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現代小説 16

   

「さきちゃんたちの夜」 新潮文庫
よしもとばなな 著

  さきちゃんたちの夜 (新潮文庫)


失踪した友人を捜す早紀。祖父母秘伝の豆スープを配る咲。双子の兄を事故で亡くした崎の部屋に転がり込んだ、10歳の姪さき…。いろんな“さきちゃん”に訪れた小さな奇跡が、いまかけがえのないきらめきを放つ。きつい世の中を、前を向いて生きる女の子たちのために。「スポンジ」「鬼っ子」「癒しの豆スープ」「天使」「さきちゃんたちの夜」人生の愛おしさに包み込まれる5編。


 タイトルのとおり、夜が似合う短編集。年齢も性格も暮らしぶりも違う女の子たちは決して急がず、ふてくされず、日々を元気に過ごしている――その姿を読むだけでこちらも優しい気持ちになってしまった。

 善意で振る舞われる豆スープをめぐる話が好きでした。
 こちらの善意が他人にかならず受け入れられるわけではない。わかってはいるけれど、そこに靄のように残る悲しさをすくいとってくれるお話のような気がしました。

 すこし疲れた夜にぱらっとめくるのがいい。短編ばかりというのもひっそりと読み手の気持ちに寄り添うようで素敵だなあ、としみじみしました。
(2018.12.19)

  

「その年の冬」 講談社
立原正秋 著

  その年の冬 (講談社文庫)


京都の茶道家元の妻・直子と、中世芸能史家で劇作家の深津荒太。その運命的な出会いを飾ったのは、清楚な冬の花・水仙の花束だった。箱根湯本の雑木林の中で始まる2人の純粋な愛の日々。真の大人の愛を主題に、死の気配を身近に感じつつ完成に心血を注ぎ、ついに絶筆となった、立原文学最後の華麗な世界。

 リンクは文庫版へ。

 知人に著者推しされて初めて読んでみました。……しかし、選ぶ本を間違った気がするなあ。

 茶道の家元の家に嫁いだものの、愛のない夫婦関係に倦み、家元夫人の務めを果たすだけの人形として日々を過ごす主人公・直子。彼女は息苦しい家から逃れるように訪れた面打ち職人のもとで劇作家の深津と出会い、恋に落ちる。直子は夫を捨てて深津のもとへ赴き、二人は人里離れた庵でひっそりと暮らし始めた――。

 あとがきによれば、著者の絶筆となった作品。後半は病床で書かれたらしく、そう言われれば後半は「あれ?」ととまどう展開が多かったかもしれない。

 前半、家元家の独特のしきたりや観光客の知らない京の山里の風景は味わい深く、しっとりとした言葉遣いに酔うように読み進みました。
 しかし、直子が家を飛び出したものの誰もそれを咎めるでもなく(家元家すら!)、深津と美食に明け暮れる日々が描かれて、これでいいの? という気持ちに。二人がなぜこうも惹かれあったのかわからず、とまどうばかりでした。

 ですが、絶筆と聞けば少々読み方も変わりました。
 雑木林の家では時間の経過が世の中とはずれていて、何曜日にどこへ行き何をする、と予定をたてることすら滑稽に思えてくる。老いて去ろうとする時に、人が何を求めて何に幸せを感じるのか。それは若輩者が思うよりもずっとささやかなものなのかもしれない。

 そんなことを語って聞かせる言葉を、私はまだうまく受け取れないのですが。覚えておいて、いつかまた読んでみたいと思います。
(2020.1.02)

 

「ひぐまのキッチン」 中公文庫
石井睦美 著

  ひぐまのキッチン (中公文庫)


 「ひぐま」こと樋口まりあは23歳。学業優秀だったにもかかわらず、人見知りの性格が災いしてか、就活をことごとく失敗し、冴えない日々を過ごしていた。
 そんなある日、祖母の紹介で、商社の面接を受けることに。そこは、米、粉、砂糖などを扱う、「コメヘン」という小さな食品商社だった。食品商社なら、大学で学んだ応用化学の知識を生かせるのではないかと意気込むまりあだったが、採用はよもやの社長秘書。入社したまりあは、通常の秘書業務に加え、ときに取引相手に、ときに社長の友人に、料理をふるまうことになる――。

 対人関係を築くのが苦手なまりあが、よりによって秘書業務という緊張感。それなのに時々社長のお客様に料理をふるまうという優しくのどかなエピソード――これが混ざり合って不思議な雰囲気でした。

