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海洋小説    4

海の勇士ボライソー 1
「若き獅子の船出」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  若き獅子の船出 (ハヤカワ文庫 NV 215 海の勇士ボライソー・シリーズ 1)


原題「Richard Bolitho-Midshipman」。16歳の士官候補生リチャード・ボライソーは英国海軍軍艦ゴルゴン号へ配属された。彼とマーチン・ダンサーの乗るゴルゴン号はアフリカ西海岸へ向かう。そこに出没する海賊の脅威をとりのぞくためだ。

 『この艦に必要なのは、子供ではなくて、士官だ。』
 上官が倒れたために仲間の候補生や航海士の先に立つボライソーの決意が頼もしいです。 28巻より前の話にあたるのですが、指揮官ぶりはこちらの巻のエピソードの方が颯爽としています。初の指揮ではないかと思うのですが、いや、あっぱれ、恐れいりました。初心者(?)の割に、作戦は老獪系な気がする。やっぱり、この頃の話も面白いです。

 冒頭のブルー・ポースツ亭の場面は、描かれる空気も陰気な天気も、テンポいい訳文も印象的で大好きです。幼い候補生に向ける皮肉まじりの目線や水兵と言葉を交わす、海に慣れた雰囲気もいいです。旅宿の場面から始まる巻はいくつかあったと思うので(また読み返してみよう)、思い比べて「今度の艦はどんな風だろう」と考えます。今度の巻は……と読みはじめるのも、きっとわくわくします。
(再読 2006.2.9)

海の勇士ボライソー 2
「革命の海」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  革命の海 (ハヤカワ文庫 NV 231 海の勇士ボライソーシリーズ 2)


原題「In Gallant Company」。1777年、ボライソーはトロイヤン号の四等海尉としてニューヨークにいた。植民地アメリカと英国の戦争は激しさを増しており、革命を支持するフランスそしてスペインが成り行きをうかがっていた。その中で、トロイヤン号は補給船団の護衛を命ぜられる。輸送される武器や弾薬を私掠船から守るためだ。だが、そのトロイヤン号をつけ狙う船影があった。

 大型艦トロイヤン号の人だくさんな雰囲気や、体臭も感じられそうな描写に迫力を感じました。
 切れ者クーツ提督、どっしりした存在感のピアズ艦長、力も経験も充分なのに出世の道を進めないケアンズ副長、「賢人」とあだ名される航海長、士官としての厳しさを持つことができずにいるクイン、出世を急ぐばかりの先任海尉たち。その中で、ボライソーが青年らしく迷いながらも自信を身につけていく様子がよかったです。
 将来を思って一喜一憂したり、性格がまっすぐなので『海軍はこんなものだ』と説明するケアンズの言葉に驚いたり、そうかと思うと目下の候補生や水兵たちへ見せる気骨と心遣いは大人の男のもので……読んでいてすがすがしいです。
 また、独立戦争真っ只中の話で、軍人と民間人の戦争への意識の違い、本国と植民地の人それぞれの戦争の見方が窺えました。物語ですが、ボライソーの目で見たこと、語ることには現実の生々しさがあります。

ボライソーはしばしば願わずにいられない――自分の闘う相手が、そして目の前で死んでいった相手が、自分と同じ国語で叫ばないでくれたらいいのに、まして、よくあるように、自分と同じ方言で叫ばないでくれたらいいのに、と。

 はっとする言葉でした。
 そして、あの人が死んでしまったのは辛かったです。艦の上ではうまくやれなかったかもしれないけれど、陸に上がればそれなりの生き方もできただろうに。そんな可能性がすっぱりもぎ取られてしまうのがやりきれない。
 汚名挽回の機会をくれるように頼んだ彼を、ケアンズが拒む場面も読んでいて辛かった。ケアンズの判断は正しいのでしょうが、そのことが彼をいっそう追いつめたのではないか、とも思ってしまいます。そして、それぞれの思うことなどおかまいなしに命が奪われていく……やっぱり怖ろしい話、怖ろしい時代ではあります。

