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ファンタジー小説 2

指輪物語 1
「旅の仲間 上1」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 (評論社文庫)


中つ国のホビット庄で、フロドとビルボ・バギンズは穏やかに暮らしていた。ビルボはかねてより望んでいた旅に出発し、フロドのもとにひとつの指輪を置いていった。強大な力を秘めたこの指輪が、もし冥王サウロンの手に落ちれば、彼が世界を手に入れることになる。指輪を火の山に捨てるために、フロドは友人のホビットたちとともに旅に出る。

 久々に取り出してみました。そして、今回も序章を飛ばしてしまったのだけど(笑)。
 映画の記憶が薄くなったところで読み返すと、テンポのいい文章がとても心地よかったです。もし小さな子供に読んで聞かせたなら、大はしゃぎする声が聞こえそうなユーモラスなところがいいです。『洗いものはロベリアに残しておきました』ここは何回読んでも好きです。

 文章で読むとエルフたちが意外と気さくなことに驚きました。映画では、近寄りがたさの方を強く表現しようとしていると感じたのです。原作では結構笑ったり冗談を言っているのですね。ただ、語る言葉の恐ろしさに、人間ともホビットとも違う存在なのだ、ということが伝わってきました。

 さて、さっそく目敏さを発揮するメリーと、サムばかりを働かせるフロドに注目しつつ、後の巻も読んでみます。
(2006.10.5)

指輪物語 2
「旅の仲間 上2」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈2〉旅の仲間 上2 (評論社文庫)


執拗に追ってくる黒い乗手たちをかわし、四人のホビットは古森を抜けてブリー村へと向かう。酒場でフロドを待っていたのは行方知れずのガンダルフが残した手紙。そして、そこで出会った野伏、馳夫とともにホビットたちはエルフの住む裂け谷へ向かう。風見が丘と呼ばれる場所で、ついに一行は指輪を追う黒い乗手たちと相対し、彼らの剣によってフロドは深手を負った。

 トム・ボンバディルじいさんとの出会いが楽しかった。映画に出てこなかったのが惜しいとも思いましたが、自然であけっぴろげな不思議な存在感は映像にするのが難しそう。ゴールドベリともども、読み手の想像力に任せてもらって良かったのかもしれません。
 そして、馳夫さん登場。ホビットたちの前にすっくり立ち上がって名乗る場面には惚れ惚れしましたよ。

 いろいろな歌が出てきて楽しい巻でした。トム・ボンバディルの川の娘の歌、酒場の人の目をピピンから逸らすためにフロドが歌った月男の歌、馳夫のエルフの恋物語の歌……でも、一番好きだったのはサム作詞トロルの骨の歌(?)。恐さも漂うのに調子が良い、濁音に味わいあって面白いです。原文も読んでみたくなりました。
 そうするうちに、ついに乗手たちの正体が現れてきました。気を失ったフロドとともに次の巻へ。

 しかし、踊る仔馬亭のホビットご一行様向けの部屋。ホビットサイズで居心地よく造られているはずなのだけど、馳夫さんはよく入れたな。
(2006.10.10)

指輪物語 3
「旅の仲間 下1」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈3〉旅の仲間 下1 (評論社文庫)


ホビットたちは裂け谷のエルフの館に身を寄せた。エルロンドの会議では指輪の歴史が語られ、ついで外の世界で起きている不穏な出来事について多くの情報が寄せられた。かつて、ゴクリが持っていた指輪がビルボのもとへやってきた経緯。賢者サルマンが寝返り、指輪の力によって世を支配しようとしていること。指輪を求める冥王サウロンの力はしだいに広がり、世界を覆いつつあること。指輪を捨てにいくという重責を果たすために、フロドと八人の仲間は裂け谷を後に南へ向かう。

 皆さんの話をつき合わせて、ようやくいろいろ見えてきました。それにしてもボンバディルじいさんとはどんな存在だったのでしょうかね。この人に指輪を預けるのが安心のようにも見えるけれど、興味がなくて放り出してしまうから一番危険! とは(笑)。この人に預けられないから、物語が成り立ってるようなものなのかも。

