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SF小説 8

 

「名誉のかけら」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   名誉のかけら (創元SF文庫)


原題「Shards of Honor」。天文調査隊の艦長コーデリアは、上陸調査中にバラヤー帝国軍の襲撃をうけて惑星上に取残された。彼女を捕虜としたバラヤー軍の艦長ヴォルコシガン、彼もまた部下の造反にあって指揮権を奪われ、そこに置き去りにされた。敵対する立場にありながら、コーデリアはヴォルコシガンの指揮権奪還に協力することになる。

 テンポのよさ、冷静な主人公二人がよかったです。くわしくは書けませんけれど、コーデリアが反乱の起こった宇宙船からシャトルで逃げ出すところなど。スピード感があって楽しかったです。
 そして、一見クールに見えながら、実は人生につまづきかけた(らしい)臆病さを持っている二人の素顔が時々垣間見えるのが、とても魅力的でした。野営しながら語る、それぞれの「友人」の思い出話、ヴォルコシガン館の残されたスケッチや放り出された勲章の数々にはせつないような気持ちになりました。

コーデリアはその物語を、刺のある奇妙な贈り物のように感じた。落としたらこわれそうだが痛くて持っていられない贈り物だ。

 全編コーデリアの視点で描かれるせいか、こんな文章がとても印象的。ヴォルコシガンはどんな思いで彼女の物語を聞いたのだろう? 対するヴォルコシガンはといえば。

「ぼくは……きみが泉のように名誉をあたりに溢れさせている、といったんだよ」

 これは、詩的、なのかな? 地球人女性のわたしには難解な詩です。
 また、会話のあちこちににじみ出るユーモアがいいです。もっとも、醤油風味のオートミールにブルーチーズドレッシングは遠慮申し上げますが。
 世界設定にはまだよく馴染めません。ヴォルという貴族階級があるらしい、バラヤーにはどろどろの政治駆け引きがあるらしい……ちょっと面白そう。基本的には彼らの息子の物語みたいですが、続けて読んでみようと思います。
(2007.7.18)

 

「バラヤー内乱」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   バラヤー内乱 (創元SF文庫)


原題「Barrayar」。幼いグレゴール皇帝を助けるために摂政となったアラール。しかし、彼を敵視する者による毒ガス攻撃でコーデリアの胎内の子は障害を負い、続いて起こった内乱によって、バラヤーは混乱に陥った。コーデリアは幼い皇帝を預かって、辺境の山中へと逃れる。

 止められず、ひきこまれて、一気に読んでしまいました。面白かったです。
 実は、「名誉のかけら」を読んだときには、コーデリアはそれほど強い女性だとは感じなかったのですよね。それが、何が何でも子供の命を救おうとする、囚われてしまった人工子宮を取り戻すために宮殿に忍び込む……母も強し、女も強し。コーデリアはすごい、です。
 アラールの方もその摂政職という立場、政治駆け引きで憔悴しているようなのですが、影がうすくなったような(笑)気さえしました。

「まったくもって、女、いままでどこにいたんだ」
「買い物よ。わたしが買ってきたものをご覧になりたい?」

 しかも、これだけではないんですよね、度肝をぬかれる「お買い物」。義父殿やお偉方には、ええと、大変お気の毒さまでした。
 エピローグで登場した小さなマイルズが可愛い〜。そして、行く末怖ろしい、と思われました。続けて読んでまいります。
(2007.8.9)

「戦士志願」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   戦士志願


原題「The Warrior's Apprentice」。生まれながらの障碍のために念願であった士官学校への道をとざされた17才のマイルズ。彼は傷心のまま出発した宇宙旅行先で古い貨物船を手に入れる。そして、戦域となっているタウ・ヴェルデ星系へ向かい、予期せぬ成り行きから傭兵隊の実戦を指揮することになった。