 ラストシーンはいちおう一件落着。ボライソーの報告の声は若々しいけれど、読む方には切ない苦さが残りました。
(再読 2007.5.22)

海の勇士ボライソー 3
「わが指揮艦スパロー号」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  わが指揮艦スパロー号 (ハヤカワ文庫 NV 253 海の勇士ボライソー・シリーズ 3)


原題「Sloop of War」。海尉艦長に任命され、スパロー号を与えられたボライソーは輸送船団を護衛してニューヨークへ向かった。時は1778年。アメリカ独立戦争の戦況はしだいに英国の不利になりつつあった。アメリカとフランス、ついでスペインが同盟したことで状況はさらに厳しくなっていた。

 ずっしりと濃い内容の一冊でした。スパロー号の中の人間関係、陸上のお偉いさんとの対話、植民地人(アメリカ人)の立場、ボライソーの艦長としての成長、そして恋愛もちょこっと。まるで二冊を一気読みしたような充実感で、面白かったです。この巻はとても気に入ってます。

 1778から81年までの話で、その間にスパロー号の乗組員とボライソーがしだいに理解し、影響しあって結束していくことが、何より魅力的でした。対立とはいわないまでも、緊張とともにはじまったティロル副長との友情、戦いへの心構えのできていない乗組員たち。彼らをまとめ、率いていくことができるのか、と自問しつづけるボライソー。やがて自分の艦だけでなく、もっと大きな情勢を読みとり行動していくようになる成長ぶりが嬉しいです。
 一本気なところと繊細さが同居する若いボライソーに惚れ惚れですよ。いや、いい男だなあ。ついでに、うっかり梁に頭をぶつけたりして、可愛いなあ。
 この巻には、ジェスロー・ティロル、豪気なモールビー艦長、画家のマジェンディなど、シリーズを通しても忘れられない登場人物たちが出ていたことに気づきました。

 また、ティロルの口から語られる植民地の状況には複雑な気持ちになりました。入植者たちの中にも親英派、独立派がいます。どちらにつくかによって自分の命が危うくなりもするから、慎重に口を噤んでいた人もいたのでしょうね。(ところで本文中ではよく「アメリカ人」と書かれていますが、原文はどうなっているのか気になります。だって、独立戦争中なのに本国英国の陸海軍人が言ってていいのかな、と)。
 また、米仏同盟が結ばれたということも、のちにフランス革命がおこることを思うと不思議な感じです。国王や貴族ではなく民衆の手に政治が委ねられることになる。その意味が、当の民衆にもまだ根づいていない時代だったのかも。
 小さなスパロー号の中からでも、当時の情勢が伝わってきます。
(再読 2007.1.30)

海の勇士ボライソー 4
「栄光への航海」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  栄光への航海 (ハヤカワ文庫 NV 282 海の勇士ボライソー・シリーズ 4)


原題「To Glory We Steer」。ボライソーはフリゲート艦ファラロープ号を与えられた。まだ新しいこの艦は、しかし内部から腐敗していた。残忍な前艦長のもとで水兵たちが反乱を起こしたのだ。水兵も士官も心を明かさない、汚名から逃れられない艦で、ボライソーは西インド諸島を目指す。

 のちにボライソーの親友であり副長となるへリック登場の巻。彼の目を通して描かれるボライソー艦長の「アンバランスさ」が魅力的です。厳しいかと思うと傷病兵に見せる優しさもある、眠れずに甲板に出てくる。就役を解かれて水兵が去る最後まで艦とともにいる姿と、その合間に現れる家族を思う姿。
 このシリーズは実は再読なのですが、この巻のボライソーの姿は、どこか遠い感じがして新鮮だなあ、と思いました。新登場人物のへリックの目で見るせいもあるのですが、よく見れば原作刊行順では一番はじめの巻なのです。まだどこか読者と距離感がある感じが、それはそれで楽しいです。読み順でこうも新鮮になるとは! おいしいシリーズです。


