第三話 Novel 第五話
第四話 大嘘つき 


「嘘つきのことを『長い舌』と呼ぶがな……」
 風渡りはちらりと肉屋を見た。
「おれは大きな耳で嘘をついた男のはなしをしよう」

 ここから遠くはなれた南の海辺に、ちいさな漁師町があった。
 夜中獲った魚を朝には市場通りで売る。はじからはじまで歩いても、タジルの広場ほどしかない小さな町だ。
 ある時、この町で婚礼があげられることになった。浜の漁師と魚売りのむすめが一緒になるのだ。町じゅうが喜んで、当日にはありとあらゆる海の幸が祝い酒とともに供されることになった。
 そこへ、見慣れぬ男がふらりとやってきた。背の小さな、耳と目ばかり大きい風変わりな男だった。
 宴の支度にあわただしい町を、彼は落ちつかなげに見まわして、
「おれは真っ正直な男なんだ」
 と、聞かれもしないのに言った。
「この目で見て、耳で聞いたことは人に知らせてやらなきゃ気がすまない」
「で、何を見て、聞いたっていうんだ?」
 婚礼の支度にいそがしい町の者は無愛想にたずねた。すると、男は幾度もまばたきし、ばかに大きい耳をびらびらと指ではじいて言った。
「まもなく津波がやってくるぞ。半島向こうの町では、水が二階まで届いてる。その向こうの町では屋根まで水に飲まれてるのが見える」
「そりゃ、本当かい」
「ああ。船の竜骨がこするものだから、屋根板がはがれて波にぷかぷか浮いている。ああ、今もごごう、どん、と音がきこえる。逃げた方がいいぞ。おれの耳は人より先に聞くことができるのだ」
 これを聞くと、町の者たちはあわてた。海辺に住むものは津波のおそろしさを身にしみて知っている。
「せっかく、これから婚礼だっていうのに」
 町の者たちは情けない顔をした。
「しかし、死んでしまったら元も子もない。ひとまず、あの男の言うとおり逃げよう。そうして、水がおさまってから宴をやりなおせばいいのだ」
 そこで、町じゅうが引き潮のように逃げ出し、高台へと登っていった。
 さて、その誰もいなくなった町に男の姿があった。
「他愛ねえなあ」
 男は笑って、宴の場所に上がりこんだ。そうして、支度してあった山盛りの料理をつまみはじめた。
「うまいなあ。焼いた魚もよいが、貝はまた格別。どれ、酒はどこだろう?」
 と、一人つぶやき、舌鼓を打ちながら宴の皿をはじからさらっていく。
「やはり、魚は海辺にかぎる。海辺の嘘は津波にかぎる」
 くくっと笑った時だった。
 ごごう、どん。
 その音に男はむさぼり喰う手をとめ、首をかしげた。
「はて、空耳かな」
 だが、次の瞬間。おしよせた水の壁に、宴の皿も男も押し流された。男は叫ぶひまさえなく海にのまれてしまった。


「津波がおさまって、町の者は帰ってきた。だが、あの男の姿はどこにもなかった」
 風渡りはゆっくり言った。
「町の者は水にうかんだ杯をひろって、もう一度宴のやりなおしをした。だが、大嘘つきは海の怒りをかったのだろうよ。骨ひとつ残ってはいなかったそうだ」
「……」
 肉屋は青ざめていた。
「……そりゃ、海の話だよな」
「そう。海辺の罰は津波にかぎる」
 風渡りは冷ややかに言った。「だが、おれもよくは知らないが、山には山のやり方があるんじゃないのか」
 その時、ごう、と音がした。ざわりと枝が音をたて、窓が激しく揺すられた。
「吹きおろしだ!」
 肉屋は叫んで、椅子から飛び上がった。「山が怒ってるんだ」
 そして、飲みかけの杯もそのままに店を飛び出し、逃げ出し、二度と帰ってはこなかった。
 しばらくすると、店のあるじや客たちが帰ってきた。
「大嘘つきめ。落ちてくるのは雨粒ばかりだぞ」
「はて、あの男はどうしたんだ?」
 そこにいたのは、客の風渡りだけだった。彼は酒をすすり、
「さあな。海のはなしをしてやったら帰ってしまったよ」
 店のあるじは見知らぬ土地のはなしを聞きそこねた、と悔しがった。


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