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ファンタジー小説 3

十二国記
「月の影 影の海 上」「下」
新潮社文庫
小野不由美 著

   月の影 影の海(上) 十二国記 (新潮文庫 お 37-52 十二国記)

   月の影 影の海(下) 十二国記 (新潮文庫 お 37-53 十二国記)


おとなしく、平凡な女子高生だった陽子は、ある日現われた謎の男ケイキに連れ去られ、異世界へ放り出された。頼るものもない知らない土地――妖魔の跋扈する世界を陽子は一人で旅することになった。

 ダ・ヴィンチ・コードに続いて「何で今頃」読書第二弾。家人に借りてみました(これも買わないんだ・笑)。
 書名は知っていましたが、ずっと敬遠してました。何故って……地名・人名が漢字表記の小説は私の鬼門なので。辛くなったら途中でやめます。

「また、ずいぶん面白い主人公だな」と思いつつ読み始めました。優等生、いい子、掴みどころのないふらふらした女の子。いくら台詞をしゃべってものっぺらぼうにしか見えなかった主人公が、異世界を歩きはじめて変っていく。次第に強い感情や失望、冷ややかさを見せるようになる様子が面白くて、引き込まれてしまいました。

 文章は結構好きです。血まみれを描写しても匂いのない、クールな感じの文章の作家さんなのかな。心地よさがありました。また、前半では肌感覚が丁寧に書かれているのが印象に残りました(ジョウユウが動き出す時のうすら気味悪い感覚など)。あまり、こういう表現を読んだことがなかったので面白かったです。

 どうも感想になってなくて、すみません。まだ読むのがおっかなびっくりで、楽しめるか否か、という状態じゃないんです。人の名前は音がそろえてあったり、麒麟について丁寧に解説して下さるので、ありがたく、泣きながら読みました。もう、だめかと思った。
 とりあえず二冊は読めました。ですが、漢字いっぱいの十二国地図を見ると背中に寒さが走ります。次巻以降は、陽子の奮闘が描かれるのでしょうか。今後、地図を必要としないような展開であるといいと思います(弱気)。

 全作を読み終えた方は多いだろうと思うので、のんびりと展開を見物……いや、見守ってやって下さい。
(2007.6.10)

十二国記
「風の海 迷宮の岸」
新潮社文庫
小野不由美 著

   風の海 迷宮の岸 十二国記 (新潮文庫 お 37-54 十二国記)


 国の王を選び、仕える神獣・麒麟でありながら、泰麒は異世界で人間として育った。戴国の王を天啓によって選ぶことができるのか。彼は自分の力を信じることができず、本来の姿に転変するすべもわからずに日々を過ごしていた。

 本を開いて、あれ?……陽子の話ではないのね。前作の続きだと思い込んでいました。
 面白かったです。さくっと読み終えてしまいました。漢字はかなり飛ばしましたが。←これで面白い言ったら、ファンの方に殴られますね。
いえ、字面を絵と思って読みながしたので、読んでないわけではないんですが、読んだとも言えないんですが、すみません……。

 清清しく美しい、でもちょっと冷ややかな雰囲気の蓬山の風景。その中心に花開いたように生き生きした子供の姿が何とも可愛らしかったです。お風呂入れてあげたーい(笑)。
 嬉しかったのは延王と延麒の登場。いいコンビ(?)だな、と。全体にシリアスな雰囲気なので、この二人が出てくると、ほっと息が抜けるのが嬉しいです。景麒も面白いですけど、息は詰まりますので。

 麒麟らしいことが何ひとつできない、自信がない……周囲に遠慮ばかりしている泰麒の気持ちが細やかに描かれていて、もどかしいながらもつい応援したくなります。
 弱弱しい印象の泰麒が、泰王(と、一応ふせておきます)とともにいる時に別人のように強い力を見せるという場面には惹きつけられました。麒麟と王とはそもそも切り離せない関係ですが、それに契約というかたちを与え、彼らが国を安定させる、という設定。何となくツボにはまります。中国にはこんな思想があるのかしら、とちょっと気になってみたり。

 次は延王と延麒のお話らしい(今度は確認しました)。漢字に負けないで、次も楽しく読もうと思います。
(2007.6.20)

十二国記
「東の海神 西の滄海」
新潮社文庫
小野不由美 著

   東の海神 西の滄海 十二国記 (新潮文庫)


 延王・尚隆と延麒・六太は荒れ果てた雁国の復興につとめていた。国はしだいに豊かさを取り戻しつつあったが、その内にはいまだ前王の暗い治世の傷跡が残っていた。州の自治を求める元州に六太は囚われ、国中が騒乱に巻き込まれていく。