 主人公の挫折からはじまる物語……は、本当に倒れて骨折してはじまりました。
 ややぎこちない祖父との関係、幼馴染エレーナや従兄弟イワンと一緒にいる時のマイルズの若者らしい表情など、導入部分もとても好きです。
 マイルズは口が回り、口から出た言葉のために、またたっぷり口を動かすことになっていくわけですが……話がすすむ(というか大きくなる)につれて本を置けなくなってしまいました。
 また、パンフレット、火をつけない葉巻、訓練をさせているふりをする教官、ドライバー、紙くず同然の紙幣など、ちょこっとした小道具が気がきいてて楽しいです。薄荷のリキュールはわたしも欲しいです、ちょっとだけ。

 主人公マイルズの独特の性格は、忘れられないキャラクターだと思いました。
 訳者さんもあとがきで「ニヒルだが、繊細で一途」「育ちのよさと、肉体的コンプレックス、かけひきのうまさがいりまじった複雑な性格」と愛情をこめて語っておられます。私ならこれに加えて「理性的なようで、ところどころちょっと抜けてる」か。抜けてる、あるいは無防備にみえるから、部下から慕われるのだろうな、という気がしました。

 主人公についで印象に残ったのは、ボサリ軍曹。前作までの、コーデリアを通して描かれる姿より、格段に繊細で生き生きしていたように思います。マイルズを守り助けて17年、時々甘く見てやっている様子は、父親、ですね。
 そういえば、マイルズがエレーナに告白する言葉と、ボサリがエレーナ母に最後に伝える言葉はよく似ている気がする。どちらも、どこか手の届かない存在への憧れがあるようで切なかったです。

「笑いはきみにふさわしい。世の中のいいことはみんなきみにふさわしい」

 名句(殺し文句?)だと。しかし、アラール父、ボサリより影が薄いような気がしますが。パパ、大丈夫ですか。
 最後の章ではお墓参りにしんみりして、エピローグではマイルズの生き生きした様子が嬉しかったです。とっても面白かった。大満足です。
(2007.8.14)

「無限の境界」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   無限の境界 (創元SF文庫)


原題「Borders of Infinity」。ヴォルコシガン・サーガ中篇集。

「喪の山」
バラヤーでは障碍への偏見が根強く残っている。士官学校を卒業 したばかりのマイルズは、嬰児殺しを調査するために国守の使者として故郷の山村へ向かう。

 ヴォルコシガン国守に命じられてのひと仕事――殺人事件の真相を調べ、因習を断とうとする。  これは士官でも提督でもない、ヴォルコシガン卿としての仕事なんですね。この「ミューティ」に何ができるのか、と不安な目をするハラ、村長、村の子供たち。

「ぼくのメッセージはそんなに複雑かい? そんなにむずかしいのか? 『これからは自分の子供を殺してはいけない』ってだけのことが。」

 マイルズは人々の話を聞き、歩きまわって、やがて真相にたどり着く。そして、事実を知ることと事件を解決することを分けて考えるのは彼のやさしさだろう、と感じました。三作の中で、この話が一番好きです。赤ん坊の墓に向かって語りかける、現代風の騎士の姿には涙が出そうでした。

「迷宮」
デンダリィ自由傭兵艦隊は、ある遺伝学者を保護するために商業で栄えるジャクソン統一惑星へ向かった。マイルズは科学者とその技術を運び出すために研究所へ潜入する。

 ソーン艦長とのちょっときわどい会話にはじまり、商業惑星にうごめく大豪たちの駆け引き、なかなか本心を明かそうとしない学者のために忍び込んだ研究所でマイルズが出会ったスーパー戦士。
 最初はにぎやかで、テンポのいい話運びに引き込まれて、ちょっと目を回したのですが。研究所の地下を彼らといっしょに歩き回るうちにタウラへの愛しさがわいて、あったかい気分になりました。それと比べて、カナーバ博士はなかなか最低な人であったかと思います。ともあれ。

「本当にきみの頬骨はエレガントだねえ」

 マイルズ、そう言うきみは本当にいい男だ!

