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ファンタジー小説 4

「精霊の守り人」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   精霊の守り人 (新潮文庫)


新ヨゴ皇国には災厄が降りかかりつつあった。天には旱魃の相が現われ、皇子の体には魔物が取りついたという。女用心棒バルサは皇子チャグムの命を助けるために宮城から連れ出し、旅に出る。チャグムの体に宿っていたのは精霊の卵で、彼は〈精霊の守り人〉という運命を背負わされることになった。

 さらっと読み終えてしまいました。ご飯とか牛車などに馴染みを感じるせいでしょうか。「鰻丼かなあ」と思いつつ読んでいたことは内緒です。

 ヨゴ皇国を襲う旱魃の原因は何か。百年前の神話のような出来事にその答えはあるのだけれど、国は政のために史実を曲げて民に広め、先住民であるヤクーの間でも言い伝えはほとんど残っていない――。
 こんな設定はツボにはまりました。こういうところは大好きです。

 また、卵を託されたチャグムの見る異世界ナユグとこちらの世界サグの重なりあった風景は面白かった。木々の間を泳ぐ魚、水草、山道を歩いていながら水の只中にいるという、絵に描いてみたくなるような場面でした。

 ただ、一冊読んでみて、物語にひきこまれるという感じではなかったです。私の好みからいえば、きれいすぎて物足りない。もうちょっと毒が欲しい。登場人物の感情でも風景でも、きたないけれど目を離せない……そんなものがあったら、かなり好きな物語だと思いました。シリーズの続きを読むかどうかは考え中。
(2007.11.22)

「闇の守り人」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   闇の守り人 (新潮文庫)


槍使いのバルサは、長年封じこめてきた思い出と向き合うために故郷カンバル王国へ帰ってきた。そこでは昔ながらの儀式が行われる日が待たれていた。約二十年ごとに<山の王>から贈られる宝石は貧しい王国の助けになるのだ。しかし、前の儀式から三十余年が過ぎたというのに、いまだに<山の王>からの合図はない。

 前巻にもまして、地面に足がついた感のあるファンタジー。この巻の方が好きです。テンションは高いけれど抑制がきいている――きりっとした空気が感じられて、槍使いという戦士たちの物語にとても合っていると思いました。

 <山の王>からの贈り物を受けるという「ルイシャ贈りの儀式」にはどんな意味があるだろう、といろいろ考えて楽しかったです。
 <王の槍>たちは山の底で行われる儀式に連なり、従者として参加した少年は成長すると次の<王の槍>となって儀式に参加する。不安定な伝承の方法と、それゆえに起こった過去の悲劇がだんだん明らかになっていきます。

 彼らは儀式を通して知ったこと、見たことを決して口にしてはならない、というところがミソだなあ、と思いました。
 国を支えているといってもいい<山の王>との約束ですが、ほとんどのカンバルの民は詳細を知らないのですね。知らないけれど、儀式に関わった人たちの沈黙は<山の王>への畏れを思いおこさせる。<山の王>と地上の民の関係が続いていくためには「畏れ、敬い、謙虚さ」が必要だったのだろうと思いました。
 ……そう考えると、ひょっとしたら槍舞い、という形にこだわらなくてもかまわないのかも? そんなことは<山の王の民>に聞かないとわからないですか。

 そして、儀式が行われない年月が続くことが不安を呼び、かつての<王の槍>たちがみな死んでしまったことで、人々は自分たちが何を知って、何を知らないのか、わからなくなってしまった。無知が無知を呼ぶということか。
 ――こんな想像がどこまでも広がって行かれる、しっかりした世界観があって好みです。また、とことん悪者もいますけど、複雑な感情を抱えたカーム、カグロの存在も魅力的でした。

 ところで、著者の方は乳製品にこだわりがあるのだろうか。最後の最後のページにまで律儀に「ラガ(チーズ)」と説明書きしてあったので。もう覚えたから大丈夫ですよ。ラガ! チーズ! チーズ!(すっかり刷り込まれている)
(2008.8.14)

「夢の守り人」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   夢の守り人 (新潮文庫)


バルサは青霧山脈の中で追われていた歌い手の青年ユグノを助けた。その声は歌好きのリー<木霊>にみそめられるほど美しく、不思議な力をもっていた。
 その頃、バルサの友人であるタンダは村に住む兄の家を訪ねていた。姪のカヤが眠ったまま目を覚まさなくなってしまったというのだ。それが魂が抜けてしまったためだと気づいたタンダは師トロガイに相談する。しかも、こうなったのはカヤだけではない。この新ヨゴ皇国の一ノ妃も眠りから覚めないらしい。タンダの話に、トロガイは若かりし日の不思議な体験を思い出した。

