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エッセイ・詩歌 7

 

池波正太郎エッセイ・シリーズ1
「東京の情景」
朝日文庫
池波正太郎 著 

  
東京の情景 池波正太郎エッセイ・シリーズ1 (朝日文庫 い 10-6) (朝日文庫 い 10-6 池波正太郎エッセイ・シリーズ 1)



1985年刊行の単行本の文庫化。イラストとエッセイで語る旧き東京の風景。

 私は、この浅草・待乳山聖天宮の山裾に生まれた

 という始まり。この山の上から茨城の筑波山が見えた、という頃の記憶が綴られています。似たような本では下の「江戸アルキ帖」を読みましたが、こちらよりはるかに近い時代の東京の姿です。
 スケッチはごりごりと描いたあたたかく、力強いタッチ。銀座の天ぷら屋の灯り、上野・不忍池、明治座……なぜか黄色が印象に残る絵でした。

 文中でしきりに「今の東京は人が多すぎる。風情のあるものが無くなってしまう」と嘆いておられるのですが、しかし、今はもっと変わっておりますよ、旦那(←鬼平と間違えている)
 期待の(してたのか)美味しいものの話は意外と少ない。上野の揚げだし豆腐と銀座のお刺身ご飯がささやかな幸せでした。

 何となく胸に残った話は……。
 「名橋・日本橋」。江戸時代からの名橋の上にこともあろうにコンクリートの高速道路なんて架けてしまって! と憤慨してます。その姿をスケッチに残しておこうと思うが、車は一台も描かないことにした、というひとことについ笑ってしまった。
 近くが問屋街なので、今でも細い通りに入ると使用済みダンボールを山積みしたリヤカーを見かけることがあります。

 「四谷見附の橋」。旧江戸城・外堀のこの橋は、赤坂離宮(迎賓館)など周囲の景観を損なわないように洋風の様式で作られたそうで。それが、周囲の建物が味気なく変わったために逆に目立つようになってしまった、という話でした。
 ちなみに、この橋は1987年に架け替えられ、今は東京・八王子の公園に移設されたとのこと。これも変わっておりますよ、旦那。

 日本橋の様変わりといい都電の廃止といい、東京の風景が経済成長とともに様変わりしたことがじんわり感じられるようなエッセイでした。
(2009.9.16)


池波正太郎エッセイ・シリーズ2
「一年の風景」
朝日文庫
池波正太郎 著 

   一年の風景 池波正太郎エッセイ・シリーズ2 (朝日文庫 い 10-7 池波正太郎エッセイ・シリーズ 2)


定宿でのもてなしの心、それを楽しむ心。出会って別れて、なお繋がっている人たちを語るエッセイ。

 一番印象的だったのは「伏線について」という章。
 かつて、戦時中の機械工場で、図面から作業の流れを頭の中にイメージしていくことを覚えたこと。一方で、戦争のような大きな出来事を体験したことで、人生を図面をひくように計画することに空しさをおぼえてしまう。
 正反対にも見える考え方だけれど、このような物事の流れや関連をつかむ感覚が体にしみついて、それが小説の書き方にも影響している、というお話でした。
 こういう勘を持った人の、「間違った伏線を張ってきた企業や劇団がつぶれることが昨今多い」という一言には重みがありました。

 また、伊藤博文が銀座で御者といっしょに食事をとったエピソードをひいた「挿話」。明治時代の世の中の空気や、伊藤博文の表情が鮮やかに脳裏に浮かびました。

「木曾路小旅行」もよかった。時がとまったような中山道の宿場。妻籠の描写は池波作品ファンには堪らないのだろうと思われました。
(2011.5.10)


池波正太郎エッセイ・シリーズ7
「ルノワールの家」
朝日文庫
池波正太郎 著 

   ルノワールの家 池波正太郎エッセイ・シリーズ7 (朝日文庫)


バリ島、グラナダ、プロヴァンス――変わりゆく町並を惜しむスケッチ画つきの旅行エッセイ。

 バリ島の夜闇、スペインの日没など印象的な風景もありましたが、やっぱり読みごたえがあったのはフランス編。著者も何度も行かれているそうなので、そのせいなんでしょうね。

 フランスとドイツの間で翻弄された歴史を持つストラスブール。片田舎の居酒屋で出されたスープとたっぷりの赤ワイン。それを出してくれた太ったマダム――旅を楽しむ空気が漂っています。

 車は一気にエクス・アン・プロヴァンスへ向かって疾走する。
 途中、簡易食堂へ入り、セルフ・サーヴィスのハム、サラダ、ゆで卵、パン、ビール、コーヒー。
 また、走る。
 ミモザの森の向こうから、奇怪な姿の岩山がせまってくる。
 昼すぎに、エクス・アン・プロヴァンスへ入った。