「無限の境界」
敵星の捕虜収容所に潜入したマイルズ。巨大なドームに収容され、無気力になっている一万余の囚人をとりまとめて、脱走を試みようとする。

 マイルズは何故、どうやってここへ来たのか? 謎ばかり、幻覚のようなはじまり。
 必要十分、最低限な監視と放置の中で、捕虜たちが営む小集団社会(といっていいのか?)は、寒気がしました。そこで、自分の身と口ひとつで人を動かそうとするマイルズの工夫あれこれが面白かったです。
 幻覚のようだった捕虜社会が、話がすすむにつれて現実味を帯びてくる。そして突然、幻覚と現実が転換する瞬間がやってくる。あとは、あっというまにネイスミス提督と傭兵隊、セタガンダとの戦闘という世界に引き戻されていきました。このあたり、鮮やか、お見事! と堪能しました。

 非現実から現実へ帰るマイルズ。だから、帰ってこなかった人たちのことを思うのが痛い。
……そんな気持ちで読み終えたので、終章で姿をあらわした強火力のレディがすばらしく美しく見えました。
(2007.9.5)

「親愛なるクローン」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   親愛なるクローン (創元SF文庫)


原題「Brothers in Arms」。バラヤー軍中尉であり傭兵隊の指揮官でもあるマイルズ・ヴォルコシガンは、ダグーラでの任務(「無限の境界」)のあと地球を訪れた。バラヤーからの連絡と送金を待つ間、この二重生活を記者に気づかれそうになったために、その場しのぎに嘘をつく――「ネイスミス提督とは私のクローンなのです」。しかし、その事をすでに考え、実行した人間がいた。マイルズは捕らえられ、クローンが入れ替わってしまう。

 マイルズ、エリ・クイン、イワンが活躍のお話でした。好きなんです、イワンのばか(笑)。のんびり仕事を楽しみ、彼女へのプレゼントを買う、優雅な地球生活だったのに、従兄弟のために危ない橋を渡って、騒動に巻き込まれてしまったのに、どこまでもマイペースな感じがいいのです。

 イワンはさておき。
 地球に下りて、デンダリィ傭兵艦隊の提督から中尉になったマイルズ。「提督」には懸賞金がかけられているとあって、姿を消してしまうのが一番安全と考えますが、上司となったガレーニ大佐にとっては大荷物が転がり込んできたようなもの。艦隊の整備費用は届かず、そのうちにガレーニ大佐が失踪。そして、あらわれたクローンは誰が操っているのか?

 バラヤーとコマールの政治問題、マイルズとエリの甘く、ときどき辛口の恋愛、つぎつぎに起きる事件とマイルズの口八丁手八丁に引きずり回されて、楽しかったです。一番、印象的だったのはマークとの別れ際、彼に語りかけるマイルズの言葉でした。

「ぼくはお前の持ち主じゃないんだ……何にも期待なんかないさ。望みはないよ。」
「なぜ、ない?」
「自分で考えろ!」


 自分で独り立ちして生きていかせるしかない、という言葉は、「迷宮」でタウラの生き方についてカナーバ博士に言ったこととよく似ています。マイルズ、そして著者の考えが窺われました。いつかパイロットか葡萄農夫になった(笑)彼との再会はあるんでしょうか。

 ところどころ、訳が妙だったせいか、同じ本を読み続けたせいか、うまく集中できなくなってきたので、続きは時間をあけて読もうと思います。もう買って積んであるんですけど(笑)。
(2007.9.13)

「ヴォル・ゲーム」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   ヴォル・ゲーム (創元SF文庫)


原題「The Vor Game」。士官学校を卒業、宇宙艦隊配属を希望してしていたマイルズが命ぜられたのは、辺境の気象観測官の任務だった。半年間無事に勤めることができれば他への転属希望を認める、という言葉に希望をつないでマイルズはラズコフスキー基地へ向かう。しかし、ここで起きた事件をきっかけにマイルズは思わぬ形で宇宙へ送り出され、なつかしいデンダリィ傭兵隊と再会することになる。