 一番好きだったのは、エルロンドの会議でフロドが指輪を持っていくことに決定し、裂け谷を出発するまでの2ヶ月ばかりの描写です(そんなに間が空いてたんだ)。
 秋が深まっていき、やがて冬の風が吹くようになる……冴え冴えとした美しい風景を見ながらもフロドがしなければならないことを忘れることはありません。むしろ、行かなければならないということを、ゆっくりと自分の胸に刻み込んでいるようでした。

 出発した一行は雪山越えをあきらめて、モリアの坑道へ(すみません、いきなり話を飛ばしてしまった)。扉を開ける呪文を思いつこうとするガンダルフの神経を逆撫でしてしまったピピン。お前さんの頭でぶち割れ、とは、ガンダルフ、大人げない! それが後をひいているのか、モリアの中の古井戸でも二人は衝突。さすがに気落ちしてしまったピピンに、ちょっとばかり気遣いするガンダルフにほのぼのしてしまいました。
(2006.10.10)

指輪物語 4
「旅の仲間 下2」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈4〉旅の仲間 下2 (評論社文庫)


ガンダルフを失った一行はモリアを抜けてロスロリアンへ向かった。エルフの力で守られた地で、旅の仲間は休息を得る。しかし、旅の先導者を失って、これからどの道を進むべきなのか。一行の中でも意見は分かれた。そして、指輪の力は彼らの上にも影響を及ぼすようになってきていた。

 色鮮やかで木や水の生命力あふれるロスロリアンの風景は素晴らしいです。でも、もし住むなら同じエルフの地でも、裂け谷の方が温かみがあって居心地よさそう。『きずもしみもない』という世界は、少しばかり恐ろしい。

 ガンダルフがモリアの底へ落ち、迷いながらのアラゴルンの先導で旅の様子にも変化が出てきました。意見の違い、皆それぞれが周囲の敵を警戒する様子……どの人物を見ても生き生きとしているのがいいです。

 この巻で特に好きだったのは、サムとアラゴルン。やることなすことが裏目に出て、自信喪失気味の馳夫さん。映画を見た時はわからなかったのですが、彼はずいぶんゴンドールへ行きたがっていたのですね。どの道を進むべきか決めきれず、決断の時が延びることにほっとしている姿が人間らしい。
 反対に、どうなるかわからないのに行くべき方向を見定めているサムの姿が印象的です。周囲の成り行きを見てとるためにアモン・ヘンの椅子に向かうアラゴルンとは対照的。フロドならどうするのか、それに気がついて一人踵を返し、山を降りる姿にわくわくしてしまいました。
(2006.10.14)

指輪物語 5
「二つの塔 上1」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈5〉二つの塔 上1 (評論社文庫)


旅の仲間は散り散りとなった。ボロミアの死、そしてフロドとサムは指輪を携えてモルドールへ向かった。
オークたちにさらわれたホビット二人はファンゴルンの森へと逃げ込み、太古の昔から森を守ってきたエントたちと出会う。かねてよりオークたちのしわざに腹を立てていたエントたちは、報復のためにアイゼンガルドへ向かうことを決めた。一方、アラゴルン、ギムリ、レゴラスはホビットたちを助けるためにオークの痕跡を追っていた。その途中で、ローハンの騎士たちと出会う。

 ローハンの騎士登場。馬を駆る一団とアラゴルンたちの出会いの場面は、時代劇のような口上も含めて好きです。自分は誰を王に戴くのか。相手は誰に与する者か。それをはっきりさせるまでは警戒をとかない様子、そして、「この国の人間たちは嘘をつかない。それ故たやすく騙されもしない」というエオメルの言葉に惚れ惚れしてしまいました。

 ついで、好きだったのは木の鬚とホビット二人のおしゃべり。話すテンポも考えることも違うのに、一応かみ合っている……チェロとピッコロの曲(そんな楽曲はあるのでしょうかね)といった風情です。
 つい受けてしまった木の鬚の台詞。「わしはな、あまり、ふむ、曲がらんのじゃ」
そうですか、そうですよね。曲がらんのじゃ。エントたち、植物とも動物ともわからない感じが面白いです。

 そして、地の底から帰ってきた人の言葉。
「かの者は恐れている。強大な力を有する者が、指輪を用いて自分を倒して取って代わろうとするかもしれんとな。わしらの願うことは、かの者を倒し、代わりに誰も立てないことであるのに」

