11へ ← 読書記録 → 13へ

現代小説 12

 

「ブレイズメス1990」 講談社文庫
海堂尊 著

   ブレイズメス1990 (講談社文庫)


 カネの亡者?の天才外科医、現る。この世でただ一人しかできない心臓手術のために、モナコには世界中から患者が集ってくる。天才外科医の名前は天城雪彦。 カジノの賭け金を治療費として取り立てる放埒な天城を日本に連れ帰るよう、佐伯教授は世良に極秘のミッションを言い渡す。

 問題作、という感じですね(!)。医者が決して言ってはいけない(と、されている)ことをズバズバと言って一人勝ちの様相で物語を引っ張っていく天城と、それを追いかけねばならない立場になった新米医師の世良の若々しい率直さから目を離せない感じ。
 最先端の心臓手術を成功させることのできる「神の手」を持つ天才医師。その才能を患者のために役立てるにはどういう方法が最も効率的なのか――という観点では、こんな皮肉なストーリーが組み立てられるとわかって驚き。あまりにぶっとんだ展開に、却ってその裏を読みたくなりました。
 天城が治療を賭けにするのも、運というものの力をよくわかっているからかもしれない。また、市場経済の理屈を病院に持ち込もうという点に「(患者のために)カネで買えるものは何でも買ってやる」という意志を読むこともできる……かもしれない。

 綺羅星どころか超新星の威力で弾き飛ばされる存在(花房看護師など)がいることも忘れずに書いているところがソツがないなあ、と思う。ちらりと「バチスタ」の桐生が出てきたのもお楽しみでした。

 スリジエ(桜)の夢がどう花開くのか――続きにあたる「スリジエセンター1991」も読みたいと思います。
(2015.9.18)

 

「スリジエセンター1991」 講談社
海堂尊 著

   スリジエセンター1991


 手術を受けたいなら全財産の半分を差し出せと放言する天才外科医・天城は、東城大学医学部でのスリジエ・ハートセンター設立資金捻出のため、ウエスギ・ モーターズ会長の公開手術を目論む。だが、佐伯教授の急進的な病院改革を危惧する者たちが抵抗勢力として動き始めた。桜宮に永遠に咲き続ける「さくら」を 植えるという天城と世良の夢の行く末は。

 前作「ブレイズメス1990」と直結した内容なので、上下巻にした方がよかったのでは、と感じました。

 さて、前作が華やか、高揚、明快さで彩られていたとすれば、今作は一転、策略と駆け引き、失望であふれていて。その落差に驚き、切なささえ覚えました。そして、その落差の滝つぼの只中に天城と世良がいる――。

 天城の戦略はチェスで、佐伯病院長の策略は将棋になぞらえられているのがうまい。その複雑さの違い、いや、ルールそのものが違うのだ、ということを初盤で示され、先の展開を想像して鳥肌がたちました。
 また、今度ばかりは天城も自分の持てるものを賭けのテーブルに載せざるを得なくなる。所詮は運に翻弄される側のひとりの人間にすぎないことが顕わにされていきます。その中で、世良はむしろ可哀相だったなと思いました。本人は何もできず、天才に振り回されて放り出されただけだったので。

 印象的だったのは、富士見診療所での医師たちの姿。手術の機会はなく技術を失っていく、その中で日々患者と接し続けるというのはどういう気持なのだろうな、と思います。一般的な他の職業でも、同じような立場に立つことは少なくないはず。ひっそりとした診療所で黙々と働く彼らの姿に共感を覚えました。

 この章を読んで、世良というキャラクターがとても好きになりました。極北シリーズに辿りつくまでの、本当の彼自身の戦いを別の本で読めることを期待したいです。「極北〜」でちらりと触れられていましたが、神威島でいったい何かあったんだろう。

 他にも、速水の問題児ぶりは面白かった。もう一度、「ジェネラル〜」も読みなおしてみようかと思います。

 いろいろツッコミどころ(天城の二度の手術準備の甘さ! やめて下さーい。そして世良が庇うほど天城は献身的だとは思わなかったので)はあるものの、印象深く、胸の痛む展開で……。読み応えのある一冊でした。
(2015.9.25)

 

「輝天炎上」 角川書店
海堂尊 著

   輝天炎上 (角川文庫)