 前言撤回、なかなかに血なまぐさく、骨太で面白かったです(え?)。
 その生い立ちから君主や権力を信じられない六太と、彼に選ばれて延王となった尚隆の ぐーたら 飄々ぶり、彼の蓬莱での過去の暮らし。妖魔に育てられた少年、更夜と六太の再会、そして民を助けるために(ううむ)権力を欲しがる元州州候の息子・斡由との出会い――もりだくさんのようですが、一気に読みきりました。
「王は何のためにいるのか」「権威のもとで民は幸せに生きられるのか」という問いかけは六太が言えば切々と響き、尚隆が言えばきれいごとでは済まなくなってしまう複雑なことで……読みごたえありました。
 国のために冷徹な判断を求められる王と、慈悲の生き物である麒麟。彼らがセットで国を治めるという設定が面白いと思いました。
 また、麒麟の六太が更夜に話しかける言葉が印象的でした。

「更夜に人殺しを命じるような奴、嫌いだ。……あんなに殺戮を嫌がっていたのに……そんな奴、更夜の主とは認めない」

 特にこの場面は好きでした。血の匂いだけでも病に倒れる麒麟が、たったいま人を殺してきた更夜に言うのだから、えらいことだと思いました。どの麒麟にもこういう憐れみ深さがあるわけではないだろうけれど。

 最後に、豊かな国を「目を瞑って待っている」という六太。ああ、やっぱり目を瞑ってるしかないのね、とも思いましたが、一冊読み終わった後だと尚隆にかける気持ちもよくわかる。延王、長生きして下さい。
 それにしても、ちょっと遠山の金さん入っている延王はいいですね。尚隆の過去、小松氏の話は好きでした。これだけで1〜2冊読みたい気分です。
(2007.6.30)

十二国記
「風の万里 黎明の空 上」「下」
新潮社文庫
小野不由美 著

   風の万里 黎明の空(上) 十二国記 (新潮文庫)

   風の万里 黎明の空(下) 十二国記 (新潮文庫)


 海客として才に暮らす鈴、芳の公主でありながら反逆によって王宮を追われた祥瓊は、苦しい生活に耐えかねて慶を目指す――景王となった同じ年頃の少女に会うために。一方、景王・陽子は王としての責務に馴染めず、自分の治める国を知るために王宮を出て小さな里に身を寄せる。

 陽子と再会ですね。景麒や楽俊など見知った顔ぶれが嬉しい。すごく嬉しい、涙が出るほど……そう。あの。
 この巻は辛かったです。女の子三人が入れ替わり立ち代りして話が進みますが、鈴と祥瓊のエピソードがごちゃごちゃになってしまいました。書かれる国名はこれまでの倍になり、ルビは三倍にもなったんでは? 恭王の登場といい、少女の登場人物盛りだくさんなのは、この漢字の海に対抗するためなんでしょうか。残念ながら私には効かなかった。延王の方がいいです(こらこら)。
 読みながら「どうして鈴と祥瓊のどちらか一人にしなかったんだろう」と思い、一応最後まで読むと「ああ、二人必要だったのね」と思い……いや、しかし! 「官僚腐敗&癒着(だよね)が入れ子になってる構造を違う形にすれば、どちらか一人でもよかったんではございませんか〜」とわがままな弱音を吐くほど辛かった。
 恭王の強烈な個性が気つけ薬のようでした。後の巻では彼女の話も読めるのでしょうね。それを希望に頑張ろうかな。ちょっと弱気になってます。

 全体としては、複雑なエピソードがちゃんと収束していく快さがありました。
 また、陽子の抱く、王という立場へのとまどい、悩みが嘘っぽくないので、どんどん先を読んで彼女なりの解決を見たいという気持ちが湧きます。そして、この気持ちを陽子は裏切りません。

「人は誰の奴隷でもない。……己という領土を治める唯一無二の君主になってほしい」

 これから先、慶が進んでいくべき方向を陽子が見定めたのが伝わる、いいラストシーンだったと思います。
(2007.7.6)

十二国記
「図南の翼」
新潮社文庫
小野不由美 著

   図南の翼 十二国記 (新潮文庫 お 37-59 十二国記)


 恭では王が没してから二十年以上たつというのに、いまだに次の王が現れていなかった。その間に人々は妖魔に襲われて街は荒れていく。裕福な商家の娘・珠晶の目にも国が傾いていくことは明らかだ。他に行こうとする人がいないから――珠晶は黄海を越えて蓬山へ向かい、次の王として認められるために昇山しようとする。

 元気な珠晶を追いかけて楽しく読みました。大人相手に一歩もひかない気の強さ、頭の回転の早さは爽快ですね。

 珠晶と頑丘とは度々言い合いしますが、珠晶の言いたいことはなかなか頑丘(そして読者の私)には伝わりません。それでも、おしまい近くにようやく心が通っていきます。
 裕福な家の娘だけれど、決して生活の苦労を知らないわけではない。当事者として知ってるわけではないけれど、他人の苦労はよくわかっている。
 無力ではあっても、少なくとも昇山しようとする――するべきことをしようとする、そのことにおいては他の誰と比べられても恥ずかしくない、と言い切る姿には説得力がありました。「だから、最初っからあたしはそう言ったじゃないのっ」と一喝されそう。参りました。