 この不思議な言葉を覚えつつ、続けて読みます。
(2006.10.19)

指輪物語 6
「二つの塔 上2」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈6〉二つの塔 上2 (評論社文庫)


黄金館に着いたアラゴルンたち四人。セオデン王のもとに間者として入り込んでいた蛇の舌は追放され、ローハンの騎士たちはサルマンとの戦いのためにヘルム峡谷の砦へ向かった。

 ローハン勢とオークたちとの戦い、そして思いがけないアイゼンガルドの姿とサルマンとの再会までが書かれた巻でした。
 印象的だったのは、角笛城での戦いの様子。オークたちの描き方が醜悪ながら、個性を持っていることでした(そういえば、前の巻ではオークの名前も出てきたのですよね)。
 戦いの途中、オークたちは「王を出せ」と脅し、アラゴルンは彼らに去るように語る。言葉を持たない、得体の知れない化け物ではなく、名を持ち、意思をもって誰かに仕える者として描かれているのが、映画とはかなり違う気がしました。そしてこの後、峡谷に城名の由来の角笛が響きわたる場面は、ローハンの騎士たちの誇らしさが感じられてとても好きです。

 しかし、そんな戦が終わってみれば死屍累々。冒頭部でアラゴルンたちを王のもとへ通したハマが、後の戦で命を落としたことが胸に痛かったです。
(2006.10.24)

指輪物語 7
「二つの塔 下」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈7〉二つの塔 下 (評論社文庫)


フロドとサムは仲間と別れ、スメアゴルの案内でモルドールへの道をたどる。指輪はしだいに重く、フロドを苦しめるようになっていた。指輪を「いとしいしと」と呼び、その手に取り戻したいと考えているスメアゴル。それを憐れむフロド。そして、スメアゴルをいまいましく警戒するサム。三人はついに滅びの山の足元にまでたどりつく。

 物語が進むにつれて風景は荒涼としてくるわ、重荷を負うフロドはいっそう苦しくなってくるわ、読むのが草臥れてしまいました。
 でも「スメアゴルとさかな」の組み合わせで、時おり笑ってしまう。ファラミアに、禁断の池に来たことで罰せられると言われて、さかなをぽろっと落とすところなど電車の中で笑いそうでした。いや、ゴクリは薄気味悪いけれど、どこか愛嬌というか、おかしみが漂うのが好きです。

 この巻は、しみじみとホビット二人の力強さ、生きる力に見惚れておりました。
 使命を果たしたら、あとは生きて帰ることはないような気がしているフロド。こういう考え方には、読みながら「良くねえだ!」と思ってしまうのですが、それでも胸に迫ります。
 どうしても、やらなければならないことがある。そう心に決めたことで生まれる強さが感じられました。
 しかし、私はサムが好き。「旦那がそうは言っても、帰りの食料は確保」と考えて料理した、その煮炊きの煙がファラミアたち人間との出会いのきっかけになります。こういうエピソードを読むのが楽しみです。
 また、苦しい状況にある自分たちを「どんな物語の中に迷い込んでしまったんだろう」と考えている二人の会話がいいです。今の自分の姿を、未来の自分たちが思い出話として語る日がくることを知っているのです。

 他にも、ちらほらと好きな場面がありました。
 河を下り、海へと去っていったボロミアのなきがらを乗せた小船。フロドを問いただす、妙に鋭いファラミア。これにはホビットは冷や汗をかいたに違いないです。
 そして、衰微していく王国ゴンドールを語るファラミアの言葉「王たちは生きている者たちの家々よりりっぱに墓を造営し、系図の巻物中の古い名前を息子たちの名前より大切なものに思った」。また、街道傍に残る、破壊された王の坐像……。

 これを思い出しながら、続きを読みます。
(2006.11.9)

指輪物語 8
「王の帰還 上」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈8〉王の帰還 上 (評論社文庫)


ガンダルフとピピンはゴンドールの首都ミナス・ティリスへ向かい、戦とボロミアの死を執政デネソールに知らせた。一方、アラゴルンはローハンの騎士軍から離れ、仲間とともに死者の道へ向かった。サウロンとの戦いのために援軍を得るためだった。

