10へ ← 読書記録 → 12へ

現代小説 11

 

「最高の子 ―牛小屋と僕と大統領―」 講談社文庫
ゲイリー・シュミット 著  上野元美 訳

   最高の子 牛小屋と僕と大統領 (講談社文庫)


原題「First Boy」。牛の乳搾りや畑仕事を手伝いながら学校に通うクーパーは、祖父と二人住まい。生活は楽ではないが、友人たちに支えられて暮らしていた。だが、祖父の急死後、「両親の名前」が修整された出生記録が見つかる。翌日現れた上院議員はクーパーが大統領の隠し子だと主張するが。政争に巻き込まれた十四歳の冒険。

 偶然に任せて手に取ったアメリカ現代小説。たまにはこんな読書もいい。

「おまえはなにより大切な子だよ。クーパー、最高の子だ」

 普段は寡黙な祖父がこんな言葉を残して急死した。ただただ実直に働いてきた祖父の残した農場をクーパーは一人でやっていこうと決意します。
 しかし、二人でしていた仕事を一人でこなすのは無理がある。しかも学校へも行かねばならず、14では車の運転もままならない。このままでは身寄りのない未成年として保護施設へ行かなければならない。
ですが、クーパーは祖父とともに働いて身についた農夫としての経験を捨てて、他の何かをしようとは考えられません。
 世間を納得させるには小さな経験だけれど、14才にしては大きな経験を積んでいる少年がこれからどうやって生きていくのか――物語の世界に引き込まれました。

 肉親の死にとまどい、悩む彼の身の周りで空き巣、放火と不審な出来事が次々に起こります。そして、ニューハンプシャー州での大統領選予備選挙の熾烈な戦いの余波がのどかな町と彼の生活に入り込んでくるのです。

 あとがきにも書かれているように、アメリカというと都会の風景や陽気な気風ばかりが思い浮かびますが、クーパーの祖父母やご近所さんのように、余計なことをしゃべらず、目先のことに惑わされないよう心がけ、日々の仕事をこなして一生を過ごす人たちがいる。ちょっと昔の日本と似ている気がして不思議なかんじ。
 物語の時代を特定できませんが、マーク・トウェインが描いたアメリカの田舎の生活風景とさほどく変わらないように見えるのも面白いですね。

 副題になっている「牛小屋と僕と大統領」。これがクーパーの世界のすべてであり、ニューハンプシャー州の小さな町の外のことにはクーパーは興味がありません。でも、これだけでも生きていくのに十分な充足がある、と語りかけるような本でした。

(2014.7.22)


「極北クレイマー」 朝日文庫
海堂尊 著

   新装版 極北クレイマー (朝日文庫)


 財政破綻にあえぐ極北市。赤字5つ星の極北市民病院に、非常勤外科医の今中がやってきた。院長と事務長の対立、不衛生でカルテ管理もずさん、謎めいた医療事故、女性ジャーナリストの野心、病院閉鎖の危機…。はたして今中は桃色眼鏡の派遣女医・姫宮と手を組んで、医療崩壊の現場を再生できるのか。

 「極北ラプソディ」の前の話が気になって読みました。こちらの方が格段に面白かったです。極北市民病院の実態が誇張しすぎの感もありますが、そこに放り込まれて右往左往する今中の奮闘は妙に現実味を帯びて描かれています。また、問題を今中当人ではなくハケン医師の姫宮やたまたま人間ドックに訪れた市長のわがままが解決するというのも皮肉が利いています。

 しかし後半では、過去の手術での死亡事故が医療現場からは遠い官僚社会の理屈であっというまに医療ミスに仕立て上げられていく。そこでは、医師の良心も、妻の死の真実を求める遺族の願いも砂粒のように飲み込まれてすりつぶされていくばかり。腹立たしく、やるせない思いをしました。

