4へ ← 読書記録 → 6へ

SF小説 5

 

海軍士官クリス・ロングナイフ 1
「新任少尉、出撃!」
ハヤカワ文庫
マイク・シェパード 著  中原尚哉 訳

 

 新任少尉、出撃! 海軍士官クリス・ロングナイフ (ハヤカワ文庫SF)

原題「Kris Longknife:Mutineer」。海軍少尉、クリス・ロングナイフ。父はウォードヘブン星の首相、祖父は財界の支配者という著名な政治家一家の娘でありながら、政略結婚をもくろむ両親に反発し、海軍に入隊。士官学校を優秀な成績で卒業したのち配属されたのが、カミカゼ級戦闘宇宙艦タイフーン号だった。新任少尉としての初任務は、誘拐された少女の奪回。勇猛な海兵隊員を率い上陸用強襲艇で降下するも、そこには誘拐犯の恐るべき陥穽が待ち受けていた。

 ミリタリーSFは必ずしも私の守備範囲ではないのですが、面白いという噂だったので、エンターテイメントが欲しい気分の時に手を出してみました。
 なるほど、スピーディ、痛快!
 主人公のクリスは歴史書に名を残す政治家、軍人を代々出してきた家の御令嬢ですが、親に反発して海軍へ入隊、下っ端士官となったばかり。これって、ケネディ家とロスチャイルド家を足して二で割った家の娘さんが、アフガニスタンへ少尉として派兵されてるような感じなのかな。どこかの王子は行かれてますけどね。

 「ロングナイフ家の」という枕詞は彼女にとっては邪魔なだけなのだけど、それから逃れられないことは当人が一番よくわかっている。それならそれで、かまわない。意志が強く、気骨もある少尉として次々と任務に挑んでいくが、クリス自身を狙ったと思われる事故が続発する。さて、いったい事件の背後で糸を引いているのは誰なのか。

 物語の最初は、世間はまずまず平和な情勢だった様子。海軍といいつつ、装備も訓練もけっこうぼろぼろのようだし。初任務先は戦地ではなくて民間の事件だし。
 しかし、1巻後半からは、物語世界を揺るがす事態が持ち上がってきます。地球を中心とした「人類協会」の広域支配に異を唱える勢力が力を強めてきて、どうやら武力衝突が避けられない――。

 SFなのに、キルトを身に着けた兵士やバグパイプが登場して面白い。そして、語り部(笑)ラザフォード大尉がお気に入りです。
(2011.10.20)

 

海軍士官クリス・ロングナイフ 2
「救出ミッション、始動!」
ハヤカワ文庫
マイク・シェパード 著  中原尚哉 訳

   救出ミッション、始動! (ハヤカワ文庫SF)


原題「Kris Longknife:Deserter」。乗艦である急襲艦ファイアボルト号が改修工事に入ったため、故郷で休暇をとるクリス。そこへ、親友のトムが何者かに誘拐されたとの知らせが。なじみの警護官と、新しく雇われたメイドのアビーとともに事件が起こったトゥランティック星へと向かう。

 曽祖父のレイが多数の惑星を束ねる知性連合の君主となったため、プリンセスというきらびやかで邪魔くさい肩書をもらってしまったクリスが、その立場をフルに活用して活躍&お色直しする小説です。説明がおおざっぱになってしまった。

 単純明快でスピーディなお話に乗って、ジェットコースター気分を味わいたかったので、その点はかなり満足しました。
 一方で、プリンセスという立場になったクリスは、少なくとも自分の意志においては何も不自由することがなくなったので、そこがつまらないですね。葛藤とか自問をやめた人間は、色気がなくてつまらないと思うのですけど。アメリカ人の娯楽小説ってこうなのかな?
 ついでに、警備員たちにはちゃんとした食事を差し入れてあげて下さい。「クッキーとミルク」とか「ドーナツとコーヒー」じゃなくて。ああ、アメリカ人て!

