真冬の光  第四部 真冬の光 1章-4 真冬の光 目次 2章-1
 
第四部 真冬の光
一章 雪幻 - 5

 
 長の間には、セディムと城臣らが集まっていた。
 頭の痛い話だった。ただの口喧嘩ではない。今の一番の心配である食料に関わることであり、しかもあまりに醜い様相だった。
「食べ物を、隠し持っていた?」
 古い敷物の上に胡坐をかいて座った長の表情は憔悴していた。
「自分だけ食べようとした? しかも、それを力づくで奪ったというのか?」
 城臣たちは黙り込んだ。盗むな、という戒めを日々聞いて暮らすレンディアでは、あってはならないことだった。まして、腕力にうったえるなど許されることではない。
「慣例では……」
「十日の蟄居だ」
 申し述べするヤペルも、それを遮ったセディムも苦い声だった。
「では、ラモルは地階の部屋で過ごさせましょう。テルクはどうしましょう?」
「同じように、十日だ」
 ヤペルは目を瞠った。他の城臣たちも咳払いした。
「事を起したのはラモルです」
「ああ。だが、テルクも同じだ」
セディムは鋭く返した。
「テルクも奪った。ショルから隠そうとした。誰にも分け与えるつもりはなかったんだ。二人とも同罪だ」
「ですが……」
「長い冬だ。辛いのはわかってる。だが、皆が同じように苦しんでるんだ」
 セディムははっきりと言った。
「二人は皆から奪った。たったひと袋の木の実だが、皆のものを盗んだのだ」
 一同は顔を見合わせた。
 セディムはひと月ほど前に見かけたテルクの顔つきを苦い思いで思い返していた。崩れた部屋を片づけながら、暗い顔をしていた。たぶん、あの頃から普通ではなかったのだろう。そして、不安や動揺がどうしようもなく高まって起こしたことに違いない。ともあれ、話を聞かないわけにはいかない。
 連れて来られたラモルとテルクには、最初まだ怒りと苛立ちが残っていた。しかし、城臣皆に囲まれ、しかも若い長に厳しい視線を投げかけられて、しだいに落ち着かなくなっていった。
「ラモル、いつこんなことを思いついた?」
「なぜ、城臣の誰に渡さなかったのだ」
 尋ねるのはヤペルが主ではあったが、他の城臣も黙っていたわけではなかった。
「思い出したのは、秋……秋のおわりです」
 ラモルはうなだれて答えた。
「しまいこんでいたのを、ずっと忘れていて。あとで思い出したんです。これがあれば、冬の間の気休めにはなると思った。たいした量じゃあ……」
「何を言うか」
 ヤペルはぴしゃりと遮った。「どれだけあったかではない。隠したことが問題なのだ」
「でも……でも、これは俺が食べていいはずだ!」
「それが通ると思っておるのか」
「夏の間なら、あるいはな」
 横に座ったショルが口を開いた。
「夏の頃なら、お前が食おうが誰かにやろうがかまわなかった。だが、冬となれば話は違う。雪が降り出せば、自分のものと言えるのは、目の前のパンだけだ」
「そして、お前は――」
 ヤペルはテルクに振り向いた。
「考えてみれば、お前の方が罪は重いのかもしれんな。自分に何の権利もないものを奪おうとしたのだ」
 テルクは目を瞠り、叫んで立ち上がった。
「腹が立ったんだ。皆が我慢してるのに、何でこいつが持ってるんだ」
「腹が立ったから殴り、奪ったというのか」
「隠そうなんて思ってなかった。だけど……!」
「もう、十分だ」
 静かな低い声に、二人ははっと顔をあげた。長は腕を組み、一同を見つめていた。
「これ以上言わせる必要もないだろう」
 ラモルとテルクは顔を見合わせた。弁明の機会を奪われることなど滅多にない。
「腹が減ったことを責めてどうなる。それが他の者の何になる」
「長」
 しかし、セディムはラモルとテルクを睨めつけた。
「決まり通り、二人とも十日の蟄居だ。運ばれるものを黙って食べろ。そして、食べ物を分け合ってくれた皆に何を返せるか、考えるといい」

 ラモルとテルクはヤペルに連れられて城の階段を下りていった。
 二人は今はすっかりおとなしくなっていた。しぼんだ葉のような顔つきで、促されるままに寂れた部屋へ入った。普段は誰も使わない部屋は冷え切っていた。炉にくべるタパレをわずかながらも与えられ、食べ物も運ばれるだろう。だが、することもなく何日もここで過ごさねばならない。その理由を考えるより他にすることはなかった。
 ヤペルは心細げな二人に厳しく言い渡した。
「よいか。自分たちのしたことをよく考えるのだ」
 部屋の扉を閉めかけて、ヤペルはふと足をとめた。
「――長はとてもがっかりされたぞ」
 いや、それどころではないだろう――ヤペルは胸のうちで文句を言った。
 ヤぺルはセディムの育ての親のようなものだから、その性格はよくわかっている。人の話を拒むというのはセディムにしては相当だ。
(しかも、怒鳴りもしない。それほど怒っておられるということだ)
 ラモルもテルクも普段は気のいい男たちだ。魔がさした、というところだろう。だが、同情の念は湧かなかった。あまりに分別が無さすぎる。
 その時、階段を駆け下りてくる者があった。
「ヤペル、ヤペル! ウリックが呼んでる」
 ぱたぱたと足音を立てて現れたのは、幼い子供だった。通りがかりに大人から頼まれたのだろう。
「何事だ?」
「すぐに、薬師部屋に来てくれって」
「薬師……?」
 ヤペルは眉を寄せたが、すぐに子供の後を追って階段を上がっていった。


 長の間では一人残ったセディムが苦い顔をしていた。
 二人の村人への罰は厳しいものではあったが、そうでもしないことには他の者が納得しないと思われた。
 厳しいくらいでいいのです、とユルクなどは言い置いて出て行った。しかし、セディムが鬱々としていたのは罰を下したことではなかった。
(こんなことが、レンディアで起きるなんて)
 セディムは唇を噛んだ。
 冬の食糧は分け合うもの――レンディアでは大人から子供までよく承知している。それが脅かされることがあるとは。これまで信じていたものが綻びてしまったこと、それが自分のふがいなさに拠るような気がして、たまらない気持になった。
 その時、扉を強く叩く者がいた。答えるか答えないかのうちに入ってきたのは、ウリックだった。
 一人の物思いを邪魔されてセディムは不機嫌になりかけた。だが、薬師の険しい表情を見たとたんに、何もかもが吹き飛んだ。
「何があった?」
 ウリックは一瞬ためらい、そして答えた。
「長。今朝、亡くなった者がいます」
 セディムは目を瞠った。
「亡くなった? 誰が?」
「シスカの子供と……ミーチェです」






 

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