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「ぽとり、と聞いたら思い出したが、おやじさんよ」
それは、毎日この店に肉を売りに来る男だった。
「この店の外の樋だがな。あそこからときどき転がり落ちてくるものは何だ?」
「落ちてくる?」
店のあるじはぴくりと眉を上げた。「きれいさっぱりしてるから、落ちるものなんてないはずだがな」
「こう、小さな石っころみたいなものさ」
「わからんな。二階はもう何年も、誰にも貸してないし」
「最後に間借りしてたのは、何者だい?」
すると、あるじの顔が妙な色合いになった。
「最後に住んでいたのは……さっき話してた金細工師だ」
それを聞いたとたん、店じゅうの職人たちが立ち上がった。
「おい、そいつは金じゃねえのか!?」
その言葉もおわらぬうちに、客たちは我先にと戸口へ詰めかけ、外へ飛び出していった。
がらんとした店の中は、先程とおなじ場所とは思えないほど静まり返っている。炉の薪がくずれる音を耳にしながら、肉屋の男は肩を揺らして、くっくっと笑った。
「他愛ねえなあ。あるじまで飛び出していきやがった。さて、その間に……」
と言って、ほくほくと雫酒の杯に手をのばした。
その時、
「感心しないな」
すぐ横で、低い声がした。
「おおっ、驚かすなよ」
男はとびあがって後ずさりした。見れば、灰色の外套にくるまった姿がとなりにあった。どういうわけか気配もなくて、今の今まで気づきもしなかったのだ。
「なかなか面白い話だった」
彼は言った。
「だがな、少なくともあるじが戻ってくるまでは、待つ方が良いのではないかな」
その声はさびた鉄のようにざらついて、聞く者をぞっとさせた。目深におろしたかぶりものの下で、真っ黒い目だけがきらめいている。風渡りにちがいない。
どう答えようか。男が考えをめぐらしていると、その沈黙を了解とうけとったのか、風渡りは杯をおいて、こう続けた。
「では、あるじが戻るのを待つ間。おれが別のはなしをしてやろう」 |
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