「オールデーの世話焼き」スポット
* 剣帯をつけると、ボライソーが前よりやせているので「子羊でもおなかに入れなくちゃね」と言ってみますが、「やきもきするな」と一蹴。あいたた。ミセス・ファーガスンやナンシーのお勧めなら食べるんだろう、と思うとちょっと口惜しいぞ。
* 呑んだくれて使い物にならない提督の代わりに奮闘した草臥れボライソーを、元気もりもりにするべくスープを持ってきますが、とりあえずスープより睡眠。口にしてくれませんでした。それでも気遣いオールデー、寝冷え防止に艦長に毛布をかけてあげました。
(再読 2004.6.15)

海の勇士ボライソー 5
「南海に祖国の旗を」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  南海に祖国の旗を (ハヤカワ文庫 NV 306 海の勇士ボライソー・シリーズ 5)


原題「Command a King's Ship」。アメリカ独立戦争が終り、1783年の講和条約によってヨーロッパは平時に戻った。しかし、植民地の利益を巡るヨーロッパ各国のせめぎあいは水面下でまだ続いていた。ボライソーはイギリス、スペインの協定のもと、密命をおびてインド、そして東インド諸島へ向かった。

「あの子には慣れろったって無理でしょうよ」
「じゃあ、きみは慣れたのか? わたしは慣れたのか?」


   このシリーズには印象深い台詞が多いのですが、これもそのひとつです。戦争の最中の残虐な出来事を前に、また、何の不運からか立場や居場所を無くした者を目にして胸のうちを隠すことを覚えていく。飲み込むことを覚えるたびに、ボライソーやオールデーの優しみが深くなるようで、そんな描写が何度読んでも気持ちが動く理由なのかなあ、と思います。
 久々に読み返して意外だったこと。女性が魅力的でないと散々言われる著者ですが……バイオラ・レイモンドは結構いい女じゃないですか。我儘ぽいし、遠慮しないし、第一に人妻なんですけど(!)。後の巻で自画像を描かせたり、ワインだの花だのを残す女性より美しいという気がします。オールデーいわく「跡形を残した」印象がきれいなのは何故でしょう。対するボライソーもまだ若いせいなのか? 後の巻も気になります。
(再読 2004.9.20)

海の勇士ボライソー 6
「コーンウォールの若獅子」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

 コーンウォールの若獅子―ボライソー・シリーズ6 (ハヤカワ文庫 NV 340)


原題「Midshipman Bolitho and the 'Avenger'」。リチャード・ボライソーはゴルゴン号の修理期間に休暇を与えられ、候補生仲間のマーチン・ダンサーとともにファルマスの自宅で過ごすことになった。クリスマス間近の穏やかな休暇になるはずだったが、近くの海岸で密輸監視官の死体が見つかったことで事情が変わった。そして、近頃、増えているという難破船あらしの取締りのために兄ヒューの指揮する艦に乗り組むこととなった。

 久しぶりに読んだら、ヒュー兄の颯爽として恰好いいこと。こんなに「できる」人だったっけ、と呆然としてしまいました。
 あの短気と傲慢がなかったら、そして戦時であればあっという間に出世してもおかしくなかったのだろうなあ。何でも自分の手におさめて采配を振るいたいタイプなのか。そうだとすれば、先任士官がつかえて団子になってる平和な時代の海軍では生きにくかったのかもしれない、とふと思いました。
 一方のリチャードについて。1巻では作戦の指揮をとる、きりっとした姿が書かれていましたが、この巻では弱い立場の他人を忘れられない、やわらかい目線を持っていることが感じられました。そして、何事も見落とすまいとしているような観察眼も。
 このリチャードが後にどんどん出世していくと、海軍の中に、自分の艦の中に何を見るようになるのだろう? もう一度読み返す楽しみができました。
(再読 2006.2.16)

海の勇士ボライソー 7
「反逆の南太平洋」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  反逆の南太平洋 (ハヤカワ文庫 NV―海の勇士/ボライソー・シリーズ (394))