 王の帰りを長く待つミナス・ティリス。歴史ある国らしく円熟した、しかしどこか不安感の漂う雰囲気がよかったです。その城で、古狸(!)デネソールとガンダルフにはさまれて必死に頭を働かせるピピン。ボロミアの死の様子を伝え、しかし指輪とアラゴルンについて喋ってはいけない、ってかなり難しいね。よく頑張りました。

 この巻のデネソール周辺のエピソードや描き方は、私は大好きです。
 彼は野心的で、実力も備えている。そのために、敵であっても王である(冥王ですが)サウロンに感じるところさえあったのではないかと思います。
 けれど、彼が執政以上の立場になることはない。それなのに、王はいない。空の玉座があり、彼が一段低い執政の椅子に座ってボロミアの死を嘆く場面は見事でした。また、自分の半身のように愛した(それもどうかと思いますが)長男の死ともう一人の息子との行き違い。愛してはいるのだけど、感情がかみ合っていない。
 何だか愚かというか、物悲しい姿。ものすごく人間的で忘れられない人物でした。だから、彼をただ醜く描いた映画には文句を言いたいですよ。
 それにしても、ファラミアは賢くてけなげな次男坊だ。「万が一、戻ることがありましたら、わたくしめをご嘉納いただけましょうか」って……切ないです。

 久々に読み返して印象的だったのは、アラゴルンがイシルドゥアの子孫として死者たちに誓いを果たすことを要求すること。どれだけ時間がたっても契約は守られ、誓いは果たされるべき……というところまでは、なるほどと頷くのですが。本当に契約履行をせまるという展開が面白かったです。小説ではこういうエピソードって、ありそうで実はあまり読まない気がするのですが(神話・昔話は別として)。どうでしょう?

 でも、死者の道って本当に近道ですか? 確かに意外な方角から援軍を到着させることはできるけれど。
(2007.1.1)

指輪物語 9
「王の帰還 下」
評論社文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

   新版 指輪物語〈9〉王の帰還 下 (評論社文庫)


サムはシェロブによって命を奪われたかと思われたフロドを助け出し、二人はついにモルドールへ入り込んだ。しかし糧食は尽き、身を守るためにまとったオークの鎧もついには捨てて、最後の目的地である滅びの山の火口へ向かう。

 フロドとサムの行く道は読むのがしんどいです。たいがい「二つの塔」で辛くなってひと休み、「王の帰還」上巻を楽しみに手に取り、ここまで来たからと下巻を開くというのが毎度の読み方。何で読書しながらこんなに辛い思いをしなけりゃならない、何が悲しゅうて、でも裂け谷会議で決まっちゃったから読まなきゃ、と訳のわからない義務感にかられて読んでます。
 しんどいのは相変わらず。「サム、まだ持ってたんだ、フライパン」と突っ込みでもしなければ先を読めないんですが。しかし、何故か。ホビット二人はぼろぼろに草臥れていくのに、目が覚めるように心は澄んでいくという不思議な読み心地でした。
 余分なものを全て捨てて、そこまでして火口を目指していったのに、最後の最後でのフロドの変心。

 事が為されたのは間違いないのだけれど、誰かが行なったのではない。しいて言うなら、情け心と偶然が行なったこと。

 この物語の最初から最後まで、指輪を扱えるものはいない、使われてはならない、持ったものは去っていく、と描かれたことが忘れられません。
(2007.1.1)

 

「ホビットの冒険 上・下」 岩波少年文庫
J・R・R・トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳

  ホビットの冒険 上

  ホビットの冒険 下


 ひっこみじあんで、気のいいホビット小人のビルボ・バギンズは、ある日、魔法使いガンダルフと13人のドワーフ小人に誘いだされて、竜に奪われた宝を取り返しに旅立ちます。北欧の叙事詩を思わせる壮大なファンタジー。

 映画は見たものの、何故か原作を読んでいませんでした。持っていたのに、なぜだ??