 桜宮市の終末医療を担っていた碧翠院桜宮病院の炎上事件から1年後。東城大学の劣等医学生・天馬は課題で「日本の死因究明制度」を調べることに。同級生の冷泉と取材を重ねるうち、制度の矛盾に気づき始める。同じ頃、桜宮一族の生き残りが活動を始めていた。東城大への復讐を果たすために―。天馬は東城大の危機を救えるか。

 東城大学、極北シリーズなど、既刊すべてと繋がるオールスター本(え?)でした。
 前半までは天馬が案内役で頑張りましたが、後半は他の本と同じAi導入をめぐる権力争いになってしまったのが残念。Aiセンターがそんなに「あの」建物と似ているのは無理矢理だし、「ブラックペアン」の種明かしがここでも出てくるのはちょっと興ざめ。全体に不満の多い一冊でした。

 その中で、私的お楽しみは「グズでヘタレの」田口先生の大ボケぶり。
 この著者のシリーズは見るからに頭の切れる人ばかりなので、その中で異彩を放つ田口先生が好きなんです。この人、自分で主役を張るより、他シリーズに顔を出すくらいが魅力的かも。
 あと、この著者は女性キャラクターの書き方がうまくない、と前から思っていたのですが、ちょっと見直したところもありました。ネタばれになるので、誰、とは言えないのですが、勝負どころの相棒を選ぶ視点がうまい。

「仲間が必要になる」
「誰でもいいの?」
「まず、沈着冷静であること」
 泣く泣く、愛しの天馬君を候補から外す。
「そして、機械に強いこと」
 愛しきダーリン、田口先生もここで脱落してしまった。
「それから、口が堅いこと」

 腹黒ダヌキの高階病院長が脱落、ついでに東堂もアウト・オブ・バウンズだ。


 ……リアルだわー(笑)
 いろいろとつっこみどころの多い一冊でしたが、田口先生の活躍しなさぶりが良かった(爆)あとは、天馬がちゃんと医師になれるかどうかが心配です。
(2016.4.30)

 

「医学のたまご」 理論社
海堂 尊 著  イラスト/ヨシタケシンスケ

   医学のたまご (ミステリーYA!)


 僕は曽根崎薫、14歳。歴史はオタクの域に達しているけど、英語は苦手。愛読書はコミック『ドンドコ』。ちょっと要領のいい、ごくフツーの中学生だ。そんな僕が、ひょんなことから「日本一の天才少年」となり、東城大学の医学部で研究をすることに。でも、中学にも通わなくちゃいけないなんて、そりゃないよ……。医学生としての生活は、冷や汗と緊張の連続だ。なのに、しょっぱなからなにやらすごい発見をしてしまった(らしい)。教授は大興奮。研究室は大騒ぎ。しかし、それがすべての始まりだった……。ひょうひょうとした中学生医学生の奮闘ぶりを描く、コミカルで爽やかな医学ミステリー。

 落ちこぼれ気味の中学生なのにテストで偶然全国一位を取ってしまい、医学部に入ることになってしまった薫。アメリカにいるゲーム理論学者のパパに励まされ、大学の分厚い医学書と中学の数学の宿題に苦労しながら、同級生や研究室の桃倉医師、天才高校生の佐々木の助けを借りて難病治療の研究を手伝う。しかし、研究室の横暴で気まぐれな藤田教授が検証不足の論文をネイチャー誌に投稿すると息巻いたことで、事態は思わぬ方向へ……。

「ありえないでしょ!」とツッコミを入れながら楽しみました。論文ってこんな風に作られるんだなあ、と思ったり、藤田教授の徹底した悪役ぶりに心底寒気を覚えたり、中高生向けに書かれたといいつつ大人が読んでも十分楽しめます。(でも、連載していたのが医学専門誌だから中高生は読みませんよね?)

そして、メールのやりとりで毎日の朝食のメニューと一緒に薫にアドヴァイスを送ってくるパパの存在感はすごいですね。「〜とパパは言った」という各章タイトルはなかなか名言です。ちなみにこのタイトルページのイラストが可愛い。

しかし、嘘はいつかばれる。誰も真実からは逃れられない。藤田教授が引き起こした騒動の結末は割り切れない思いがします。

「君はまだ子どもだ。いつも正義が正しいわけじゃない」


 こんな言葉を口にする桃倉の姿が切ないです。ハイパーマンバッカスよりかっこいい。藤田よりもこんなお医者さんこそ居て欲しいです。ところで、この桃倉さんは「極北ラプソディ」に出てきた、桃倉センター長の息子、スキー選手の彼でしょうか?