 今回、黄海で生きる黄朱の民について読むことができたのがよかったです。考えてみれば、ここで狩をしていたという泰王はそうとう風変わりだったんですね。
 黄海で狩をしたり昇山する者の護衛をする黄朱の民と、街に住む人々との距離感。戸籍もなく定住もしない彼らは国を治める王をどう捉えているのか。それが描かれることで、どこか実体感のなかった十二国の輪郭線が見えたように思いました。
 また、人間のいない樹海の風景はとても印象的でした。巨大な蛇・酸與(勘弁して下さい〜。漢字、出てきませんて)、滴る血とそれを輝かせる木漏れ日。怖ろしいけれど……とても美しかった。
 気味悪かったのは、むしろ人妖。寒気がしました。

 最後にとりとめもなく。
 犬狼真君、うーん、こんなところで出会うとは。お元気そうで何より。そして、ようやく出会った恭の麒麟は……ちょっと可哀想だったかな。
(2007.7.11)

十二国記
「黄昏の岸 暁の天」
新潮社文庫
小野不由美 著

   黄昏の岸 暁の天 十二国記 (新潮文庫)


 新王が立ったばかりの戴国、その国内は官僚の粛清、内乱のために不安定だった。そして、内乱の平定に向かった泰王が失踪、泰麒は鳴動とともに姿を消した。戴は王も麒麟も不在という異常事態におかれることになった。それから七年後、景王陽子のもとに傷を負った戴国武将が助力を求めてやってきた。

 何とも感想が書きにくいです。これは……続きがあるんですよね。泰王の行方とか慶を出た二人のその後とか、戴の実権を握ってるあの人の動機とか。出版が6年前ですけど、どうなるのでしょう。きっと書かれる方も大変なのだよな。うん。
 気をとりなおして。
 力と決断力にあふれた新王驍宗。勢いのある王にひきずられるようにして戴は復興していくのですが……。

 疾走する車駕は軋みを上げるものだ。

 この言い方うまいなあ、と思いました。苦しそうな音をたて、さらには元からあった亀裂やひずみが次第に大きくなって戴がどうしようもない状況へ向かっていく様子がわかります。驍宗の強さ、決断の早さが描かれるたびに戻れない道を走らされるような不安感が伝わってきました。戴と慶。かたや実力ばりばりの驍宗、かたや未だ異世界に慣れない陽子。それなのに、戴が頼る側がなってしまったのは何故だろう?

 また、この巻を読んで、かなり驚いたこと。延麒の口から説明された天の条理について。
 え、こういう世界だったのですか。漠然ととらえてはいましたが、こんなにはっきり原因と結果がつながっているものとは思いませんでした。箱庭のような世界観なのでしょうか。しかも西王母へ直談判という展開になるとは思いませんでした。
 天は何故、戴を奪った者を罰してくれないのか、天帝はいるのか、という李斎の叫びはわかる。でも、天の摂理の中でも生きていくすべはみつかる、という遠甫の言葉はぴんとこなくて困りました。西王母を見せられてしまうと、ね。
 いずれにしても、続きを待つよりなさそうです。

 風変わりな氾王登場と延王の反応は楽しかったです。でも、ますます便利屋と化していく(ように思われる)延麒と延王のことが心配です。いくらなんでもボランティアしすぎでは? 
 重ね重ねですが、雁国のことが心配なので続きをお待ちしております。
(2007.7.20)

十二国記
「白銀の墟 玄の月 1」「2」
新潮社文庫
小野不由美 著

  白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)

  白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)


 戴国に麒麟が還る。王は何処へ―乍驍宗が登極から半年で消息を絶ち、泰麒も姿を消した。王不在から六年の歳月、人々は極寒と貧しさを凌ぎ生きた。案じる将軍李斎は慶国景王、雁国延王の助力を得て、泰麒を連れ戻すことが叶う。今、故国に戻った麒麟は無垢に願う、「王は、御無事」と。―白雉は落ちていない。一縷の望みを携え、無窮の旅が始まる。

 18年ぶりの続編刊行とのこと。私が一気読みしたのが12年前の2007年なので(丕緒の鳥は新刊で読みましたが)、ファンの皆さんはずっとずっと長く待っていたんですよねえ。レビューを見ると奇遇にも台風の「蝕」と重なった新刊の入手から語るファンもたくさんいらして、いかに大事件なのかが伝わってきます。

 さて、それを裏切らない読み応えを堪能しております(現在、3&4巻は未読)。基本ネタバレはしませんが、ご注意を。





 一番驚いたのは、この世界に宗教要素が持ち込まれたこと。これまでは一切なかったのに、と戸惑いました。久しぶりに読んでここに違和感を覚える読者も多いだろうな。
 でも、私はこういう変化は歓迎です。王たちが西王母と直談判する世界であっても、庶民の中では神頼みの心理はあっただろうので、それが書かれないことの方がむしろ物足りなかったので。短編「青条の蘭」では自然科学に足を突っ込んじゃったのに、するっとこの世界観に着地させた著者さんなので、宗教要素くらいお茶の子ですよね! ただ、文中に「仏」と書かれた箇所があって、それだけは納得いかないのですけど。