 まりあは勉強はできるのに面接でことごとく不採用になってしまう、素直で真面目、気遣いもできないわけじゃないのに得意ではない――こんな子は身近に居そうだなあ。また、周りの登場人物も個性的で会ってみたいと思わせる魅力がありますね。
 まりあは決して料理が得意ではなかったのに、周囲から何を求められているのか、それに応えられるか、という観点から自分の仕事を覚えていく姿は爽やかです。

 ただ、これは私の一時的な気分の問題かもしれませんが、「これでいいお話」とは思えないどこか複雑なものが残りました。
 新卒社会人の最初の勤務場所――ここで何をどう学ぶかが今後の人生を左右する時期に、まりあが会社のキッチンでオムライスを作る姿になんともわりきれない思いがしたのです。
 オムライスも釜炊きごはんもいいし、アポイントの調整も大切な役目ではあるけれど。本人が楽しいというなら、それでいいのかもしれないけれど。ただ、そのキャリアで、この子は将来どうやってそのお米を買うお金を得られるというのだろう。
 料理を「業務経験」としてしまうお話を手放しで楽しむことはできなかったのでした。
(2020.8.1)

 

「かもめ食堂」 幻冬舎文庫
群ようこ 著

  かもめ食堂


ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」。日本人女性のサチエが店主をつとめるその食堂の看板メニューは、彼女が心をこめて握る「おにぎり」。けれどもお客といえば、日本おたくの青年トンミひとり。ある日そこへ、訳あり気な日本人女性、ミドリとマサコがやってきて、店を手伝うことになり…。普通だけどおかしな人々が織り成す、幸福な物語。

 映画は見たことありまして、あのゆったり、きりっとした雰囲気が懐かしくて原作を手にとりました。
 映画ではあまり深く書かれなかった女性3人の背景がじっくり書かれていてよかった。少々、突拍子もなく感じていたことが少しわかりやすくなりました。

 サチエ、ミドリ、マサコ……それぞれが日本では少し生きづらく、でもフィンランドに行けばそれが解決するわけではない。ただ、彼女らが必要としていたことがヘルシンキにはあった、と細やかに綴られています。

 自分のしたいことは何か、と考えて行動したのはサチエだけですが、あとの二人も自分の生き方と生活を手に入れたいと感じていた点では同じ。そして、それは日本に帰っても得られる、場所の問題ではない、と気づいたことが大事なのです。

 ただ、少し意地の悪い見方になりますが、サチエの宝くじ報酬で実現したかもめ食堂で見つかったところが少しやるせないかな。奇跡がなければ、この物語は成り立たなかったのだから。
 そこが、ぴりっとした冷たさになって物語を魅力的に見せているのだけれど。
(2022.5.9)

 

「美森まんじゃしろのサオリさん」 光文社文庫
小川一水 著

  美森まんじゃしろのサオリさん (光文社文庫)


「まんじゃしろ」に祭られている美森さま。過疎が進む山村、美森町の守り神だ。去年越してきたなんでも屋・岩室猛志と、地元出身の大学生・貫行詐織は、町で起こる事件を解決すべく探偵ユニット〈竿竹室士〉を結成した。事件の数々は、美森さまのお使いが起こしていると言うが、それって本当……?


 過疎化が進む美森町で便利屋を営む青年・猛志と女子大学生・詐織(サオリ)の探偵ユニット『竿竹室士』が地元で起こる不思議な事件の謎解きをする――。

 ミステリーあり、民俗学っぽい味つけあり、若干ラブストーリーありの軽やかでまとまった作品でした(推理要素は少なめだったので現代小説のカテゴリにいれてます)。

 最も惹かれたのはG県美森町……実際は過疎化まっしぐらの“村”の風景。地元の神社である美森卍社(みもりまんじゃしろ)に祀られる神・美森さまのお使いの存在が現代も信じられていて、住民の間でなじんでいる雰囲気がすてきでした。
 昔々、旧来の農民と山間部に暮らす新参者の間の軋轢をとりなす役目だった美森さまが、いまはIターン移住してきた住民や親類の縁でここに暮らすことになった猛志と住民をつないでいる。そう読むとほっこりした気分になります。

 最終章は『竿竹室士』の二人が中心となって美森卍社の祭を復活させよう、住民を巻き込んだイベントにしよう、というお話。
 読み始めは「今風のうすっぺらなイベントになってしまうのでは」と危惧もしたのですが、読み進むにつれて現代の祭りの在り方を考えてみたくなってきました。
 伝統的な衣装や段取りに従うのもいい、観光客を呼んで町おこしにするのもいい――それが地元の人の結束になるなら。逆に、美森さまとそのお使いを受け入れている人たちの工夫なら、新しい衣装でもイベントでもかまわないのかもしれない。
 そこに地元文化についての著者の考え方が窺われるようで面白かったです。

