友人たちに向けられる。彼らは無実を主張するが、その行く先々で同じような事件が起こって、疑惑はますます深まっていく。

 これまでのどの巻より大人の理屈が色濃くでた話だったと思いました。
ビルたちを性質の悪い子供とは思いたくはないが、犯人を見つけなければならない立場のテッダー警官。オオバンクラブから子供を引き離そうとする町の大人たち。疑惑を晴らすためだとしても、バラブル提督はD兄弟の夜遊びを許可することはしません。どれも大人になった目からすれば当然のことなのですが……こんな理屈がわかる前に読みたかったと言っても遅いですね。
 このシリーズの中で、D兄弟は新しいものを持ち込んでくる役回りが多い。今回、活躍したカメラという道具もそうですが、ドロシアの探偵ぶりとその後の大人とのやりとりには驚きました。「証拠を示して納得してもらう。弁護を要求する」という考えを、一番しっかり持っているのは彼女なのです。「何も悪いことしてない」と言い続けるばかりの他の子供より、大人なんでしょうか。子供って、遊びの中で「女の子(男の子)って、面白いこと考えるんだ」と驚く時があるのかもしれません。度々現れる「ドットって頭いい」という言葉に笑ってしまいました。
 ともかく。ファーランドさんの前に弁護料として6シリング8ペンスを積み上げた彼女には「あっぱれ!」という気分です。
(2005.7.15)

アーサー・ランサム全集10
「女海賊の島」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

  女海賊の島 上

  女海賊の島 下


原題「Missee Lee」。ヤマネコ号は長い航海の途中、東南アジアへやってきた。そこでは海賊ミスィー・リーの名が人々から恐れられていた。火災を起こしたヤマネコ号が沈むとウォーカーきょうだいとアマゾン海賊、フリント船長はある三つの島へやってくる。
それぞれ頭目が治めるその地を束ねていたのは噂に聞くミス・リーだった。彼女は「イギリス人を虜にしない」という島の規則をやぶって、子供たちを自分の館に住まわせる。

 中国あたりの謎の土地。黒地に金の旗、龍の赤と緑、鳥マニアの庭……奇妙な見慣れない風景と、その中でただひとり「ケンブリッジ風」を漂わせる美女ミスィー・リーの姿が鮮やかでした。

 夢なのか現なのか、こういうつくりの巻は前にもありました。どちらかわからないのが面白くもあるのですが、私はこの一冊に関しては夢の話だと感じました。

 子供たちは学校から離れて、自分たちの船で世界を回り、遠い東洋で賢く美しい女海賊と出会います。一方、泣く子も黙る「ミスィー・リー」はかつてケンブリッジでの勉学を打ち切らざるを得なかったことが心残りで、子供たちの授業をすることに夢中になります。子供らにとっての現実がミス・リーの夢、女海賊ミス・リーの現実が子供たちの夢なのです(いや、リー先生の授業は悪夢だったけど)。
 ミス・リーは自分の夢と現実について、それなりの判断を下して子供たちと別れます。ヤマネコ号が沈んだことで始まったこの冒険は、ツバメ号とアマゾン号、そして夢の名残のジャンク船とともに現実に帰るところで終わります。
 夢はいつも甘やかで、そこに生きる方が本当の自分だと思いたくなります。ですが、コインの表裏のように、それは自分の半分でしかないのでしょう。

 子供たちは学校へ戻り、ラテン語だけ妙に(笑)上達した自分に驚く。そして、「ミスィー・リー」を懐かしく思い出すでしょう。そして、あの冒険の世界に連れていってくれる二隻の帆船を、いっそう大切に思うようになるのではないかな、と思いました。
(2005.11.22)