 さて、物語の本筋は消息を絶った驍宗を探して荒れ果てた戴国をさまよう泰麒、李斎、そして同志たちの旅。
 国内は混乱し、止むことのない戦のせいで貧しい戴の民はさらに厳しい状況におかれた――それに対処できる立場にかつてあった泰麒と李斎にとってはつらい旅ですよね。
 ことに李斎が出会った土匪の朽桟は、雲上からはもっともかけ離れた庶民の生活を語っています。飢えと死に疲れた人々、希望を信じられないながらも李斎らに協力する人々。彼らの姿がいかに一行の上に重くのしかかったかが描かれた1、2巻。確かに長い、けれどこれだけの長さと重さをかけなければ、という著者の意思にひきずられるように読み進みました。

 そして、もうひとつ驚いたのが泰麒の成長ぶり。おおお、あの幼くて心優しいだけの子どもの影はなくなってしまいましたね。母はちょっと寂しいです!!
 かつて驍宗を王に選んだ泰麒が、今は同じ口で民のためには驍宗に王座を降りてもらわねばならない、と言う――麒麟というのはそんなことを考えるものなのか、と項梁と一緒に驚きました。
 宮城はどんよりとして官僚たちも、阿選すらもまるで幽鬼のように存在感がない。そこに泰麒があらたな光をもたらしてくれるのか、先が気になります。

 ふと思ったのだけれど、この物語世界の中では王は穏やかに位を降りることはないのでしょうか。
 国のために王が居て道を失えば死ぬというのなら、天がするべきと定めたことを終えて国にとって不要になったら平穏に王位を譲るということがあってもいいような気がするのですけど。

 さてさて、続きが気になります。

(2019.11.6)


十二国記
「白銀の墟 玄の月 3」「4」
新潮社文庫
小野不由美 著

  白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

  白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)


 新王践祚――角なき麒麟の決断は。李斎は、荒民らが怪我人を匿った里に辿り着く。だが、髪は白く眼は紅い男の命は、既に絶えていた。驍宗の臣であることを誇りとして、自らを支えた矜持は潰えたのか。そして、李斎の許を離れた泰麒は、妖魔によって病んだ傀儡が徘徊する王宮で、王を追い遣った真意を阿選に迫る。もはや慈悲深き生き物とは言い難い「麒麟」の深謀遠慮とは、如何に。

 読了、感謝。漢字の洪水に溺れて死にかけたけど七転八倒したけど、何とか岸へ辿りついた!
 いや、ようやく戴にも春が来た。ファンの中では十数年にわたる冬だったわけで。王の不在の寂寥感を味わったんですね。

 以下、ネタバレあり。







 良かった! というところは、もちろん驍宗の帰還。
 怪我を負った身ひとつで生き埋めにされ、たった一人で暗闇に残された年月。仙だから身体は無事だったものの、想像するだけで気が狂いそうな状況を生き抜いた――その胆力に言葉も出ない。まさに、王の存在感が物語を引っ張っていたと感じました。さすが一国の王。

 また、驍宗と阿選の好敵手といった関係も。
 ああ、こういう風に互いを見て認めていたんだ。驍宗はともかく、これまで阿選という男の正体はまったくわからなかったので、そこが細かく描かれていてよかったです。
 それにしても、阿選の強さと弱さ、苦しみと愚かさに読んでいて複雑な思い。特に後半、どこからこんな風に崩れてしまったのか。昇山が大きな転機だったけど、どうしてそんなにも王という身分に心囚われなければならなかったのか。
 器の違いと言ってしまえばそれまでですが、物語が進むにつれて驍宗との対比が明確になっていくのが……なんというか、切なかったですよ。

 そして、ちょっと納得できなかったこと。
 1、2巻を読んだ感想で「宗教要素も歓迎」と書いた気持ちに変わりはないのだけど。さすがにそれを「仏の教え=仏教」と言ってしまうのはどうかと。天帝の教えとか西王母の智慧とかではだめだったんでしょうか。
 この世界には日本から、あるいは中国から流れつく海客、山客がいるので、後者が仏教を伝えたのかもしれませんが。それでも、私としては違和感が拭えませんでした。

 また、後半〜終盤はあれあれと言う間の救出劇。え、李斎、いなくてもよかったのでは。友尚にはもっと活躍してほしかったし、これまでの十二国記であれば驍宗は雁国へ脱出してもよかった。天命の潮が変わった時点を刑場に設定したのは著者が民の承認に拘ったからでは、と思うのですが、それにしては噂に右往左往する民の姿は愚かでした。

 麒麟がいればもはや王も要らなかったのでは、とも思う。いや、王の存在が国土にもたらす恵みがあるのはわかるけど、上のような理由で、その恵みをもたらす天だか西王母の立つ瀬がないとも思うのです。ああ、そこだけが惜しくて悔しい気分です。