 心地よくまとまった小説でしたけど、ちょっと詐織さんが地に足のついていないキャラクターなのがちょっともったいない。『竿竹室士』の活躍を、もっと推理要素多めで読みたいです。
(2019.2.20)


活版印刷 三日月堂 1
「活版印刷 三日月堂  星たちの栞」
ポプラ文庫
ほしおさなえ 著

  ([ほ]4-1)活版印刷三日月堂 (ポプラ文庫)


川越の街の片隅に佇む印刷所・三日月堂。店主が亡くなり、長らく空き家になっていた三日月堂だが、店主の孫娘・弓子が川越に帰ってきたことで営業を再開する。三日月堂が営むのは昔ながらの活版印刷。活字を拾い、依頼に応じて一枚一枚手作業で言葉を印刷する。そんな三日月堂には色んな悩みを抱えたお客が訪れ、活字と言葉の温かみによって心が解きほぐされていくのだが、弓子もどうやら事情を抱えているようで――。


 諸事情で1巻を最後に読むことになってしまったのですが、これはもったいないことをしたなあ、と心底悔しかったです。どのお話もまさに珠玉、という感じ。変な読み方で変な感想になってしまったのが申し訳ない。弓子がひっそりと手探りで三日月堂をはじめ、すこしずつ仕事の方向をつかんでいく様子が細やかに描かれてました。

 弓子がアルバイト先で知った昔の三日月堂による古いレターセットの話。店を再開するきっかけとなった「世界は森」。
 小さな喫茶店『桐一葉』を継いだもののどんな店になれるのかと悩む青年が、三日月堂との出会いで新しい風を店に呼び込んだ「八月のコースター」。
 そして、そのコースターが縁で、高校の文芸部を教える教師が教え子とともにさまざまな言葉と向き合う「星たちの栞」。
 結婚のために仕事も慣れた生活も捨てなければならないことに戸惑う雪乃。祖母がくれた活字セットと懐かしい思い出について弓子と語り合う「ひとつだけの活字」。

 どのお話も、一話の中にいくつもの異なる物語が息づいているのがすてきでした。


 私が一番印象的だったのは「ひとつだけの活字」。
 活字屋を営んでいた曽祖父から伝わる、ひらがなだけの活字セットを大切に持っている主人公・雪乃。三日月堂は印刷屋だけど、それを支える活字をつくる店や、さらにその文字の母型をつくる人の話にふれられています。本や新聞、伝票、書類――生活を支える『紙もの』をすべて活版印刷で作っていた時代。めまぐるしく動く社会の中枢を職人たちが支えていた、その活気、めまぐるしさ、苦労や誇りに触れられた気がしました。

 そして昔の話だけではなく、古い活字セットがこれからの時代を不安と期待を持って生きていく雪乃の「船出」を飾っていたのが嬉しく、幸せな気持ちで読みおえました。
(2020.1.20)


活版印刷 三日月堂 2
「活版印刷 三日月堂  海からの手紙」
ポプラ文庫
ほしおさなえ 著

  ([ほ]4-2)活版印刷三日月堂: 海からの手紙 (ポプラ文庫)


小さな活版印刷所「三日月堂」には、今日も悩みを抱えたお客がやってくる。物静かな店主・弓子が活字を拾い、丁寧に刷り上げるのは、誰かの忘れていた記憶や、言えなかった想い……。


 町の小さな活版印刷所「三日月堂」を訪れる人々の思い出や夢、希望を描くオムニバス小説。活版のぬくもりのある「文字」が登場人物たちの気持ちに寄り添うエピソードにほっとした気持ちになりました。

 パソコンの文字とも、写植の文字とも違う――忘れがたい存在感がいいのですよね、活版って。ええ、好きです〜(^^)。どのお話もそれぞれ気持ちを掴まれましたが、一番好きだったのは、失恋と挫折で好きだった版画づくりから遠ざかっていた女性が新しい希望を見つける「海からの手紙」。

 そして、小学生の少年・広太が生後数日で亡くなったという姉・あわゆきのために赤ちゃんのファースト名刺を作る、「あわゆき」。
 自分に姉がいたことに驚き、そのことを教えてくれなかった両親に不満だった広太ですが、三日月堂の若い店主・弓子と話すうちに、両親の記憶の中に姉が生きていることとその意味に思い巡らすようになります。
 この世を去っても生きている人たちの間に思い出として残る――そんな姉のためにきれいな名刺をつくろうとする広太のまっすぐな視線がよかった。