 おいしいものも楽しみなんですが(笑)、フランス編の魅力は、この颯爽と歩くような視線でした。
(2012.2.13)


「ごはんのことばかり100話とちょっと」 朝日文庫
よしもとばなな 著 

   ごはんのことばかり100話とちょっと (朝日文庫)


日々の家庭料理がやっぱり美味しい。子どもが小さいころの食事、献立をめぐってのお姉さんとの話、亡き父の吉本隆明さんが作った独創的なお弁当、一家で通った伊豆の夫婦の心づくしの焼きそば…ぎょうざ、バナナケーキ、コロッケのレシピと文庫判書き下ろしエッセイ付き。

 手をかけたもの、手抜きしたもの、食材との出会いとしか思えない一皿、作り手へのリスペクト――著者の食べ物、いや生きる力の源への愛情が伝わる本でした。
 もともとこの著者の食べ物トークはとても好きです。何冊もエッセイを読む中で、この人は変なグルメではないし、形だけの作法ではなくて、本当においしいものを受け取る礼儀のある人だと感じてきたから。

 なので、ひとつだけ、この本のあるエピソードにはがっかりした。お土産に頂いた果物が腐っていたから、家に帰る途中で捨てたというので。しかも、中に果物ナイフを入れたままで。途中で食べられるように、という贈り主の心遣いも無にしたということだと思うので、嫌な気分でした。

 何冊も本を読んだ中でかたちを成してきた、私なりの「よしもとばなな」さんは、ひとつだけのエピソードで揺らぐものではないけれど、ひやりとした寂しさを感じたのも事実でした。
(2015.5.1)


「ペンギンと暮らす」 幻冬舎文庫
小川 糸 著 

   ペンギンと暮らす (幻冬舎文庫)


夫の帰りを待ちながら作る〆鰺。風邪で寝込んだときに、友人が届けてくれた菜の花ご飯。元気を出したい人の為に、身体と心がポカポカになる野菜のポタージュ…。大切なお客さまの為ならば、八百屋を6軒はしごすることも厭わない。そんな著者の美味しくて愛おしい、もてなしの毎日。

 自然からいただいた物を食べ、人と語らい、季節の変化を感じながらペンギン(夫)と暮らす著者の日常を綴ったエッセイ。

 東京でペンギンと暮らすのは無理。そこで、同居人の夫をペンギンと思うことにしたのである。

 実は、書名の文字どおりに「ペットのペンギンを育てる苦労と楽しみ」を書いた本だと思って手に取ったのですが、人間の話だったのですね。ははは。
 期待以上にのんびりほんわりした読み心地。でも、決して夢見心地に逃げる視線ではなく、現実世界をきちんと見て「こう暮らそう」と背筋を伸ばしているような、地に足の着いたエッセイでした。おいしく水を飲んだような気分。満足しました。
(2014.1.10)


「祖国とは国語」 新潮文庫
藤原正彦 著 

   祖国とは国語 (新潮文庫)


国家の根幹は、国語教育にかかっている。国語は論理を育み、情緒を培い、すべての知的活動・教養の支えとなる読書する力を生む。国語の重要性を考える「国語教育絶対論」。家族の風景を描く「いじわるにも程がある」。出生地満州への老母との旅を描く「満州再訪記」を収録。

 この著者の本は久々です。
 よかったと思ったのは「満州再訪記」。両親(新田次郎、藤原てい夫妻)が若い日を過ごし、著者が生まれた地、満洲を老いた母と家族とともに訪れた時の旅行記。
 今と昔の記憶をすりあわせながらかつての官舎を探したり、満鉄施設を訪れたり――まるで雲をつかむような旅の話と、日清戦争から太平洋戦争終結までの国際情勢を交互に語っています。

 この時代の出来事はこれまでも読み聞きしていましたが、その時代を生きていた人の話として読むとまた違う見え方ができて面白い。関東軍が本国離れた満洲で暴走していった様子や、日ソ中立条約が結ばれた事情などわかりやすかった。

 書名のように、メインは「国語教育絶対論」。
 要はすべての勉強の基礎は日本語学習だし、本を読むことで情緒豊かになる、と。端折り過ぎか?
教育課程への批判を語る箇所では、子どもが「九より鳥、鳥より鳩の漢字の方が覚えやすい」という説明に驚いたけれど、なるほどとも思った。
 賛成するところも多いのだけど、何せともかくお説教くさくて途中で投げ出しました。こらえ性が無いからでもなく、漢字が読めないからでもないですよ!

