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SF小説 10

 

「CRYOBURN」 Baen Books
Lois McMaster Bujold 著 

   Cryoburn (Vorkosigan Saga Book 15) (English Edition)


皇帝の命を受けて「キボウダイニ」星を訪れたマイルズは、冷凍睡眠企業の主催するレセプション会場から何者かによって誘拐され、その後、下町の片隅でジン・サトウという少年と知り合う。キボウダイニで行われている民間事業をバラヤー帝国が懸念する理由とは何か?

 5か月かけて読了です。苦労したし、わからないままの箇所も多いけれど、ともかくもマイルズに会えて嬉しい! しかし、邦訳が出版されたら一週間で読んでしまうのでしょう(笑)

 今作はマイルズ、親衛兵士のロイック、そして、キボウダイニ(希望第二)でマイルズが出会った――というか、マイルズを拾ってくれた11才の少年ジン・サトウの視点が入れ替わりで進んでいきます。著者が日本文化に興味をお持ちなのは知っていましたが、この巻ではそれが爆裂。怪しげな日本名人物が次々登場し、取引先の畳の部屋でランチをいただく、という妙な場面もありました(笑)

 さて、レセプション会場から政治団体 New Hope Legacy Liberatorsによって誘拐され、やっと逃げ出したマイルズ。彼を動物好きのジンが猫でも拾うように拾ったのが始まり。この少年、一人親の母が行方不明になって妹とともに親戚に預けられたものの、しっくりいかずに家出してしまったという。そして、その母親が失踪前にあるNPOのようなグループに属していたことがマイルズの任務にも関わってきます。

 一方、マイルズと同様に誘拐された親衛兵士ロイック、そしてデュローナ・グループの医師レイヴン・デュローナ(Raven Durona)も誘拐犯の手から逃げ出します。マイルズやマークと深い因縁のあるデュローナ・グループの医師が何故ここにいるのか? マイルズが注視している White Chrysanthemum Cryonics Corporation(白菊冷凍技術社、という感じかな)の事業内容とは? そして、キボウダイニで急発展を遂げているらしい冷凍睡眠ビジネスに、何故バラヤーの聴聞卿が興味を抱いたのか?
 ――ざくっと言えば、こんなお話。
 以下、重大なネタバレはしませんが、「ちょっとでもネタバレは嫌!」という方は読まないで下さいね。









 どうしても英語で理解できなかったのが、話の肝である冷凍睡眠企業の詐欺行為と隠蔽工作のカラクリ。
 密林のレビューを見ると『債権の証券化』がキーワードとなっているようですが、もう、そこからしてわからん。多分、邦訳が出ても理解できないだろうな。ええ、要するストーリーのキモの部分を読み飛ばしたわけです。すみません。なので、以下が邦訳が出たらチェックするための怪しげな覚書。

 White Chrysはソルスティスで冷凍睡眠に興味を持ちそうな上流の女性の顧客リストを持っており、一方コマールの富裕層向け株も売り出している。それを見たとあるコマール人老婦人が「これは何か匂うわ」と、可愛がっている姪に相談する。彼女も同じように感じて働き者の夫に相談。そこで、世にはグレゴール帝として知られる「夫」が聴聞卿であるマイルズを差し向けたらしい。

 ――しかし、私は何が「匂う」か、さっぱりわからなかったのでしたorz

 マイルズが派遣されたのは、これがバラヤー帝国領コマールへの無血の侵略とも言える事態であり、さらには領事館の汚職も疑っていたからのようです。
 コマールでは個人とは別に氏族(一族?)として相続可能、売買可能な選挙権があるらしい、それをWhite Chrysは山ほど持って売買しているらしい、White Chrysの幹部はコマールに子会社を設立してそこに投資を集中させている……らしいけど、それでどうして儲かるのだか、理解できません。マイルズは「two-tiered scam(二重の詐欺)」と言っているんですが。「任務外作戦」を読み返していたら、皇帝の婚礼パーティに出席していたコマール人に『選挙権つき株を保有している人物』という説明があったので、それとも関係あるのでしょうか。

