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SF小説 9

 

「ミラーダンス」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   ミラー・ダンス〈上〉 (創元SF文庫)

   ミラー・ダンス〈下〉 (創元SF文庫)


原題「Mirror Dance」。地球でマイルズと別れて4年、マークはクローンの子供たちを救い出すため、ネイスミス提督になり替わってデンダリィ傭兵隊に「帰って」きた。マイルズに取って替わるために育てられたマークにとってはたやすい作戦のはずだった。だが、不備と誤算のために上陸隊は危機にさらされ、後を追ってきたマイルズは胸を撃たれて死んでしまった?

 上巻前半、マークの目論見がいかにも無茶に見えるせいか気持ちがついていかなかったのですが、舞台がバラヤーに移ったあたりからは話にひきこまれてしまいました。
「マイルズ大好き」の真っ只中に、災厄の元凶として放り込まれたマークの奮闘には思わず笑ったり、ほろりとさせられました。ハンストの反対って、何てことを思いつくんだろう(笑)。ヴォルコシガン国守夫妻やグレゴールと会ううちに、マイルズにとらわれないマーク自身が育っていくように見えてよかったです。

「死んでしまった」マイルズの体はどこへ消えたのか? それを追いかけるデンダリィ傭兵隊の人たち、そして、次々もたらされる知らせに昏倒しそうな(本当に倒れた方も)バラヤーの人たちを見ていると、マイルズ小僧が彼らの中にどれだけ意味をもっているのか伝わってきます。特にイワンの姿が印象に残りました。そういえば、マークに貼りついていたマイルズの影を振り払ったのは、ある意味イワンだったのかも。

 そして、大豪に捕らえられて拷問を受けたマークはいくつものペルソナを浮かび上がらせ、その中に自分自身を守りこんでいく。一方、マイルズはばらばらに砕け散った自分の記憶を取り戻していく――二人どちらの物語も目を離せない感じで堪能しました。
 ところで、今回のグレゴールはちょっと面白い役回りですね。マイルズの幼馴染であり、そして後継者問題もあるから決して傍観者ではないのですが、マーク/マイルズの物語からは離れている感があります。打ち出の小槌、あるいはこすると出てくるランプの精を思い出しました。「何が欲しい?」は端的で、印象的な台詞。面白い場面でした。

 そして、私はこの話は基本「マークの物語」だと思っているんですが、こんな言葉を読むとやっぱりマイルズももう一人の主役なのかな、という気もしました。

 本物の宿命もすべてを奪う――
「だけど、倍にして返してくれるんだ。四倍にも、何千倍にも! といっても、半分だけ差し出すことなんかできないよ。全部出さなきゃいけない」

 同じ遺伝子を持っていても、マークからはこの台詞は出てこない。マイルズがこれまで生きてきた中で得た言葉だから、真実味と重みがあるのでしょう。

 ただ、ひとつひっかかったことは。
 マイルズは自分の死にフィリッピ隊員がどう関わっていたのかを知らないままなんですよね。ベル・ソーンもマークも知らせてない。これが、あとになってクインとネイスミス提督の関係の傷にならなければいいのですけど。心配、心配。そこまで長い伏線は張りませんかね。
(2008.3.1)

「メモリー  上下」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   メモリー 上 (創元SF文庫)

   メモリー 下 (創元SF文庫)


原題「Memory」。マイルズは任務中に蘇生の後遺症の発作を起こし、それによる失態を隠して報告したためにイリヤン長官から重い処分を受けた。ネイスミス提督の地位、バラヤーに多くのものを捧げてきた立場を失ってマイルズが絶望していた折、機密保安庁で事件が起きる。イリヤンの脳に埋め込まれた記憶チップが突然暴走を始めたのだ。

 面白かった! です。実をいうと、これまでどおりデンダリィ傭兵隊で活躍する物語を期待してたので、最初は「え、困るよ。そんな」と読みあぐねていたのですが……こうなるというのも面白い。マイルズがネイスミスではなく、ヴォルコシガンとしての立場と向かい合う――続きが早く読みたいです。

 さて。マイルズが文字通り「血と骨を捧げてきた」立場を失って、食料品店の店員の視線にすら、ひりひりしているところから話が始まります。
 誰のために、何のために働いてきたのか。アラール父さんとマイルズが二代にわたりバラヤーに尽くしてきたために、ヴォルコシガン領はまだまだ発展が遅れているらしい。失意のマイルズがシルヴィー谷を訪れた時に描かれる上空からの風景は印象的でした。
 そして、どん底状態のマイルズを迎えてくれる、なつかしい面々が嬉しいです。士官学校を卒業して、最初に与えられた「仕事」だった「喪の山」での出来事。それが今のマイルズを励ましてくれるというのは、不思議なめぐり合わせです。