 でも、総じていえば楽しかった。夢中で読みました。ネット上の感想では辛口なものも多いようですが。

 以下はあくまで私の想像なのですが。

 今作では、著者が描きたい事柄や考え方が「十二国記」の世界にうまくはまりきらなかったのでは?
「十二国記」はもともとが少女世代を意識して作られた世界――妊娠という事象がないことで女性が持ち得る可能性を描いた物語だと思うのですよ。そう、あくまでファンタジー。今はそこに「落照の獄」や「丕緒の鳥」のような問題意識、生きていく苦悩を盛り込もうとされてる。
 短編ではうまく着地できたけれど、まだ長編での落としどころが決まらないのではないでしょうか。だから、私は世界観がふくらむことは大歓迎なのですよ。そうすれば、さまざまなテーマがこの小説で描かれると思うから……。

 そう遠くない頃に短編集が刊行されるとのこと。次にはどんな物語が現れるのか楽しみですし、あらたな長編(中編でも!)が書かれることを切望しています。
(2019.12.26)

 

十二国記
「華胥の幽夢」
講談社文庫
小野不由美 著

   華胥の幽夢 十二国記 (新潮文庫)


十二国記短編集。

冬栄
「黄昏の岸 暁の天」の直前の話。泰麒は使節として南国・漣を訪問する。王を選んで役目は終わり、あとは自分は宮城のお荷物でしかないと思い込んでいる泰麒を廉王は諭す。

 あいかわらず可愛い泰麒の話。王は国を見守り、麒麟は王を見守るものではないか、という廉王の言葉はシンプルで温かくていいなあ、と思いました。もちろん、それだけでは国は立ちゆかないのでしょうが、きっと驍宗には必要なことなんでしょう。飢えた虎、という比喩に笑ってしまいました。

乗月
芳の王を討った月渓。彼は王亡き後に国をたばねて欲しいと乞われていたが、それを頑なに拒んでいた。彼は誰よりも亡き王を敬愛していたからだ。そして、指導者なく揺れる芳の宮城に慶からの使者が訪れた。

 祥瓊が出て行った後の芳の話。「風の万里 黎明の空」では、さらっと触れる程度だった亡き峯王・仲韃の潔癖すぎた治世について書かれています。
 彼を止めるためには討つしかなく、討ってしまったために王位につくことが考えられなくなった月渓の苦さが切々と伝わってきました。かつて仲韃に贈られた硯を前にした場面の美しさには息をのみました。また、供王の粋なはからい、そして手厳しいひとことが印象的。使者を通しての言葉なのに、すごい存在感です。

書簡
 
景王となった陽子と雁国に学ぶ楽俊が交わす往復書簡。

 人語を喋って伝える鳥による書簡なので、おしゃべりの形になっています。本当に漢字の書簡でしたら陽子だけでなく私も読めないところでした(笑)。
 お互いの背伸びも空元気も察しがつく……何でも言える友情もいいけれど、決して口にしないことをつくる、きちんと距離を置いた友情もまたいい。しかし、これって何となく「男らしい友情だな」と思いました。陽子……(笑)。

華胥
 
才国に伝わる宝玉・華胥華朶は国のあるべき姿を夢の形で見せてくれる、というもの。傑物とうたわれた新王・砥尚はそれを麒麟に渡して、よい国をつくると誓う。しかし、国土は荒んで人心は離れ、才は斃れつつあった。その宮城で、王の父が殺され、弟が失踪した。

 このシリーズ、有能な王のもとでも国が荒れるという話がよく書かれますね。「乗月」「黄昏の岸 暁の天」など。
 王も、語り手の朱夏やその夫も理想ばかりを求めており、それが本当に正しいのか、見失ってしまっている。しだいに信頼も自信も、しまいには国も崩れて無くなっていき、あとには現実を見据えた人たちだけが残った。
 「乗月」が静かな雰囲気ならば、こちらは骨太な雰囲気がよかったです。母上や青喜の言葉は少し理屈っぽい感じがしましたが、満足しました。

帰山
 
奏の利広は柳国が傾きはじめているのでは、という噂を確かめに、柳の王都を訪れた。

 利広の世界見聞録? 桁外れに長い治世を誇る奏国、そこから見えるさまざまな国のあり方が面白かったです。
 奏の宮城、王一家の様子には笑ってしまう。どう読んでも、卓袱台か炬燵蜜柑に思えるんですけど。お茶の間パワーおそるべし(違います)。
(2007.7.25)

 

十二国記
「丕緒の鳥」
新潮文庫
小野不由美 著

   丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫 お 37-58 十二国記)


 「絶望」から「希望」を信じた男がいた。慶国に新王が登極した。即位の礼で行われる「大射」とは鳥に見立てた陶製の的を射る儀式。陶工である丕緒(ひしょ)は、国の理想を表す任の重さに苦慮する。希望を託した「鳥」は、果たして大空に羽ばたくのだろうか──表題作「丕緒の鳥」ほか、己の役割を全うすべく、走り煩悶する、名も無き男たちの清廉なる生き様を描く短編4編を収録。