原題「Passage to Mutiny」。1783年にアメリカとの戦争が終わって六年後、ボライソーが指揮するフリゲート艦テンペスト号はシドニー港にあった。その近隣では英国艦バウンティ号での叛乱が起きたばかり。緊張感が漂う中、輸送船が海賊に襲われて大砲を奪われた。そして、その輸送船には植民地の新任顧問となるレイモンドとその妻バイオラが乗っていた。

 はらはらし通しでした、いろんな意味で。ユーロタス号の安否、なかなか姿を現さない海賊テューク、彼を追って現れたフランス艦のおぞましい内情、さらに遠くヨーロッパに起こった革命の波、そして熱病……と、さまざまな出来事が立て続けにやってきて、読み休む(?)間もありません。
 テンペスト号を島におびき寄せた帆影の正体が明らかになったところは、南の島の暑い話なのに、冷や汗が流れる感じが伝わってきました。そういえば、このシリーズは「汗をかく感触」が印象的な気がします。暑い汗も、冷汗、脂汗も。

 そして、レイモンド、バイオラ、ボライソーの三角関係。これにもかなり気を揉みました。ちょうど、仕事が忙しい最中に読み始めたのは、『若い頃のボライソーの話を読むと、背筋が伸びて頑張れる』というmyジンクスがあったから。でも、巻を間違ったです。
 バイオラとリチャード。ものすごく印象的な恋ではあるんですが、後々まで続く不倫騒動が思い出されて複雑な気分になりました。どうも、こう、勤労意欲はあまり湧かなかった。

 この巻、初めて読んだ時はぼろぼろ泣きながら読んでたんですけど……何で、ボライソーはこういう女ばかり好きになるのかねえ?
(再読 2007.1.16)

海の勇士ボライソー 8
「激闘、リオン湾」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  激闘、リオン湾 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士・ボライソー・シリーズ)


原題「Form Line of Battle!」。ツーロンの戦いで重要な戦略拠点となるコザール島をスペイン艦と共同して占拠するべく、ボライソーはハイぺリオン号でリオン湾へ向かった。しかし、最初の戦いで提督を失い、ボライソーは残された艦だけで作戦を続行することを決断する。

 命を受けて艦に乗り、戦う。その緊張する展開を楽しみながら、もう一方で代償として失われる名もない水兵の姿や、上官との確執に読みながら動揺してしまいます。
   このシリーズのどの巻も、あらすじを書くのにひどく苦労します。手に汗握る戦闘や作戦のあらましというのは面白い。ですが、それを書いたとたんに「何か違う」と、うしろめたさのようなものを感じてしまうのです。戦闘の場面を終わってから振り返ると、また遠い場所での話ととらえていると、関わっていた人の思いが忘れられてしまう。そんな気がします。
 戦闘もあり、乗組員の生活も営まれている艦へのボライソーの情愛あるひと言。「彼女(艦)はただの木造物じゃないんです」という言葉を読むたびに、本物を見に行きたくなります。イギリスは遠いから、お近くの模型でも……
(再読 2005.1.10)

海の勇士ボライソー 9
「遥かなる敵影」
早川文庫
A・ケント 著  高津幸枝 訳

  遥かなる敵影 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士ボライソー・シリーズ)


原題「Enemy in Sight!」。ボライソーは新妻チーニーをイギリスに置いて、ハイペリオン号を出航させた。そしてフランス、ロリアン沖の封鎖艦隊へ合流する。しかし少ない艦数ではフランス艦隊を封じ込めておくことは難しい。捨て身ともいえる作戦でフランス艦の出帆を阻止するハイペリオン号に対し、フランスの提督ルキエはイギリス人捕虜を盾に立ち退くように迫った。フランス艦が外洋へ出て行くのを許すしかなかったハイペリオン号は、後を追ってカリブ海へ向かう。