「ただ進むだけです。それ以外に何もすることはないし、それを楽にする術もありません」

 レイナに対して責任があるという彼の立場もすんなり受け入れられました。

 また、今回はヴォル階級の社会の雰囲気が伝わってくるのが面白かったです。
(たぶん)何も知らない通りすがりのヴォルベルグ。男性優位のバラヤーの社会の中で、実は女性も侮れない役割を担っている――イワン母アリスがこんなやり手だとは知りませんでした。母、おそるべし。

 そして、ヴォルの若様として後継者問題から逃れられないのはいずこも同じ。イワンもマイルズも、そしてグレゴール帝も。
 アリスがあれこれセッティングしていた、という話には笑ってしまいましたが、自分の血筋へ不安を抱えている皇帝にとってはなかなか難しいことだったんでしょうね。だから、こんな言葉にはほろっと来ましたよ。

「とうとうわたしに合う人を見つけた。帝権も、皇帝も関係ない、ほんとうにわたしに合う人だ。ただわたしに合うだけなんだ」
「じゃ両手でしっかりつかんでいらっしゃい。そしてろくでもない連中にとりあげられないようにするんですよ」


 その手を死んでも離すな、グレゴール!

 おしゃべりはともかく、イリヤンの記憶チップ。
 タイミングのずれた記憶を吐き出すチップも困るけれど、それが機密保安庁の長官、何でも知っている男の脳に埋まっていたことが問題。
 トップを失って右往左往揺れる保安庁が気になりながらも、もはや権限を失ったマイルズにできることはない。それでも、養い小父、と思うほどにイリヤンを慕っていたマイルズは角度を変えて保安庁へ入り込む手立てを考えます。こういう、蛇の道は蛇(え?)、何が何でも、という発想転換をするのは女性っぽい思考な気がします(作者が女性ですけど)。

 奥の手カードを切って得た事件の真相は、やはりやるせない。この人の弁解もろもろがリアルで、憎めなかったのでした。尋問(?)を行ったのがあの人であるということも、一層気の毒に見えます。かっこよかったですけど。あの人も成長したものだ。
 すみません、ネタばれなので伏せて書いたら、何が何だかわからなくなりました。

 そういえば、マイルズがヴォルらしい格好をするために取り出した、これまで見向きもしなかった勲章の山。アラール父さんは壜の中に詰め込んで放っておいたみたいですが、息子の方はちゃんと仕切りに入れてたんですね。親子でもちょっと違うらしい。
(2008.3.25)

「ミラー衛星衝突 上下」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   ミラー衛星衝突 上 (創元SF文庫)

   ミラー衛星衝突 下 (創元SF文庫)


原題「Komarr 」バラヤー皇帝とコマール人女性の歴史的な婚礼が近づく中、惑星コマールのミラー衛星に貨物船が衝突した。単なる事故か、何らかの意図のある破壊工作なのか。マイルズは聴聞卿としての初めての仕事に赴いた。

 前巻から6年、この本の原書が出てから14年。いずれにしても、待たれていた新刊ですねー。前の巻で聴聞卿となり、地上に腰を落ち着けることになりそうなマイルズ。そして、夫とともにコマールに暮らすエカテリンの自立と出発の物語でした。
 私は読み始めてから日が浅いけど、長年待たれていた方にはお祭り、でしょう。そして、期待を裏切らない面白さでした。まさに「人為的な不足は一切なし」!

