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SF小説 6

 

「天冥の標 T 
メニー・メニー・シープ 上」「下」
ハヤカワ文庫
小川一水 著

   天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

   天冥の標 T メニー・メニー・シープ (下)

植民惑星メニー・メニー・シープの人々は、300年前の入植当時の技術遺産に頼って生活している。電力をはじめ、生命を支えるすべての資源は「領主」、植民地臨時総督の手に握られており、その圧政に人々は苦しんでいた。不満が高まる中、医師カドムと《海の一統》の跡取りアクリラが暮らす町で謎の伝染病が蔓延しはじめた。

 古い宇宙船の動力と乏しい資源に依存する人々、遠い昔に作られたものを利用はできても、それを再現・発展させる技術は失われてしまった――こんな独特の世界の物語。

 ドライで、勢いのある文章が心地よいです。主人公たちが地上、海上、地下を縦横無尽に走り回るときに、その中にぽん、ぽん、とスケールの違う視点(メニー・メニー・シープの歴史や反乱が広がる様子)が差し挟まれて、飽きも疲れもせずに一度に読みきってしまいました。
 それにしても、こんなに人が死ぬ話ははじめて読んだかも。数ではなく(数も相当ですが)、そのあまりのあっけなさには呆然。「読み終わる頃には、そして誰もいなくなっちゃうのでは?!」と思ったら、それに近い状態でした(汗)。わああ、○○○!(伏せておきます)

 内容は……これもやっぱり伏せておきたい。いろいろなことが気になります。
 腐敗した議会員の中から始まったメニー・メニー・シープ再生の動きはどうなるのか。それをいうならエランカの荷が一番重いのではないだろうか、とか。《海の一統》はどうなっちゃうのか。《咀嚼者》の正体は。
 いや、その前にさしあたっての大問題は、太陽なのですが。
 下巻終盤でシェパード号への全権限が「甲板長」から「艦長」に返上されちゃってるのですが、その艦長は……うわあ、どうするんだ。入植時の歴史は繰り返されるのか?

 ここまで大量に人が死んでしまうと、次巻以降はこの続きではなくて別の話なんだろうなあ、と予想しております。全10巻の予定だそうですが、メニー・メニー・シープをめぐる歴史シリーズ、あるいはスターウォーズ神話めいてくるのか――いずれにせよ、楽しみにしてます。
(2010.10.7)


「天冥の標 U  救世群」 ハヤカワ文庫
小川一水 著

   天冥の標 2 救世群 (ハヤカワ文庫JA)

西暦201X年、ミクロネシアの島国パラオで謎の疫病が発生した。目の周りに特徴的な斑紋を生じ、急速に伝染、そして死に至る――その病の治療のために、感染症専門医である児玉圭伍と矢来華奈子は現地へ向かった。しかし、感染はまたたくまに世界に広がり、人類の歴史を変えることとなる。シリーズ第2巻。


 何となく好きなアウトブレイクもの(?)。はらはらしながら、あっという間に読みきりました。前の巻から間があいてしまったので、思い出しながら楽しみました。

 美しいリゾートビーチからはじまった病気は、どのように伝染するのかわからないから、なお恐ろしい。感染源も治療法も見つからない、死者は増えるばかりと、目が離せない展開。そして、数少ないながら回復者が現れたころから、物語はさらに複雑になっていきます。
 病気が世界的流行になるにつれて、各国政府の対応、WHOの動き、発病していない人たち、一般市民の病気に対する誤解。さまざまな視点がからみあっていくのが面白い。飲食店や企業の対応の仕方はいかにも現実にありそうなもの。こういう事柄をリアルに書かれますねー。
 ふと思ったのですが、感染防止するなら、神宮ではなくて東京ドームの方が適当ではないかしら。

 感染源と見られる生物を捕まえたことで、病気の謎を解明どころか、お話はとんでもない方向を指し示すようになります。さらなる世界規模の感染拡大を受けて、各国政府は感染者たちを囲い込み……と。えええ、今回もこんなところで終わりますか!?

 次も楽しみです。
(2010.12.9)


「天冥の標 V  アウレーリア一統」 ハヤカワ文庫
小川一水 著

   天冥の標 3 アウレーリア一統 (ハヤカワ文庫 JA)

西暦2310年、人類は宇宙へ進出して小惑星帯を中心に国を作るようになった。身体改造して真空に適応した《酸素いらず》の一人アダムス・アウレーリアは、冥王斑患者・救世群の人々の依頼を受けて砲艦エスレルを駆って、謎の動力炉に関する奪われた報告書を追う。


 莫大な電力を生み兵器として使用できて、国家間のパワーゲームの様相を一転させられる「ドロテア・ワット」。それを巡り、虐げられてきた救世群の人々、海賊、《酸素いらず》たちが入り乱れる――冒険活劇、という感じで楽しかったです。
 やはり、《酸素いらず》たちの独特の生き方、戦い方、その気風が面白いです。ペットを隠せ!
 古風なネルソンズ・チェック(でも色が派手)をまとって活躍するアダムスが、ウルヴァーノの予言どおりに成長する物語でもありました。

 綺麗は綺麗のままだろうが、骨は変わる。体の骨じゃねえ、腹ん中の骨だ。


 さて、前の巻から300年も未来に進んだところで、世界もずいぶん変わったらしいです。
 人類の宇宙進出。そして「クアッド・ツー」、殺戮を目的とした先制攻撃を行ってはならない等の星間協定が結ばれ、その遵守を監視する国際機関が設定された。これが、ロイズの原型だそう。
 なかなかにかっこいい設定ですが、ロイズだって人の組織、欠点も堕落もありうるはず。このロイズに大荷物が預けられるのですが、さて、この先大丈夫かしら。