 種が芽吹いて世界がはじまり、人の夢を糧に育った花が散る時に世界は消える――儚さを感じる世界観はなんとなく東洋的。洋物のファンタジーとは違う、確かに日本発のファンタジーだな、と思いました。

 タンダが好きなので、活躍が嬉しいです。
 悲しみと絶望から夢へと逃げ込み、帰る希望を失った人々。その中で再会したチャグムを励まし、希望を託して元の世界に送り返す――タンダ、強いです。バルサとは違う、もっとしなやかな力を持っているのだな、と思いました。トロガイの言葉はうまい言い方だ。

「バルサとお前は決定的に違うところがあるんだよ。あいつは、いつも自分の人生を、いまいるところまでだと思ってる。さきを夢見ていないから、命を賭ける瞬間の思いきりが違う。でも、おまえはそうじゃない。このさきの人生を楽しみにしているだろう? お前が命を賭けるのは、こうせねばならぬからという信念のためだ」

 タンダとバルサの間にある信頼感、互いを思い出すときの優しい心情がいいなあ、と思います。

 そして。その二人の、血のつながらない子といってもよさそうなチャグムの成長ぶりも嬉しかったです。
 自ら決めて宮に帰ったものの、やはり帝になどなりたくはない。思い出されるのはバルサたちとすごした日々ばかり――そんな気弱さから夢の中にとらわれてしまう。
 ここでも、チャグムが自分の居場所に帰ろうと思うのは……タンダの言葉とバルサの生き方なんですよねえ。親父の背中、じゃなくてバルサの背中。目覚めたあとのチャグムの頑張りには手に汗を握りました。

 バルサ、タンダ、チャグム、そしてトロガイ。擬似家族の彼らが結んだ絆の強さが物語のあちこちで感じられました。
(2008.9.4)

「虚空の旅人」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   虚空の旅人 (新潮文庫)


新王即位の儀に招かれて、チャグムは相談役のシュガとともに海辺の国・サンガル王国を訪れた。周辺の島々と姻戚関係によってゆるやかに結ばれているこの国で、チャグムは不思議な出来事と行き合った。海の底の異界ナユーグルの民が、一人の少女を介して地上の世界を見ているという。ナユーグルとは、かつてチャグムが目にしたナユグと同じ世界のことなのか。そして、その頃南の海ではある異変が起こりつつあった。

 チャグムが主人公。バルサがいないのが少し寂しいけれど、この物語世界は実は少年チャグムの視点の方がすなおに楽しめる気がします。何故だろう? 今回は南国が舞台。いろんな国の違いがあざやかに見えて、楽しくなってきました。

 今回はチャグムに同年輩の友人ができそうなのが嬉しいです。バルサが教えたことが彼の身となり、助けとなっているのだなあ。やっぱりバルサの背中で育つ?
「穢れない皇太子」の立場でありながら、「精霊〜」で庶民の暮らしもよく知ることになったチャグムは新ヨゴ皇国に風穴を開けるのか? どうやら、外交手腕もありそうで、先行き楽しみな少年です。

 ちょっと、物足りないのはサンガル独特の国の成り立ちについて。
 女たちの結束が国の要、というのは面白いのですが、ここまで結束しているとそもそも姻戚関係による島と王家とのつながりというのは成り立たないのでは? たまたま居合わせた各国代表がサンガルの内紛解決に協力、というのも無理がある気がします。

 でも、チャグムの姿が爽やかで、じゅうぶん楽しかったです。

「国を守るためでもなく、金のためでもなく、わたしというたったひとりの小さな命を、おのが命をすてても守ろうとしてくれる人がいなかったら、わたしはここにこうしていなかったのだ」

 シュガを動かしたのは、チャグムの権威でも賢さだけでもない。経験したことを受けとめて自分の身にしている、こののびやかさなのだろうな、と思いました。
(2009.8.12)

 

「神の守り人  上」「下」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   神の守り人〈上〉来訪編 (新潮文庫)

   神の守り人〈下〉帰還編 (新潮文庫)