 すごいぞ、ペラム・マーチン戦隊司令官。ひとつもいいところがない。臆病でずるくて優柔不断、ボライソーシリーズならではの上司だなあ。しかし、うすっぺらな嫌な奴の、うすっぺらなりに哀れな立場が書かれてるところがいいです。
 万歳を叫んだ水兵を示して「今日は皆が司令官を見ています」と言って顔をそむけたボライソーは、これから向かうのが司令官の職業生命のかかった戦いであることをわかっている。海軍という組織の中で、道化めいた役回りをひきあてた男への憐れみか。それとも、この巻の中でも幾度か出てくる、指揮官の責任と特権について考えてのことか。
 次第に責任ある立場へ登りつつあるボライソーが、力もないのに昇進した者へ怒りや憐れみを覚えるのと同時に、自分はその立場にふさわしくあろうとする誠実さがいい。

 アダム、登場の巻でした。が、罰の鞭打ちをくらって、やはり少年らしく情けない。しかし、何と言うか、後の巻も並行して読むにはささやかな妨げになりそうです。せっかく「仔犬のアダム(私見)」から脱却できたと思ったのに〜。


「オールデーの世話焼き」スポット
* ハイペリオン号に乗艦したあと何も食べてないボライソーを気遣って持ってきたのは猟鳥のパイ。切り分けてあげたところで邪魔(士官候補生)が入り、ボライソーの口には入りません。オールデー、残念。
* 親しい人の死の報せに絶望するボライソー。それでもコーヒーは何とか喉を通った様子。とりあえずほっとするけれど、苦い安心です。
(再読 2005.3.24)

海の勇士ボライソー 10
「不屈の旗艦艦長」
早川文庫
A・ケント 著  高津幸枝 訳

  不屈の旗艦艦長 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士ボライソー・シリーズ)


原題「The Flag Captain」。長期の任務を終えて帰国したボライソーを迎えたのは、待遇改善を求めて水兵たちが反乱を起こしたという知らせだった。1797年のスピットヘッドとノアの反乱である。その余波はボライソーが旗艦艦長を務める艦隊にも及ぶ。ブロートン海軍中将の艦隊は、アフリカ北岸のジャフォーを手に入れるべくイギリスを後にした。地中海への足がかりとなる重要な場所だが、この地を前にして艦隊の貴重な一隻が敵であるフランスの手に渡ってしまう。

 反乱といえばファラロープ号を思い出す(と、言えばきっとボライソーに苦々しい思いをさせるんでしょう)。あの頃から比べると、彼の立場も随分変わったのだなあとしみじみしました。今や旗艦艦長ですから、ファラロープ号当時より上司の考えることがわかる。しかし、どんなに出世しても下層甲板の様子に無関心になれる性格でもない。前の巻のできごともあったので、次々起こるもめごとに忙しいボライソーが不憫になってしまいました。
 ところで、ここがキャサリン登場の巻だったのですね。辛い出来事のあとで、力強く生き生きした彼女に会えてよかった。温かさもしたたかさも、まさに、この時のボライソーに必要な人だったのだ、と思いました。
 この巻の中で特に気に入っているのが、最初の方。陸上でボライソーにつき従って藪道をいくオールデーの罵倒「馬とはな!」。このあたりの会話が威勢がよくて、切れがよくて大好きです。再読にもかかわらずオールデーへの愛がぼうぼうと燃え上がりました。もしや翻訳者さんもオールデーファンだろうか? そんなわけで、今回からボライソーの感想におまけをつけます。

  ↓ ↓
「オールデーの世話焼き」スポット
* 沈みかけの拿捕船を指揮してよれよれのボライソー。「吊り寝台を用意しました」というオールデーを拒絶する体力はなし。おやすみ、ボライソー。
* 提督たちの政治向きを気にした方針にボライソーは苛立つ。暑さよけに船室で休んだ方が、と言ったら断られてしまった、オールデー。八つ当たりは痛い。
* 不眠不休で看病するオールデーを労うボライソー。お前の手が必要な時にあるとわかっていれば、安心して休める、という。たまにこんなことを言ってくれるから嬉しい。おやすみ、オールデー。

(再読 2005.4.13)

 

海の勇士ボライソー 11
「白昼の近接戦」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  白昼の近接戦 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士ボライソー・シリーズ)