 長いこと待っていた新刊の短編集。期待を裏切らない読み応えでした。堪能、です。

 王宮の祭儀のために働く職人の、作品にかける思いを描いた「丕緒の鳥」。
 凶悪な連続殺人事件をおこした犯人をいかに裁くか、司法の在りようを問う「落照の獄」。
 国中の山野を蝕む奇病に立ち向かう下級役人の話「青条の蘭」。
 そして、道を踏み外した王の暴挙に翻弄される少女の希望を描く「風信」。

 これまでのような、王と麒麟の「雲の上の話」とは違う。庶民の生活や巷に溢れる犯罪、汚職を扱っています。その描写、視点も既刊より深く掘り下げられたもので、本当に面白かった。世界は十二国記ですが、テーマは現代社会のものですね。
 どのお話もよかったけれど、あえて一つ選ぶとすれば「青条の蘭」が一番好きでした。

 王のいない時代にいかに国が荒廃するか――これまでであれば、漠然と「そういう摂理」とされていたものが、もっと具体的に、この世界の自然科学に則って描かれていきます。最初、生態系にまで話広がっちゃって大丈夫かなあ、と少しはらはらしたのですが(だって、里木に子どもが成るという世界ですから)、そこはうまくまとめられていました。

 主人公・標仲は地方の小役人。故郷の森で、見慣れない枯れ方をした木を見つけたことから物語が始まります。
 森が奇病で立枯れれば、そこに住む動物が飢え、里を襲う。もともと貧しさから疲弊していた里が荒れ、人が絶え、乾いた土地に戻ってしまう風景の寒さ。この期におよんでも自分の懐を温めることにしか興味のない役人への標仲の怒り、そして、それでも役人を通さなければ、雲の上の王宮にまで民の声を届けることができないもどかしさが伝わってきました。

 最初、どの国のどの時代の話だかわからなかったのですが、それが却ってよかったかもしれません。この世界では王の即位がこれほど待たれていたのだなあ、とあらためて感じて切ないくらいでした。
 終盤まで読んで、ようやく雁だとわかった(州名を調べればわかるから、伏せなくてもいいですよね)。ああ、あの新王と臣下なら……と想像しながら、満足して読み終えました。

 既刊とのつながりも面白く、特に柳の話はおそらく「華胥の幽夢」の「帰山」と関係あるのでしょうね。この謎も持ちこされたままです(笑)。続きをお待ちしてます。
 あと、内容は大変面白かったのですが、ふりがなが多くて読みにくかったです。主人公の名前が読めなくて何度もページを戻る一方で、ごく簡単な言葉にみっしりとふりがなが。この世界観のために必要なものなら良いのですが、理由がわからないものが多くて、ちょっとしんどかった。

(2013.7.3)

 

十二国記
「十二国記 30周年記念ガイドブック」
新潮社
新潮社 編

  十二国記 30周年記念ガイドブック


 1991年『魔性の子』にはじまる大作「十二国記」。今、改めて作品世界を振り返り、様々な視点から「十二国記」の30年史を辿る、シリーズ初の「ガイドブック」。


 各巻とキャラクター紹介、作品を愛するまんが家やイラストレーターによるファンアート、編集者等裏方スタッフへのインタビュー。そして、目玉は著者へのインタビューと掌編の収録、ともりだくさんな内容でした。

 長年の読者にとっては既知の情報がほとんどですが、整理整頓されるとまた見え方が変わって面白いです。ちなみに、掌編「漂舶」未読の方は(私も)他の章より先に読んだ方がよいかと思われます。ネタばれ……ではないですが、お話の展開がわかってしまうコメントが含まれていたので。


 私的な楽しみはやはり著者インタビューと掌編、でした。

 これから手に取る方のために詳細は書きませんが、地図などの背景設定と物語の展開が結びついていることや、言葉の選び方へのこだわりはさすがだなあ、と感じました。「図南の翼」が黄海の距離感をじっくり書いてあの長さになったというのは納得です。
 実は、このガイドブック読了後にあらためて十二国記を再読したのですが、このような世界観の緻密さが伺われる個所がいくつもあって、いや、気づいていなくてすみません、と思いました。
「風の万里 黎明の空」の中で、町の構造がいつの時代からか反転して作られるようになった、という会話がありまして。この箱庭のような世界の謎と関係あるのか、気になりました。


 意外だったのは、ファンタジーは苦手でいらしたということ。私の中では何よりも十二国記の作者さんだったので。でも、そのせいもあってか、小説書きの技術的な選択によって印象的なキャラクターや設定が生まれたというところが面白いですね。

 ともかく、多くの方の「十二国記」愛に圧倒されましたが、その中で印象に残ったのは小説家・芦沢央さんの『「私」のための物語』という言葉。多くの読者がそう感じる一編を持っているからこそ、このように長く愛される作品になったのだ、と。
 これには強くうなづきました。私にとっては「丕緒の鳥」かなあ。この作品は何度も読み返してしまうのですよ。