薬草市を訪れたバルサとタンダは、人買い商人に連れられたタルの民の幼い兄妹と出会った。何者かに命を狙われていた子供たちを助けたバルサは、追っ手の意図もわからないまま妹アスラを連れて逃亡する。そして、タンダは兄チキサとともに捕らわれ、そこでロタ王国やタルの民にまつわる伝説を聞く。

 下巻を読むのが先になりそうなので、上巻の覚書として書いておきます。

 シンタダン牢城の酸鼻極める序章から、一転してバルサとタンダのまったりした(少なくともタンダはね)薬草買出しの小旅行。このギャップが何となく好きです。
 売られていく兄妹を助け出し、山野をいく逃避行の章は緊張感がありました。追っ手をかわすために人の痕跡を残さず、自分とアスラの体力を考え、追っ手との距離をはかって駆け引きをする――バルサの生い立ちの厳しさ、成長の過程で身につけてきたことが次々に目に見えてくるようなエピソードでした。

 ロタ王国の内情も面白いです。
 豊かな南部の氏族たちはさらなる発展を求めて、貿易港開港を王に求めている。しかし、それが近隣サンガル王国との関係を損ない、何より南のタルシュ帝国が侵攻してくる足掛かりとなることを懸念して反対する者がいる。他方で、土地の貧しいロタの北部は食うや食わずの生活にあえいでいる。
 それぞれの事情や主張を聞きながらロタをまとめていこうとする王と王弟イーハンの絆の強さに、温かい気持ちになりました。何にせよ、私は出来のいい兄とやんちゃな弟という設定がツボなのだわ、とあらためて思いました(笑)

 ロタ人、タルの民、カシャル、という古い縁を持つ人々の話は――伏せておきますが――ここだけ別の神話物語を聞くようで面白かったです。ただ、少し納得がいかないところもあります。だって、そんな風に手を結べるのなら、そもそも互いの将来をそれほど怖れる必要はないのでは? と。

 もうひとつ印象的だったのは、アスラとタルハマヤについて。
 アスラ自身もタルハマヤ神の力がどれだけ強く、血なまぐさいものか、よくわかっていない。彼女は自分に宿るカミサマを頼って信じている。しかし、

 カミサマに縋って人を殺すのはいやだった。人を殺すことを願ってしまったら、カミサマを信じる清らかな思いが穢れてしまうような気がした。

 アスラは事の真相を理解していない。にも関わらず、彼女自身の中から生まれた思いがタルハマヤの暴走を留めている、そんな感じがしました。

 この作者さんの語ることには、根っこに人間性善説がある気がします。正直、甘いねえ、と思うこともありますが(児童文学なのだから腹黒では困りますが)……でも、やっぱり安心して読めるところが好きです。

(以下、下巻を読んで追記)

 タルハマヤの力を持つことに疑問を捨てきれないながらも、誇らしく思うアスラ。 彼女を見ながら、「命を助けるだけでは、この子を救えない」と気づくバルサ。
 力を持つのは悪いことなのか? 良い人が良く使えばいいのではないのか? 複雑な思いを抱え込みながら、アスラたちはシハナが思い描く計画の中にからめとられていく。

 アスラの命だけではなく、生き方をも案じて語りかけ続けるバルサの言葉がよかったです。

 あんたは、とても美しかった。見ていたわたしまで、幸せな気分になるくらいに。

 人の死を一瞬でも気持ちいいと思ったとき、わたしは、どんな顔をしていたんだろうね。

 一番良いものと悪いものを示し、自分自身の経験による言葉でしか語らず、本当に大切なこと少しだけを何度も繰り返して伝え、それ以上は望まない。
 アスラのことに限らず、これはバルサの生き方そのものなんだなあと思いました。

 一方のシハナは、バルサとは物事の捉え方がまったく違う。
 常に結果を得ることを望み、そのための手段を選ばず、全体を見ていて、人の姿は盤上の駒にすぎない。シハナ自身すら駒と捉えているようなところが、突き抜けていて面白い。

 どちらがより幸福とも良いともいえない生き方をしている、二人のその後が気になります。多分、シリーズは続きますよね? イーハン殿下、好きなので、またロタ王国の話を読みたいです。王国内の問題だって未解決ですし。

