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現代小説 4

 

「ベツレヘムの星」 早川文庫
アガサ・クリスティ 著  中村能三 訳

   ベツレヘムの星 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


原題「Star Over Bethlehem」。イエスを生んだのマリアのもとに天使が訪れて語る「ベツレヘムの星」、カトリック教会で敬われる14聖人を描いた「いと高き昇進」など、聖書に題材をとった詩と物語集。

ごあいさつ
ベツレヘムの星
クリスマスの花束
いたずらロバ
黄金、乳香、没薬
水上バス
夕べの涼しいころ
空のジェニー
いと高き昇進
神の聖者



 ずいぶん前から気になっていたのですが。クリスマス更新した拙作と手法が似た作品が多かったので、影響を受けまいと読むのを先延ばしにしていました。
 いや、だってクリスティですから。絶対、面白いから。これ読んで「おお、こういうのがあるなら、何も自分で書かなくても……」とまた考えてしまうのは目に見えてますもん。

 無事、書き上げたので読んでみました。
 やっぱり、面白い。長編ミステリー作家として名が知られているクリスティですが、こんなに味わいがあって切れがいい掌編が読めるとは思っていませんでした。
 気に入ったのは、「いと高き昇進」。居酒屋で酔っ払ったおじさんがふらふらになりながら見た聖者たちの行進。

「おかしな連中なんだ。妙な服を着てね」
「水爆禁止のデモかもしれないな」


 おもわず吹き出しました。
 聖者のプロフィールはあまり知らないのですが、それでもどこかで聞いたなあ、というエピソードとアトリビュートの扱いが面白いです。鮭を片手に立ち尽くす聖スコイティンとか、代議士立候補を決意する聖クリスチナって最高ですねえ。
「聖☆おにいさん」と通じるものもあるような、ないような(え?)。
←あれも、ぱらっと見て大笑いしました。

 ちょっと辛口演出の降誕劇になりそうな「ベツレヘムの星」、そして、現代に起こった奇跡を描いた「水上バス」もよかったです。
(2009.12.23)


「13デイズ」 角川文庫
D・セルフ 脚本  T・ロリンズ 著  富永和子 訳

   13デイズ (角川文庫)


1962年10月、一枚の航空写真がホワイトハウスに衝撃を与えた。ソビエトがキューバに核ミサイルを配備していることが判明、アメリカは喉元に武器を突きつけられた格好であった。一歩まちがえれば全面核戦争になるやもしれない危機に、ケネディ大統領と閣僚が取り得る道は交渉、海上封鎖、空爆――。キューバ危機を描いた同名の映画のノヴェライゼーション。

 キューバ危機の最中のホワイトハウスを、ケネディ兄弟と友人であった大統領特別補佐官ケネス・オドネルの目で描いた作品。緊張感とちょっと昔のアメリカの雰囲気が好きで、映画のビデオもこの本も時々読み返してます。

 危機に直面したホワイトハウス内の政治家同士の腹の探りあい、政治家と軍人の意見の相違、マスコミとの持ちつ持たれつ(え?)、しかしその中にも人間の良心や、個を越えた正義への忠誠心がある。アメリカ式大義名分がちょっとひっかかりはするけれど、まだ現実との葛藤がある良い時代だったのかも。葛藤を無くして、わかりやすさに猪突猛進していくアメリカに魅力は無い、と私は思ってます。まあ、いいか。

 映画の脚本を丁寧にノヴェライズしてあるので、つい映画の感想となってしまいますが。
 情報のカードをちらつかせたり、スパイを通じてのやりとり、軍を動かしてみせるなどの二国のにらみあいの中で、ようやく実現した人間同士の対話――大統領の弟である司法長官ロバート・ケネディとソビエトのドブルイニン大使との会見の場面がいいです。
 戦争を望んでいる個人などいないのに、何故危機は訪れるのか。何度読んでも、考えさせられるいい場面です。

 そういえば、この時代はメールもネットもないんですよね。テレビ、ラジオ、新聞、電話、電報、手紙……しかないのか? この時期にワシントン-モスクワ間にホットラインが敷かれた、というエピローグの文に不思議な気分がしてしまった。
(2008.10.30)

 

「スフィンクス」 ハヤカワ文庫
ロビン・クック 著  林克己 訳

  スフィンクス (ハヤカワ文庫 NV 346)


原題「Sphinx」。エジプト考古学者エリカ・バロンは、偶然訪れたカイロの骨董店で古代エジプトのファラオ・セティ一世の立像を目にした。しかし、突然押し入ってきた男たちによって店主は殺され、立像は盗まれてしまう。目の前で起こった殺人事件に怯えながら、エリカは立像の行方を追い、像についていたヒエログリフの謎の言葉を解くためにさまざまな遺跡を訪ねた。

「アウトブレイク」から続けて、同じ作家さんを読んでます。久々ですが、とても面白かった〜。
 ヒエログリフの謎の言葉、預けられたガイドブック、「ツタンカーメンの呪い」伝説の裏の出来事……謎が幾層にも重なりあって書かれた推理劇、歴史ミステリーの趣――この著者の本の中で一番好きです。

 セティ一世の像に、血統も系譜も関係ないツタンカーメン王の名が彫られていたことがエリカの興味をひく。当然、彼女としては学術的な興味なのだけど、エジプト美術品と切っても切れない関係の盗掘、闇市場の存在が事件を複雑にしていく。

 美術品にからむ利害関係や登場人物の立場もさまざまなので、読んでいて混乱しそう。でも、その複雑さがちゃんと整理、収束されてラストにつながっていくのが見事でした。

 ストーリーとは無関係ですが、ルクソールでのアハメドとエリカの乗馬の場面が好きでした。

 ちなみに、映画も作られています。
 エジプトの風景とか美術品は映像の方が楽しめますが、ストーリーの重厚感は本の方がいいなあと思います。
(2010.4.30)

 

「アウトブレイク」 ハヤカワ文庫
ロビン・クック 著  林克己 訳

  アウトブレイク―感染 (ハヤカワ文庫NV)


原題「Outbreak」。ロサンゼルスの病院で伝染病が発生した。発病からまもなくして死に至るその病気はエボラ出血熱と判明、疾病管理センターに勤めるマリッサは感染源をつきとめるために第二、第三の発生地に向かう。しかし、患者のカルテや調査書を見るうちにマリッサは感染者に共通する不可解な出来事に気づく。

 似たような(?)の医療サスペンス映画をTVで見て、不完全燃焼な気持ちになったので、久々に取り出して読みました。
 この作家さんは、昔は好きだったのですが、後で出版された話がつまらなくなっていくように思えて、読むのをやめてしまったのです。やはり初期の作品の方が面白い。

 小児科から転向して、ウイルス相手の「探偵業」に挑戦するマリッサ。新しい職場では新米である彼女がとまどいつつ、上司に翻弄されたり、不安を覚えながらエボラの感染源を突き止めていく様子がテンポよく書かれています。アメリカの医療制度の現状をふと思わせるところもあって、妙な現実感を感じます。

 しかし、この解明はどうなんだろう。いくらなんでも、エボラ出血熱って。せいぜい新型インフルエンザくらいの方がよかったんでは。
 よく読むと、他にも不自然なところもあるのですが(マリッサを追う殺し屋が今ひとつ間抜けである、とか。機転をきかせて危機を乗り切るマリッサなのに、何故か時々警戒心がない、とか)。

 でも、さほど気になりませんでした。←なんだか、褒めてるようにはみえない。
(2010.4.20)

 

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