アーサー・ランサム全集11
「スカラブ号の夏休み」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

  スカラブ号の夏休み 上

  スカラブ号の夏休み 下


原題「The Picts and the Martyrs」。Dきょうだいは自分達の新しい帆船スカラブ号を手に入れて、夏休みをベックフットで過ごすことになっていた。しかし、ブラケット姉妹とともに冒険にくりだす予定は、マリア大おばの突然の訪問によってふいになってしまった。ナンシイとペギイは大おばの監視のもとに虜囚となり、Dきょうだいは森の中の小屋に隠れ住むことになった。

 久々に読んだせいか、会話がものすごく楽しかったです。そして、導入部の何て忙しいこと!
 大おばさんからの電報に万事よし、と返事を送り、Dきょうだいをお出迎え、スカラブ号の仕上がり具合を確かめる。楽しい夏休みがはじまった、と思ったら、大嫌いなおばさんがやってくるという。しかも、数時間後に。大慌てでDきょうだいは森の小屋にお引越し、おばさんが着くまでにアマゾン海賊は白いワンピースに着替えなければならない。
 うわあ、無理、無理! と、はらはらしながら読んでおりました。そんな中でナンシイの毒っ気あるおしゃべりが効いてます。

 この巻では、他のお話より「家のきりもり」ということが強調されているような気がして意外、でした。こういうことは、たいがいスーザンの領分であってナンシイとぺギイの仕事じゃないのですよね。
 生きのいいアマゾン海賊がマリアおばさんの監視のもと、おとなしくピアノを弾いていなければならない……。これは留守宅を任されたという意地と、おばさんがお母さんに皮肉を言えないように、と考えてのこと。ドロシアは彼女らのことを「殉教者」と呼んでますが、確かに相当困難な様子でした。

 困難といえば、「ピクト人」たちの暮らしぶりも生易しくはなかった。だいたい、ゆでたまごも失敗してしまうような都会っ子が、よくもウサギをさばいてシチューなど作れたなあ、と感心しました。しかし、正直言って不味そうですよ、このシチュー。

 そもそもDきょうだいはアマゾン海賊やウォーカーきょうだいたちと比べて、おっとりしていると思うのです。船乗りとしても未熟ですし。その二人がはらはらする出来事を乗り越えて、着実にピクト人としての腕を磨いていきます。そして、終盤の機転のきかせっぷりには拍手したくなりました。どこかとぼけた味わいはDきょうだいならでは、です。
(2006.10.20)

アーサー・ランサム全集12
「シロクマ号となぞの鳥」
岩波書店
A・ランサム 著  神宮輝夫 訳 

  シロクマ号となぞの鳥 上

  シロクマ号となぞの鳥 下


原題「Great Northern?」。ウォーカー、ブラケット、カラムきょうだいのシロクマ号での長い航海は終わりに近づいていた。最後の日の仕事として上陸したディックは湖のほとりで珍しい鳥を見つける。それはイギリスでは巣を作らないとされる大オオハムだった。これが証明されればシロクマ号の博物学者は大発見をしたことになる。

 最終巻です。名残惜しいと思いつつ読みました。

 他の巻とどこか趣が違うのは、「ごっこ遊び」の味が薄めで、とことん嫌な野郎(笑)が出てくるところ。「オオバンクラブ」「六人の探偵」と似ている気もします。間違いなく楽しかったのですが、読み終わって寂しい気持ちになるのは最終巻だからか、それとも……?

 今回のお話は、悪役であるたまご収集家をやっつけて、それだけに終わらないところが「子供たちも大人になったな」と思われて、感慨深かったです。
 ゲール人につかまったジマリング氏がどのようになろうと問題ではない。それよりも鳥を脅かさないように巣に卵を返す。これが子供達にとっての最後の課題です。
 二羽の鳥を観察したディックは「どちらが夫で、どちらが奥さんなのだろう。何故ここに留まることにしたのだろう?」と想像しています。親しみを持って鳥を見つめていますが、当の大オオハムにとっては自分も脅威であることを忘れていません。

 自分達はジマリング氏と同じ「脅かす側」の存在である、それでも卵を守らなければならない。

 そう考える年少の子供たちの姿がいいと思いました。
(2007.1.28)
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