 本の帯には「この人に文部大臣になって欲しい」とありましたが、それは賛成いたしかねます。大臣のブレーンとか陰の大臣の方が良いような気がする。熱く語りすぎる人が政治に首を突っ込むと際限ないですから。。。
(2014.8.19)


「ペンギンの台所」 幻冬舎文庫
小川 糸 著 

   ペンギンの台所 (幻冬舎文庫)


へとへとで家に帰っても、ペンギンと食卓を囲めば一瞬にして元気になれる。心のこもった手料理と仕事を通じての出会いに感謝する日々を綴った日記エッセイ。

 仕事が山盛りなので、ほんわりしたくて手にとりました。

著者が自著を出版した時期の日記らしく、編集者、書店の方のことにもふれられていて、なるほどお忙しい頃だったのね、とちょっと親近感。

タイトル通りに、前作よりもおいしい話が多い。
行ってみたいな、と思ったのは、京都の居酒屋「赤垣屋」と「山ふく」というお店。お酒を出すところで、ご飯がおいしいときっとはまるのだろうなあ。

ところで、この著者。きっとすごい天然だ。私よりも天然に違いない。いくら大河ドラマが面白かったって、二年続けて「篤姫」を放映するのは絶対に無理です。来年もやってくれたらいいのに、って言われましても(笑)
(2014.1.27)

 

「ペンギンと青空スキップ」 幻冬舎文庫
小川 糸 著 

   ペンギンと青空スキップ (幻冬舎文庫)


家への帰りに道草をして見つけた美味しいシュークリーム屋さん。長年の夢だった富士登山で拝んだ朝焼け。忘年会と称して、ペンギンと出かけたお気に入りのレストラン。一歩外に出れば、素敵な出会いが待っている。毎日を楽しく丁寧に暮らすには、ときには頑張っている自分へのご褒美やお休みも大切。そんなお出かけ気分な日々を綴った日記エッセイ。


 取材旅行にサイン会に、著者がお忙しい時期の日記だったようです。前の二冊から続けて読んでいると、意外と硬い話題(選挙とか環境問題とか)をするりと語られていて面白かった。やんわりほんわかした語りの作家さんなのに。

 きっと、太陽が呼んでくれたんだ、と思った。最近、東京にずっといたらダメになっちゃうとか、東京には土がないとかマイナスの事ばかり思っていたから、東京にもこんなきれいな朝の空があるんだよ、と教えてくれたような気がしてならない。
(2014.1.31)


「ブータン、これでいいのだ」 新潮社
御手洗瑞子 著 

   ブータン、これでいいのだ


ブータンってみんな幸せそう。現地で公務員として働いたからこそわかる「幸せ」の秘訣。初雪の日はいきなり祝日、仕事は定時までで無理せず残業ゼロ、スケジュール管理は手帳なしで覚えられる範囲まで。だから仕事は遅々として進まないけれど、気にする風もなく、なぜかやたらと自信だけは満々――首相側近を務めた著者が語る、「幸せ」の意味と笑顔のレシピ。問題山積みだけど、ブータン、これでいいんだよね。


 ヒマラヤの小国ブータンに一年滞在し、初代首相フェロー
(海外の若手専門家を招聘したポジション)として働いた著者による体験記。政務を通した体験が多いので、旅行者視点の同様の本ほど内容は幅広くはないですが、硬軟バランスよくまとまっていて楽しかったです。

 ブータンを有名にしたGNHをブータン人はどう考えているのか。ブータン人の仕事の進め方、民族衣装の注文方法、今も夜這いはあるのか(笑)、など。気楽な語り口ですが、冒頭でブータンの「九州くらいの面積に、大田区くらいの人口70万人が暮らす国」というスケール感をきちんと押さえてあり、環境や死生観も踏まえての語りで好感が持てました。

 面白かったのは、予定表を持たないこと。時間感覚がおおらか、とはよく聞く話ですが、官僚クラスでも手帳、カレンダー無し、会議は全員がいる時(に唐突に決める)というのは驚き。外遊はどうされるのか、そんな話も読みたかったですが。
 そして、失敗に寛容な社会なため叱られることに慣れていない、ストレスが強すぎるとキレる、などの著者の考察も面白かったです。確かに、ちょっとありそうな話だ。
 ブータン人と日本人の精神文化の土壌はまったく異なる、そこを自覚しないと誤解を持ちやすいのだ、とあらためて思いました。GNHもそうだし、後半に書かれた病院でのエピソードは死生観まで知らないと理解できないのでしょう。

 そして、政府内で働いた方だけに経済指針、2大国に挟まれた国ならではの外交問題、近代から現代へ一息に発展してしまった国の国民意識の変革、といった硬めの話も興味深かったです。
 立地や環境から、周辺国の支援なしにやっていくことが難しいブータン。そこで、文化的に類似点の多い中国ではなく、あえて相違点の多いインドからの支援を選んだ、という、この国の政治家のバランス感覚には唸らされました。
 そして、支援は受けながらも経済自立の道を模索する、という著者の上司の言葉も印象的でした。