中学生の薫と、高校生医学者の佐々木が最後に言いたいことを言ってくれて(というか、やりたいことをやってくれて)少しばかり溜飲が下がったのでした。
(2016.5.17)

 

「砂の王国」 上下 講談社文庫
荻原浩 著

   砂の王国(上) (講談社文庫)

   砂の王国(下) (講談社文庫)


 全財産は3円。私はささいなきっかけで大手証券会社勤務からホームレスに転落した。寒さと飢えと人々からの侮蔑。段ボールハウスの設置場所を求め、極貧の日々の中で辿りついた公園で出会った占い師と美形のホームレスが、私に「新興宗教創設計画」を閃かせた。はじき出された社会の隅からの逆襲が始まる。

 元証券マンの山崎は会社から解雇され酒に溺れてホームレスになった。だが、食うや食わずのどん底生活でホームレスの仲村と知りあったことで運命がかわる。山崎は木島と名を変え、僅かな金を元手に辻占い師の龍斎、不思議なカリスマ性を持つ仲村とともに新興宗教団体「大地の会」を設立、社会を見返してやると誓う――。

「サラリーマンには痛くて読めないね」と手に冷や汗握りつつ、あっという間に読み切りました。面白かったです。
 前半のかなりの量を割かれたホームレス編では路上生活の苦しさがみっちりと描かれて息苦しいほど。山崎がひねり出す客引きのコツや「100円で何が買えるか」といった工夫は生々しい。しかし、苦境を切り抜ける彼の工夫がそのまま「大地の会」の運営に活かされて、小気味良くすらあります。

 でも、一番面白かったのは、この工夫が利かなくなった時ではないかと。
 少しばかり会の規模が大きくなり、場違いな野外レイヴに参加したものの客層を読み違えたスピーチは的外れで誰の耳にも届かない。頼みの綱の教祖・大城(仲村)の魅力もここではまったく感じられず――このお手上げ状態からの一発逆転です。
 小手先の細工が利かなくなった時に活路が見えるのはよくあること。切羽詰まった人間の底力というところか。
ともかく、この時から「大地の会」は木島(山崎)の手がなくとも動き、成長しはじめた。後は坂道を転がるように会は巨大化していくのです。

 しかし、新興宗教にはまる心理というのは私はわからないのですが、こんなに簡単に怪しげな言葉を信じてしまうんだろうか。

 そして、物語は意外な結末を迎えます。人は木島が思うよりもずっと鋭く、純粋で、醜くて、真摯だった。それを見抜けなかった木島の甘さが原因だったのかもしれないな、と思いました。
(2016.5.11)

 

「千年樹」 集英社文庫
荻原浩 著

   千年樹 (集英社文庫)


 木はすべてを見ていた――。ある町に、千年の時を生き続ける一本のくすの巨樹があった。千年という長い時間を生き続ける一本の巨樹の生と、その脇で繰り返される人間達の生と死のドラマが、時代を超えて交錯する。

 「砂の王国」が面白かったので、作者おっかけで読んでみました。「砂〜」とは雰囲気はがらりと変わり、一本の楠の木のそばで繰り広げられた人間たちの小さなドラマを編んだ連作短編集。

 好きだったのは、
 城で毒見役を務め、我が儘な藩主の機嫌を損ねたために貧乏くじをひいて切腹させられる下級武士を描いた「蝉鳴くや」。
 孤独な盗賊ハチが、命を奪った女の遺体を母に見立てて世話をする「夜鳴き鳥」。
 そして、死の床にある祖母が大切に仕舞いこんでいた秘密の手紙を見つけたOLのお話「バァバの石段」。

 戦国時代(?)から現代まで時代背景も雰囲気もさまざまな短編群で、夢中になってあっという間に読みきってしまいました。救いようもなく重い話もあれば、じんわり心温まる話もある。同じ人物が別のエピソードに姿を見せることもあれば、二度と登場せず、謎に包まれたまま消えてしまうこともある。長い時を生きる楠の大木から、人間はこんな風に見えるのかもしれない。
(2016.5.21)

 

「誘拐ラプソディー」 双葉文庫
荻原浩 著

   誘拐ラプソディー (双葉文庫)


 伊達秀吉は、金ない家ない女いない、あるのは借金と前科だけのダメ人間。金持ちのガキ・伝助との出会いを「人生一発逆転のチャンス?」とばかりに張り切ったものの、誘拐に成功はなし。警察はおろか、ヤクザやチャイニーズマフィアにまで追われる羽目に。しかも伝助との間に友情まで芽生えてしまう―。はたして、史上最低の誘拐犯・秀吉に明日はあるのか?たっぷり笑えてしみじみ泣ける、最高にキュートな誘拐物語。

 面白かった! この著者の作風って、どれだけ幅広いのか!?

