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歴史・文化(欧米) 2

「衣装のフォークロア」 せりか書房
P・ボガトゥイリョフ 著 松枝到 中沢新一 共訳

  衣裳のフォークロア (1981年)


衣装には実用性だけではなく、地域社会での身分や習慣と関わりの深い意味がある。モラヴィア、スロヴァキアの衣装を取り上げ、そこから衣装研究に対する新たな方向性を提示する。

 この本は1937年に書かれ、1989年に邦訳、私が購入したのもその頃のことです。1939年にナチス政権下ドイツの保護領となったこの地域での生活は、本の出版の後には大きく変化したのだろうと思うと複雑な気持ちになります。

 衣装の持つ記号性を、実例を紹介することで浮かび上がらせようとした本です。しかし、邦訳されたのは原書の出版の五十年後。私が購入した時の感想は「記号というより過去の文化資料だ」というものでした。扱われているのがあまりに古風な民族衣装なので、デザインや着こなしの読み解きをされても、普遍性を感じなかったのです。この本が書かれたのはWWU直前ですが、民族衣装は実際どれくらい着用されていたのか。当時であれば著者の意図も伝わったのかな、と想像するのが精一杯でした。
 結論の章に書かれていたオーバーシューズの例が一番わかりやすかった(作業用として作られた靴が、ある地域では美的価値を重視された)。
こんな視点で今のミュールやキャミソールを研究したら、五年後にはただの古い話なのだろうし、五十年後には特殊な分野の研究にしか見えないのかもしれない、と思うと不思議な気がします。

(2014年追記:同じ出版社から別の翻訳者によるものが出版されているようです。著者もタイトルも同じなので、おそらく同じ本だと思うのですが。下にリンクだけ貼っておきます)

   衣裳のフォークロア

(2005.8.10)

大陸別世界歴史地図1
「ヨーロッパ大陸歴史地図」
東洋書林
I・バーンズ R・ハドソン 著 
増田義郎 日本語版監修 武井摩利 訳

   ヨーロッパ大陸歴史地図 (大陸別世界歴史地図)


1がヨーロッパ(本書)、2がアジア、3が北アメリカ、4が南アメリカ、5がアフリカ。大陸別にまとめられた全5巻のシリーズ。第一部は「ヨーロッパ最初の人々」として、フランスに残るネアンデルタール人の遺跡から始まる。古代文明とローマ帝国の時代、キリスト教世界の発展と分裂、数々の王国の興亡と国家の誕生、20世紀末までの歴史の流れをカラーの地図、図版とともに説明。

 ヨーロッパの歴史全体を眺めて、ざっくりと流れを覚えなおそうと読んでみました。学生時代の歴史教科書でもあればよかったのですが、縁が切れた際に大喜びして全部処分してしまいましたので。もったいなかった(笑)。

 各時代の勢力分布や民族の移動の流れを図で説明する。また、ヨーロッパを席巻した帝国の領土が広がる(or失われていく)様子が、年代ごとにきれいなグラデーションで色分けされていて、わかりやすい。眺めるだけでも楽しいです(いや、読み方間違ってますって)。
 ずっと掴みかねていた「神聖ローマ帝国」「フランク王国」「教皇庁」の関係がだんだん見えてきて、面白いです。中世のヨーロッパの本を読んでいて、訳がわからなくなっていたのです。「なんでイギリス人がドイツの王様になる?」「どうして助けてやらない、ビザンツ帝国?」
 まだまだつかみ切れませんが、少しは霧が晴れてきたような気分。ひとまず、気になっていた17世紀まで読みましたが、以降の時代もゆっくり読んでみたいです。

 一冊9500円。駆け足でヨーロッパの歴史を辿る「概要」としては高価な気はしますが、きれいな地図や扱っている時代が幅広いことを考えると、そうでもないのか? もう一回勉強してみようかな、と思う大人にとっては持っていると便利な本なのかもしれません。
(2006.10.13)


「中世の窓から」
朝日新聞社
阿部謹也 著

   中世の窓から


中世ヨーロッパの都市に焦点をあて、当時の変化する社会とその中の人間関係のかたちを探る。1980年に朝日新聞に連載されたものの加筆、訂正版。

 中世の市民の日常、貨幣の役割、職人の姿など庶民生活を取り上げたところは下の「中世を旅する人びと」と似ているのですが、読み終わってみると違う視点から中世世界を辿っていたことに気づいて驚きました。視線を都市生活に限定すると見えるものが違うというのは、当時の農村と都市がかなり違う世界だったからでしょうか。

