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SF小説 2

「アルジャーノンに花束を」 ハヤカワ書房
ダニエル・キイス 著  小尾芙佐 訳 

   アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)


原題「Flowers for Algernon」。知的障害をもつチャーリイは大人になっても幼児の知能しかなく、周囲の人々の嘲笑を受けていた。それでも陽気にパン屋の仕事や精薄者センターでの勉強を続けていた彼に、科学者から実験の被験者にならないかという申し出があった。脳外科手術によって知能を高める、という未知の実験だが、「頭をよくしてあげよう」という言葉に惹かれてチャーリイは了承する。同じ手術を受けたネズミのアルジャーノンのようにチャーリイのIQは高まり、人々を驚かす。しかし、やがて彼はこれまで気づかなかった人々の内面を知り、また手術がもたらす結果を予測することになる。1966年度ネビュラ賞長編部門受賞作。

 間違いばかりのチャーリイの経過報告書が、だんだんと正しい言葉遣いになり、複雑な意味を紡いでいくようになる。組みあがった文から文脈が浮かび上がってみえるようになる。
 ――こんな変化には緊張感がありました。

 話が進むにつれて、チャーリイの記憶、家族との関係、同僚や世間の人が彼を見る目が明らかにされていく。
 最初にチャーリイが「頭がよくなりたい」と願ったことが実現していくわけですが。 彼の変化を疎んじる人々の態度、それにチャーリイが気づいてしまうところがやりきれないですね。

 でも、以前のチャーリイの方が友人が多かった、「以前のあなたは温かさがあった」などというアリスの言葉には悲しく、腹が立たしくもあります。身勝手な気がするんですよ。

「頭がよくなる」ことは必ずしも良いことではない。でも、それでは、昔のままの方がよかったのか?
 いや、そんなことはないだろう、と思うのです。
 善良さ、誠実さこそ人にとって大事なことなのだ、というメッセージには納得できます。それでも、チャーリイの数奇な体験は、総じていえば、やはり幸せなことだったのではないかと。

 チャーリイの優しさは最後の場面にも現れているけれど、これは前半で書かれた彼の美質とは意味が違うのではないかと思うのです。いろんなことを身につけ、それを失っていく中でも、チャーリイが手放さなかったものだと思う。
 それを彼が意識していたかどうかはわからないけれど。

 昨日までわかったことがわからなくなる、忘れていくという経験は、多くの人が年を重ねる中で感じる恐怖でしょう。

 なんとかしていままで学んだものに少しでもしがみついていなければならない。
 おねがいです、神様、なにもかもお取りあげにならないでください。


 自分も、これからも年をとり続けていく中で、こんな言葉が重みを持ってくるのかもしれないと思う。

 10年以上ぶりに読み返してみましたが、堪能しました。
 ひとつひとつは叙情的でない、硬い言葉の積み重ねから深い意味があふれてくる――このイメージには何となくバッハの音楽を思い出します。
(2010.6.25)

 

「トネイロ会の非殺人事件」 光文社
小川一水 著 

   トネイロ会の非殺人事件


月面基地に派遣されるための訓練。あるいは、少なからぬ遺産の分配を得ようとして。はたまた、憎むべき脅迫者への復讐を遂げるべく――私たちは、集まりました。何が起こるのか、予測もできないままに。短編三作を収録。

星風よ、淀みに吹け
くばり神の紀
トネイロ会の非殺人事件


 月面基地でのミッションを行う宇宙飛行士を育成するための密閉空間。そこでの殺人事件は誰が、どのように起こしたものなのか。ライバルでもある仲間を疑わなければならない事態に動揺しながら、訓練生が犯人を見つけようとする「星風よ、淀みに吹け」。

 「くばり神の紀」は、一度も会ったことのない父の臨終の場にやってきた花螺(から)の話。
 突然、屋敷ひとつを遺産として渡されることになったが、生前は自分を顧みなかった父の遺言に疑問を抱く。その時、親族のひとりが口にした謎めいた言葉を花螺は思い出す。「くばりがみは降りるのか?」。

 そして三作目は、ある男に恐喝されていた被害者10人が秘密裏に結託して、男を殺そうとする話。綿密な計画が立てられたが、その中に一人裏切り者がいるという――。

 三作とも独特の設定で面白かったです。
 好きだったのは「星風〜」。登場人物たちは訓練終了までに事件を解決しようとしますが、そもそも犯罪が起きたことでチームは間違いなく解体され、最悪の場合、全員が月へ行く資格を失ってしまう。
 夢が潰えようとする中で、リーダーは「犯人」の、仲間との連帯感に訴えようとします。「頼むから、名乗り出てくれ。無実の仲間は月へ行けるように」

 こういう若者同士の絆や夢の物語はいつもどおりさわやかで好きです。

 ただ、三作とも設定やトリックは面白いのですが、終盤がなしくずしというか、お話の着地点がずれていってしまうのが惜しい気がします。
(2013.11.17)


「No.6 (ナンバーシックス) 1」 講談社文庫
あさのあつこ 著 

   NO.6♯1 (講談社文庫)