原題「Signal-Close Action!」。ボライソーは戦隊司令官となり、フランス新政府とナポレオンの不穏な動きをさぐるためにリオン湾の港を監視することになる。フランス軍の狙いはどこにあるのか。1798年「ナイルの海戦」前夜の地中海が舞台の巻。

 読む順番を思い切り間違えました。この間は初々しい海尉艦長(3巻)で、旗艦艦長もとばして、いきなり戦隊司令官の話を読んでもすぐには感情移入できません。おかげで「誰がどう見たって甥っ子に甘いじゃないの」と文句たらたらで読み始めてしまいました。もったいなかった。

 それはさておき。ナポレオンがエジプト遠征した折のこと。ネルソン提督率いるイギリス艦隊がアブキール湾でフランス艦隊を攻撃した「ナイルの海戦」。歴史に残る海戦直前の、小さな戦隊の話。史実とうまくからんでいて面白かった!(ついでにネルソンの下にはJ・オーブリーが、座礁したカローデン号にはフォックスがいたんだな、と他の小説も思い出しました)

 登場人物の年齢と地位も、慣れれば味わい深い点も多かったです。
 へリックがもらすように「時代は変って」います。砲声を聞いたことのない若い士官がいて、へリックやボライソー自身も職責に見合うように変っていかなければならない。
 司令官と呼ばれるようになったボライソーは戦隊全体の判断のために力を蓄えておかなければならない。旗艦艦長となったへリックが戦闘中に誤った判断をしたことをめぐる二人の言い争い、そして旗艦艦長の解任という展開は、読んでいてやりきれない気持ちでした。
 また、戦いの後で、ボライソーはようやく自分の立場に腰を据え、自由に動きまわれるフリゲート艦を羨ましいとは思わなくなります。これもまたちょっと腹立たしい。
 自覚が遅い、遅いよ。その前にも乗組員は死んでしまったではないの、と思うのです。
 ただ、怒ったり悲しんだりしつつも責めきれない切なさがあります。出世、昇進したいと思ってはいても、いざ本当にその立場に立たないとわからないことも多いのだろうな、と。

 齢をかさねても、立場が変っても、世の中の事態はいっこうに単純にはならない。むしろ、いっそう複雑にやりきれなさが積み重なっていくような気がする。
 そこへ足を踏み入れていくボライソーやへリックを応援したくなるのです。へリック、「自分には務まらない」などといわずに頑張って下さい。ダルシー嬢とともに。

(再読 2007.2.15)

 

海の勇士ボライソー 12
「スペインの財宝船」
早川文庫
A・ケント 著  高沢次郎 訳

  スペインの財宝船 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士ボライソー・シリーズ)


原題「Stand into Danger」。1774年、ボライソーはフリゲート艦デスティニー号に配属された。艦は三十年前に財宝を積んで行方不明となったスペイン艦アストゥーリアス号の手がかりを求めて南アメリカへ向かう。

 ストックデールとの出会い、ボライソーの額の傷ができたわけが語られる巻で、たまに読み返すのが楽しみです。時代順では28巻の直後、2巻の前のお話。戦争が終わってフランスとの和平が成立していた時期で、三十年も昔の財宝探しに本腰を上げたのは次なる戦争にそなえて、ということでしょうか。

 平和な時代のためか他に理由があるのか、妙に熱意あふれるドゥーメリク艦長に率いられて出航したデスティニー号。74門艦ゴルゴン号から移ってきたボライソーからみると、艦長をはじめ士官の多くが30歳以下という若々しい艦です(艦長、言動がどっしりしているので40代くらいのイメージを持っていましたが)。
 個性的な上官たちと、まだ子供の士官候補生のあいだにはさまっている(?)立場のボライソーのとまどいや気負いが感じられるのがいいです。候補生の不手際は海尉の責任となるし、性格も経験もまちまちの水兵を束ねるには気構えがいる。それでも、起きる事件ひとつずつに向き合う姿が爽やかな印象でした。