 活版って、紙に版を押しつけて文字を残す――言ってみれば紙に言葉を刻むように印刷するんですよね。
 それが、この世から飛び去った子が親の心に残した傷と似ている気がして、しかし痛みとともに美しさを残したことも似ているように思えて胸に残りました。
(2019.11.11)


活版印刷 三日月堂 3
「活版印刷 三日月堂  庭のアルバム」
ポプラ文庫
ほしおさなえ 著

  ([ほ]4-3)活版印刷三日月堂 庭のアルバム (ポプラ文庫)


小さな活版印刷所「三日月堂」には、今日も悩みを抱えたお客がやってくる。店主の弓子が活字を拾い刷り上げるのは、誰かの忘れていた記憶や、言えなかった想い。しかし三日月堂を続けていく中で、弓子自身も考えるところがあり……。


 今回は、これまで人と人をつなぐ綴じ糸のようにひっそりと物語の影に佇んでいた店主の弓子の話が読めました。
 このシリーズでは、活版印刷の持つ味わいやぬくもりにひかれる人々が描かれているけれど、それを「いつまでできるかわからない」「引き継ぐ人がいない仕事」とあっさりと言う弓子の強さにはっとしました。あきらめても不思議ではない状況で細々と働き続ける――どんな職についてもこんな風に感じる時があるのかもしれません。

 また、弓子がイベント会場で知り合った、印刷会社の年配社員のエピソードもよかったです。
 活版というと今は『あたたかい、かすれやにじみも味わい』という見方をすることが多いけれど、よく考えたらコンピューターや写植よりも前の時代には、活版で新聞でも広告でも本でも、あらゆるものを作っていたわけで。そこには『かすれやにじみなんて、単なる失敗』という厳しい視線があった。
 活字で言葉をかたちにして人々に届けた、社会を、文化を支えてきた、という自負が年配職人世代にはあるんですよね。

 時代と世代が違えば、異なる感性がある。どちらが優れているというわけではないけれど、昔ながらの視点に触れられたのがとても心に残りました。
(2019.12.11)


活版印刷 三日月堂 4
「活版印刷 三日月堂  雲の日記帳」
ポプラ文庫
ほしおさなえ 著

  活版印刷三日月堂 雲の日記帳 (ポプラ文庫)


小さな活版印刷所「三日月堂」。店主の弓子が活字を拾い刷り上げるのは、誰かの忘れていた記韻や、言えなかった言葉。仕事を続ける中で、弓子が見つけた「自分の想い」と、「三日月堂の夢」とは。感動の涙が止まらない、大人気シリーズ完結編。


 最終巻とのことで、ちょっと寂しいです。このほんわりと胸にしみる雰囲気が好きなのですが。

 最後の二話では、川越の古書店と三日月堂とのつながりが描かれていました。
 古書店店主の苦しい記憶は、雲日記というコラムを書くことで昇華されていく。そして、その手伝いをする――つまり本を作ることが弓子の進む道となった。
 文章を書くことによって誰かを傷つけることを恐れていた店主の人生が、三日月堂とのつきあいで大きく変わることができたのです。

 店主がこの世界に言葉を残すことを選んだ時から、三日月堂を起点にして一気に人間関係が広がっていく。
 この巻にはプラネタリウムが登場する話も載っていますが、三日月堂によって、本づくりに携わる人々が星座を描くようにつながっていくのが面白い。

 ラストエピソードは少し寂しく、でも忘れがたいぬくもりが残ります。弓子さん自身にとっても申し分ないハッピーエンドとなりました。
(2019.12.26)


活版印刷 三日月堂 5
「活版印刷 三日月堂  空色の冊子」
ポプラ文庫
ほしおさなえ 著

  ([ほ]4−5)活版印刷三日月堂 空色の冊子 (ポプラ文庫)


弓子が幼いころ、初めて活版印刷に触れた思い出。祖父が三日月堂を閉めるときの話……。本編で描かれなかった、三日月堂の「過去」が詰まった番外編。


 シリーズ完結かと思っていたら、番外編がありました。
 三日月堂の店主である弓子の祖父母の話、弓子の学生時代の友人の話と、少し時間が戻っているのですね。
 これまで読んできたお話とお話のすきまを埋めて生まれたような1冊。ですが、そこにも細やかで優しい心遣いがあふれていて、ほっとします。