 かなり堪能しました。楽しかった!
 ただ、バルサは好きですけど、タルハマヤ神についてアスラに話していた言葉には馴染めない。「よい人を救って、悪人を罰してくれる神には会ったことがない」というのはかなり絶望的な世界観だと思うのです。
 人間の中にしか望みがない、というのも考え方のひとつとは思います。でも、「心の清い人がサーダ・タルハマヤになればいいのか、否か」――こんな難しい問いを投げかけられ、その流れでラストシーンを読むと、あの……その結論で十分なんでしょうか? いや、間違ってはいないけど、それだけでいいんでしょうか? ううむ。何となく馴染めないのでありました。

(2010.1.26)

 

「蒼路の旅人」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   蒼路の旅人 (新潮文庫)


チャグムが15の年、南のタルシュ帝国は新ヨゴ皇国のある大陸へと勢力を広げつつあった。皇国はサンガルの要請にこたえて援軍の船団を送り出したものの、途中罠に陥り、チャグムは捕らえられてしまう。チャグムはタルシュの密偵ヒュウゴの船で航海しながら戦の現実を目の当たりにし、自身と故国の運命を切り拓こうとする。

 この一冊だけ読むと地味ですが、シリーズ全体のクライマックスと収束へ向けて、物語が大きく動き始める巻のようです。「ここで終わるか!」と頭をかきむしるような状態になっております。

 父帝との対立、宮廷内の派閥争いの中、チャグムが成長するほどに居場所が無くなっていくのは既にわかっていたことだったのかも。チャグムは数少ない、信頼できる人々と別れて、文字通り身ひとつで南の異国に放り出されてしまう。少年が何も望んでいないし、望めるとも思っていないところが痛々しい。祖父とともに船の上で夜空を見上げる場面は、これまで読んだ中で一番切なく美しかった。

 そして物語が進むにつれて、チャグムの感傷的ではあるけれど、そこに浸って溺れてしまわない強さが表に現れてくるところがよかったです。男の子が育っていくのはこんなものかねえ、と母は嬉しいですよ(笑)。

 物足りなさもあります。ヒュウゴの働きがよくわからないなあ、とか。冷徹で現実主義らしいラウル王子がチャグムの出した結論をそう簡単に納得するだろうか、とか。
 サンガルよりも新ヨゴ皇国よりも、はるかに大きな力をそなえたタルシュ帝国の姿があらわになってくると、チャグムが選びうる道も次第に少なく、狭いものになっていく。これをどうやって切り抜けていくのか。

 次の三部作が楽しみです。文庫になるのを待っていたら何年先になるか、わかりませんね。どうするか考えよう。
(2010.9.20)

 

「天と地の守り人 1〜3」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)

   天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編 (新潮文庫)

   天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)


タルシュ帝国の手が迫りくる今、北大陸の国では将軍や貴族、密偵たちが動き始めていた。行方不明のチャグムを探し続けるバルサは密偵ヒュウゴと知り合い、チャグムへの伝言を託される――「カンバルとロタの同盟を実現させろ」。たくさんの人々が危機に立ち向かおうとしていた、その一方で、異界<ナユグ>にも大きな変化が起こりつつあった。


 「蒼路〜」の最後の場面にのたうっていたので、文庫化まで待っていられずに図書館で借りてきました。ごめんね、子供たちよ。おばさんが児童書を借りちゃって。

 一部はひたすらにチャグムを探すバルサの旅。その間にも、各国それぞれの内側で変化が起こっています。
 タルシュ帝国の兄弟が権力争いをしていることは「蒼路〜」でもちらりと触れられていましたが。新ヨゴ皇国の宮廷にも、タルシュの枝国となることを考える人物がいるし、ロタでは以前からの南北勢力の溝が表面化しはじめた。カンバルもまた軍勢を出すことを考えはじめている――と、不穏な空気が渦を巻く大陸をバルサは旅していきます。

 彼女の脳裏に浮ぶチャグムはいつも幼くて、でも凛としたところのある少年。これを読むだけでもう母(誰?)は切ないですねえ。ですが、実際は何年も顔を見ないうちにいつしか立派な青年に成長していました。
 ヒュウゴの助言は、故国を思うチャグムにとってある意味で大きな支えとなり、また同時にとんでもなく辛い、重いものを負わせることになります。
 カンバルとロタの同盟が成功したら、その先頭にチャグムが立つことになる。

 異国の兵たちに、新ヨゴ皇国のために戦えと、敵の矢に、剣にその身をさらせと命じるんだ。

 心根のやさしいチャグムにそれができるのか。どちらに転んでも、皇太子という立場にすれば非常な苦しみになるのですから。イーハンが言うとおり、チャグムは優しい。でも、ヒュウゴが見抜いたように強さももっている。