 終盤の世良の演説(?)では、医療崩壊の原因が関係者や官僚の利権争いと保身だけではなく、マスコミが扇動する無名の多数である患者にも一因がある、と語られています。小説とは違って現実はもっと複雑だとは思いますが、頷くところも多いと感じます。
 お産は病気ではないから命の危険はない――それは医療の進歩の結果、治癒の確率が高まっただけで保証されるものではないのに、多くの患者がそこを考え違いして医療ミスに結びつける。それを恐れて、産科を志す医師が減る、産科が無くなる――双方にとって不幸な事態となってしまっている(これを「クレーム」と書名につけてしまう著者の感覚には首を傾げたくはなりますが)。
 私は「善きサマリア人の法」が早く日本でも整えられて欲しいと思うし、医師の仕事をもっと細分化して別の職業として確立する試みを医療界みずから進めて欲しいと願っているのです。

 閑話休題、姫宮の活躍がけっこう爽快でした。南雲医師や西園寺さやかの役割はたいしてドラマティックとも私は思わないので、正攻法で医療ドラマを楽しませて欲しいです。
(2015.8.31)


「極北ラプソディ」 朝日文庫
海堂尊 著

   極北ラプソディ (朝日文庫)


 財政破綻した極北市の市民病院。再建を図る新院長・世良は、人員削減や救急診療の委託を断行、非常勤医の今中に“将軍”速水が仕切る雪見市の救命救急センターへの出向を指示する。崩壊寸前の地域医療はドクターヘリで救えるか?

 財政破綻した北海道の極北市の市民病院に勤める医師・今中。医師はたった二人で、限られた予算の中では救急搬送を受け入れ停止するしかない現状。経営の立 て直しをはかる病院長・世良の采配で、今中は隣接する雪見市の救急センターへ出向することに。そこでは速水医師によってドクター・ヘリが導入されており、 今中は極北市とはまったく異なる地域医療現場を目にすることになった――。

 「極北クレイマー」の続編にあたるようですが、間違えてこちらから読んでしまいました。「ブラック・ペアン」で新米医師だった世良が病院長に出世(というか左遷なのか?)して再登場しています。
 相変わらずテンポよい文章で、地方の医療事情、医療費の高騰の原因は何か、など現在の医療が抱える問題を簡潔に説明してます。この著者の本を数冊読んで「これは小説の体を借りた主張文」と割り切って読むのにも慣れました。

 特に印象的だったのは、治療代の踏み倒しや救急車をタクシーがわりに使うといった患者側の問題。また、医師の長時間勤務や病院の偏在など、体制側の問題も。また、病院長が手術道具の値段を気に病むのと、必要なのかわからない薬を山のように飲まされる患者の対比にも皮肉を感じました。一言で括るわけにはいかないのだけど、権力から遠い、弱い立場の人間が苦労させられている感がある。現状打開の道を探そうとすると、やはり政治に寄っていくしかないらしい。そんな話の流れのなかでオホーツクの小島でのエピソードにはほっとする温かさがありました。

 でも、「これは主張」とわかっていながら、それでも小説としての物足りなさが最後までついて回りました。
 ぼんやり系の今中に著者が途中で飽きてしまったのがはっきり伝わってきて、物語の途中で感情移入できなくなってしまった。そして、またこの物語でも、医療従事者ばかりで世界が動くのには少々辟易したのでした。
 医師は周囲の善意に守られているのかも、と殊勝げですが、今頃気づいたのかという気もする。パイロットの大月や越川からみたドクターヘリの可能性についても読みたかったです。
(2015.8.22)


「秘密。 私と私のあいだの十二話」 メディアファクトリー

   秘密。―私と私のあいだの十二話 (ダ・ヴィンチ・ブックス)


レコードのA面・B面のように、ひとつのストーリーを2人の別主人公の視点で綴った短編12編。たとえば、宅配便の荷物を届けた男と受け取った男の扉をはさんだ悲喜こもごも、バーで出会った初対面の男女、それぞれに願いを叶え合おうといった男の思惑、応えた女の思惑など。出来事や出会いが立場の違い、状況の違いでどう受けとめられるのか、言葉と言葉の裏にあるものが描かれた不思議な一冊。