 ともあれ、テンポがいいので楽しめてしまう。テンポがよすぎて、スーパーコンピューターのネリーがすべてに先回りしてしまうので、地に足がつかないまま最後まで読み切ってしまった――という感じ。これを楽しいというか、物足りないというかは人それぞれでしょうね。

 遠い昔の誘拐事件の黒幕、ネリーの挙動不審、アビーさんの謎めいた過去とか、どさくさまぎれの告白もどきの行く末など、お楽しみは次の巻まで持越しです。
(2012.7.9)


海軍士官クリス・ロングナイフ 3
「防衛戦隊、出陣!」
ハヤカワ文庫
マイク・シェパード 著  中原尚哉 訳

  防衛戦隊、出陣!: 海軍士官クリス・ロングナイフ (ハヤカワ文庫SF)


原題「Kris Longknife:Defiant」。大尉に昇進したクリス・ロングナイフは、PF艦の鑑長として訓練にはげんでいた。最新鋭のこの小型軽量艦は機動性の高い艦体に大型戦艦の主砲と同じ砲を搭載していたが、この巨大砲を撃てるのは1回のみ。敵艦を撃破するには、編隊を組んで一撃必殺の戦法を取るしかないのだ。そんなおり、ウォードヘブン星で政変が勃発、父は首相の座を追われ、クリスも逮捕される。

 前半は素朴な文化の南の島で思う存分お色直し。後半は一転、ウォードヘブンに迫りくる艦隊を迎え撃つために奔走する、という緊張感ある展開でした。
 どうも妙な構成ですが、これは次巻以降のための種まきなのかな。私は南の島のエピソードの方が面白かったので、お預けを食らった気分です。というか、単にミリタリーが守備範囲でない、ということか。

 今巻は、ますます人間くささを覚えてきたコンピューターのネリーに注目でした。

 (転覆して落水したら、すぐに救援を呼んで)
 (わたしがはずれて沈んだら?)
 (しっかりつかまってなさい)
 (そんな機能はありません)


 それは、そうだ。料理もできないらしい。それもそうだ。

 後半、多くの軍艦が出払った状態のウォードヘブンの危機に、クリスが王女の旗印を掲げて艦隊を率いるのですが。艦が足りない、政治家は煮え切らない、時間もない。決して、楽観視できない状況で遺書を残したくなるのは、人間だけではないらしい。

「クリス、こうしてわたしが見たもの、あるいは見たと思うものを、わたしが死んだ場合に失いたくないのです。トゥルーへ送信させてください。そうすれば、わたしに万一のことがあっても、あなたとすごした時間にやったのが数字の計算や株式管理ばかりではなかったという証拠を残せます」

 ここが一番印象的でした。考えることは人間と同じだな。


 前半まではけっこう楽しんだのですが、後半は乗り切れずに振り落とされましたです。
 上のような好みの問題もあるし、思いがけない人が死んでしまったのも理由のひとつ。シーフォートもそうなんだけど、アメリカ人の書く現代〜未来(SF)小説に描かれる戦死には、いつも抵抗を感じてしまう。あっけなさと、そのくせ「生き残る人物は何があっても絶対に無事」という安心がどこかにあるように見えて、気持ちが入り込んでいかないのでした。
 小説だから主人公は(ほぼ)生き残るのも当然なのですが。それなら、現実との折り合いをどこでつけているのか、を感じたいと思うのでした。

 さて。まだ、回収されていない伏線もあるので、今後も日本語訳が出るのなら読んでみようと思います。

(2012.8.1)


海軍士官クリス・ロングナイフ 4
「辺境星区司令官、着任!」
ハヤカワ文庫
マイク・シェパード 著  中原尚哉 訳

   辺境星区司令官、着任! 海軍士官クリス・ロングナイフ (ハヤカワ文庫SF)


原題「Kris Longknife: RESOLUTE」。一介の大尉でありながら、第41海軍管区司令官としてチャンス星系へとやってきたクリス・ロングナイフとその一行は、司令部である宇宙ステーションに到着して愕然とした。歓迎団どころか、ひとっこひとりいない! 動力反応炉も停止し、非常用電源で動いているだけ……。数ある海軍管区のなかでも最低の辺境星区に左遷されたわれらがプリンセスだが、それでも司令官としての職務を果たそうと持ち前の機知と財力で奮闘する!?