 「皇帝の声」という物々しい立場の特権をどう扱おうか、探っているマイルズが面白い。キャンディーの店でうずうずしている子供らしいです(笑)
 しかし、ネイスミス提督は湯水のように金を使ったけど、ヴォルコシガン聴聞卿は特権を安くばらまいたりはしないのです。

 そして、初登場のエカテリン。夫との気持ちのずれを10年もじっと見つめていた彼女は、ある意味、夫を愛していたんだろうな。しかし、植物とはのびるものであるように、エカテリンの戦士の心もまた夢想の植物園に閉じこもってはいられない。

「今なら、何をしたいのかわかってます。……本物の専門知識、誰からも脅されたり、馬鹿げたことに従えと強要されないための手段のようなものが欲しいわ。」
「自分の中の戦士の心に訊いてごらん。戦闘のまえの晩に脱走するのは、熱戦の最中に脱走するよりましなのか」



 そんなエカテリンをマイルズはひどく気に入ったらしい。
 読みながら、「どうも今回は勝手が違うな」と感じたのですが、それもそのはず。他の読者さまが感想に書かれてたように、武器を持って乗り込んでいく仕事ではないんですよね、聴聞卿というのは。じっくり観察して、突いたりひっくり返したりしていました。そして、「突っ込んでいく」のは、エカテリンの役目になっていた。この二人は結構いい組み合わせかもしれない。

 そして、同じく初登場の機密保安庁のチュオモーネンは、機転を買われてスカウトされております。どうやら再登場しそうな雰囲気。次のおはなしが楽しみです。
(2012.4.1)


「任務外作戦 上下」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   任務外作戦 上 (創元SF文庫)

   任務外作戦 下 (創元SF文庫)


原題「A Civil Campaign」。皇帝の結婚式を前にバラヤーに戻ったマイルズは、コマールで出会ったエカテリンに求婚しようとしていた。だが、相手は夫を亡くしたばかり。とりあえず搦め手から攻めようと、屋敷の庭園デザインを依頼することにした。彼女が落ち着いたころに、結婚を申し込めばいい。計画は完璧なはずだった。ところが、求婚者たちが彼女のまわりをうろつきはじめたのだ。マイルズの恋の行方は。後日譚「冬の市の贈り物」も収録。

 おめでとう、皆々さま。という感じに、見事にハッピーエンドとなりました。
 シリーズの他作品と比べてちょっと喜劇的な展開、エピソードが多くて、電車の中で笑いをかみ殺しながら読むこともしばしば。こういう楽しいのはいいですね。ただ、人称が入れ替わるせいか、翻訳がわかりにくい箇所が多いのが残念ですが。
 マイルズは知恵を絞って「こっそり」と求婚のタイミングをはかっていたようですが、意図したとおりにことは運びません。というより、誰の目から見てもばればれだったらしい。マーチャの無邪気なひと突き。

「カリーンはマークから聞いたの。わたしはイワンから。ママはグレゴールからで、パパはピムから。秘密にしておきたいのなら、マイルズ、どうしてみんなに話してまわるの?」

 どすっ!

 どたばたからなんとか抜け出したいと願っているのに抜け出せないラブロマンス編……かと思いきや、ちゃんとヴォルたちの陰謀、策略もはりめぐらされています。
 普通の陰謀であれば、マイルズの出番もあったのでしょうが。漠然と世論を動かす噂話では、彼のやり方――口八丁にしろスタナーにしろ――では効かない。そこへ、あらたな強火力のレディが登場しましたね。陰謀のあらたな解決法を発見、というところです。

 今回、気の毒だなあ、と思われたナンバー1は、いとこのイワン。
 うわついて見えるけど、馬鹿じゃないのに! 彼のレディが見つからないのは今に始まったことじゃないが、レディがライバルになってしまうという悲喜劇。しかし、今回一番働いたのはイワンだと思うのですよ。
 ヴォルラトイェル国守の座をめぐるドノ卿の計画を知らされて驚愕。しかし、グレゴールに話を通せ、ときっぱり言うあたり、やっぱり彼は私のツボなのです。

 併録の「冬の市の贈り物」には、懐かしい面々が登場。それだけでも嬉しい。容姿と心根のギャップで異彩をはなつタウラと、贈り物ひとつで存在感を強烈にアピールしたクインが印象的。ここでも、マイルズはさっぱりお役に立っていません。

 どうもこの巻では、マイルズはバター虫ほどにも働いていないな! (爆)

(2013.4.6)


「外交特例」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   外交特例 (創元SF文庫)


原題「Diplomatic Immunity」。結婚一年の記念日を前に、銀河宇宙へ遅い新婚旅行に出かけたマイルズとエカテリン。ところがそこへ故国からの急使が入る。グラフ・ステーションに停泊していたコマール船籍の通商船団から、護衛を務めるバラヤー艦隊の士官が消えた。聴聞卿としてその件を調べ解決して欲しいという、皇帝じきじきの要請だった。妻をともない、調査に向かうマイルズだったが…。