ご不在票 Out side / ご不在票 Inside 吉田修一
彼女の彼の特別な日 / 彼の彼女の特別な日 森絵都
ニラタマA / ニラタマB 佐藤正午
震度四の秘密―男 / 震度四の秘密―男 有栖川有栖
電話アーティストの甥 / 電話アーティストの恋人 小川洋子
別荘地の犬 A-side / 別荘地の犬 B-side 篠田節子
ユキ / ヒロコ 唯川恵
黒電話A / 黒電話B 堀江敏幸
百合子姫 / 怪奇毒吐き女
ライフ・システムエンジニア編 / ライフ・ミッドフィルダー編 伊坂幸太郎
お江戸に咲いた
灼熱の花 / ダーリンは演技派 三浦しをん
監視者 私 / 被監視者 僕 阿部和重



 日常のひと場面を異なる二つの視点から描いた掌編集。二編で一作になっています。こういう設定の本、面白くて好きです。電話が小道具の作品が多いのは、それも条件のひとつだったのでしょうか。
 ひとつの事象をめぐる心情の違い、ひとつの心情をめぐる事象の違い、理由と結果、夢と現――こんなにも違うものが隣り合わせにあるのか、というような驚きが詰め込まれています。

 特に印象的だったのは「電話アーティスト」。電話をはさんで通話口の両方にいる会ったこともない二人のことだけではなく、物語が時間軸をも飛び越えるような感覚が面白かったです。
(2014.9.11)


「富士山頂」 文春文庫
新田次郎 著

   富士山頂 (文春文庫)


富士山頂に世界一の気象レーダーを建設せよ。昭和38年、気象庁の元に始動した一大事業。測量課の葛木を始め、その任務を受けた男達は、熾烈な入札競争、霞が関の攻防、暴風雨が吹き荒れる3776mの苛烈な現場と闘いながらも完成に向け邁進してゆく。

 東京オリンピック直前の昭和38、39年にかけて富士山頂に設置された大型気象レーダーをめぐる小説。気象庁に勤めた著者の体験をもとに書かれています。

 前半は主人公・葛木の予算獲得から業者選定までの奮闘が書かれています。戦う相手は役所の権威主義、杓子定規、居並ぶ押印欄。こんな融通のきかなさでは現実には何も進まないから、賄賂や口利きが幅をきかすようになるのかも、とも思った。お役所と縁がないので却って新鮮でした(笑)

 そして、工事が着工すると、ことは葛木の手を離れてさらに多くのひとによって支えられていきます。このあたりはさらに読み応えありました。
 一年のうち夏しか、しかも好天時しか工事できないという制約。如何に機材を運びあげるかという問題。さらに、運用員にも高山病、登山事故という負担がかかる。それにも関わらず日本一の山の上に世界一のレーダーを設置するという夢が多くの人を動かしていたんですね。

 何事も人の手と足がなければ何も動かない。それは機械化が進んでもかわらない。そして、過酷な状況下ではその計画に意義がなければ、そして、上に立つ人間が実際に体を動かしている人間のことを考えなければ、何も達成されることはないのだと感じました。
(2014.8.16)


「もいちどあなたにあいたいな」 新潮文庫
新井素子 著

   もいちどあなたにあいたいな (新潮文庫)


澪湖は大学三年生。父の妹の和を幼少の頃から母親より慕っていた。その叔母が、最近どこかおかしい。叔母夫婦はようやく恵まれた愛娘を生後五カ月で亡くしていた。それで、精神に変調を来したのだろうか。大きな悲嘆が彼女を壊してしまったのか……澪湖の疑惑は深まるばかり。不安な彼女を支えてくれたのは、オタク青年・木塚くんだった。

 十代の頃はあこがれだった小説家さん。こんな題名の本あったよね、あったっけ、と思って手にとりました(わかります? この気持ち)。近年の作品と同系列のどろどろした家族小説であり、女性の心理小説であり、最後まで読んだらSFでもありました。

 読み終わってしみじみと「この作家さん、変わったな」と感じました。
 一見、昔と同じ文体でずっと書き続けられているために、かえって読み心地の変化が気になる。そして、以前は小気味よく読めた脱線や説明がくどくて辛かった。以下、ネタバレがいやな方は以下ご注意ください。