 前巻での立ち回りで問題は解決したものの、軍のお偉方の頭痛の種になってしまったクリス――いつものことですけどね。

 新たに任命されたのは、辺境星区の司令官の職。しかし、彼女を迎えたのは空っぽのおんぼろ宇宙ステーションで、前任者の万年大尉はすでに去っていた。要は、王女は干されたという訳です。
 何十年と捨て置かれた地元住民の態度は一言で言えば疑心暗鬼。無理もない。そんな状況でもロングナイフはやるべきことはやる。異星人文明の遺構を求めて小旅行。独立独歩の気風が染みついた地元民ともまずまずの関係を築きました。

 しかし、ロングナイフはロングナイフ。トラブルを引き寄せてこそのクリス。
 のんびりした惑星の頭上にピーターウォルドの宇宙戦艦が現れる。率いていたのは御曹司ハンク、ヘンリー・ピーターウォルドでした。かつての恋人、今は敵。でも、ハンクってこんなに鼻持ちならないお坊ちゃんでしたっけ。駆け引きは護衛のジャックが心配するほどのこともなく、クリスのペースでした。

 いつものように軽妙な会話が楽しいのですが、惹かれるのはむしろ惑星住民の地に足のついた考え方でした。
 少ない物資をやりくりする空港スタッフ、昔とった杵柄で防衛戦に加わろうとする老人たち。著者は海軍勤務の両親とともに港町を転々として育ったらしい。そんな暮らしで出会う人たちの心意気が書かれているのかも。ともあれ、ドアを破られないためのコツを学びました!

 さて、前巻に引き続き、意外な登場人物が死んでしまいました。人気によって決めているのかしら。代わりに登場するのがハンクの双子の妹。またも強い女性キャラクターが登場しそう。とことん、男性の影がうすいSFですね。
(2014.8.8)


海軍士官クリス・ロングナイフ 6
「王立調査船、進撃!」
ハヤカワ文庫
マイク・シェパード 著  中原尚哉 訳

  王立調査船、進撃! 海軍士官クリス・ロングナイフ (ハヤカワ文庫SF)


原題「Kris Longknife:INTREPID」。知性連合のプリンセスにして海軍大尉クリス・ロングナイフの今回の任地は、リム宙域外の無法星域。もと海賊船の武装商船ワスプ号を、海兵隊員が乗船する特殊コンテナ付きの王立調査船に改装すると、探検と平和維持(海賊船退治!)の任務のため、勇躍ウォードヘブン星を旅立った。同行するのは秘書コンピュータのネリーに警護隊長のジャック大尉をはじめとするいつものメンバー。はたして、クリスの行く手に待ち受けるのは!?

 感想になってません。すみません。図書館で借りて読んでいますが、一巻とばしてしまいました。謎多きメイドのアビーの正体にせまる巻だった(?)ようなので、戻って読もうかなと思います。

 この巻はあまりスパッと楽しめなかったですね。こういうアクション、痛快、単純明快が魅力のお話にどうして宗教じみた設定を持ちこむのかな。終盤は話の展開を確かめるだけに終わってしまいました。
 シーフォートもそうでしたが、アメリカ人作家はどうしてそういうことしちゃうんだ。向こうでは受けるのか? 日本人が楽しくないだけなのか?

 楽しかったのは、上陸して地元民の村を訪れる場面。

 クリスは冷蔵室を近くから見て、ほっとした。丘に埋めこまれたドアはきちんと四角。

 よかったね、出てきたのが小さい人でなくて。

 もはや、『海軍士官』とは思えないクリスのぶっとばしぶりは、楽しいのですけど、私が求める『海軍』物要素がことごとくなくなってしまっているのが不満。前巻(「特命任務、発令!」)は探してみようと思いますが、今後も読み続けるか、微妙な感じです。
(2016.11.20)


「渚にて ―人類最後の日―」 創元SF文庫
ネヴィル・シュート 著  佐藤龍雄 訳

   渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)