「指輪物語」に登場のビルボの若かりし日の冒険。指輪とホビットとの関わりのはじまりのエピソード。指輪物語よりもいい意味でこじんまりして、昔話を聞いているようなほっとした気分になります。

 栄養はあるけど食欲のわかない『たらふく』とか、ドワーフをたるに詰めてエルフの城から逃げ出す場面では、たるにやわらかい詰め物を入れてやるとか。ちょっとした描写が楽しいのですよね。
 そして、歌が多いのもすてき。ビルボが歌で自分を勇気づけたり、化け物蜘蛛を挑発したり。ドワーフが自分たちの古い来歴を語った歌を歌う序盤のシーンは大好き。たぶん、映画のエンディングに流れた曲はこのイメージですね。

 映画を先に見たせいでつい比べてしまいますが(^^;)

 原作はビルボが思った以上に慇懃に書かれている気がして面白い。突然の来訪者にとまどいつつも、失礼の無いように食事を用意してしまうとか。内心で文句を言ってるわけですけど(笑)
 ビルボに限らず、登場人物たちの距離というか、ホビットとドワーフはやっぱり違う、エルフとも違うという醒めた視線があるようにも思えます。だからこそ、終盤の友情と恩義の絆のあたたかみが響くのですが。

 でも、終盤に漂う寂しさは何だろうなあ。
 ビルボがアーケン石を持って密約にのぞんだことは日の目をみず、ドワーフたちの冒険が、そのつもりはなくとも巡り巡って湖の町を滅ぼしている。アーケン石がきっかけになったことをビルボはわかっているけれど、どうしようもなかった。
 また、この旅をビルボはのちになって懐かしく思い出すわけですが、その背景にはホビット村の中で異質な存在になってしまった痛みもあるのです。あれほど早く帰りたいと願ったわが家なのにね。

 フロドにとっての指輪のように、ビルボにとってのアーケン石は、運命が望まない方向へと押し出されてしまうきっかけになっている――。
 そんなこんなが映画「ロード・オブ・ザ・リング」の最後の出航場面へとつながっていくのだなあ、と少し切ない気持ちでした。
(2022.4.5)

 

永遠の戦士エルリック 1
「メルニボネの皇子」
ハヤカワ文庫
M・ムアコック 著 井辻朱美 訳

   メルニボネの皇子―永遠の戦士エルリック〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)


白い髪と深紅の瞳、虚弱に生まれついたメルニボネの皇帝エルリックの物語。彼は魔剣「ストームブリンガー」を手に入れ、そこから力を得ることで、薬に頼らずとも行動することができるようになる。しかし、魔剣は人の魂を欲し、主となったエルリックの運命をとらえる。メルニボネの皇子」「真珠の砦」2作を収録。

 物語の世界に浸りきって読める時期を逃した気がする、私にとっては奇妙な縁の本です。十代の頃に読んだはずなのに、内容をさっぱり覚えていなかったのです。おそらく抽象的な世界観に私のトリ頭は馴染めなかったのだろうということを、今回読んでみて(再読とはいえない)気がつきました。

 最初の話「メルニボネの皇子」では、イムルイル〈夢見る都〉の情景がよかったです。
 息のつまるような古めかしい宮殿の様子、富を求めて都へ侵入しようとした人間への冷徹な仕打ち、そしてそれを見ている皇帝。退廃的な空気が重く、しかし美しかった。
 その中で、許婚サイモリルとの遠出のエピソードは明るさがあって少しほっとします。雨の中、天を見上げて子供のように屈託無く笑うエルリックの姿が印象的でした。
 一番気に入ったのは〈竜の洞〉の長、ダイヴィム・トヴァー。渋い表情で、得体のしれない船より竜の方がいい、と言うところがおかしくて好きです。

 次の話は「真珠の砦」。エルリックの印象が前章とは少し違うように感じました。
 蝉の抜け殻を思わせるような精緻さ、弱弱しい美しさが薄まった気がする……最初はそれがやや不満だったのです。しかし、剣を持つことで変化した姿なのだと考えると、かえって見事だと思いました。

 薬に頼って生きていたエルリックが、魔剣によって力を得て自由に行動できるようになる。ここではエルリック自身は変っていない(頼るものが変っただけ)、ということが面白いですね。そして、死を欲する剣を抑えて主となる能力をエルリックが持っていたことは、幸なのか不幸なのか。いつか、剣の力に主が屈することがある……そう匂わせる不吉な言葉にぞくぞくしました。