2013年の未来都市“NO.6”。人類の理想を実現した街で、2歳の時から最高ランクのエリートとして育てられた紫苑は、12歳の誕生日の夜、「ネズミ」と名乗る少年に出会ってから運命が急転回。どうしてあの夜、ぼくは窓を開けてしまったんだろう? 飢えることも、嘆くことも、戦いも知らずに済んだのに……。


 住民の生活のすべてが厳しく管理される未来都市でエリート教育を受け、安泰な生活を保証されていた紫苑。しかし、少年・ネズミを助けたことから身分をはく奪され、貧困生活が始まった。

 紫苑の飄々とした性格が小説の雰囲気そのものになっていて面白いです。
 先行きへの希望も持たずに毎日を過ごしていた彼が、ネズミとの出会いでしっかりした自分の意志を持つようになる。そして、町中の公園で老人の姿に変容して死んだ男を発見したことから、紫苑の運命は大きく動きだします。完全無欠のNO.6で原因解明できない死などない――そんな建前の前で冤罪を負わされそうになった紫苑がついに都市の外へ出るところで1巻終了。

聖都市そのものが寄生なのだ、というネズミの謎めいた言葉の意味は? そして、6というからには他にもこんな都市があるのかしら、と気になります。続きも読んでみます。
(2013.12.5)


「No.6 (ナンバーシックス) 2」 講談社文庫
あさのあつこ 著 

   NO.6 〔ナンバーシックス〕 ♯2 (講談社文庫)


2017年。理想都市ナンバーシックスの外側で紫苑を待っていたのは初めて目にする「現実」だった。謎の過去を持つ少年・ネズミと二人で暮らし始めたが……。


 NO.6の外、廃墟となった古い町は紫苑にとっては異世界だった。強盗、売春婦、そして行き倒れ、孤児たち。その中で、全てを疑い自分だけを守る、と言って憚らないネズミと紫苑は事あるごとに衝突します。ちょっと描写がのんきというか、西ブロック地域もそれほど貧しく見えないのが惜しいですが。
 誰に対しても警戒心の薄い紫苑の姿は眩しくもあり、危うくもあります。彼がどうやって生き抜いていくのかが楽しみ。

 さて、紫苑を失い、失意の中にあった火藍(からん)はネズミからの伝言で息子の無事を知る。
 しかし、紫苑の行方を追って火藍の家を訪れた少女・沙布(さふ)が治安当局によって拉致されてしまう。それを知ったネズミは紫苑に知らせるべきか否かを悩む――。

 異常気象の地球で人々が生き残るために作り上げた複数の都市のひとつがNO.6。この理想都市の裏で行われている何らかのプロジェクトが示唆されたところで2巻が終わり。
(2013.12.9)


「No.6 (ナンバーシックス) 3」 講談社文庫
あさのあつこ 著 

   NO.6 [ナンバーシックス] ♯3 (講談社文庫)


これだから、人間はやっかいだ。深く関わりあえばあうほど、枷は重くなる。自分のためだけに生きるのが困難になる。火藍から沙布が治安局に連行されたことを告げるメモを受け取ったネズミはそれをひた隠すが、事実を知った紫苑は救出に向かう決心をする。成功率は限りなく0に近い。


 犬をシャンプーして、犬に餌をやって、一冊終わってしまった。あとがき通り、何か起きそうで何も起きない巻でした。厚さが薄いものね、仕方ないよね。。。

 囚われた沙布をどうすれば矯正施設から救い出せるか、いやその前に、どうやって忍び込むことができるのか。
 話は緊迫してきますが、しかし紫苑にあるのはやる気だけで、具体的な計画はネズミやイヌカシ、力河がいないと進まないので、話に説得力がなくて物足りない。紫苑が秀才だったなんて設定はもうどこかに吹き飛んでしまってます。

 聖都市No.6でひそかに進められているプロジェクト。しかし、その黒幕もどうやら一枚岩ではないらしい。そこは気になるので読んではみたいのだけど、どこかご都合主義なストーリー展開についていけない。さて、続きはどうしようか。
(2014.3.18)


「No.6 (ナンバーシックス) 4」 講談社文庫
あさのあつこ 著 

  NO.6〔ナンバーシックス〕 #4 (講談社文庫)


聖都市で極秘裏に進められる恐るべき計画。NO.6の治安局員に連行された沙布を救うため、紫苑とネズミは「人狩り」に乗じて矯正施設の内部へと潜り込む。彼らを待ち受けるものは「生」か「死」か?