 十二国記――しみじみと、もっと続きを読みたいな、と思います。告知だけされている短編集(になるのかな?)が本当に楽しみ。

 著者さまも体調と相談しながらとコメントされているので、今後もご無理のないように書き綴っていただきたいです。

(2022.9.18)

 

「煌夜祭」 中央公論新社
多崎 礼 著

   煌夜祭 (C・NOVELSファンタジア)


冬至の夜、18の島から成る世界のできごとを語り部が聞かせる煌夜祭。人を喰らう魔物の話、賢い娘の話……廃墟の火壇をはさんで、二人の語り部は交代で物語を語りはじめた。

 かなり前に、あちこちのサイトさんで見かけて気になってました。手に入れてみると……なるほど噂通り、面白かったです。こんな不思議な仕掛けをよく思いつけるものだ、と呆然としてしまいました。

 王の島を中心に惑星のように動く島々、蒸気塔、飛行船……こんな世界設定はユニークです。レイヴンとトーテンコフの町歩きの場面が楽しくて何より好きでした。
 交互に語られる話と、この語り部たちの身の上の、どこからどこまでが物語の中なのか。物語と現実との行き来に眩暈がして、やがて恍惚となっていきます。

 あえて難をいうなら。ちょっとややこしすぎて、からくりを追うのに精一杯。気持ちがついていかなくて、ラストシーンでしんみりできなかったのが残念でした。
(2007.8.2)

「裏庭」 新潮文庫
梨木香歩 著

   裏庭 (新潮文庫)


近所の古い洋館は、照美の両親が幼いころから町の子供たちの遊び場所だった。その敷地の中にある「秘密の裏庭」へ入り込んだ照美は別の世界での冒険の旅に出る。


 美しい庭の風景、異世界の不思議な住人とテルミィの旅、現実世界に残された人々の思い出がからみあうファンタジー。ちょっと毒があるというか、突き放したような醒めた視線で描かれるお話には、ダイアナ・ウィン・ジョーンズを思い出しました。

 現実の世界の寂しさをもてあましながら、異世界の不条理にとまどいながら旅をするテルミィが可愛らしい。幻想的、甘いばかりの夢でない、その旅程(実は、甘い、なんてものではない出来事も)は先が読めないので面白い。

 ただ、何故か異世界に浸りきることができず、現実世界の両親やレイチェルのことばかりが気になってしまいました。ひやっとさせられるエピソードや言葉遊び、といったところが性に合わなかったのかも。
(2009.6.2)


魔法十字軍1
「魔法の呼び声」
早川文庫
J・D・スミス 著 岩原明子 訳

   魔法の呼び声 (ハヤカワ文庫FT―魔法十字軍)


原題「Call of Madness」。中世ヨーロッパ風ファンタジー。ケイス王国では魔法は忌まわしい狂気の力として恐れられ、魔法使い(ローンゲルド)を抹殺する儀式が行われていた。ケイスの王女アサーヤもまた魔法を恐れて育ってきた。しかし、魔法を容認する隣国レイカを訪れた折にある秘密が明かされ、彼女は望まない使命を課せられることになった。

 再読です。魔女狩り、大聖堂など中世ヨーロッパを思わせるモチーフがいっぱいのファンタジー。絵にするならば、どっしりと重厚な油絵が似合う気がします。

 初読時は匂いも感じられそうな濃密な情景描写や派手な魔法の描写(姿を消したり、炎を操ったり)に夢中でした。が、あらためて読んでみると、登場人物の感情がこまやかに書かれていたことに気づいて、また楽しかったです。
 厳しく、冷たくすら見えた父親に複雑な愛情を感じているアサーヤ、傲慢で鼻持ちならないと思われた隣国の王子が意外に率直で、いい友人となる。何より、レイカへの旅と魔法使いとの出会い、課せられた使命を通して、アサーヤの魔法に対する偏見が砕かれていくさまが丁寧に書かれていてよかったです。

 続きを見つけたら購入するつもりですが、実はこの物語は人には薦めづらい。何故なら原作も邦訳も四巻で打ち切りになっているのです。
 ずっしり濃厚な味わいと、消化不良の思いがいっしょくたになって残ってます。それにしても、打ち切りはやめて下さーい(しみじみ)。
(2008.5.2)

「もしも願いがかなうなら」 創元推理文庫
A・マキャフリー 著  赤尾秀子 訳

   もしも願いがかなうなら (創元推理文庫)


原題「If Wishes were Horses」。エアスリー卿夫妻は公正さと賢明で知られ、領民に慕われていた。その双子のきょうだいトラセルとティルザは16歳の誕生日に渡される特別な贈り物を楽しみにしていた。ある年、領主は隣国との戦に赴き、双子たちは屋敷に残された母親を助けて、村を守ることになった。