 これに加えて、ジンの母親リサ・サトウを探すうちに別の冷凍睡眠企業 New Egypt Cryonics の事業内容にも怪しげな点があるとわかってきます。
 ここで働いていたレイバー博士は、冷凍保存液の品質不良のために顧客が覚醒できない可能性があると気づいて上層部に報告。しかし、それが明らかになると会社は莫大な損害補償を引き受けなければならず、事実を隠そうとする。レイバー博士がリサたちのグループに暴露データを預けたために、彼らはNew Egyptから命を狙われてしまった。リサが行方不明になった理由はこれです。
 他にも、統合、買収が活発に行われる冷凍睡眠業界では責任のありかが曖昧なままで金だけが動いているらしい。怖いですね、眠ってる間に、自分の権利や契約が変えられてしまうのでしょうか。



 こんな曖昧なメモ書きもいい加減にしておきます(爆)

 お話とは直接関係ないのですが、マイルズとエカテリンの可愛い子供たちに少し触れられていて嬉しかったです。サッシャ(アレクザンダー)とヘレンという5〜6歳の双子を先頭に、3歳のリジー、10か月になるタウリー、と家族が増えたようです。この末っ子については、ちょっとしんみりするのですが。
 しかし、父親となってもマイルズのブラックジョークは健在の様子。これには思わず笑いました。

゛Where I come from, someone's head in a bag is generally considered the best revenge゛

「私の故郷では、誰かの首を袋に入れるのが最高の復讐とされてるんですよ」



 そうだよね、忘れられない場面でした。

 そして、しんみりといえば最終章。長いこと、おそらく士官学校試験に落ちたあの晩から、マイルズがずっと恐れていた日がやってきてしまいました。周囲の人のさまざまな思いを描いた最終章でした。
(2016.3.20)


「マイルズの旅路」 創元SF文庫
小木曽絢子 訳 

  マイルズの旅路 (創元SF文庫)


原題「Cryoburn」。皇帝直属聴聞卿マイルズは途方に暮れていた。皇帝の命で、“キボウダイニ"と呼ばれる惑星で人体冷凍術の蘇生会社主催の会議に参加したところ、反乱分子らしき連中に誘拐されてしまったのだ。誘拐犯の手からは逃れたものの、地下に広がる冷凍睡眠施設で迷ってしまい、偶然出会った少年ジンに助けられた。ジンの母親は何らかの事情で強制的に冷凍睡眠させられているらしい。この惑星で何が起きているのか?

 邦訳が出ました、待ってました! 
 シリーズ完結作であることを重視してか、タイトルが原題とはかけ離れていますね。cryo〜が「冷凍」、+burn なので、「絶対零度」的な(?)かっこいい造語がいいなあ、なんて考えて楽しみにしていたんですけど。まあ、すっきりまとまってこれも良し、なのかな。

 原書でつまづいた諸々のからくり、うっすらわかりました。
 というか、グレゴール帝の命を受けての仕事はシラギク社の方であり、ジンとの出会いをきっかけに巻き込まれるニューエジプト社のごたごたはまったく別の話なんだ。日本語で読んでようやく気づいた(笑)
 そして、冷凍された顧客の投票権の話はコマールならではの事情で生まれた「匂う」話だったんですね。人体冷凍技術の光と闇……ではなく、陰と闇の話。契約の売買によって二重、三重の利益を得ようとする企業の実態がこれから世に明らかにされるんでしょうか。

 ところで、人名に注目してしまうのは原書読みの功罪というか。
 レイバー博士とラヴェンはわかりやすくなってよかった。私はRavenはレイヴンと読んでいたので、何度もレイバーと間違えそうになりました。でも、ジンとミナのお母さんはリサの方がよかったんじゃないかなあ。ライザでは皇后と同じになってしまうし、日系(?)の名前ならリサの方が自然だよね。

 閑話休題。マイルズも年を取りました。でも、皮肉屋ぶり、抜け目なさぶり、それでいて弱い者に優しいところは十代の頃と変わりませんね。そして、子どもあしらいの上手さは芸術的ですらある。知恵の回る悪党や爆発寸前の手下どもに鍛えられてきましたからね。

「よく考えろよ。君たち武官は機密保安庁の訓練を受けているんじゃないのか。機転をきかすんだ」


 また、マークとの兄弟らしい会話には少しほろりとしました。こんな話が出るということは、やはり体調がよくなかったということなのね。

「その実験はまだ危険だと宣伝されたら、実際に説得できるかもしれない。例の昔気質のヴォルの帝国への奉仕の気持かなんかで」


 あの人の性格をよくわかっているなあ(笑)。
 二人が兄弟らしくなれたのは、あの両親あってのこと。だから、エピローグはどれも噛みしめるみたいにゆっくり読んだのでした。