 特に好きだったのが、頑固な印刷職人である弓子の祖父と、馴染みの笠原紙店の主人の「最後のカレンダー」。三日月堂の閉店が決まり、昔馴染み二人が知恵を出し合ってつくってきたカレンダー製作も今年が最後になる。
 後継者と世の中の「印刷物」の移り変わりはどちらにとってもやるせない問題。だからこそ使う人の心に届くものを作ろうと考えて、選んだ紙の美しさに、読んでいる私もはっとさせられました。仕事仕舞いの美しさとはこういうことかもしれない、と。

 もうひとつは、弓子の昔の音楽仲間である裕美が登場する「ひこうき雲」。主人公の裕美、そしてどうやら著者とも私は年代が近いみたいです。そう、荒井由実なんだよね、松任谷さんじゃないんですよ。冒頭を読んだだけで、ふっと涙をさそわれてしまった。
 人が自分を見守ってくれたように、自分も人を見守ることができる――そう気づくことができる、これは幸せな物語だったと思うのです。しっかりと自分を持っている弓子もすばらしいけれど、流されるように生きてきた裕美をこんな風に優しくあたたかに描いてくれたことに感謝。

 このシリーズで私が好きなのは、さまざまな年代、立場の人を描いているのに、どこにも嘘がないこと。いや、もちろん著者は頑固おやじではないのだから、想像の人物であることは間違いないのですが(^^;)
 それでも、異なる人間それぞれの真実をすくいあげて描いている、誠実な作品だと思うのです。

 もう一冊番外編があるようで嬉しい。夜空の星をつないでいくつでも星座を作れるように、このお話ももっと続いてくれたらいいな、と思ってます。
(2020.9.25)


活版印刷 三日月堂 6
「活版印刷 三日月堂  小さな折り紙」
ポプラ文庫
ほしおさなえ 著

  ([ほ]4−6)活版印刷三日月堂 小さな折り紙 (ポプラ文庫)


小さな活版印刷所「三日月堂」。店主の弓子が活字を拾い刷り上げるのは、誰かの忘れていた記憶や、言えなかった言葉―。三日月堂が軌道に乗り始めた一方で、金子は愛を育み、柚原は人生に悩み……。そして弓子達のその後とは? 三日月堂の「未来」が描かれる番外編。


 番外編の二つめ。前の感想でも書きましたが、星を結んでいくつもの星座をつくるような物語りが合う作品。

 でも、それと同時に「ああ、今回でお別れかな」と感じたりもしました。
 数年後の弓子と家族の姿が描かれた「小さな折り紙」、また他のお話もこれまでの巻とは違う読み心地です。
今回は登場人物たちと一緒に泣き笑い、というよりも、少し離れたところから見守っている感じ。他の巻よりも時間の流れ方が早いせいもあるのかしら。三日月堂の灯を遠くから見ているような懐かしさと寂しさを感じました。

 特に印象に残ったのが「二巡目のワンダーランド」。
 物事には裏側でそれを支えている存在がある。子どもの頃にはわからなかったけれど、大人になって気づく――アミューズメントパークでも活版印刷でも、いや、身の回りのすべてのものにそれに携わる人の「手」があるのですよね。

 こういうささやかな存在への視点はこれまでの巻でも描かれていたけれど、この巻が時間を早回ししたかのような書かれ方だからこそ鮮明に浮き上がってきた感じがしました。

 深夜、暗闇に目が慣れるにしたがって、たくさんの星が見えてくるように。
 普段は気づかない事柄を教えてくれた三日月堂シリーズに感謝、です。
(2021.6.8)

 

菓子屋横丁月光荘 1、2
「歌う家」 「浮草の灯」
ハルキ文庫
ほしおさなえ 著

  菓子屋横丁月光荘 歌う家 (ハルキ文庫 ほ 5-1)

  菓子屋横丁月光荘 浮草の灯 (ハルキ文庫)


家の声が聞こえる――幼い頃から不思議な力を持つ大学院生・遠野守人。縁あって、川越は菓子屋横丁の一角に建つ築七十年の古民家で、住みこみの管理人をすることになった。早くに両親を亡くし、人知れず心に抱くものがある守人だったが、情緒あふれる町の古きよきもの、そこに集う人々の物語にふれ、自分の過去にむきあっていく。


 三日月堂シリーズと同じく埼玉県川越が舞台。
 主人公・守人は、家の語る声を聴きとれる不思議な力の持ち主。家が住人と一緒に歌を歌ったり、おしゃべりやTVのセリフを覚えるというところが可笑しくて楽しいです。そして、古い家であればそこに住む家族のあたたかな思い出を教えてくれる――家々は思いのほかおしゃべり好きなのね。