 かつて財宝船とともに姿を消した人物を追うためにドゥーメリク艦長がとった策、オーロラ・エグモントが生きのびるために(それだけではないと思いますが)とった行動がどんな結末を迎えることになったのか。そして、愛する人の行く先を知らされないままスペイン艦との戦いの日を迎えるボライソー。それぞれの思いがこまやかに描かれています。

(再読 2008.1.15)

 

海の勇士ボライソー 13
「提督ボライソーの初陣」
早川文庫
A・ケント 著  高津幸枝 訳

   提督ボライソーの初陣 (ハヤカワ文庫 NV―海の勇士/ボライソー・シリーズ (660))


原題「The Inshore Squadron」。少将へ昇進したボライソーは艦隊を率いて、へリック、インチ、ニールという馴染みの顔ぶれと共にバルト海へ向かった。ロシアはナポレオンと手を結んで英国に対抗しようとしており、中立の立場をとってきたデンマークに対して圧力をかけるためだった。

 草臥れた時には塩分が欲しくなるので(笑)再読。「幸いなる少数」の気心知れた感じが幸せな巻でした。このあと「あの人が〜、この人が〜」と涙を流すことになるのですけど。

 1800年の秋から1801年4月2日の「コペンハーゲンの海戦」にかけての物語。英国と敵対していたフランスよりも、その後ろのロシア、そしてバルト海沿岸諸国がどう動くかに焦点の当たった巻でした。戦争の当事者と周辺国、それぞれの事情が感じられて読みごたえありました。
「貴公方の戦争はフランスが相手であって、わが国ではない」と、話中でデンマークの皇太子が語ります。

「しかし、ロンドンとパリによって覆された世界で、われわれは存続していかなければならないのだ」

 こののち、ロシア、デンマーク、スウェーデン、プロイセンによる武装中立同盟への威嚇のために英国はデンマークを攻撃することになるのですが、ボライソーは皇太子の言葉をどう思い出したのか。コペンハーゲン攻撃の命を聞いて、複雑な思いを抱いています。

 北の海を測深していく――何だか想像したことのある風景だな、と思ったら、「海の荒鷲ドリンクウォーター物語4・皇帝の密謀」だ。さっぱり忘れてました。ボライソーは、ネルソンほどではないけれどドリンクウォーターよりもかなり立場が上だから……と、海戦の章は視点を据えなおして読みました。
 戦争は国同士の理屈で行なわれるのだけれど、そこへ行く者には現実だけが待っている。オールデーいわく「旗の色なんか、たいして気にしちゃいませんや!」。そして、ボライソーが晩餐の席で出会った者たちもまた、断片的な情報の先が読めない不安や懸念を抱いている。立場は違っても振り回されているという点ではどちらも同じだ、と感じました。

 陸での話は、毎度のようですが気を揉みました。ボライソーの亡き妻に生き写しの女性、ベリンダ登場。このエピソードの章タイトル「白日夢」は印象的、ぞくりとしました。翻訳の方がつけているのでしょうか、お見事だと思いました。
 さて、運命的といえば確かに、という出会いなのですけど、どこをどう読んでもリチャードが彼女を愛しているとは思えなかった(私の思い込みなのか)。ブラウンやオールデーに至っては少々腹立たしくもありました。それでも幸せそうなボライソーを見ると黙るしかないのですけれど。陸上に関しては、読み心地すっきりしません。

久々に
  ↓ ↓
「オールデーの世話焼き」スポット

 甥のためにロンドンから飛んで帰ろうとするボライソーと、それを止めようとするオールデー。馬に乗れないことを必死に訴えて「そりゃ、ないすよ!」。無我夢中で、どこか腹立たしい。二人とも同じような気持ちだったのかもしれない、と思いました。
(再読 2007.11.20)

海の勇士ボライソー 14
「危うし、わが祖国」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  危うし、わが祖国 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士ボライソー・シリーズ)


原題「A Tradition of Victory」。英仏間に和平の気運が漂う1801年7月、コペンハーゲンの海戦で受けた艦隊の傷も癒えぬ時、艦隊司令官ボライソーは新たな任務を告げられた。ビスケー湾には、フランスが和平交渉を有利に導くための軍事的圧力として艦船を集結し始め、さらに英本土侵攻を画策していた。

