第七話 Novel 第九話
第八話 リジア姐さん 


 嫁さん、といえばデック。
 最近、タジルではこの職人の名がひやかしの口笛とともに呼ばれることになっていた。というのも半年前のこと、デックは注文の品を届けにアマラへでかけ、そして花嫁を連れて帰ってきたのだ。
 これには職人仲間も親方もおどろいたものだった。
 何故なら、デックは槌でぶんなぐったようにひしゃげた顔で、並みの娘なら恐がって逃げ出すような見目だったからだ。
「よくまあ、お前さんのところに嫁いできたもんだ。恐くはなかったのかねえ」
「いや、今じゃあおれの方が、嫁さんを恐がってるんだ」
 デックがいうと、仲間たちは笑った。
「おいおい、そりゃあ逆だろう。いくらリジアが肝っ玉のすわった女房だからって……」
「いや、そうじゃない。あんなに楚々とした娘がこうも変わるとは思わなかった」
 これを聞くと、みんな目をぱちくりさせた。
「そ、そそ……?」
「花みてえに可愛くて、清らかってことだ」
「……リジアが?」
 失礼な言い種ではある。だが、当の夫が語った、それはこういう話だった。

 デックが初めてリジアに出会った時。
 娘は両手いっぱいに花をかかえて『どこからどこまでが花かリジアかわからない』というほど、それは愛らしい様子だった。
 その可憐さに惹かれて嫁に来てくれというと、リジアはあっさり頷いた。二人はハールの神殿で縁結びの誓いをのべると、その足でタジルをめざすことになった。
 若夫婦は牛に乗ってしゃべり笑いしながら旅をした。
 デックは花嫁といっしょに行くのが嬉しく、リジアの方も生まれてはじめての旅を楽しんでいた。
 腹がへってくると、デックは太ったウサギをつかまえた。それを小刀でさばいているとリジアは目を丸くした。
「おや、どうした。ウサギをさばくのを見るのは初めてかい?」
 デックの言葉に、町生まれのリジアはうなづいた。
「そうかい。だが、これからは慣れた方がいいかもしれねえなあ。タジルのおかみさんたちは、猟師から買って自分でさばく方が手っ取り早いといってるから」
 それを聞くと、リジアはこっくりうなづいた。
「そうね。わかったわ」
 次の日からは、リジアも夫がしとめた獲物の皮をはぎ、肉を切り取った。
 それだけではなく、弓矢も使ってみたいなどと言うようになった。デックは少々驚いたが、いや、しっかり者の嫁さんだと喜んだ。
 また、別の日には牛に草を食ませ、その傍らに座って二人は牛の鼻綱をこしらえた。
 新嫁が赤い、きれいな鼻綱を編む姿にデックが見惚れていると、リジアは突然声を上げた。
「まあ、どうしよう!」
 あわてて振り向くと、気まぐれな牛が二人を置き去りに走り出したところだった。
「こいつめ!」
 デックはあわてて追いかけたが、牛は右に左に身をかわし、あるじを角で突き倒そうとする。それを見て、リジアは真っ青になった。
「こら、やめなさい! 待ちなさい! えいっ!」
 と叫んで、手にした綱を振り回し投げつけた。輪になった綱はひゅるひゅると音をたてて宙をとび、牛の首をとらえた。
 あやうく突き殺されそうになっていたデックは、それを見てぱっくり口をあけた。
「あなた、デック。大丈夫だった?」
 リジアは夫に駆け寄ったが、デックは驚いて声も出せなかった。
 
 アマラを後にしてから何日も過ぎた。
 リジアはすっかり旅暮らしに慣れて、食事のしたくも牛の世話も一人で済ませるようになった。
 その腕がずいぶんたくましくなったような気がして、デックは目をしばたかせた。確かに頼りになる嫁さんだ。だが。
「おれは花のような娘を嫁さんにもらったはずなんだが……?」
 デックは首をひねった。
 花のような娘が何でめきめきと弓矢の腕を上げるのだ? 確かに料理はうまいに越したことはない。だが、材料の調達まで腕にふくめて考えたことはなかった。
 おかしい、おかしいとつぶやくデックの横を、リジアはばかでかい鍋を軽々と抱えて歩いていた。
 また、リジアは商人相手に値切ることも覚えた。夫もおののくような値切りっぷりだった。
 いや、本当にデックがおののいたのは、タジルも近づいたある晩のことだった。

 風渡りもつけない無用心な商人夫婦とでも思われたのかもしれない。
 月が雲に隠れたある夜、二人は盗賊三人組に取り囲まれたのだった。
「やい、金を出せ」
「かみさんの命は惜しくねえのか」
 どなった盗賊どもはそろって逞しく、そろって醜かった。
 デックは自分で鍛えた小剣をかまえて、リジアを背中にかばった。
「丸槌ふるう鍛冶の腕を甘く見るなよ。お前らなんぞすぐにまっぷたつに……」
 してくれる、と啖呵をきろうとした時だった。
 ひょう、と鋭い音がして、とたん盗賊の頭目がぱったり倒れた。その胸の真ん中にはぶっすりと矢が立っていた。
「ひい!」
 度肝をぬかれた手下たちは剣を取り落としそうになった。まさか、ひと太刀もあびせぬうちに頭目がやられるなどと思ってもみなかったのだ。
 しかも、鍛冶職人の後ろの闇の中、そこに立っていたのは大男らしい。職人の頭ごしに、次々と矢を放ってくる。
「もうひとり居やがった!」
 あわてふためいて、盗賊たちは夜闇の向こうに逃げ出していった。それを呆然と見送ったデックの背中に、声が降ってきた。
「あなた、デック。大丈夫だった?」
「リジア? お前さんだったのかい?」
「そうよ」
 と、牛の背からすべり降り、リジアは微笑んだ。
「獲物の群れをしとめる時は頭目からだって、あなた教えてくれたでしょ。そのとおりにしてみたの。あら、デック、大丈夫?」
 デックは気が遠くなって、その場に腰をぬかしてしまった。


「おそろしい話だなあ」
 デックを囲む職人たちはそろって身震いした。
「女ってな、そんなに変わるものかい」
 デックはうなづくと、そわそわと杯をおいた。
「そういえば、今日は早く帰れってリジアに言われたんだった」
「おおお!」
 仲間はあわててデックを戸口へ押しやった。
「さっさと帰れ、ここはおれたちがおごってやるから」
 その言葉を待たず、デックの姿は夜に消えた。
「仲睦まじい夫婦と話のわかる仲間」
 戸口にお客を見送って、店のあるじは呟いた。
「こりゃあ、気のきいた話っていうのかねえ?」


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