 都市生活の特徴のひとつであった貨幣経済について繰り返し触れられています。お金に対する当時の人々の期待、欲望、軽蔑といった複雑な感情が次第に身近なものに感じられてくる本でした。また、お金が存在しないとは、物々交換と贈与で成り立つ世界とはどんな風景だったのか。「お財布がないってこと? 原価計算しないってこと?」と、せいぜい想像してみました。

 中世はずいぶん遠い世界です。そこに足を踏み入れることはできなくとも、窓を開けて向こうの世界を見せてくれる、そんな一冊です。
(2005.8.26)

「中世を旅する人びと」 平凡社
阿部謹也 著

   中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫)


ヨーロッパ庶民生活点描と副題にあるように、農民や職人、渡し守など市井の人々の暮らしの決まりごとや習慣を紹介する。

 後書きには、生活点描にすぎない著述になってしまった、と書かれていますが、それもいいまとめ方だなと感じました。点在する風景を見せることで、その間にある当時の社会意識や共同体の連帯感といったものに想像をふくらませる余地がある。遠い時代の人たちの胸のうちを思おうとする、この本らしい構成だったのではないかと思います。

 刑に処されるジプシー一家の審問書から、その放浪の様子を著者が推察するくだりがあります。そこがどんな土地で、何で生計を立てる人が住んでいたのか。そして、厳しい冬の最中に一家を泊めた人たちがいた・・・
 無味乾燥な記録の中から、そこに目をとめて人間らしい感情の存在を掬い出してみせた、この著者らしい視点だと思います。
(2005.8.10)

「中世のアウトサイダー」 白水社
F・イルジーグラー/A・ラゾッタ 共著 藤代幸一 訳

   中世のアウトサイダー


中世の都市周辺には市内に住むことを許されない底辺階級の人々がいた。死刑執行人、楽士、ジプシーたちは都市当局に監視され、市民からは蔑視された。都市ケルンを取り上げ、中世から近世初期までのヨーロッパのアウトサイダーの姿、彼らに対する社会意識を探る。

 膨大な量の実例集です。ケルン市に残る古文書(調書、議会記録)、市参議会員の公私にわたる記録の中から、上のような身分の人間たちに関する記述を取り出したもの。章だては「ジプシー」「刑吏とその仲間」というように身分ごとになっていてわかりやすいですが、考察が少ないので研究者向けの資料本なのかな、と思います。

「実例を追うことで、分析もかなわない実情を浮かび上がらせる」ことを狙った、と前書きにあります。
 ある人物がひとつの調書に名前と職業を記される。その数ヵ月後に別の調書の中にその名が現れる。その後は二度と資料の中に姿を表すことがない。また、別のある人物は、出生地や家族の名もあいまいなまま、罪状と刑の執行記録だけが残っている。
 記録の海の中に点として、あるいは点を結んだ短い線として描かれるアウトサイダーたちの数は、この本に取り上げられただけでも膨大な数です。その何十、何百倍の差別された人間が実在する。事実の重みは私などの想像を絶していますが、中世当時の人々の感情を思い描くきっかけとなりました。
(2005.10.28)

「ヨーロッパと中世・近代世界の歴史」 多賀出版
J・L・ゴフ 著 酒井昌美 訳

  「ヨーロッパと中世・近代世界」の歴史―その誕生と老齢化


キリスト教の伝播、幾つもの王国の成立と分裂の歴史、技術革新と経済発展といったいくつもの視点から、今も変化、成長し続けるヨーロッパ文化世界について考える。

「啓蒙的で読みやすい中世・近代史論」という紹介でしたが、非常にわかりづらかったです。
 私の読解力の問題もあるのでしょうが、翻訳も問題ではないかと。目的語が見つからないとか、主述がつながらない文章もありましたし。これ、ドイツ語版からの訳出ということなのですが、ひょっとして翻訳の方は原著を読まれていないのではないか、と不安になります(著者はフランス人なので)。不安……読んではみたが内容は本当に合っているんだろうか、という奴です。
 他にも本を読んでいた8〜13世紀の話題はどうにかあたりをつけましたが、近代の章はどうにもなりませんでした。こういう本を読むときは「そうですか、知りませんでした。教えて下さってありがとう」と、丸まま信じたいのです。「啓蒙的」なる本にはそのくらい期待してもいいだろう、と思うのですが。