 和の変化の理由は意外なSFらしい設定で面白く、それを和ではなく澪湖の視点で見る点がユニークだと思います。最初から事の真相へのヒントはちゃんと書かれていて、あとから「ああ、そういうわけでこの文章」と思う訳です。

 それでも、私の好みではなかったのが残念。本当はもっと説得力のある小説になったのではないかと考えてしまう。
 木塚くんの説明は一見論理的だけど、現実にはもっと他の可能性も考えられるので、当然のように結論に流れるのが不満。陽湖の独白は身勝手で、同性から見てもこういうのを女性の葛藤とか言ってほしくないなあ、と思う。
 結局、澪湖だけが和の変化に「いつも」気づく、という具体的なエピソードが書かれていないので、和の言葉がちっとも響いてこないのですよ。

 批判がましくてすみません。これだけ文句を並べつつも1冊さらっと読み切れるのだから、やっぱり才能のある作家さんなのだと思う。
 どうか、()書きの脱線のない、説明を省いた、妊娠のからまない小説を書いて欲しいです。そうしたら、もう一度読みたい、な。
(2015.1.22)


「スウィート・ヒアアフター」 幻冬舎文庫
よしもとばなな 著

   スウィート・ヒアアフター


大きな自動車事故に遭い、腹に棒が刺さりながらも死の淵から生還した小夜子―恋人を事故で喪い、体には力が入らず、魂も抜けてしまった。私が代わりに死ねたらよかったのに、という生き残りの重みを抱えながら暮らしている…。惨劇にあっても消えない“命の輝き”と“日常の力”を描き、私たちの不安で苦しい心を静かに満たす、再生の物語。

 事故に遭い、恋人を失った小夜子がしだいに日常と希望を取り戻していく様子がこまやかに描かれた、優しい物語でした。
 ある時は去った人を接点につながれている人々との交流に支えられ、またある時は去った人をまったく知らない他人の言葉に癒される。そして、自分自身の肉体にも助けられていると気づいた時に、本当の意味で過去から一歩を踏み出せるのだと感じました。自分の体の細胞はある一定期間を過ぎると生まれ変わっている、ということは、何て大きな癒しなのだろう。

 やっと心が体に追いついたとき、私は気づいた。そうか、体ががんばってくれていたのか、だから休めたんだ。体よごめん、悪く言って、雑に扱ってごめん、やはり私は生きているんだ、このすごいしくみのおかげで。


 また、事故の後、小夜子は霊魂を見ることができる能力を得てしまうのですが。それが超常現象ではなく、ごく当たり前のさりげないこととして書かれているのがいいです。死者が日常とかけ離れたものではなく、ほんの少し視野が広がれば見えるものとして描かれていることにも温かさを感じました。
(2015.4.24)


世界の旅2
「SLY(スライ)」
幻冬舎文庫
吉本ばなな 著

   SLY(スライ)―世界の旅 2 (幻冬舎文庫)


友人たちとの夜通しのパーティ。目をさました午後に、清瀬は以前の恋人の喬から彼がHIVポジティブであることを打ち明けられた。生と死へのたぎる想いを 抱えた清瀬をおかまの日出雄が誘う。「旅行に行こうよ、喬を連れて」。行き先は、エジプト。とてつもない絶望から始まる旅で、友情がたどった運命を描く小説。

 喬、日出雄、そして「私」こと清瀬のあたりまえの日常生活を揺るがせたのは、喬のHIV感染の告白だった。突然につきつけられた現実。未来が一瞬にして断ち切られるように感じた三人は、喬の希望でエジプト旅行に出た。

 死なないで、と祈ることは時間を区切ることに他ならなかった。しかし私の仕事は死にゆく人に時間を忘れさせることだった。祈りで全身を固くした私がうろつくことは、その人たちに大きな時計を見せつけているようなものだった。


 冒頭の章のやさしく、やわらかい日の出の風景。それと、エジプト旅行で描かれる壮大で鮮明な日の出や日没の風景が対比されているように感じました。どちらが良いというわけではない。それぞれに別の愛おしさを感じている「私」の視線で読みすすむうちに、何ともいえない幸福感が伝わってくる作品。素朴で力強いイラストも本文の一部分になっているような気がします。