 菓子屋横丁あたりにある地元の商店もそれぞれが個性的で居心地よさそうですてき。喫茶店、紙文具、和ろうそく店……昔懐かしい物どもが現代の人の心をつかむ、独特の美しさを語る言葉もありました。

 特に好きだったのは、2巻の「浮草の灯」。
(三日月堂にも登場の)古書店・浮草でアルバイトをしていた安西明里。彼女は店のオーナーから自分の死後の店を任せたいと相談されていたが、経済的な不安と家族の反対に心を決められない。姉たちの身内ならではの厳しい意見や、明里も自分自身の気持ちに自信が持てないでいる。そんな時に、病身の店主の水上が語った言葉が明里の背中を押していく。

 人の言ったことで笑ったり悲しんだり、逆に自分が言ったことで相手が笑ったり悲しんだり、結局そういうことがいちばん心に残っている。
 人はみんな何でもできるわけじゃない。なんでもできることが偉いわけでもない。でも、自分のためだけに生きるのでは、人は満たされない。そうできてるんだ。


 三日月堂シリーズの店主の話と合わせ読むと、ちょっと悲しくもあたたかな気持ちになりました。


(2020.2.28)

 

菓子屋横丁月光荘 3
「文鳥の宿」
ハルキ文庫
ほしおさなえ 著

   文鳥の宿


同じ造りの二軒の家の片方が焼失して十余年。残された〈二軒家〉は川越の「町づくりの会」によって、
昭和の生活を紹介する資料館として改修されることに。片付けのボランティアに参加した守人は、家の声の導きで、天袋に収められた七段飾りのお雛さまを見つける。しかしなぜか、三人官女のひとつが欠けていた。雛飾りの持ち主を探す守人たちは、二軒の家に暮らした家族の想いに寄りそってゆく。


 家の声を聴くことができる守人。ずいぶん月光荘に慕われるようになって。もはや家族ですね。ところで、家が家を空けるってどういうことかしら(^^)???

 家と話せることを誰にも話すことができず、守人には知らぬ間に負担になっていたのだろうな、と思われた巻でもありました。
 友人との会話の中でも辻褄の合わないことを言ってしまわないように、傍目にわかることのないように――そうやって過ごしてきたので、周囲にとって守人は大人びた仙人めいた存在だったらしい。

 でも、当人は進む道に悩んだりもするわけで。そんな時に友人や町の人との交流があってよかった、としみじみ。守人に家の声が聴こえる理由なのかな、というエピソードもありました。家が人をつないでいる、奇遇としかいえない絆でした。

 また、川越の町の姿がじっくり描かれていたのも印象に残りました。

 古民家や昔ながらの商売のお話として読むのもいいのですが、それが互いに結びついて町づくり・町おこしになっていくところがいいですね。
 川越の風流な町にもスタバができる、芋チップス(気になる・・・)を食べ歩く、現代的な楽しさもある。歴史だけでなく、現代の息づかいもひっくるめて描いているのが素敵。実際に川越を訪れてみたくなりました。

 遠山記念館は名前だけしか知らなかったので、建築を見てみたいし。川越唐桟も見てみたい。
レンタル着物を着て歩いてみたい、と夢がふくらみます。

(2022.7.30)


「ヘビイチゴ・サナトリウム」 創元推理文庫
ほしおさなえ 著

  ヘビイチゴ・サナトリウム (創元推理文庫)


「みんな飛び下りて死んじゃった。なんでだろう?」中高一貫の女子高で、高三の生徒が屋上から墜落死した。先輩の死を不思議に思った海生は、友人の双葉と共に真相を探りはじめる。様々な噂が飛び交う中、国語教師も墜死した。小説家志望だった彼は、死んだ女生徒と小説を合作していたが、何故か死の直前に新人賞受賞を辞退していて…。すべてに一生懸命だった少女たちの物語。


 推理小説か現代小説かと迷いましたが、「とけゆく自我」を描きたいなら、こちらかな、と。

 早熟でくっきりとした個性で生き、あまりにあっけなく死んだ女子高生・ハルナ。彼女の死をはじまりに高校では不可解な噂と死が続く。真相を知りたいと動きはじめた後輩の海生と双葉、教師や図書館司書たちはそれぞれ手がかりを見つけ、そこから異なる結論へと導かれていく――。

「主人公」のいない珍しい小説。みんなが主人公なのではなく、誰も主人公ではない。
 自分と他人の境界がくずれていく、と語られているけれど、これはそれぞれが自分の思うように見たいものを見ているのではないのかなあ。しいて言うなら、江崎ハルナだけは他人から抱かれる「幻想」をはっきり否定しているのだけど。

 でも、ハルナの言葉のシンプルさにははっとさせられたのでした。

 生きていくために、中身をからっぽにできるようになる。世界に身をまかせればいいのよ。自分が自分でいるにはどうしたらいいか考え続けていく方が、ずっと大変じゃない?