 好きなシーンは原書の感想で書いたので、ここでは割愛。でも、邦訳を読んでようやっと『読み終えた』気になれました。

(2017.4.10)


「女総督コーデリア」 創元SF文庫
小木曽絢子 訳 

  女総督コーデリア (創元SF文庫)


原題「Gentleman Jole and the Red Queen」。夫アラール亡きあと、女総督として惑星セルギアールを統治しているコーデリア。新首都への移転計画は進まず、夫の恋人でもあった艦隊提督オリバー・ジョールへの気持ちも、もやもやしたままだ。アラールという大木を失った今、オリバーと自分はどうなるのだろう。そこでコーデリアが打った手は、マイルズら家族をも驚愕させるものだった。ヴォルコシガン・シリーズ、後日譚!寡婦となったマイルズの母コーデリアの新たな人生を描いたスピンオフ。

 帯にあるような「後日譚」と思って手に取ると心乱れるかも(笑)。密林の紹介文にあるスピンオフという言葉には納得。本編とは別作品という気持ちで読む方が楽しそうです。

 女王コーデリアの生き方まっしぐらに周囲の家臣どもが振り回される話、と言うと身も蓋もないですかね。
 でも、そこが清々しいのはさすが。誰にもへつらわず、自分にとって大事なものが大事、と明言して生きてきたコーデリアだからこうできる。著者はシリーズ最終作という位置づけを意識されたのでしょう、コーデリアとアラールが出会ったセルギアールが舞台。かつてコーデリアの経歴も生き方もがらりと変わった場所で、再び新しい人生を歩み始めているのね。

 それにしても、読み始めてすぐびっくりしたのは、アラールとジョールの関係。え、知らなかったよ。そんなそぶりはありましたか?  オリバー・ジョールは気弱だけどいい人。部下にも上司にも愛される稀有な人物みたい。
 おかしかったのは、ジョールが自分の昇進と子どもを持つことの板挟みで悩むところ。世の女性はみんなこの問題に悩まされるのですよ。少しばかり意地悪な言い方ですが、ジョールの困惑ぶりに「大変さが少しはわかったでしょ」という思いもわきました。
 でも、こう教えてくれる人もいるから、大丈夫でしょうね。

「武器の分解を覚えられる男なら、襁褓の取り換えくらいできます。子どもは不発弾みたいに優しくそしてしっかり扱えばいいんです。昔、騎馬隊の時代には、1トンの肥料だと思えっていわれたそうです」


 さて、コーデリアは長らくバラヤーの要人の妻という顔をし続けてきて、アラール亡き後にすこしずつ自分らしさを取り戻していったのでしょうね。

「アラールはバラヤーのすべてを、情熱のかぎり、心のなかの絶望や苦しみも含めて愛していたけど ……(略)…… だから、いまそこに眠っているのは当然よ。だけどわたしは、もっと生きている記念碑を彼の思い出のために作りたいの」


 決して簡単なことではなく、そのために数年を要したことは文中からうかがわれる。でも、自分の将来の計画を身近な人たちに伝える言葉を選ぶ姿に、これでこそコーデリアだという気持ちになりました。
 この、通信を送る場面がけっこう好き。まずは誰に連絡するか、相手の反応を想像しながら何をどういう順番で伝えるか――考えていくうちにコーデリア本人の気持も整理されていったんでしょう。もちろん、功を奏してますよ。さすが、女王。

 後半はマイルズとエカテリン、子ども達も登場して、雰囲気がぱっと明るくなりました。コーデリアのパートナー紹介、子どもよりも年の離れたきょうだいができるというニュースにマイルズもびっくり。多分、この巻で始終衝撃を受けていたのはマイルズだろうかと思われます。寿命が縮まないか心配ですよ。

 コーデリアやジョールの子ども(アラールの、ともいうべきか)が誕生して育つところも読んでみたいなと思う。もう1冊くらいどうでしょうか?
(2020.10.14)

 

「ココロギ岳から木星トロヤへ」 ハヤカワ文庫
小川一水 著 

   コロロギ岳から木星トロヤへ (ハヤカワ文庫JA)