「君の集団力学にはほれぼれしたよ」という教官の言葉には思わず笑ってしまいました。やっぱり、普通の士官候補生はやっていられなかったらしい。ふと「無限の境界」でのマイルズの腕前が思い出されました。
 初配属地でも、司令部の「水も洩らさぬ」機密を盗み見したり(ここの原文は何だったんだろう、気になりますよ・笑)、反乱まがいの事件を捨て身で――乗り切ったはずが思わぬ逆恨み(?)をかうことになりました。
 今回、成長したグレゴールが活躍したのが嬉しかったです。

「君はしろうとを相手にしているつもりだったのか」

……なんて台詞が出てきます。
 マイルズとグレゴールは生まれた時から権力闘争、政治駆け引きの中にいたわけですが、この二人は似ているようで正反対の方向を向いているようだ、と思いました。マイルズは自分の能力のかぎりを尽くして自分の場所を勝ち取ろうとしている。

「当たり前のことをやっていては、ぼくは生き残れません!」

 何となく気に入ってます、この言葉。
 反対に、グレゴールは演じるべき役を先に決められてしまっている。そして、自分自身へのとある不安を抱えながら定められた場所で生き残らなければならない。
 それぞれ違う事情、異なる立場の幼馴染二人が一緒にいる時だけ見せる表情が微笑ましかったです。

 若者二人も魅力的ですが、おじさんたちも好きです。あいかわらず軍事史マニア(?)のタングがネイスミス提督の秘密をいつ知るのか、はらはらしました。早くばらしてしまいたい。そして、胃潰瘍もちアラール父さん。「今日は本物の料理を頼んでもいいかも」という言葉には泣けました。毎日ゼリーだったのだろうか。

 ワームホールはAからB、BからCとルートが決まっているんですよね(SFにいまいち疎いので)。いくつものワームホールがある「タコ足中継」宇宙域とプラグ差込み口がひとつしかない「どんづまり」宇宙域……。
 星系どうしの力関係、利害と駆け引き、加えて正規軍ばかりでなく傭兵隊という不確定要素も加わって、背景はこんがらがっていきますが……その間を縫うようにとびまわるマイルズとグレゴール、エレーナをはじめ懐かしいデンダリィ傭兵隊。
 ただただ、面白いなあ、と心底満足しました。
(2007.12.26)

「天空の遺産」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   天空の遺産 (創元SF文庫)


原題「Cetaganda」。バラヤーと対立しているセタガンダ帝国の皇太后の急逝し、その国葬にマイルズとイワンは使節として出席することになった。しかし、到着早々に正体不明の侵入者を迎え、さらに国葬の会場でその侵入者の死体が見つかってマイルズは帝国内の政争に巻き込まれていく。

 バラヤーと対立している国ということで、その内情も明確にはわからないままセタガンダに足を踏み入れた緊張感、好奇心でどきどきしながら読み始めたら、ちゃんと釘をさされました。

「それから、トラブルには近づくな!」

 別ルートでも言われていたみたいですね。

「イワン、彼を面倒なことに近寄らせないでね」

 釘はまったく効かなかったようです。

 ゲムという戦士階級と彼らの上に座しているホート族という貴族がセタガンダ帝国を動かしている。戦士ではないホート貴族が何故勇猛なゲムを従わせることができるのか。
 遺伝子管理によってつくられる複雑な社会の中の争い、外来人には理解しがたい風習、儀式、暗黙の取り決めをぎりぎりでかわすように、意外な方法でセタガンダの貴族社会にマイルズが潜り込んでいくのが読みどころでした。

 ホート貴族の御婦人「ホート・レディ」が重要な役割を担っています。日本の平安朝の女性を参考に書かれているという彼女たちは、バブルという乗り物(?)の中に身を隠していて、外界人には接し方がわからない。最初にホート・レディと出会った時のマイルズのどこかずれた対応が、後から読み返すと面白い。

 何となく気に入ったのは、ヴァーベイン人の女性で、マイルズたちにセタガンダの風習を説明してくれるミア・マアズ。まあまあのお歳のようですが、チョコレートケーキに目がないのが可愛いです。
(2008.1.13)


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