 こうやって「天使のような」絵を描いて見せたハルナはどこへ行ってしまったのか。

 次々とあらわれる手がかりと新しい推理。やっと真実に辿りついたかと思ったら、それも覆されてしまって、のんきな読者としてはちょっとストレス(笑)。私は途中でこの複雑さについていけなくなってしまったのですが。
 でも、不安をさそう独特な雰囲気が忘れられない小説です。
(2020.4.4)

 

「夏草のフーガ」 幻冬舎
ほしおさなえ 著

  夏草のフーガ


母親とふたりで暮らす夏草は、祖母と同じ私立中学に通うことが憧れだった。願いはかない合格したものの、喜んでくれるはずの祖母は突然倒れ、目を覚ますと、自分を中学一年生だと言い張るようになる。一方、クラス内の事件をきっかけに学校を休みがちになった夏草は、中学生になりきった祖母と過ごす時間が増え、ふと、祖母が以前、口にした「わたしは罪をおかした」という言葉を思い出す。いつもやさしかった祖母の罪とはなんだったのか。


 憧れの中学校へ通うことになった夏草、シングルマザーとして仕事と家事に急がしい母・木の実、そして思い出のあるらしいヒンメリ(北欧の手芸装飾)を飾りながら静かに暮らす祖母・夕子の穏やかな日常生活。
 だが、夏草は入学まもなくクラス内のいじめにあって学校を休みがちに。そして、祖母は倒れたことをきっかけに記憶をなくし、中学生の「夕子」として夏草の家で同居することになる。夏草は祖母の記憶を取り戻すために、祖母の過去を調べはじめる。

 女性3代が登場しますが、ストーリーの主軸はおもには2つ――夏草と木の実の家族の話、そして、夕子の秘めた恋と信仰の物語。
 家族とは、夫婦とは、という問いかけはややもすると重苦しくなりますが、素直でしっかりものの夏草の存在が光となって母と祖母を照らしているようで、読んでいてほっとします。

 個人的には、夕子がまだ若かった頃のキリスト教への傾倒、それがのちに娘である木の実に与えた影響の描写がとても印象に残りました。何故なら、夕子のキリスト教への疑問は、自分がかつて考えたこととぴったり同じだったので。

 神さまの教えはちゃんと守って、悪いことはひとつもしないで、でも神さまがいるって信じられなかった人はどうなるんですか、って訊いたら、そういう人も神の国には行けませんって言われて。
 じゃあ、神さまの話を聞かされず、その存在を知らなかった人はどうなるんですかって言うと、そういう人も神の国には入れませんって。なんだか不公平な気がしてたんだよね。



 不思議に思うのは自分だけではなかったという安堵感と、やっぱりクリスチャンが少数派である日本ではこういう考えに行きついてしまう閉塞感を感じました。信者とそうでない人が家族にいることが引き起こす問題も。
「まあ、そうですよね」という諦観に落ち着いて、ある意味すっきりしたのですが。


 閑話休題。夏草は中学生にとってはあまりに複雑で苦しい人間模様を間近に見てしまったわけですが。
 それを素直に受け止めて自分自身を考えるきっかけとしている姿から、世代を超えて伝わるものがあるってこういうことかな、と温かい気持ちになりました。

(2020.12.25)

 

「銀塩写真探偵 1985年の光」 角川文庫
ほしおさなえ 著

  銀塩写真探偵 1985年の光


陽太郎の師、写真家の弘一には秘密の顔があった。それは銀塩写真探偵という驚くべきもの。ネガに写る世界に入り、過去を探れるというのだ。入れるのはたった一度。できるのは見ることだけ。それでも過去に囚われた人が救いを求めてやってくる。陽太郎も写真の中に足を踏み入れる。見たのは、輝きも悲しみも刻まれた永遠の一瞬で──。


 写真部員の陽太郎は部室で見つけた古い写真に惹かれて、写真家・辛島弘一の弟子になる。そして、弟子入りの条件に挙げられた『毎日、フィルム1本分の写真を撮ること』が、辛島の秘密の仕事に関わっていることに気づいたのはまもなくのことだった──。

 デジカメ世代には新鮮らしいフィルム写真。そうか、銀塩っていうのね。私はその言葉の古めかしさから、てっきり「写真乾板」みたいなものを想像してました(^^;)
 学生時代にリール巻きから現像までの手順を習ったので、それを見たことがない人にも想像できるように書かれているのがわかりました。