 子どもを育てることを想像してみるといい。その子に幸せな人生を送ってもらいたいと思ったら、将来自分で仕事をして生活していけるように育てようと思うだろう。

 僕たちにとってはね、僕たちの国王が、学校を建ててください、病院を建ててください、お金をください、と他の国に頭を下げるのを見ているのだって辛いんだ。


 幸せの国は笑っているばかりの国ではない。
「小さくても、できることをすればいい。最初は小さな動きでも、いいものは波紋のようにどんどん広がっていくんだよ」という国王の言葉もいいものだと思いました。

 ほんわりとした雰囲気でうまくまとめられた本でした。多くの読者は満足して読み終え、それはいいことだと思います。
 でも、いくらかの知識があってこの本を読んだ人は、触れられていない事柄を却って非難するのでは。ネパール系国民の難民化、ドラッグ問題など一言も書かれていないのは、わかっていて避けたのだろうと思います。
 そういうことは別の本の役割、と割り切ったのかもしれないけれど、政府関係者だからこそ一言書いて欲しかったな、とも感じました。
(2014.6.12)


ブータン 幸せの国の子どもたち」 東京書籍
NHKドキュメンタリーWAVE取材班 / アグネス・チャン 
写真:岡本央 

   ブータン 幸せの国の子どもたち


はたして,ブータンは本当に「幸せの国」なのか。日本で初めて紹介される山あいの小学校や,医療現場などの取材を通じて,ブータンの光と影を描く。ブータンを訪れるための,旅のインフォメーションも併記。

第1章 幸せの国の子どもたち(NHKドキュメンタリーWAVE取材班)
第2章 ブータンを訪れて (アグネス・チャン)
第3章 ブータン 旅のインフォメーション



 子どもたちの写真の自然な表情が魅力的で手に取りました。ドキュメンタリー番組撮影のためにブータンを訪れたアグネス・チャンさんと取材班の共著という体裁で、三章は丸ごと旅行のアドバイスになっています。子どもたちと一緒に通学路を歩き、給食を食べる中で語られるので、今のブータンのさまざまな問題や進歩が実感を伴って伝わってきます。

 実を言うと、これまでアグネス・チャンさんやユニセフにあまり好印象がなく内容には期待していなかったのですが。意外によくまとまっていて、いい本でした。
 教育に重点をおいて書かれてはいますが、ブータンの文化、それを支えるチベット仏教の伝統、難民問題、若者の就労についての課題なども幅広く取り上げられています。これまで数冊読んだブータン本ではこれらをわかりやすくバランスよく語った本がなかったように思います。
 どんな国なんだろう、と興味を持った人にはお薦めです。
(2014.8.12)


「父の贈りもの」 角川文庫 
中井貴惠 著

   父の贈りもの (角川文庫)


銀幕スターとして人々の心に焼きつけられてきた父の秘話を、当時6歳であった愛娘が残された写真やフィルムの中からひもといてゆく。父・中井寛一(本名)の人間臭い素顔と、彼が貴恵や弟・貴一に与えてくれた素晴しい心の贈りものとは?


 著者の父で、早逝した俳優の佐田啓二をめぐる家族の思い出を語ったエッセイ。これは佐田啓二を知っている人には、名スターの素顔と家族との絆が窺える楽しみのある本。あるいは、中井貴一のファンにも。私はさっぱり知らなかったので(中井貴一が貴恵さんの父だと思ってました)、まるでテレビドラマを隣の部屋から片目で眺めているような気分でした。

 印象に残ったのは、残された妻(著者の母)が夫の死後も家を手放さず、夫が遺してくれたものを二人の子どもに伝えることにだけ専念されていたこと。
遺産があるからできる生き方と言えばそれまでですが、あれこれ心配しすぎず、「とりあえず、できることだけやっていこう」というのは賢い考え方だな、と思いました。
(2014.11.29)


「淀川でバタフライ」 講談社文庫 
たかのてるこ 著

   淀川でバタフライ (講談社文庫)


“日本一おもろい旅人OL”てるこのルーツ、ここにあり! 50歳を過ぎて、腹話術師になったおかんとの爆笑バトル。石仏の如く動じないおとん。「ガンジス河でバタフライ」の前に泳いだ元祖は淀川だった!


 友人がはまっていたので、気になって手に取りました。
とはいえ、「ガンジス〜」を読んでいないのに、先にそのルーツを読んでしまったのが、ちょっとうかつだったか。でも、お腹押えて笑いながら読みました。

 高校時代の映画自主製作エピソードと上京当時の話が好き。また、思い立って腹話術師になってしまったユニークおかんとの会話も。そして、意外と著者のキャラクター形成にはおとんがかなり影響を与えているのでは。この親からこの子が育つか、と納得の面白さでした。
(2015.7.25)


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