 反抗することを知らない聖都市の人間たち――彼らを支配しようとする権力者がついに動き出した。フェネックとは何者なのか。そして、西ブロック一帯で始まった「人狩り」にまぎれて、紫苑とネズミは矯正施設へ入り込んだ――。

 ――というところ。とうとう急展開です。
 サンプル(=人間)のためにスラム街を襲うという、聖都市のまがまがしさが一層浮き上がって見えてきました。これは、今後どんな展開になるにしてもNo.6(場合によっては他の都市も)全体を巻き込んだ大混乱を招くのではないか、とはらはらしております。

 また、これまで皮肉な物言いと不敵な態度でならしてきたネズミの体調に異変が起きていて、そんな状態で矯正施設へ潜り込んだこと、そして元・天才少年の紫苑がただのお坊ちゃんではなさそうなことも気になります。
 そして、名前からしてネズミとフェネックとの間には何らかのつながりがあるのだろうか、と想像は膨らむばかり。

 というわけで、もうちょっと読み続けることにしました。
(2014.4.22)


「No.6 (ナンバーシックス) 5、6」 講談社文庫
あさのあつこ 著 

   NO.6〔ナンバーシックス〕#5 (講談社文庫)

   NO.6〔ナンバーシックス〕#6 (講談社文庫)


矯正施設への潜入に成功した紫苑とネズミだったが、そこには想像を絶する過酷な現実が待ち受けていた。そして、紫苑はネズミの出自を知り、地底に暮らす謎の人々と出会う。


 2巻まとめての感想です。

 理想都市No.6がいかに作られ、そして歪んでいったか。都市を作ったのは誰なのか。そして、ネズミがかつて決別したはずの人々との出会いが紫苑に何をもたらすのか――こういったことが少しずつ描かれて物語を動かしはじめたようです。

 ちょっとネタばれせずに書くのがむずかしいのですが。
 火藍(紫苑の母)が若かった頃の話も出てきて、彼女がNo.6の中心部とおおいに関わりがあることも明かされました。この展開だと、彼女やそのご近所たちも当局から目をつけられてしまうのでは、と気になります。
 それにしても、火藍、いろいろ知ってるんじゃない。どうして、紫苑やネズミにもうちょっと話してやらないんだ、とやきもきするのですが。

 紫苑とネズミの留守中に、どうやら大活躍のイヌカシと力河に注目。
(2014.5.5)


「No.6 (ナンバーシックス) 7、8」 講談社文庫
あさのあつこ 著 

   NO.6〔ナンバーシックス〕♯7 (講談社文庫)

   NO.6〔ナンバーシックス〕♯8 (講談社文庫)


矯正施設に侵入し、ついに沙布との再会を果たした紫苑とネズミ。邂逅の喜びもつかの間、沙布の身に起きた異変に愕然とする。施設の心臓部に仕掛けた爆弾は大爆発を起こしたが、燃え上がる炎は二人の逃走を阻み、ネズミは深い傷を負った。無事に脱出することはできるのか。そして混迷を極めるNO.6の未来は――。


 今回も2巻まとめての感想です。
 地獄さながらの矯正施設地下から、No.6の暗部である施設の中枢へ。スピーディな進行とその後に待っていた沙布との再会にぐいぐいと引っ張られて読み進みました。しかし、エリウリアス、言いたいことだけ言って「時間だからもう行く」と去られても困るんですが。

 そして、紫苑とネズミがぼろぼろになって潜入している間に、外では大きな変化が起こりつつありました。謎の奇病がついに猛威を奮いはじめ、人々は不安と期待、そして怒りを持って都市上層部と対峙することになります。しかし、これまで都市の平穏を守ってきたはずの上層部は市民に武器を向けた――。

 都市の崩壊だけでなく、No.6が目指していた理念も理想も砕け散ってしまった。このことが市民をどんな行動へ向かわせるのか、気になります。火藍や近所の人々など力のない人々ばかりが苦しむ展開なのがつらいところ。力河が昔取った杵柄でもっと働いてもいいんじゃないか。

 少年少女向けの本なので、山場が少年少女の持ち場なのはわかるのですが、ここまで大人が情けないとは。紫苑たちが大人をすっとばして老人にばかり頼るというのは……これがいまどきの十代の子の感じ方なんでしょうか。大人なんか役立たず、と(汗)

 まさか、このまま悲劇の展開になってしまうのかしら。何かのどんでんがえしを期待して次の巻を読むことにします。
(2014.5.25)


「No.6 (ナンバーシックス) 9」 講談社文庫
あさのあつこ 著 

   NO.6〔ナンバーシックス〕♯9 (講談社文庫)


崩壊する矯正施設から間一髪脱出した紫苑は、瀕死のネズミを救うため、イヌカシ、力河とともに市内に突入した。そこでNO.6にまつわる全てを知った紫苑は、人間の未来をかけて『月の雫』に向かう。


 都市に蔓延する疫病、市民による暴動、そして聖都市NO.6と外の世界との関係がようやく描かれた最終巻でした。
 かなりスピーディにラストシーンへ突っ込んでいったので、これは長年のファンには物足りないだろうなあ、と他人事ながら心配しました(おいおい)。だいたい、エリウリアス、それで気が済むのか。サソリはいったい何だったのか。そして、紫苑らはNO.6に代わる理念や価値観を実現した都市を築くことができるのか。

 あっさりした、というか長い物語の割にはあっけないラストシーン。少なくともNO.6のような複雑怪奇で人間味のない社会がつくられることは無いのだろうな、という希望で幕を閉じました。
(2014.7.12)


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