 万人をやきもきさせてゴールインしたマイルズとエカテリンの新婚旅行は、やはり月並みにはなりませんでした。
 グレゴール帝からの急送文書(書、ではないけど一応)によれば、宇宙施設グラフステーションでバラヤー艦から兵士が行方不明となり、それがきっかけで住民との間で緊張が高まっているという。ステーションには遺伝子操作で四本の手を持つ種族クァディーが暮らしており、彼らは人間を地上人と呼んで警戒するため捜査は困難だ。
 新婚旅行中の二人は人工子宮で成長中の赤ん坊アラール・アレグザンダーとヘレン・ナターリアの誕生日までには家に戻りたいと思いつつステーションへ向かう。そこでマイルズは、かつてデンダリィで共に働いたベル・ソーンと再会した。

 面白かったー。舞台が宇宙になるせいかな。マイルズの活躍具合は「ミラーダンス」以前の雰囲気そのままです。
 読み始めて「おっ」と思ったのは、「自由軌道」で誕生したクァディーという種族がすっかり繁栄して独自の文化を築き上げていること。かつてミンチェンコ夫人が思い描いたクァディーの芸術が花開いたことが嬉しい。
 ただ、彼らと地上人の関係が芳しくないため、あまり物見遊山できないのが残念です。エカテリン視点で見たかったなあ。そういえば、マイルズの、お土産に「首を持ちかえるな」というジョークには思わず笑ってしまった。武勇伝は語り継がれているようです。

 さて、マイルズと宙港長ベル・ソーンは調査の最中に爆破事件に巻き込まれる。犯人の狙いは聴聞卿の命なのか、否か。クァディーと地上人の対立を煽っているのか。
 さらに、ステーションに足止めをくらった乗客の中には荷物や予定を案じて不満が高まってくる。そして、ベル・ソーンの失踪、謎の密輸業者を捕まえたことで事態は急展開を迎えた――。

 マイルズたちを襲った災厄にははらはらしました。この辺り、何を書いてもネタばれになってしまうのだけど、ざっくりとセタガンダが関係あるということで……。こういう血が湧くような展開も久々でいいですね。あと、宇宙服の使い方が独創的で、いや、ベル・ソーンでなくても「提督、健在!」と思いました。

 さて、双子(ということになりますよね)たちに入れ込みそうなマイルズが意外。まだ生まれてもいない赤ん坊にこんなに甘々なら、生まれてきたらいったいどうなるのか。
一見普通に見えて、やはり舞い上がっている彼をエカテリンがうまくいなしているのが微笑ましかったです。
 次のお話の翻訳を心待ちにしています。直近3作が毎年出版されているので、これは……期待していいのかな。
(2014.4.14)


「大尉の盟約  上」「下」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 

   大尉の盟約〈上〉 (創元SF文庫)

   大尉の盟約〈下〉 (創元SF文庫)


原題「Captain Vorpatril's Alliance 」。コマールで軍務についていたイワンのもとを友人の機密保安庁職員が訪れた。女の子を一人ひっかけて欲しいというのだ。女の子ならイワンの得意分野。 少々強引に彼女の家に押しかけたはいいが、いきなりスタナーで撃たれて拘束され、さらには誘拐容疑をかけられた。彼女が追われていることを知ったイワン は、窮地を逃れるため偽装結婚を申し出るが……。

 今回はイワンが主役。コメディタッチで、またジャクソン人の女の子テユの視点からバラヤーを見る楽しみもある巻でした。
 軍本部で日々届けられる「蛇」を選り分けて平穏無事な毎日を送っていたイワンですが、友人の頼みを引き受けたことで大蛇を背負い込むはめに。出会ってすぐの女の子たちにスタナーで撃たれるって衝撃的ですね。
 一方、撃った方の二人の女の子たちもかなり謎めいています。偽名を使って身を隠し、何者かに命を狙われているらしい。イワンは成り行きで二人を自宅に匿い、さらに成り行きでその一人テユと結婚することに。交際三日、婚約三秒というところか。
 その後もイワンは苦労続きですが、テユの方はいたってマイペース。彼女にくっついてきたもろもろ(笑)を文句言いながらも世話してるわけですから、イワンはなんのかんの言っても育ちがいいんだな、と感じました。