 閑話休題。一匹狼な気質の辛島とその作品の存在感が言葉で伝わってくることに感動。そして、かつてのライバル・新見賢也との思い出が語られると、二人の対比が鮮明になります。

 写真を「光が描く」(フォトグラフ)と考える辛島と、「真実を写しとる」と考える新見。
 正反対のタイプの二人の写真家が辿った道がじっくりと語られて読みごたえがあり、もしかしたら主人公の陽太郎よりも存在感があるかも。

 そして、以下はネタバレ。




 辛島はかつて通っていた写真店店主から、写真を使った探偵としての仕事を引き継いでいた。ある引き伸ばし機を使うと、そのネガがとどめている時代、場所に入り込むことができるのだという。

 1枚のネガに縫い留められた一瞬。そこで、懐かしい人、見たい事に再会できる。
 タイムスリップではなく、あくまでネガに焼き付けられて保存された一瞬へだけ帰ることができる、というもどかしさが、写真の持つ儚さにも感じられて切なかったです。

 1冊の大部分が辛島と新見の過去に割かれているのは、おそらくシリーズの第一弾として書かれたせいか思うのですが、密林など見るとどうも続きが出ていないような。。。雰囲気のある美しい作品なので惜しいことです。

(2022.7.7)

 

懐かしい食堂あります 2
「五目寿司はノスタルジアの味わい」
角川文庫
似鳥航一 著

  懐かしい食堂あります 五目寿司はノスタルジアの味わい (角川文庫)


昭和の空気が漂う町、三ノ輪。そこに大家族が営む食堂がある。―美形揃いの五兄弟が評判の「みけねこ食堂」。次男の柊一が店を継ぐことでゴタゴタを乗り越え、家族はようやくひとつになろうとしていた。それで一件落着といかないのが、この食堂。兄弟が起こす騒動に、気の休まる時がない。だが柊一はそれらに真摯に向き合い、料理で応えていく。その素朴な味わいは、頑なな心も解けるもので―。そんな、懐かしい食堂あります。


 個性的な5兄弟他の谷村家。次男が経営する食堂を訪れる人たちを描いた物語。4世代が同居する大家族で、ご近所さんの顔が見える下町という設定が楽しかったです。

数多ある料理・菓子モチーフの小説の中では、男の料理が多くて面白いですね。がっつりジンジャーポークとかラーメンとか。
このメニューでやわらかく心温まる雰囲気になるのは、谷村家の男子がみな心優しいからですね。柊一はまめだし、良樹の細やかさは女性の比じゃないし。

ただ、「厚切りの豚肉のしょうが焼き」では、料理で人の心に関われるという著者の(?)考え方に違和感を感じてしまいました。恋人同士のすれ違いと悩みはどんな結論になっても当人らが片付けることであって、料理人が関わることではないですよねえ。たとえそれが豚肉の厚さだけにしても。

大人たちの行動には時に「?」と感じましたが、現実にはありえないほどませた6歳児の杏の活躍をもっと読みたいです。
(2020.2.13)

 

「食堂つばめ 1」 ハルキ文庫
矢崎存美 著

   食堂つばめ


生命の源は、おいしい食事とまっすぐな食欲! 「食堂つばめ」が紡ぎ出す料理は一体どんな味!? 謎の女性ノエに導かれ、あるはずのない食堂車で、とびきり美味しい玉子サンドを食べるという奇妙な臨死体験をした柳井秀晴。自らの食い意地のおかげで命拾いした彼だったが、またあの玉子サンドを食べたい一心で、生と死の境目にある「街」に迷い込む。


 生と死の間にある街に迷い込んだ主人公と、そこで人が食べたい料理を作りつづけるノエという女性の物語。ひたすらに、お腹が空く小説でした(笑)

 秀晴はなぜこの街と現実世界を行き来できるのか、ノエの正体は、彼女の作る料理が食べる人の希望によって味が変わるのは何故か――謎めいた設定を真剣に考えだすと、その答えはほとんど書かれていないので、少々消化不良気味。
 でも、食べ物の味、こだわりどころは本当によく書かれていて、これまでに読んだ料理モチーフのコージーノベルの中ではぴか一だと思います。

 あとは、食べ物描写以外を小説に求めるか、否か、というところ。
 私の好みからすると、もう少し人間関係とか秀晴の成長を読みたいのですが、まだ1巻では難しいかな。

 密林を見れば、シリーズものになっているので読み続けてみようかな、という気持ちになっています。

(2022.10.23)

 

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