 あらすじを要約すれば、何も起こらず何も変わらない(ほぼ、何も)物語になってしまうのですが。黙って読んで、旅の空気に触れるのが一番いい本だと思います。
(2015.5.15)


世界の旅3
「不倫と南米」
幻冬舎文庫
吉本ばなな 著

   不倫と南米―世界の旅〈3〉 (幻冬舎文庫)


1998年4月27日。それは、亡き祖母にその日に死ぬと予言された日だった。訪れたアルゼンチンで、夫への想いと生を見つめ、残された時を過ごす「最後の日」。生々しく壮絶な南米の自然に、突き動かされる恋を描く「窓の外」など、南米を旅しダイナミックに進化した、ばななワールドの鮮烈小説集。

 アルゼンチンを旅する女たちを主人公にした短編集。私はこの著者の本では日本を舞台にした小説の方が肌に合うし、外国ならイタリアの方が文章と合っていると思うのだけど、でも意外性というか、予定調和に収まらない雰囲気も面白かったです。

好きだったのは、ブエノスアイレスにある小さな街並みのような墓地を歩く主人公が亡き母を思う「小さな闇」。軍事政権下で多数の市民が犠牲になった、そのことを忘れない母親たちの行進を描く「ハチハニー」。結婚に反対された主人公が、義理の姉と気持ちを通わせる様子を書いている「プラタナス」。

 大切なのは食欲ではなくて、気にかける気持ちだった。そういうものを生活から失うと、人はどんどん貪欲になってしまうのだ。あの瞬間を読み違えなくてよかった。


(2015.4.30)


「チエちゃんと私」 文春文庫
よしもとばなな 著

   チエちゃんと私 (文春文庫)


イタリア雑貨の買い付けをしながら一人暮らしをしていた私の家に、七歳下の従妹チエちゃんがやって来た。率直で嘘のないチエちゃんとの少し変わった同居生 活は、ずっと続くかに思われたが…。家族、仕事、恋、お金、欲望。現代を生きる人々にとって大切なテーマがちりばめられた、人生のほんとうの輝きを知るための静謐な物語。

 少し浮世離れして頼りない従妹のチエちゃんと一緒に住むことになったカオリ。世話をする覚悟でいたけれど、実は同居によって救われたのは自分の方かもしれない――。チエちゃんの交通事故の知らせを受けて、そのことに気づいたところから物語が始まります。

 かけがえのない物とはたいてい身近に当たり前のようにあって、「無くなるかもしれない」と気づいた時に初めて見えてくる。そして、日常がどれだけ奇跡的な出会いや偶然にあふれているか、その二つのこと書き綴った小説でした。不変と変化、それを丹念に追うだけでこんなにしっとりとしたお話になるのか、と思いつつ読みました。
(2015.8.29)


「舟を編む」 光文社
三浦しをん 著

   舟を編む (光文社文庫)


玄武書房に勤める馬締光也は営業部では変人として持て余されていたが、新しい辞書『大渡海』編纂メンバーとして辞書編集部に迎えられる。個性的な面々の中 で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていく。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は 完成するのか──。

 リンクは文庫へ。しかし、ハードカバーをお薦めします。その理由は読めばわかるのですが(^^)

 言葉の大海をわたる小さな舟――辞書を編纂する人たちの物語。地道な作業が続く何年、何十年の間には去る人もいれば、やってくる人もいる。彼らのさまざまな思いが辞書には一緒に編み込まれていそうです。

 辞書をつくるとは、掲載する言葉を選び、その意味するものをどこまで表現するかを決める作業。言葉はさまざまな深い意味や背景を持っているのに、ページ数も一単語にさけるスペースも限られている。言ってしまえば、辞書とは不完全なものであることが最初から決められているともいえる。その限界にどこまで食い下がれるか――そこにかける編集者の思いがときに飄々と、あるいは冗談交じりに描かれています。

 まじめ、と体を表す名の馬締(まじめ)とおちゃらけた性格の西岡のコンビが好きでした。

(2015.8.11)


10へ ← 読書記録 → 12へ
inserted by FC2 system