 テユにバラヤー社会を説明する場面が多いので、シリーズの中で一番世界設定が細やかに書かれていたように思います。バラヤーの歴史や周辺宇宙との関係など「そうだったんだ」なんて思うことも多かった。
 個人的なお楽しみは、ヴォルバール・サルターナの街並み、古い壮大な皇宮、機密保安庁の歴史ある建築についての箇所。何だか、今年見てきたプラハの風景とかぶるのです。新旧の建物が隣り合わせて建っている感じとか、華やかというより骨太で重厚な装飾がぴったりあのイメージ。著者のビジョルドさんはどこをモデルにバラヤーを書いているのかなあ。

 また、これまでのマイルズ視点では書かれてこなかったエピソードも印象に残りました。
 特に、イワンのお父さんの死後のことはアリスおばさんでないと語れない。ヴォルパトリル家の毎年の葬儀をめぐっては、アリスおばさんにもイワン本人にもそれぞれいろんな思いがあったんですね。
 弔いに際して髪をひと房捧げるという風習はこれまでも描かれていましたが、この場面にテユが参加したことで、バラヤー人の情の深さみたいなものをより強く感じました。

 おまけとして嬉しかったのは、待望の双子誕生後に思ったとおり親バカになったマイルズの姿を見られたこと。杖をついているようですが、何かあったのかな。可愛がり方、ほめ方が突拍子もないのは相変わらず。マイルズらしい。

「あの子を見つけたよ。食堂の防衛戦は破ったけど、正面玄関で行く手を阻まれたんだ」


 そういえば、この時ヴォルコシガン館にグレゴールが(皇帝ではなく)国守としての立場で来ていたことにちょっとびっくり。こんな場面は初めてですよね。今回、グレゴールはいつもよりも身分に纏わりつく規則からはずれた行動をしていたように思えます。上のおでかけでも、終盤の審問会議でも。けっこう好きにやってるね。「ヴォル・ゲーム」で描かれた生真面目な若い皇帝に見せてやりたいくらいです。それは、皇帝という立場がグレゴール個人と融け合ってきたせいなのかもしれない。

わたしは毎日命のやりとりをしています。それはわたしが二十歳になったときから、わたしの失策に対してバラヤーが払ってきた対価です。

 ……グレゴールも年をかさねたのね。

 さて、ドタバタ続きのお話ですが、その極めつけはアレでした。あの、皆を恐れさせ、マイルズが活躍したあそこが。そして、そこから出てきた諸々はバラヤーの歴史観や未来に何らかの影響を与えるのでしょうか。これまでバラバラに思い描いていたバラヤーとセタガンダのつながりが垣間見えるようでした。
(2015.10.5)

 

「遺伝子の使命」 創元SF文庫
L・M・ビジョルド 著  小木曽絢子 訳 
4488698115遺伝子の使命 (創元SF文庫)
Lois McMaster Boujoid 小木曽 絢子
東京創元社 2003-12

by G-Tools
原題「Ethan of Athos」。男性だけが人工子宮を使って生殖を続けてきた惑星アトス。しかし、長年使われてきた培養基の不具合により子供が減り、しかも高額を払って輸入した培養卵巣は何者かによって偽物にすりかえられていた。この事件を解明し、新しい培養組織を手にいれるために宇宙に派遣されたのは青年医師イーサンだった。見聞きするものすべてが不可解なクライン・ステーションで、彼は生まれて初めて女性――傭兵エリ・クインと出会った。

 生まれてはじめてみる女性に翻弄されるイーサンが可笑しい。はじめて出会ったのがクインとは。「普通はこんなに波乱万丈な生き物じゃないんだよ」と思いつつ、でもさばさばとした気質のクインでよかった、とも思いました。

 クインがそこに居合わせたのももちろん偶然ではなかった。彼女は彼女で諜報任務を帯びており、それはある正体不明の人物を通してイーサンの抱える問題ともつながっていた――事件の複雑なこととセタガンダ人との追いかけっこにはらはらしながら、一気に読みきってしまいました。面白かった!
 窮地をくぐりぬけ、少しは外世界に馴染んだかと思ったイーサンですが、やっぱりどこまでも頑固にアトス人だったらしい。

「それでいまは、女についてどう感じているの?」
「あー――」彼は考えてからいった。「きみが窓について感じているようなことじゃないかな。きみは窓に慣れたと思ったことがあるかい。あるいは窓を楽しむ気分になったとか」


 でも、クインへの頼みごとを聞くと、ずいぶん変わったのかもしれないと思いました。

 楽しかったけれど、やっぱりマイルズの活躍も読みたいです。
(2008.11.13)

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