西暦2231年、木星前方トロヤ群の小惑星アキレス。戦争に敗れたトロヤ人たちは、ヴェスタ人の支配下で屈辱的な生活を送っていた。そんなある日、終戦広場に放算された宇宙戦艦に忍び込んだ少年リュセージとワランキは信じられないものを目にする。いっぽう2014年、北アルプス・コロロギ岳の山頂観測所。太陽観測に従事する天文学者、岳樺百葉のもとを訪れたのは……。

 とてつもなく大きな空間と時間にまたがって存在する知的生命体カイアクと人類とのファーストコンタクトのお話。ミソはカイアクが「時間」をもまたがっているところ。つまり、頭は2014年のアルプス岳、しっぽは2231年の小惑星。そして、カイアクの体?を通して一方向(これもミソ)通信できるのですが、その未来からもたらされた通信がこじんまりしているところが面白い。

 はじめまして ぼくたちは戦艦アキレス号の核室に閉じ込められています
 ぼくたちは外へ出たい
 もしくは宇宙服がほしい 助けてください



 いい味だしてます。
 突拍子もないが、これはファーストコンタクトである、と色めきだった人たちがいる一方、ファーストコンタクトもいいけど、ところでこの二人はぜったい超可愛いよね、と別の観点で色めきだった人たちもいます。人間、そんなものだよね。

 いろいろ突っ込みどころはあります。
 戦争に敗れたトロヤ人の都合なんて、あんまり登場しないし。巨大な大根が観測所に刺さっている間も歴史は変化し続けるのじゃないだろうか、とか。いや、そもそも歴史が変わったら、記憶も消えるんじゃないだろうか、とか。ああ、それを真面目に書いたのが「時砂の王」になるのね。ならば、そこを突っ込むのは野暮というものでしょう。
 うん、「時砂〜」の未来方向バージョンのお話です。

(2013.4.23)


「イカロスの誕生日」 ソノラマ文庫
小川一水 著 

   イカロスの誕生日 (ソノラマ文庫)


翼のある人がいる。空を飛べるだけでなく、なぜか、自由奔放な性格をも備えている。自在はるかは、そんなイカロスのひとり。だが、その気ままな生活は激変した。イカロスを社会の不穏分子とみなし、規制する法律が成立したのだ。はるかは、なにか不気味な勢力が動き始めたことを知る。追われたイカロスたちは立ち上がる。だが、事態は思わぬ方向へ。

 15万人に1人くらいの割合で生まれる、背中に翼を持つ人間「イカロス」。自由奔放で群れることを嫌い、社会常識に囚われない――そんな性質故に彼らは「反社会的存在」「不穏分子」とみなされ社会的権利を奪われ、警察に追われる。
 イカロスの1人である主人公・はるかはイカロスたちを保護している会社で働き始める。しかし、イカロス絶滅を目論む謎の権力の手がはるか逹に迫ろうとしていた。

 ――こんなお話。
 イカロスの些事にこだわらない性格、歯切れいい会話が楽しくて、さくさく読み切ってしまいました。それに、軽やかに空を滑空する描写も魅力的。高所恐怖症の私がそう思うのだからお見事。この話がどうやって生まれたか、あとがきの言葉も面白い。

 そもそも、なぜ人は飛びたがるのか。逃げたいから、という気持ちがあるんじゃないでしょうか。誰でも一度は経験のある「空を飛べたらなあ」という思い、たいていは逃げ出したいほど困ってる時に考えるものです。してみると、飛行願望はあまり前向きなものではない。カッコ悪いものである。


 そうかな。まあ、逃げたい時に、という面もあるかもしれませんが、好奇心とか挑戦したい心持ちも多分にあるのじゃないかな。高所恐怖症だからじゃないですよ(笑)

 どこまで早く飛べるのだろう、どうやったら素早く旋回できるか。それを夢中になって考えていたイカロスたちが、ただの人間たちより先に一歩、というか一はばたき先に出るのは当然なのかもしれない。
 読みながら、社会から締め出されるイカロスたちの戦い、謎の組織に捕えられたはるかを襲う悲劇に一度は絶望しそうになりますが……ちゃんと気持ちのいいラストシーンに収束されてほっとしました。
(2014.1.30)