 親の気まぐれで壮大な名をつけられた伊達秀吉だが、今や前科三犯のムショ暮らし経験者、ギャンブル好きで借金とりに追われている。とうとう親方をぶんなぐって仕事をなくし、金も行き場もなくしたが、自殺する勇気もない、小心者の小悪党。そんな時、偶然に裕福な家の一人息子、篠宮伝助、6歳と出会って閃いた――「そうだ、誘拐しよう!」。だが、秀吉は知らなかった。伝助の父親が埼玉一帯を仕切る八岐(やまた)組組長であることを――。

 いきあたりばったりの誘拐犯のはずの秀吉が、その筋の男たちの思い込みで「知能犯」「手練れだ」と勘違いされているのがおかしい。八岐組のドスのきいた男どもや、一本気だがどこか頭の足りない組員たちに笑いがとまりませんでした。
 また、どこか気のいい秀吉が伝助のペースに乗せられておろおろ誘拐する、という場面も。あまりにいいかげんな誘拐計画に(というか、誘拐無計画)どうやったら無事に身代金を受け取れるか、心配ではらはらしました(笑)
 そして、事は組の内部抗争やチャイニーズマフィアとの対立にまで発展し、秀吉の手に負えるものではなくなっていくのです。

 全編ドタバタコメディですが、キャラクターそれぞれが心の奥に優しさや弱さを持っていることがひっそりと書かれていて、実は人情物語でもあります。
 一番印象的だったのは八岐組のナンバーツーである桜田、かな。深く胸に秘めた秘密と組長・篠宮との絆、そしてカタギに戻れない身の上をコミカルに、かつしんみりと語ってくれました。
(2016.6.6)

 

「下町ロケット」 小学館文庫
池井戸潤 著

   下町ロケット (小学館文庫)


 研究者の道をあきらめ、家業の町工場・佃製作所を継いだ佃航平は、製品開発で業績を伸ばしていた。そんなある日、商売敵の大手メーカーから理不尽な特許侵害で訴えられる。創業以来のピンチに、国産ロケットを開発する巨大企業・帝国重工が、佃製作所が有するある部品の特許技術に食指を伸ばしてきた。特許を売れば窮地を脱することができる。だが、その技術には、佃の夢が詰まっていた。

 かなり前に話題になってましたが、ようやく手にしました。
 町工場が技術を切り札に大手メーカーに闘いを挑む! 夢の国産ロケットの打ち上げ! 面白くないはずがない! 私のツボに直球ヒット! ……のはずだったのですが、読み終わって釈然とせず困ってしまいました。上ネタの握り寿司が理想の順番で出て来たのに、おいしくなかった悲しみ、というか(おい)。

 何故、と考えてみて気づいた。物語の中で、技術者たちが成功も失敗もしていないからです。
 苦境らしき場面は誰かの悪意や他者のミスによって事が終ってしまい、最後にロケット打ち上げ成功、と言われてもそれは結果論。結果が大事とはいえ、経過を読めないのでは開発の「成功」の半分しか描かれていないことでは?
 叩き上げの技術者の手は機械に勝る、とそれだけ言われても、まったく胸に響かないのです。このテーマの小説で技術開発が面白く描かれなけば、何を読めばいいの?

 前半で描かれた法廷闘争や金融機関の内部事情はリアルで面白かったのに……と思ったら、著者は元・銀行員なんですね。銀行内部を描いた有名シリーズの方が格段に面白そうです。

 私の好みの問題かもしれませんが。
 金融関係の人にはモノづくり現場がこの程度にしか見えないのだと感じて、非常に悲しい思いでした。自分の得手でない世界を小説の舞台に選ぶなら、もっと勉強して欲しい。町工場へのリスペクトがあるように見えて、実はまったくない作品だと思う。
(2016.5.1)

 

11へ ← 読書記録 → 13へ
inserted by FC2 system