原題「On the Beach」。第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜<スコーピオン>は汚染帯を避け、オーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だったが、放射性物質は確実に南下している。そんな中、合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか? 一縷の望みをいだいて<スコーピオン>は調査に向かう。

 「しゃれにならないな、この読書」と思いつつ、読了。
 たしかに突っ込みたいところもありました。高濃度の放射能がほぼ拡散せずに押し寄せてくるのは変だろう、とか。そのガソリンや日用品は誰が作ってるのだ、とか。第一、世の中こんなにいい人間ばかりじゃないだろう、とか(爆)

 それなのに、涙が出てしまう。この静けさには。

 誤った情報がもとで、ソ連(が健在だった頃の作品なので)、中国、アメリカと戦火が広がり、世界中が巻き込まれていく。核による汚染は北半球を全滅させ、戦う人間も燃料も尽きたことでしか戦争は終わらない。戦闘に意味が無くなった世界で人間が生き残っているのはオーストラリアだけ。しかも、そこへも放射能「前線」は近づいてくる――こういった救いようもない事態を渚に満ちる潮のように見ている人たち。その残り少ない日々が描かれています。

 前半、<スコーピオン>が信号の発信源に生存者の有無を確かめにいくあたりまでは、ハリウッド映画的な展開を予想していました。夢とか義務感、探究心といったものが未来を変えるのかもしれない、と。

 ですが、<スコーピオン>の帰還後に変わったのは、人々の関心事でした。
 家庭菜園、レーシングカー、そしておもちゃのホッピング……いや、そもそも変わりはじめたのは、近い未来の世界を目にしてしまった<スコーピオン>の乗員からだったのかもしれない。無人となった町に上陸した乗員が連載小説の続きをよみふけってしまった、というエピソードはぞっとするほどリアル。

 こんなに天気のいい日だから、こうやって過ごすのがいいと思って――せっかく故郷に帰ってきたんですから。


 青空の下での別れの場面も印象的でした。

 最後の日を待つ人々の行動は、あまりに当たり前で、それが切ない。
 愛する家族と過ごしたい、夢のレースに出てみたい。釣の解禁日が待ち遠しい。気になることといえば、年代物のワインと家畜のエサ。そして、こんな時だからこそ規範を守りたい、と言うタワーズの生き方もわかる。
 いずれ死ぬ身で、自分の望みはなんなのだろう、と思わず考えてしまったのでした。

 巻末の解説は、この小説を「どこかほのぼのとした気持ちで読んでしまった」と書いていました。「核だけが世界の破滅を象徴していた50、60年代は幸福だったのかもしれない」とも。
 たしかに、現実は小説世界を越えています。この本の出版は1957年。キューバ危機(1962)もスリーマイル原発事故(1979)も、その後は言うまでもない。加えて、水、食糧問題に温暖化。
「私たちは何もしていないのに、何故こんなふうに死ななければならないのか?」
50年以上前に書かれた小説の言葉が、今のTVのインタビューでも聞かれているという皮肉を著者はどう考えるだろうか。自分は当事者ではないという前提はもはや成り立たない、と私は思うのだけど。まあ、こんな独り言も波間の泡にすぎない。

 やがて潮は満ちて、渚は波にのまれる。

 浜に置いた無人のカメラが、ただそれを撮影していたかのような小説でした。
(2012.6.16)


「自由軌道」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   自由軌道 (創元SF文庫)


原題「Falling Free」。人類のバイオテクノロジーの発達は新たな人間を創造するに至った。辺境の惑星に浮ぶ巨大企業の研究衛星では、無重力環境下の労働に適した子供たちが生み出されていた。だがある日、この計画に即時停止命令が下される。子供たちを破棄せよというのだ。この無慈悲な企業決定に教育担当官は敢然と反旗を翻した。

 いつも読んでいるヴォルコシガン・シリーズよりも200年ほど前のお話。マイルズは出てこないけど、ワームホールやベータ植民星などお馴染みの設定なので、すんなりと物語に入り込めました。