 最初に書いたように、現在の私とは波長があわないのが少しばかり寂しいです。そのせいもあるのか。時々、訳語がひっかかって世界に浸れないことがありました。
「純粋なブロンズって何だ?」とか「マダムと言わないで〜」という些細なことなんですけど。
 ここらへんは個人の好みなのかもしれません。『レディ』はかまわないんですけど『マダム』は気になる。なぜ、といわれても説明しづらいですが。
(2007.4.10)

「スピリット・リング」 創元推理文庫
L・M・ビジョルド 著  梶元靖子 訳

   スピリット・リング (創元推理文庫)


原題「The Spirit Ring」。15世紀イタリアのモンテフォーリアという小国を舞台としたファンタジー。魔術師であり金細工師でもある父の仕事を手伝うフィアメッタは、女であるために魔術を本格的に学ぶことを許されないのが不満だった。ある日、フィアメッタ親子は公爵家の宴に参列するが、その席上、公爵が娘婿フェランテに殺され、国は奪われてしまう。フェランテの指には死者の魂をつなぎ止めて操ることのできる「死霊の指輪」がはめられていた。

「チャリオンの影」が面白かったので、こちらも手にとってみました。魔術、精霊など幻想的なものが登場しますが、やっぱり「地に足のついたファンタジー」です。
 スイス人兵士、宿屋の風景など中世ヨーロッパ関係の本で読んだあれこれが見られて面白かったです。また、フェランテと謎の書記官ヴィテルリは、何となく「チェーザレ・ボルジアとマキアヴェッリ」なイメージ。どこか時代小説っぽい香りのするファンタジー、こういうのは初めて読みました。
 少年、少女が元気で可愛らしいです。負けん気が強くて誇り高いフィアメッタと、穏やかで純朴なトゥール。この二人の恋の行方にはやきもきさせられました。訳者あとがきでも心配されてましたが……たぶん尻に敷かれるだろうトゥールを応援してしまいました。

 ファンタジー小説の魔法・魔術の表現は難しいものだな、とよく思います。陳腐になったり、わかりにくかったり。スピリット・リング(死霊の指輪)を表現したフィアメッタの言葉は、とても印象的でした。

「フィアメッタ、おまえは何を感じたのだ?」
「醜さを」


 魔術の知識も持つ修道院長はこれを単なる魔よけの指輪としか思わなかったのに、その正体を直感でつかんでいたフィアメッタ。彼女の、磨かれてはいないながらも豊かな才能を感じさせるひと言。そして、指輪の力のおぞましさを端的にあらわしたひと言だと思いました。

 ちょこっと目を惹かれたのが、著者あとがきに紹介されていた16世紀の冶金術の本「デ・レ・メタリカ」。この本から引用された製鉄場の挿絵を別の本で見たことがありました。邦訳もあると知ったので、ずっと探していたのですが……密林で検索してみてぶっとびました。ユーズドの最高額でろくじゅうさんまんえん。何かの間違いでクリックしてしまうといけないと、さっさと退散してきました。
(20076.5)

「チャリオンの影 上」「下」 創元推理文庫
L・M・ビジョルド 著  鍛治靖子 訳

   チャリオンの影 上 (創元推理文庫)

   チャリオンの影 下 (創元推理文庫)


原題「The Curse of Chalion」。戦によって敵国の奴隷となっていたカザリルは、傷のいたむ心と体をひきずるように故国チャリオンへ帰ってきた。かつて仕えていた城を訪ねたカザリルは、バオシア藩妃の孫娘であり国主の妹であるイセーレの家令となる。そこでの静かな暮らしを望んでいたが、やがてイセーレは国主の招きによって宮廷へ。それにつき従い、カザリルも首都カルデゴスへ向かった。五神教シリーズ三部作の第一作。

「派手な魔術も竜も出てこない地味なファンタジー」とあちこちで見聞きし、「多分、これは私の好み」ととりあえず上巻を購入(この著者の本は初めて読むので)。そして、三日後には閉店間際の本屋に駆け込んで下巻を入手しました。