「プラチナデータ」 幻冬舎文庫
東野圭吾 著 

   プラチナデータ (幻冬舎文庫)


国民の遺伝子情報から犯人を特定するDNA捜査システム。その開発者が殺害された。神楽龍平はシステムを使って犯人を突き止めようとするが、コンピュータ が示したのは何と彼の名前だった。革命的システムの裏に隠された陰謀とは? 鍵を握るのは謎のプログラムと、もう一人の“彼”。果たして神楽は警察の包囲 網をかわし、真相に辿り着けるのか。

 以前から気になっていて、ようやく手にしました。上のあらすじを読むと神楽だけが主人公のようですが、冒頭から登場している浅間刑事もちゃんと主人公です。テンポよく、さくさく読み切りました。

 ですが、推理小説としてもSFとしても物足りない気がします。
 スズランの正体はすぐわかってしまったし、神楽に容疑がかかった時点で「それなら、あの人にも可能性が」と考えたし。
 SF仕立てですが、現代より少しだけネットが広く使われている、というくらいで世界観に特徴があるわけでもない。物語の要であるDNA捜査システムも中途半端な扱いでした。唯一、鉄道のタッチパネルの利用法は怖かったので、もっとその辺りを追及して欲しかったです。

 折しも、マイナンバーが現実化し(嫌ですね)、その成立過程も起きうる事態もちゃんとなぞってあったので、社会派としての面も期待して読みはじめたのですが……これも、最後にはあっさり突き離されました。

 どうも、この著者の本とは縁がないのか、相性が悪いのか。文章自体は読みやすくて好きなのですが。機会があれば、また別の小説に挑戦してみたいです。
(2015.9.28)


「あなたにここにいて欲しい」 文化出版局
新井素子 著 

   あなたにここにいて欲しい (ハルキ文庫)


お互いのことはお互いが一番よく判っている――特別な関係で強い絆を持つ真美と祥子。小学校からの付き合いで、二十三歳になった今でもふたりには誰にも言えない秘密がある。しかし、綾子と名乗るカウンセラーと出会ってから、祥子の様子がおかしくなり、忽然と姿を消してしまった。“祥子が私を拒絶するはずなんてない!!"そう強く信じずにはいられなかった真美だが、現実はもっと深刻なもので……。

 文庫版にリンクします。懐かしい読書第二弾(笑)奥付は昭和59年ですと!

 厳しい家風に嫌気がさし、自由な人生を求めて上京した幼なじみの真実と祥子。頭脳明晰ながら生活能力のない祥子と、常識的で姉御肌の真実はいい組み合わせで、ある意味互いに依存しながら東京での暮らしを満喫していた。しかし、偶然出会った謎の男女の存在が二人の関係に影を落とす――という話。

 親子関係、精神的成熟、自我の確立など、心理学的なモチーフが扱われていて、そういう知識のある人ならいっそう楽しめると思います。
 私はといえば、この本を読んだのが十代だったので、まさにこういった問題渦中にあったわけです。当時、テーマをどれだけ掴んで読んでいたかは覚えてませんが、今まで処分せずに本棚にしまってあったということは、心に残る一冊だったと言えるのではないかと。

 あらためて読み返してみると、好みが分かれる作品だろうなあと感じました。読みどころが後半の独白なので、これを読み切れなければ他に何があるわけでなし……って、すみません。でも、真美にしろ祥子にしろ意外と行動していないので、物足りなく感じる向きもあるかと。

 でも、時にねちっこい心理描写は、はまると忘れられないものがある。
 真美と祥子の二人が抱えていた家族問題は時が解決しただろうのであまり気にして読んではいなかったのですが、彼らの共生関係は綾子と巧と出会わなければ生涯続いたはず。時が解決しないなら、一旦は壊してしまわなければ、解決することはない。
 そして、強力で無防備な、言ってみれば不幸なテレパスである綾子は「壊れ」なければ生き続けることはできなかった。この三人が互いにぶつからなければ、誰も成長を遂げることはできなかったわけですね。
 こうして書いてみると、それをすべて見越していたらしい巧が一番怖い存在かもしれない。

 人の世は。何て、綺麗にできているのだろう。
 かけらとかけら。そのすべてが、きちんと所定の位置におさまらなければならない。ううん、おさまるように、できている。どんなに妙な形をしたかけらであっても、根気よく探せば、かならずそれにあったかけらが存在し、どんなに小さなかけらでも、ゆるがせにすれば絵が狂う。