 無重力環境での労働力として、遺伝子操作によって足のかわりに手が4本ある姿につくられた子供「クァディー」たち。
 彼らの指導教官としてギャラク・テク社の居住衛星に赴任した主人公・レオはクァディーたちの徹底的に管理された生活にとまどいを覚える。外界の知識は与えられず、人権もない。しかし、法的には問題ないと会社は説明する。なぜなら、彼らは「備品」扱いだから。しかし、クァディーを生み出した事業計画が突然中止され、子供たちが破棄されると知ったレオは彼らを助けようと奔走する。
 ――といったお話。

 何といっても、クァディーたちがかわいい。素直で、好奇心が強く、いたずら心もある。ちょっとした悪知恵もある。読み進めるうちに、無重力空間で自由に動き回れるクァディーの優美さと比べると、レオたち地上人の無用の足がみっともない、という気がしてくるから不思議です。
 地上人の中にもいろいろな人がいます。出世と保身に汲々とするヴァン・アッタ。クァディーが可愛くてしょうがないママ・ニーラ。可哀相に、女の子に振り回されっぱなしのタイ青年。
 後半は上のような不穏な事態になってくるのですが、クァディーと地上人というようなありきたりの対立関係にならないから面白いのだろうなあ、と思います。
 なりゆきで亡命することになったミンチェンコ夫人は、クァディーたちの明るい未来を予感させるようなセリフをいってくれました。


 「なんて長いすてきな指をしているんでしょう。それに、またなんてたくさんの指。……ああ、ちょっとね。自由落下空間でクァディーが十二弦ギターを弾いているところを想像していたのよ」

 もうひとつ好きだったのは、レオの、技術者らしい現実的なものの考え方が感じられる場面が多かったこと。

 人はごまかせるかもしれない。だが、金属はごまかせない。以上だ。

 これは、伝説の授業かもしれない。
 指導者としてもなかなかの才能。捏造データを見破った経験を語って子供たちの心をぐっとひきつけ(笑)、道具の扱いからていねいに指導し、最後には教官と燃料を奪い合うまでに育てあげました。

 一人の人間のできることは限られている――それは確かにそうなのだけど、気になることに目を瞑らず、人事を尽くして天命を待つ。そんな姿には、おもわず手を差し伸べたくなるものだ、と納得したのでした(二本しか出せませんけど)
 クァディーたちと、その協力者たちの未来に幸あれ!
(2012.6.26)

 

「疾走! 千マイル急行 上」「下」 ソノラマ文庫
小川一水 著 

   疾走!千マイル急行〈上〉 (ソノラマ文庫)

   疾走!千マイル急行〈下〉 (ソノラマ文庫)


贅を尽くした内装、磨き抜かれた漆黒簿のボディ。東に向かう国際寝台列車「千マイル急行」に乗り合わせた若者たちの心は躍る。だがしかし、その目的地は明らかではなく、豪華列車にはおよそ不似合いな車両が連結されていた。

 都市国家が鉄道でのみ結ばれている架空世界の、青春ロードムービーのようなライトノベル。
 発展を極めている都市エイヴァリーの高校生たち。彼らが「千マイル急行(Thousand Miles Express)」で旅に出た直後、エイヴァリーはルテニア軍に侵略されてしまった。故郷を失い、流浪の身の上となった乗客たちは友好国の援助を求めて大陸を横断する――といったお話。

 何ていうのかな、こういう電車。いや、電車ではなく、蒸気機関車の豪華旅客列車。この程度の鉄道知識では、楽しむのに難があるかな。少年少女たちの成長物語なのだけど、そのドラマよりも「一本の線路の上」の「蒸気機関車」による逃走・追跡劇の方に力が入っているように思えてしまったので。
 この点、正直いうとかなり首を傾げました。
 列車はどう頑張っても線路の上を走らなければならないのだから、それだけで戦争状態を再現しても、現実感が無さすぎではないのかな。19世紀のヨーロッパあたりの技術発展度がモデルとなっていると思うのですが、鉄道があるということは、前段階の交通手段があって、蒸気機関を実現する科学、物理知識があって、運行するノウハウがあって……と考えてしまうのは野暮ですかね。
 ネタバレになるので詳しくは伏せますが、お話の展開に世界を動かすような発明の数々が関係するから、野暮でも口を挟みたくなるのです。ここまで書くなら、もっと違う展開を期待したいところです。