 行方不明だった14巻を視認しました(笑)

 戦争はすでに数年におよび、前巻のコペンハーゲンの海戦での疲労の残る艦をかき集めての出航。しかも、任務を命じたサー・ジョージ・ビーチャムはすでに……、と不穏な空気の英国をボライソーはあとにしたのでした。
 任務が成功しても、おそらく政治向きの人々の理解は得られそうにない。失敗すれば、ボライソーの弁明をしてくれる人もいない、というやりきれない状況だったせいか、話が海に出るとほっとしてしまいました。捕虜となって陸に上げられてしまったボライソーの気持ちがちょっとわかるかも?

 しかし、どんな船乗りも心の中では海を祈祷文句のように温めているものなのだ。とにかく海へ出してくれ。そうすれば、なんとかして故郷へ帰りついてみせる。

 今回、特にがんばっていたのが副官のオリバー・ブラウン。尻尾に e のついたブラウン。
 副官といえば、提督と海軍省のお偉方をつなぐ……裏を返せば、艦が出航してしまえば数に数えない部外者のような存在なのかと思っていました。ちゃんと彼にしかできない役割を担って「幸いなる少数」の一員となったようです。

 あの因縁のファラロープ号が出てきてぞくりとしたし、初読時であれば、とっとと帰国して愛しのベリンダと身を固めろ、と思ったものですが――先を知っていると読みあぐねますね。
 それにしても。これだけ派手にフランスと戦っておいて、どうして講和が成るのか。ちょっと不思議な気がします。

(再読 2012.5.10)


海の勇士ボライソー 15
「孤高の提督旗」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

   孤高の提督旗 (ハヤカワ文庫 NV―海の勇士/ボライソー・シリーズ (739))


原題「Success to the Brave」。フランスとその同盟国との戦争が終わり、英国はしばしの休息を味わっていた。しかし、「戦争というものは、最後の砲弾の発射とともに終結するわけではない」――アミアンの和約に従ってカリブ海のサン・フェリペ島をフランスに引き渡すために、ボライソーは出産間近の妻ベリンダを残してアケイティーズ号に乗った。しかし、戦時に多大な犠牲を払って手に入れたこの島を政治の駆け引きの中で失うなど、ボライソーをはじめ士官たちには納得がいかない。そして、当の島をめぐってはアメリカ、フランス、そしてスペインが策謀をめぐらせていた。

 14巻を読むはずが、何故か本棚に見当たらず、1巻とばしました。どこに行ったんだ?

 戦争と戦争の合間という、ちょっと珍しい時期のお話。訳者あとがきにも書かれていますが、平時の話でありながら、はらはらするようなエピソードも十分で面白かったです。

 戦争が終わり、あっというまに職にあぶれる士官や乗組員たち。命を受けてみれば、戦争によって得た地をかつての敵の手に引き渡すために大西洋の向こうまで行って来い……などという内容。こんなことを言われたら、戦ってきた当人たちとしては、むっとするだけではすまない。
 しかし、「弾丸が飛び、人が死ぬところなど見たこともない」政治家たちにとっては、こちらでサン・フェリペ島を手放し、代わりに他の海域で領有権を得るのは珍しくもない駆け引きなわけで。
 両者の意識の落差が物語にずっとついてまわっているのが、何とも落ち着かない気分でした。
 碇泊中のアケイティーズ号から「海に出たいなあ」というように波を見ているボライソーに激しく同意。

 海軍の中でいくら出世しても(この時点でまだ中将ですが)、結局国の中枢からの命に縛られているのはかわらない。何だか、ゆらゆらと不安定な立場。いっそ、ただの艦長の方がまだ気持ちの持ちようがありそうです。……だから、無茶といわれつつ自分で上陸しちゃったりするのか?

 嬉しかったのは、懐かしのあの人との再会。二十年ぶりらしい。義足をつけて、だいぶん草臥れてましたが、心強い味方でした。

(再読 2010.7.6)


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