 重めの話ではありますが、ちゃんと収まりどころが見つかったラストにはほっとしました。
(2016.5.20)

 

「チグリスとユーフラテス」 集英社
新井素子 著 

   チグリスとユーフラテス〈上〉 (集英社文庫)

   チグリスとユーフラテス〈下〉 (集英社文庫)


遠い未来。地球からの移民政策が失敗した惑星ナインに、たった一人取り残された「最後の子供」ルナが問いかける、生の意味。絶望の向こうに、真実の希望を見出すSF超大作。

 読んだのはハードカバーですが、写真は文庫版にリンクします。
 かなり前に読み、本棚で眠ってました。なぜここにアップしていなかったのかな、と思ったら、奥付を見るにサイト開設前の読書だったようです。そして、その頃ですでに久々の新刊だったらしい。ハードカバーの背表紙は著者名がタイトルより上に配置されて「お、新井素子さん新刊!」と目立つようになってました。

 さて、脱線はこれくらいにして。
 惑星間移民が可能となった時代、とはいえ地球から出たら二度と帰らない覚悟が必要、そんな時代のお話。
 思えば、哀しいお話です。第一世代のクルーたちは苦しみから逃れるために地球を後にしたわけだし、その後紆余曲折を経て、惑星ナインの人類は絶滅したわけで。しかし、それを不幸と言っていいのか、彼らの人生無駄に終わったと言えるのか、という、軽い文体のわりに重いテーマが描かれています。

 一人称の独特なリズムの文章はあいかわらずで、久々に手に取ると懐かしかったです。
 現代の少子化、女性にかかるプレッシャーもモチーフになっている意外性のある設定、逆さ年代記という構成もユニーク。ナインにおける生殖についての社会認識が時代ごとに変化していったことがよくわかります。

 でも、物足りなさもありました。
 5人の女性が描かれていますが、存在感を感じたのはレイディ・アカリとマリア・Dのみ。惑星ナインの最後の一人となってしまったルナの生い立ちがまったく書かれていないので、「最後の子供」という苦しみが伝わってきませんでした。
 妊娠にしか自分のアイデンティティを置けないのに子供を授からないマリアの苦しみ、そしてリュウイチについてきただけなのにナインの精神的権威になることを強要されたアカリのとまどい――この二人で著者の言いたいことは尽きてしまったのでは、と感じるのです。

 新井素子さんといえば、十代の読書好き少女にとっては憧れの作家さんでしたっけ。もっと古い本も発掘できそうなので、本棚を漁ってみようかな。
(2016.5.15)

 

「グリーンレクイエム / 緑幻想」 創元SF文庫
新井素子 著 

   グリーンレクイエム / 緑幻想


 子供の頃の記憶。まよいこんだ夕刻の山道。ピアノの音を頼りに辿りついた草原の先には古びた洋館と温室があり、そこで彼は“緑色の髪をした少女”に出会った―。彼は長じて植物学者への道を歩み始めた。そして彼女との再会は、彼らを思いもよらない悲劇へと導く。著者の初期代表作「グリーン・レクイエム」と続編「緑幻想」を収録。

 懐かしいタイトルを見つけて、思わず手にとりました。

 子どもの頃に迷い込んだ洋館で出会った謎めいた少女。忘れられない存在と偶然再会した二人が恋に落ちるのは必然。彼女が人間であれば、何の障害もない恋だった、というところが、今読んでも切ない物語でした。独特の一人称もすんなりと心に落ち着きます。

 続編の方は初読。「グリーン〜」で悲劇的な結末を迎えた信彦と明日香、そして彼らの周辺の人物たちにその後何が起きたのか。
 こちらも一人称、というより会話で進んでいく物語――なのですが、長さの割に話が進まなくて、わたしはちょっと途中で飽きてしまったかな。会話調も一人称も好きですが、登場人物たちが悶々と語るばかりでほとんど行動しないので。屋久島へ行く以外のエピソードがあれば、また印象が違ったかもしれません。

 そうえいば、読みながらしきりに「僕の地球を守って」のことを思い出してました。ああ、これここに感想をUPしてないなあ。
(2023.6.1)

 

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