 面白かった! こんなに夢中になって小説を読んだのはひさしぶりです。
 五人(?)の神々を信仰する異世界が舞台なのですが、人々の世界観、習慣、四季の風景が少しずつ体にしみるように伝わってきて、物語の世界に引き込まれるのが心地よかったです。

「五柱の神々」――四季を司る四人の神と、季節と関わりのない災厄を司る神を信仰する世界。これが面白い。四柱の神が司るものだけではなく、そこにあてはまらない存在もふくめて「世界」をとらえる……奥深い設定だと思いました。
 この神さまたちと人間の関係も、さまざまな形があるようです。誰でも代償を払うことで呪術を使うことができる、神官であっても「神の訪れを受けたことがない」者もいれば、「見える」目を与えられたごく普通の人もいる。また、「見える」ようになることは、本人にとってはかならずしも良いことでもないらしい……。
 神々と人間との距離感が、近いにしろ遠いにしろ丁寧に描かれています。

 また、登場人物がいいです。35歳中年(か?)カザリル、教育係を次々やめさせたお転婆姫イセーレ、謎めいた動物館管理人など。どの人物の描写も自然で、だんだんと知り合っていくように理解していかれました。妙な説明かもしれませんが「巻頭の登場人物紹介を途中で見返す必要がなかった」くらい、すんなり読み進んでしまった。
 次にどうなるのか、まったく先が読めない。しかし、次々におこる出来事がちゃんと収束していくという展開も見事でした。

 私が特に惹かれたのは、上のような世界観とカザリルの押しの弱さっぷり(笑)。「さあ、べトリスだ。どーんと行こう!」と何度こぶしを握ったことか。
 カザリルは優秀な元軍人であり、博識であり、生き延びるための知恵も備えた現実家らしい。周囲のいざこざから身を引いていようとする意に反して、チャリオン国主一族にまといつく影のような呪いと関わっていくことになります。

「彼は考えた――祈りとは、片足をもう一方の足の前に出すことだ。なおも進み続けることだ」

 結末へ向かってよろよろと、しかし転がり込むように進んでいくカザリルに引っ張られて読み終わりました。
 まさに「こんなファンタジーを読みたかった!」という気分。次作はイセーレの母イスタの物語だそうですが、これも邦訳されるのが楽しみです。
(2007.3.5)

「影の棲む城 上」「下」 創元推理文庫
L・M・ビジョルド 著  鍛治靖子 訳

   影の棲む城〈上〉 (創元推理文庫)

   影の棲む城〈下〉 (創元推理文庫)


原題「Paladin of Souls」。五神教シリーズ第二部。国太后イスタは鬱々とした日々を過ごしていた。夫も母も亡くなり、娘は国主となっており、このままもの狂いとして城に篭もって残りの人生を過ごすことになるのだろうか? そこから抜け出したいと願ったイスタは、数人の供を連れて巡礼の旅に出る。だが、その途上、隣国ジョコナ公国の兵士に襲われてしまう。その窮状を救ったのは郡侯アリーズ・ディ・ルテス――イスタとその夫がともに抱いていた秘密に関わる寵臣ルテス卿の息子だった。

 しばらく前に読み終わっていたんですが、体調が低空飛行、あらすじを書く気力がなくて放っておいてしまいました(あらすじを書くの、本当に苦手です)。

「イスタ母さんの昔話、アイアスに嫁いだ頃の話かな」と思ってましたら、四十歳の今の話。若隠居ですか、と思いつつ読んでいましたら、話が進むにつれてイスタがだんだん若返っていくことに感嘆。恋は妙薬ですねー。しかも、前作では控えめな印象だったのに、さすがにあのイセーレの母、藩太后の娘だけある。「背筋に鋼のとおった」女性でした。
 かつて神の手に触れられた聖者らしい老成した視線と、城に篭もりっきりで過ごしてきたために世間に疎いところ、幸せとはいえなかった結婚のためか、まるで十代の少女のような恋愛観がそっくり生き続けているところがアンバランスで可愛らしい人物。明るく、颯爽とした少女リスと並んでも、年の近い友人のように見えるのが不思議でした。

