4へ ←    読書記録    → 6へ

海洋小説    5

海の勇士ボライソー 16
「姿なき宿敵」
早川文庫
A・ケント 著  高津幸枝 訳

  姿なき宿敵 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士 ボライソー・シリーズ)


原題「Colours Aloft!」。英仏間にふたたび戦端が開かれた1803年。ボライソー中将は、わずかな艦隊を率いてフランス海軍の拠点ツーロン港を監視するよう命じられる。宿敵ジョベール提督が率いるフランス艦隊の同向をさぐり、その意図を見破るのが目的だった。だが、敵は挑発的な攻撃を仕掛けてくるだけで、ジョベールはいっこうに姿を現わさない。しかもボライソーは策略にはまり、目に深傷を負ってしまう。

 短い、見せかけだけの平和の後、艦も人も十分とはいえないまま始まる戦争の気配が重苦しいです。ついでに、陸の上のしがらみのもろもろが重い巻でした。
 ボライソーとベリンダとのすれ違いはいっそう大きくなる予感。樫の木の種が、樫には育たなかったこと。ボライソーの部下の中でも出世頭のバレンタイン・キーンに訪れた運命。献辞にどきりとします。「そうしてその船乗りは彼女に夢中になった、が、彼女はとうから彼に想いを寄せていたのだった」。
 しかも、清水の補給、という言葉に覚えた不吉な予感は当たってしまいます。

 珍しいことに、正直いって楽しくなかったこの巻ですが。
 ちょっと好きだったのは、郵便船の船長アイザック・トレギッジョ。何十年も海で暮らしてきた、ファルマスの郵便船仲間の中でも伝説的な存在。ボライソーのことは子供の頃からよく知っているようで。

「掛けてくれ、ディック。あんた、ジョージ国王から爵位をもらったんだってな。だけど、わしにとっちゃあ、やっぱりディックだわさあ!」

そして、一冊通して珍しく物思わしげだったオールデー。

「ウェルカム・アボード、サー。ちょっと心配だったすがね、こうして帰って来てもらったんで、そいつも消し飛んだすよ」

 ほんとうにそうなればいい。
 だけど波乱が続くのはよくわかってるので、後の巻は心して再読いたします。はい。

(再読 2012.7.19)

 

海の勇士ボライソー 17
「栄光の艦隊決戦」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

  栄光の艦隊決戦 (ハヤカワ文庫NV―海の勇士ボライソー・シリーズ)


原題「HonourThis Day」。海軍中将ボライソーはなつかしいハイペリオン号に座乗してカリブ海へ向かった。新大陸の財宝を積むスペイン艦を捕らえることは、その同盟国フランスの英国侵攻の目論見を牽制することにもなる。そして、翌年1805年10月。英国に歴史的勝利をもたらしたトラファルガー海戦の直前、ボライソーは封鎖任務に加わるために地中海へと戻った。

 日記で00年代をまとめていたら、久々に海の話が読みたくなってしまいました。
 思い立って本棚から適当に取り出してみたら……「不倫かい」。思わず呟いてしまった。これさえなければ、好きなシリーズなんですけど。いや、あっても好きですけど。

 失明の危機、親友へリックとのすれ違い、妻との不仲。そんな不穏な折の、キャサリンとの再会。
 何だかキャサリンはいつもボライソーがへこんでる時に再会する気がします。読者ファンがあまりいなさそうな(失礼な!)キャサリンですが、「船乗りの女」ぶりはかっこいいなあ、と思います。
 それはともかく。訳者あとがきにも書かれていますが、後の世に名前の残る人物や海戦のかげには、無数の命、成功と失敗、駆け引きと戦と和平があったのだ、と感じる巻でした。しみじみしてしまったのは、久しぶりに読んだせいだろうか〜。

 スペインに拿捕された元英国のフリゲート艦と、同じく今は英国旗を掲げる元フランスのフリゲート艦との交戦という(ややこしい)一種不思議なエピソード。度重なる不運に翻弄されたプライス艦長。「彼は彼なりの航海術を持っていた」と短い、しかし最高の賛辞を贈るペンハリゴン航海長。今時風のふにゃふにゃスマートな副官に馴染めない昔気質のへリック――。
 陸で語られる華々しい戦功を、実際に支えている人々や艦の姿が感慨深いのでした。
 そして、ボライソー自身も階級は上がっても、率直さや一本気といった美質は相変わらず。加えて、年齢にふさわしいユーモアというか、ゆとりのようなものが感じられました。憧れの提督を前にして、気持ちがはやる副官の青年に、「ハイペリオン号には艦側が二つある」とたしなめる場面には思わず笑ってしまった。

 そして、一度は廃船になっていたハイペリオン号をボライソーが乗艦に選んだ時、加勢してくれたのがかのネルソン提督。彼が海軍の委員諸卿宛にしたためた手紙の文面が簡潔にして渋いのでした。

 ボライソーには、何であれ望みどおりの艦を与え給え。彼はれっきとした船乗りであって、陸の素人ではありません。

 かっこいいわ〜(こらこら)。これら海の男たちの信頼と期待に応えたハイペリオン号が、実はこの巻の重要な役者だったのかも、と思いつつ読み終えました。面白かったです。

(再読 2010.4.12)


海の勇士ボライソー 26
「難攻不落、アルジェの要塞」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳
(2003.2.22)

海の勇士ボライソー 27
「無法のカリブ海」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

   無法のカリブ海―海の勇士 ボライソー〈27〉 (ハヤカワ文庫NV)