 イギリスをモデルとしているらしいエイヴァリー。著者の、大英帝国への揶揄が感じられる設定ににやりとさせられます。祖国への愛がつい鼻もちならないものになってしまう少年たち。彼らが旅を続けるうちに少しずつ思慮深くなっていく姿は好感が持てます。そのドラマをもっと読みたかったですね。
(2012.10.28)


「ザ・ジャグル 汝と共に平和のあらんことを  1」 ハヤカワ文庫
榊 一郎 著 

   ザ・ジャグル―汝と共に平和のあらんことを〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)


地球国家群間の大戦終結後、復興と平和のシンボルとして建設された永久平和都市オフィール。軌道国家群から軌道エレベーターで入都した報道士キャロルと記録士シオリは、都市の取材を通じその表層的な“平和”に疑念を抱く。やがてテロや大規模犯罪を密かに闇に葬り去る特殊部隊手品師“ザ・ジャグル”の噂を耳にした2人は、この都市の真の過酷に絶句する。

 未来の地球につくられた「平和」都市オフィールの謎をめぐるお話、になるらしい。まず一巻、読了です。

 そう遠くはないらしい未来――コンピューターネットワークが世界に行きわたり、人に直接接続できたり、人工知能も実用段階にまで発展した世界(SFにもメカにも疎いので、細かいところは違うかもしれないけれど)。
 しかし、それが成熟してしまった後、かえって、世界は「やや不便」に先祖がえりしているようです。ネットワークにひそむワームからの被害を避けるため、情報伝達は短時間にやりとりできるパックしか使えなかったり、人工知能の暴走を恐れてあえて自動化をさける、などなど。
 技術が進んで、かえって不便さを選択することになるという状況は十分ありえそうで面白いです。とはいえ、世界設定を説明する文章が多すぎて、かなり読み飛ばしてしまいました。すみません。

 また、人間の方にも複雑な時代らしい心理がある様子。
「戦場しか知らない兵士」、「戦争を知らない子供たち」。都市の安定のため、テロや犯罪を封じ込めようとする特殊部隊「ジャグル」は本当に存在するのか。大いに政治的な背景から作られた平和都市は、理想社会を築くことができるのか?
 遠大なテーマですが、報道記者キャロルとカメラマンのシオリ、そして、二人がオフィールで出会った謎めいた青年ジェイドらを通して見ることができるので、ドラマとしてわくわくして読めます。

 説明がちょっと読み辛いのですが、世界観は面白いです。そのうち慣れてくるかな。続けて読んでみます。
(2012.11.20)


「ザ・ジャグル 汝と共に平和のあらんことを  2」 ハヤカワ文庫
榊 一郎 著 

   ザ・ジャグル 2―汝と共に平和のあらんことを (ハヤカワ文庫 JA サ 9-2) (ハヤカワ文庫JA)


報道士キャロルと記録士シオリはオフィールの犯罪を秘密裏に排除する組織〈手品師(ザ・ジャグル)〉の正体を追って取材を続けていた。大戦が終わった今でも、個々の兵士や武器開発に関わった人々の間に傷跡は残っている。オフィールの影である彼らの存在が二人の目にも明らかになってきていた。そして、軌道上国家群の秘密組織〈ワルキューレ〉による陰謀がジェイドたちに迫りつつある。

 謎の組織〈ワルキューレ〉の存在、ひそかに開発が進められていた新型VACの登場など、かなりアニメっぽい設定と展開です。こういう世界観が好きな方は硬派気分を味わえそう。兵士たち個人に焦点をあてたエピソードが多いので、SFというより戦記(架空戦記)に近いような気がします。あ、戦争は終わっているのですが。

 設定はなかなか面白いのですが、後味の悪い人死にが多くて、ちょっと閉口してきました。美学を共有できない硬派って辛いかも。5巻までは読める気がしなくなってきたので、ここでギブアップします。
(2013.1.5)


4へ ← 読書記録 → 6へ
inserted by FC2 system