 独特の世界設定にも馴染んできたので、メニー・メニー・シープも読み返してみようかな、と思います。あの名前は「酸素いらず」のことだったのね、と納得。

 ところで、この巻の(くだらない)ツボ直撃一位は、羊を数えて眠くなっちゃったダダー。可笑しい。妙に気に入ってしまいました。ちなみに、二位はサンマでした。
(2011.2.9)


「天冥の標 W  機械じかけの子息たち」 ハヤカワ文庫
小川一水 著

   天冥の標W: 機械じかけの子息たち (ハヤカワ文庫JA)

「人を守りなさい、人に従いなさい、人から生きる許しを得なさい。そして性愛の奉仕をもって人に喜ばれなさい」その言葉を存在意義として生きる《恋人たち(ラヴァーズ)》の住まう楽園である宇宙施設「ハニカム」。そこに自分の過去も名前もおぼつかない状態で目覚めた少年・キリアンは少女・アウローラと幾度も体を重ねあう。だが、何故? 何のために? 次第に記憶を取り戻しながら、キリアンはラヴァーズたちの争いに巻き込まれていく。


 「究極の娼館」と巷に噂される「ハニカム」。そこで遊ぶ人間たちの前に突然現れたのは、二体のロボットだった。ロボットはハニカムを破壊し、裁き、殺戮する。「純潔」というプレートを掲げる美しい乙女の一体、そして、「遵法」を掲げた小柄な老人。彼らの正体は――。

 勢いある展開で始まったお話は、全編くまなく性描写でした。くまなく、という言葉もやらしく見えるくらいだ。感想もあけすけな言葉が多くなったらごめんなさいね。しょうがないんです。はい。

 ハニカムを訪れる人間たちの、滑稽な、醜悪な、甘やかな欲望――こういうものを軸に物語を書こうとした本はめったにないだろうな。そういう点は意外で面白い。ただ、正直なところ「ええっと。セックスなんて、ここまで拘らなくていいじゃん?」でした。大師父の正体、倫理兵器を操る者どもの正体、キリアンがハニカムにやってくるまでの本当の経緯、と話が進展するまでに途中で飽きてしまいました。
 何が望みか、と聞かれたキリアンの気分がちょっとわかるかも(汗)。

「セックス以外のことがしたい」
「それは、どういうプレイ?」
「プレイじゃない。文字通りそれ以外だ。好きな食べ物や知り合いのことについての会話とか、おれとおまえの体以外のことだよ!」



 当初、ラゴスのキャラクターが「メニー・メニー・シープ」と随分違うなあ、と思ったのですが、最後まで読んだら納得しました。こういうことでしたか。最後に彼のもらした言葉が切なさがあっていいです。

「好きな者に触れるのはいい。抱き合ったり、セックスするのはもっといい。だが、そうやって完全に重なったら触れる相手は消えてしまう――結果、自分と無が残る」

 前作「アウレーリア一統」の少し後、「メニー・メニー…」のかなり前、という頃のお話。いくつかの謎へのヒントが書かれ、一筋縄ではいかないラストシーンにも繋がりましたから、概ね満足しました。
(2011.6.9)


「天冥の標 X 羊と猿と百掬の銀河」 ハヤカワ文庫
小川一水 著

   天冥の標X: 羊と猿と百掬(ひゃっきく)の銀河 (ハヤカワ文庫JA)

西暦2349年、小惑星パラスで農場を営む農夫タック・ヴァンディは、常にぎりぎりの生計と反抗期を迎えた娘ザリーカの扱いに頭を悩ませていた。しかし、彼の日常は地球から訪れた学者アニーの滞在で微妙に変化する。そして、その6000万年前にひとつの意識が生まれ、やがて宇宙に広がっていく。

 ええと。「アウレーリア一統」の少しあとのお話でした。おお、電車内でも読めますよ(爆)

 どこか暗い過去を隠しているらしい、でも今は地味に農場に精を出すタックとコギャルのザリーカがどうなるかとはらはらする。一方で、想像を越えた遠い昔に芽生えた存在がどのようにして生命と、宇宙と関わりあってきたか、という壮大なストーリーも同時進行。うん、この巻の主人公はノルルスカインで決まり、と見ました。
 彼(?)が無数の生命体を見る視線が興味深げで、穏やかで、突き放していていいな、と思いました。
 また、気の遠くなるような時間の中で複雑に変化していくイメージは躍動的で哲学的で、明快で――天体写真の美しさと似ている気がします。

 ノルルスカインが、われはわれなり、という意識の同一性を保ったままでこれほど続いたのは、奇跡以外の何物でもなかったと言えるだろう。精神は何度となく傷つけられ、回復してはまた傷つけられ、深い深い谷間に見られる地層のように無数に累重した。友好的でみずみずしい層の下には、行動的で熱心で力強い層があり、皮相的・冷笑的で奸智のみなぎる層があり……そういった構造すべてがストリーム制によって絶えず重ねられては折りたたまれ、叩きつぶされては積みあがった。


 羊たちに隠された秘密あり。「メニー・メニー・シープ」に出た名前と似てる人あり。「救世群」で見たイメージあり、といろいろな仕掛けに気づいたけれども、記憶があいまいです。これは一回、既刊を読み返さないといかん。
 ラストシーンを見るとどうやら次の巻は大波乱の予感ですので、楽しみです。
(2012.1.20)

 

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