 ふしぎなお方だ。どこかで折れてしまいそうに見えて、折れない。心の底にしたたかなものを持っておられる。

 イーハンは王族としてチャグムを見るから、優しすぎると見るし、ヒュウゴはまた別のチャグムを見ているのでしょうね。カンバル王の説得を試みる姿もまた新たな一面を感じさせて印象的でした。

 3冊読んでみると、国という機構の中でさまざまな生き方をする人々の姿が細やかに描かれていて、読み応えありました。ラウル王子然り、タンダ然り、草兵として死んでいった無数の人々然り。いずれにも、それぞれの幸福と苦しみがあるのだ、としみじみしました。
 そして、こんなこの世の清濁を知っているチャグムの未来にあるもの、国の片隅でひっそりと生きているバルサの幸せはどうなるんだろう。そう考えずにはいられなかったので、ラストシーンにはほっと心温まりました。

 これで、シリーズ完結、なのかな。さびしいので、また読み返してみようと思います。
(2011.3.3)

 

「流れ行く者 ―守り人短編集― 新潮文庫
上橋菜穂子 著

   流れ行く者: 守り人短編集 (新潮文庫)


陰謀に巻き込まれ父を殺された少女バルサ。親友の娘である彼女を託され、用心棒に身をやつした男ジグロ。故郷を捨て追っ手から逃れ流れ行くふたりは、定まった日常の中では生きられぬ、様々な境遇の人々と出会う。幼いタンダとの明るい日々、賭事師の老女との出会い、そして、初めて己の命を短槍に託す死闘の一瞬。孤独と哀切と、温もりに彩られた、バルサ十代の日々を描く短編集。

 子ども時代のバルサとタンダ、その周囲の人々を描いた短編集。守り人シリーズの外伝のような一冊ですが、本編に劣らぬ魅力でした。

「浮き籾」
 村人からはぐれ者扱いされていた「髭のおんちゃん」オンザの死後、少年タンダの村では不吉な出来事が続いていた。大人たちはオンザの祟りだと言うけれど、タンダはあの陽気だったオンザがそんなことをするとは思えない、とバルサに相談する。


 タンダの村の暮らしが細やかに描かれていて、いつまでも読んでいたくなるようなお話でした。巻末の解説でもふれられていますが、こういう「当たり前の」「普通の」暮らしを描くからこそ、浮かれ者のオンザの孤独が迫ってくるのだと思います。


「ラフラ <賭事師>」
 バルサは養父ジグロに連れられて酒場に滞在するうちに名物人のラフラ(賭事師)のアズノと知り合い、賭博の手や賭け事にまつわる様々なことを教わった。ある日、バルサはアズノの名勝負に立ち会う機会を得る。


 一番、印象的だったお話です。本編の戦闘場面ではバルサの短槍の腕前とともに引き上手、あるいは身を切らせて骨を断つといった駆け引きのうまさも描かれていましたが、その源がここだったのだな、とわかるような物語でした。

 長年かけて楽しむロトイ・ススットの設定も面白い。兵士、商人や芸人などのコマを使って領土を広げたり、金を稼ぐ。ゲームの経過を記録して、何年もかけて勝負する――人生ゲームとチェスの合体版みたいなものでしょうか。
 領主・ターカヌとアズノは長年のススット仲間だが、この年の勝負で領主は引退する。代わりに孫のサロームと勝負して欲しい、そして名勝負なのだから公開競技にして金も掛けよう、というターカヌの言葉にアズノは衝撃を受けるのでした。

 バルサは無邪気にアズノを応援しますが、彼女には複雑な思いがありました。賭事師としては勝負に負けられない、しかし、勝ちたいとも思わない。何故なら――。
 ラフラにとっては、賭のからまないターカヌとの勝負がもっとも充実感を感じるものだったのでは? しかし、裕福で育ちのいいターカヌと一介の賭事師を隔てるものは、ラフラが思っていたよりも大きかったのかもしれない。やるせない思いになるお話でした。


「流れ行く者」
 ジグロに連れられて隊商の護衛に加わるバルサ。しかし、雇い主と護衛士たちの間の溝が隊商を危険に陥れる。


 「ラフラ」とおなじく、命をはって生きてきた名もない人の人生に想いを馳せる作品。後半が意外なので感想が書きづらいのですが、バルサが身をおく護衛士の世界の厳しさと悲しさが伝わってきました。