 そういえば、アリーズの妻カティラーラのなりふり構わなさなど、女性キャラクターがリアルで魅力的でした。カティ、嫌いじゃないです。

 今回は、イスタの特別な力(未来や霊、霊力を見る)の描写が多かったです。
 背景である五神教の設定がしっかりしているので、視覚に訴えてくる描写も薄っぺらに見えずに楽しめました。神様たちも気軽に登場、イスタを使うこと、使うこと(笑)。なかなか気が強いらしいイスタなので安心していられますが、カザリルが同じ立場ならば……ちょっと可哀想だと思いました。
 また、庶子神がセクハラおやじ、親しみある存在なのが面白いです。八百万の神のような、身近にいる、ちょっと風変わりなつき合い方をしなければならない人のような。こういう宗教観ってどこから創作されるのだろうな、と興味がわきました。

 ジョコナにはびこる陰謀と魔術、それに巻き込まれて翻弄されているアリーズ、イルヴィン、カティラーラの三人は、考えてみればやるせない立場なのですけど(特に死んでしまった人は)、文章にどこかユーモラスなところがあってほっとします。アリーズ、イルヴィン兄弟の軽口は楽しいですね。また、アリーズのファザコンぽいところ、ツボでした。「指輪物語」のファラミアにもくらっときましたから(笑)。

 今回はさっぱり姿をみせてくれなかったイセーレとベルゴン。どうやら次作も登場はなさそうなのが残念。ヴィスピング攻略というチャリオン=イブラの大事業にスポットが当たるのでしょうか。五柱の神々はそこに何を企んでいるのか……いや、いらっしゃるのか(笑)。邦訳は少し先になるとのことですが、楽しみに待とうと思います。
(2008.1.30)


「影の王国 上」「下」 創元推理文庫
L・M・ビジョルド 著  鍛治靖子 訳

   影の王国 上 (創元推理文庫)  

   影の王国 下 (創元推理文庫)


原題「The Hallowed Hunt」。聖王の第三王子が死んだ。手篭めにしようとした侍女に殺されたらしい。遺体を都に運ぶため派遣されたイングレイは、殺人者だという美しい娘イジャダを見て驚愕する。彼女は古代ウィールドの戦士のごとく、豹の精霊を宿していたのだ。自らも狼の精霊を宿すイングレイは彼女に興味を抱く。“五神教シリーズ”第三弾。

 邦訳は四年ぶりの五神教シリーズ、あとがきによれば、これがシリーズ最終巻だそうです。惜しいなあ。世界観がかっちりと構築されていて面白いので、もっと続きを読みたいところです。カザリルとか、カザリルとか。

 前二作との大きな違いは、五神教以前の古い土着宗教というか魔法の力が生きているところ。その禁断の魔法――獣の精霊を人間に取り込み、力を得る――によって人生を変えられてしまったひねくれ青年イングレイと、意外と物怖じしなかった娘イジャダを中心に、森の国ウィールドの過去の歴史と結びついた謎が明かされていきます。
 キリスト教とそれ以前のケルトなどの宗教観が下敷きになっているのかもしれませんね。原題を見るとそんな気もします。
 ある人物が(一応名前は伏せておきます)、ダルサカに支配されている間に四散した秘儀を取り戻そうとする執念、執着がなまなましく迫ってきます。また、古代の魔法の力を求めて遠くへ旅をするファンタジーは多いですが、時間そのものを乗り越えようとするところが面白かったです。

 英語の原文を見ていないので、想像にすぎないのですが。
 もしかしたら、この作品は前の二作とは違う作風で書かれているのではないかなあ、と思いました。イングレイの言葉遣いがものすごく古風だったり、最後の場面はお伽噺のような雰囲気を漂わせていたりするのですよね。
 となると、はっきり書かれていない時代設定は前二作よりもずっと古いのではないかと想像しました(訳者さんはあとがきで「それほどかけ離れた時代ではないのでは」と推測されていますが)

 お気に入りはジョコル王子。豪放磊落、歌を愛する、情に厚い戦士らしい。好きですねー。で、連れているのが熊のファーファって(笑)、某家庭用洗濯洗剤が思い出されて笑ってしまった。麗しのブレイガはどうなったのかな。
 そんなお話も読んでみたいなあと思います。書いてくれないかな。

(2012.12.31)


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