「わたしに何ができるか。考えましょう」
 これが口ぐせの、賢く明るいお母さんがすてきな物語です。

 トラセルは16歳になったら立派な馬を持つことを、ティルザは一族のしきたり通り、不思議な力を持つ水晶を贈られる日を楽しみにしています。そして、この贈り物が物語の鍵になっています。
 母親に似て不思議な力を持ち、兄(かな?)への贈り物のことを心底心配しているティルザがいい子で、可愛い。
 そして、父と息子の間でかわされた約束がどうなるか、最後の最後まで気を揉みました。でも、さすがお父さん、でした。レディ・タラリーも素晴らしいけれど、エアスリー卿も最後の最後で存在感が上がりました(途中は不在だからしょうがないですけどね)。

 これまで読んだファンタジー3作の中では展開が一番自然な感じがして、あっというまに読み終えてしまいました。ちょっともったいなかったかな。
(2009.6.2)

 

「天より授かりしもの」 創元推理文庫
A・マキャフリー 著  赤尾秀子 訳

   天より授かりしもの (創元推理文庫)


原題「An Exchange of Gift」。王女ミーアンは植物を育む天賜を持っていた。しかし、高貴な身分にそぐわない才能として周囲には受け入れてもらえず、顔も知らない男爵との結婚を嫌って彼女は城を飛び出してしまった。森の小屋でひとり暮らしをはじめたが、宮廷育ちのミーアンは火をおこすこともままならない。途方にくれる彼女の前に謎めいた少年ウィスプがあらわれた。二人は力をあわせ、隠れ家で暮らしはじめる。

「二人は仲良く、力をあわせて森で暮らしはじめました」という紹介文の方が、雰囲気が伝わりそうです。おとぎ噺のような可愛らしい雰囲気のファンタジー。
 最初、天賜というのは単なる特技のようなものかと思いましたが、もっとはっきりと目にみえる能力をいうようですね。原題のExchangeは「交換し合う、やりとりする」 という意味ですが、なるほど、異なる才能を持つ二人が互いの力になりながら生活する様子がほほえましいです。

 ただ、ファンタジー「小説」というには、後半は少し強引すぎる気もします。ウィスプの心情がよくわからなかったのは、私の読解力が足りないのでしょうか。また、天賜がウィスプの持つそれのように特殊なものならば、そのあたりの設定を感じさせて欲しかったです。
 おとぎ噺として読むならば……ちょっと説明的すぎるかな、という感想を持ちました。そのどちらともいえない雰囲気がよいのでしょうね。この甘やかな世界に遊ぶには、私が歳をとったということなのか(墓穴)。

 本文下の挿絵が絵本のようで素敵でした。好みを言わせてもらえば、その他のイラスト(人物や風景)はなくてもよかったかも。それぞれ繊細なタッチで好きなのですが、やっぱり人物を視覚的にみせられると頭が遊べなくなってしまうので。
(2007.6.7)

「だれも猫には気づかない」 創元推理文庫
A・マキャフリー 著  赤尾秀子 訳

   だれも猫には気づかない (創元推理文庫)


原題「No One Noticed the Cat」。エスファニア公国の老摂政が亡くなった。彼は若きジェイマス公が治めるこの国の安泰を願って、生前からさまざまな策を講じていた。その中でもとびきり風変わりだったのが黒猫のニフィの存在だ。いつも摂政とともにいたニフィはジェイマス公のそばについて公務を補佐することになった。中世風ファンタジー中篇。

 軽快なピアノ小曲を思い浮かべるような楽しいおとぎ話でした。少々軽薄なところもあるけれど心優しく鷹揚な性格のジェイマス公と、周囲の人々の会話がテンポよいです。
 そして、摂政が亡くなったあと、豊かで平和なこの国を手に入れようと常に機会をうかがう、隣国モーリティアの王が三人の姪とともにエスファニアへやってきます。この三人の姪御が個性的だったので王の息子のことはすっかり読み落としてしまい、後半「これは誰?」ととまどってしまいました。ごめん、マヴロン王子。

 さて、この女性三人のうちの誰がジェイマス公と婚約するのだろう、と思っていたら。決め手はやはり、そこですか。ジェイマス公は愛する人とその家族をモーリティア王妃の手のうちから救い出すことになります。

 ここぞ、という時に短く鳴き声を上げる以外はいたって寡黙(?)なニフィが妙に存在感がありました。

「ゆたかな毛をもつ、ひとつの人格なのですよ。陛下が思っている以上に、忠誠心にあふれています」

 それに気づく眼力の持ち主、老マンガン・ティーゲ。
 彼は思い出の中にしか出てきませんが、彼のジェイマス公への愛情がお話全体を包んでいるようでいい読み心地。

 つっこみたい点はいくつかありました。「当人は毒にあたらないんだろうか」とか「ジェイマス公の服にも猫の毛がくっついていたんでは?」とか。

 ともあれ。時折、くすっと笑ったり、はらはらしながら、最後には穏やかな気持ちで読み終わりました。
(2009.2.2)

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