原題「Man of War」。アルジェの戦闘から帰ったアンライバルド号は解体修理されることになり、アダムは艦長職を解かれる。陸に帰った彼は海軍中将グレアム・ビートンからの要請で旗艦艦長としてアシーナ号に乗り組み、奴隷船の拿捕という任務のために西インド諸島へ向かうことになる。愛するローウェンナは叔母のもとへ、ネイピアは士官候補生として別の艦へ乗り込んでいった。親しい者と別れ、アダムは新しい艦で出帆する。

 読みながら、アダムを主人公にした別のボライソーシリーズになってきたなあ、と思った巻でした。はじめてアダムを恰好いいと思いましたよ(ひどい)。苦労の多い若者時代を送ってきたせいで、目下の者に対する視線が優しい。リチャードは基本的に充足している人だから優しさに危うさを感じないのですが、アダムは……気の揉める甥っ子です。
 リチャードが主人公の巻より回想シーンが利いていることも印象的でした。子供時代の思い出、戦闘中に不意に思い出す木立の上の虫の群れといったイメージの挟み方が好きです。概ね年配の作家さんの方がこのような描写の呼吸がうまいと思うので、今だからこそ書けるアダムの姿なのかな、と考えました。でも、ケント先生、お願いします。もちょっとだけ枯れて下さい(赤面)。
 へリックは久しぶりに穏やかさがかえってきたようで、嬉しかったです。「神の地上に、あれ以上に立派な人物はいなかった」という言葉の優しさに切なくなりました。リチャード・ボライソーの姿が彼の口から語られることで、このシリーズのひと区切りがついた、そんな気がしました。

 ただ、色んな人の最後が痛かったです。戦闘中に亡くなる人物が多いのは以前の巻からですが、陸の人が死んでしまうのはどう痛みをとらえようかと苦しかったです。
 久しぶりに読むのが楽しかったのは、前の巻より翻訳がよくなったことも理由のひとつと思います。ボライソーの文章って独特の息遣いがあっていいな、と再発見しました。
(2005.2.7)

海の勇士ボライソー 28
「若き獅子の凱歌」
早川文庫
A・ケント 著  高橋泰邦 訳

   若き獅子の凱歌―海の勇士/ボライソー・シリーズ〈28〉 (ハヤカワ文庫NV)


ゴルゴン号で出会ったリチャード・ボライソーとマーティン・ダンサーは、ともに海尉任官試験に合格した。そして、ゴルゴン号の副長バーリングが指揮をとる任務に加わってチャンネル諸島へ向かうことになった。ボライソーの士官候補生時代の第三弾。

 このシリーズを読むと背筋が伸びます。特にボライソーが若いころの巻は、電車で読むと必ずのように足を踏ん張って、姿勢よく読んでしまいます。執筆年代とは無関係に登場人物の持つ力なのかもしれないなあ、と思います。少々妙な訳も気にならない(かも)。

 長く謎のままだった友人の死がとうとう書かれることになったのですが、いろいろ不満やら物足りなさやら、諦めやらが湧き上がります。
 このシリーズ、いろんな登場人物の視点がくるくる入れ替わる文章が多いですけど、それでもリチャード・ボライソーの存在感だけは格別に強く書かれてきた、と感じます(親しいへリックですら、尊敬する人、という見方であったと思うので)。だから、この巻で少年のボライソーとマーチン・ダンサー(やはり、こちらの表記の方がしっくりきます)が何かと対になって書かれていたことが印象的でした。
 試験も一緒、シーウェルを見てやってくれと頼まれるのも一緒。これからずっと一緒で、たとえ別の艦に別れたとしても互いの水平線へ向かって行くのだ、と思っている。
 それが急転する最後のエピソードの訳がわかりにくいのが不満です。あからさまに、唐突につきつけられる死の事実こそ、この巻のクライマックスだと思うので、それを曖昧にぼかしてしまってどうするのでしょう。普通に言葉通り訳せばいいでしょうに〜、と首を傾げてしまいました。
(原書を確認下さったSさん、ありがとうございました)

 思い立って1980年発行の邦訳一巻も読み返してみたのですが、ボライソーの姿が変わらないことが嬉しかったです。ゴルゴン号に戻りながら、上陸隊の水兵を振り返って見ている場面が特に好きです。部下を束ねる力量が自分にあるだろうか、という心もとなさを未だ拭いきれない士官候補生。そして、予想外に大きな信頼と心意気で彼に応える水兵たちも忘れられません。
 この本と出会って5年ほどの私でもこうなのだから、1巻邦訳時から読んでこられた方はなお感慨深いでしょうね。

 訳は、ちょっとくだけた文章も多かったですが、人物の年齢に合ってる気がして結構好きでした。『年中、腹ぺこ』とか。そして、ボートで漂流物を調べにいく場面あたりは、とてもよかったです。
 死体や破材が波の中に揺れかえって現れ、また沈んでいく。海水の色も思い浮かびそうです。『仕返しか腹いせのよう』という独特の形容には、思わず寒気がしました。

 ところで、前半の巻に絶版が多いとは聞いていましたが、こんなに抜けているとは思わなかった。カバーに記載されてるシリーズリストから、2、4、6、8、10、15、16、24巻が抜けてます。ひどい話だ。せめて後書きで言及している6と24くらいは復活させて欲しいです。
(2006.1.29)


4へ ←    読書記録    → 6へ
inserted by FC2 system