「寒のふるまい」
 冬の最中、山里の動物に食べ物をわけてやる、という、タンダの村の風習を書いた掌編。


 少年タンダの優しさが伝わる作品。他の3編がどこか寂しげな雰囲気なので、バルサとの再会につながるラストシーンの明るさにほっとしました。

(2014.3.2)

 

「炎路を行く者」 新潮文庫
上橋菜穂子 著

  炎路を行く者: 守り人作品集 (新潮文庫)


『蒼路の旅人』、『天と地の守り人』で暗躍したタルシュ帝国の密偵、ヒュウゴ。彼は何故、祖国を滅ぼし家族を奪った国に仕えるのか。謎多きヒュウゴの少年時代を描いた「炎路の旅人」。そしてバルサは、養父と共に旅を続けるなか、何故、女用心棒として生きる道を選んだのか。過酷な少女時代を描いた「十五の我には」―やがてチャグム皇子と出会う二人の十代の頃の物語2編。

 「蒼路〜」に登場した謎めいた男ヒュウゴの若き日の物語。
 タルシュ帝国に併合されたヨゴ国の人間でありながらタルシュに仕えるという、複雑な身の上となった理由が描かれていました。

 父の跡を継いで王の親衛隊<王の盾>となるはずが、国は滅び、家族全員がタルシュ兵に殺されてしまった少年ヒュウゴ。下町の少女リュアンに匿われてあらたな生活を始めるが、「なんのために生きるか」という目標は見失ったままだった。ある日、ヒュウゴは枝国兵オウル・ザンという男と知り合った。ヒュウゴと同じように自分の故郷を帝国に飲み込まれた男はタルシュ帝国上層部の複雑な事情を語る。ヒュウゴはこれまでとは違う目で国、貴族、故郷というものを見つめるようになる――。

 市井の人々の姿も温かく描かれています。何もできない貴族の少年に生計を立てるすべを教えてくれた人、朴訥ながらもヒュウゴに人に恥じることのない生き方を示してくれた人たち。ある意味、国が滅んでも彼らが生き残っていたからこそ、ヒュウゴは命を救われたわけで。なんという皮肉なんだろうなと思う。
 しかし、王と国のために働くことが望みであった名門の跡取り息子がそれですむわけもない。下町の暮らしに馴染むにしたがい、かえって満足しきれない気持ちがくっきり際立っていくのです。

 また、「蒼路〜」で語ったさまざまな言葉のうらにはこんな思いがあったのかと考えました。ヒュウゴはチャグムに何をみていたんでしょうね。自分が仕えるはずだった聖なる血筋の貴人か、あるいは故郷のために命をかけようとする過去の自分を重ねていたのか。あちらもまた読み直したくなりました。

 もう一篇は少女時代のバルサの物語。本編(といっていいのかな)の強くて隙のない短槍遣いとはずいぶん違います。
 用心棒としての経験を積みつつあり、でも当然養父のジグロにはまだまだかなわないバルサ。自分の力不足に苛立ったり、ジグロからの自立を模索するところは十代の少女らしい。短槍片手にですけど(笑)
 血のつながりのない、運命でつなぎ合わされた仮の親子という関係ですが、そこには本当の親子に劣らない愛情と信頼関係がある。こうやって信じる人がいたことがあの厳しく優しいバルサをつくったんだな、とわかる短編でした。
(2017.2.1)


「バルサの食卓」 新潮文庫
上橋菜穂子 / チーム北海道 著

   バルサの食卓 (新潮文庫)


「守り人シリーズ」他に書かれた料理のレシピ集&ひとことエッセイ。

 買っちゃいました。本編、まだ読んでないのもあるんですが。

 肉料理、お茶、パン(風)、お菓子、と盛りだくさんです。写真も美しい。でも、盛り付けはちょっと上品すぎるかもしれません。私が「精霊〜」で「うなどん?」と思っていたのは、照焼丼ですね。
 冬向きのメニューが多いので、今すぐ作ってみる気にはなりませんが、「魚と果物の和え物」は涼しげです。

 他に食べてみたいな、と思ったのは、バム(無発酵パン)、ロッソ(里芋コロッケ)、タンダの山菜鍋(←最高!)。

 ちなみに、帯には「ノギ屋の弁当風鳥飯」の材料だけ載ってまして……ええ、即買いしてしまいました。新刊書の帯の威力おそるべしです。
(2009.8.12)

  


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