 日本語訳で100ページほどの量なので、ドイツ語なりフランス語なりを読めるなら、原著(かドイツ語版)を読む方が同じ苦労でも、し甲斐がありそう(笑)。それほどに辛かった、この日本語。

 ヨーロッパ、とひと口に大きくとらえても、文化や民族、宗教はさまざまな形がある。キリスト教が東と西(ギリシャ正教とローマカトリック)に分裂する、それぞれの文化にアラブ世界が関わってくる、その中にキリスト教普及以前の風習もある。王国が分裂する、政略結婚によって国どうしの結びつきができる――。
 このように視点によって境界線を何重にも、幾通りにもひくことができる複雑な世界である。そんなことを感じられて興味はそそられました。

(2006.1.20追記)
 翻訳も理由のひとつなんですが、何故こうもわかりにくいのかといえば、実例が少なすぎなのです。この本自体は啓蒙的ではない、著者の他の本を読む時のコンパスとするべき一冊なのだろうと思います。これだけ持ってヨーロッパ中世という原生林に入れば、遭難でしょう(笑)。原生林の姿をあらわした地図(論文)を読むためのコンパス、というのが適当ではないでしょうか。
(2005.12.8)

「中世とは何か」 藤原書店
J・L・ゴフ 著 池田健二 菅沼潤 共訳

   中世とは何か


ヨーロッパ中世史家である著者が、現代ヨーロッパを生み出した源の文明である「中世」について語る。漠然と歴史区分として名づけられる中世ではなく、そこに息づいていた思想や感性、また歴史の捉え方について対話形式で書かれている。

 ルネサンスの芸術家は、どうしてギリシャ神話とキリスト教のエピソードを違和感なく両方つくるのか。
 いつも疑問だったのですが、その答えとなる感覚を味わわせてもらった気がします。私には少々難しかったけれど、刺激的で面白かった。訳注は主に日本人に馴染みのない事柄(キリスト教用語や各時代の皇帝の業績など)を中心につけられており、門外漢にもわかりやすいです。訳注だけでも勉強になりました。

 中世や古代といった歴史区分はある出来事を境に年代によって捉えられているけれど、地域や文化分野によって標となる出来事は異なっている。そして、物の感じ方や考え方は歴史区分を越えて残ったり消え去ったりする。その感性を史料の中から読み取り、すくいあげていくことこそ、歴史家の使命なのだと語っています。気の遠くなるような地道な研究を辿る対話は、読みごたえがありました。

 特に興味深かったのは、新しさを厭い、古代の再来を志向していたという中世の感性。 ルネサンスとは15〜16世紀になってはじめて現れるものだと思っていたので、意外でした。
 また、具体表現を好む時代であったこととキリスト教の教義を合わせ説明されているので、当時の人が抱いたであろう聖画像への感情が思い浮かぶようです。
 あとは、歴史家の仕事そのもの。歴史家って何をしてるんだろうなあ、と素朴な疑問だったので。
史料を探し、読み解き、解釈する。遠い時代という原生林の地図を書くような作業だろうかと考えました。目印にするものの選択も表現の仕方も書き手によるのですから。

 エピローグで著者自身も語っていますが、これは「ル・ゴフの構築した中世」です。語られているのは混沌とした、でも生き生きした世界です。他の歴史家の著書を読めば、また違う中世ヨーロッパの姿が見られるのかもしれません。
(2006.1.20)

「中世の高利貸 ― 金も命も ― 法政大学出版局
J・L・ゴフ 著 渡辺香根夫 訳

  中世の高利貸 - 金も命も -


利息そのものが罪悪とされたヨーロッパ中世において、高利貸は軽蔑される職業であった。しかし、貨幣経済が発達、新しい価値観が生まれる中で、高利をめぐる論争も変化する。高利貸は発展していく中世ヨーロッパ社会の姿でもある。金と命。高利貸はどのようにしてこの両方を得ることができたのか?

 妙な感想ですが、概ねわかりやすかったです。中世ヨーロッパの人々とキリスト教は切っても切れない関係にあった。この前提を飲み込めたら、「どうして儲けちゃいけないんですか?」「何で学校の先生を泥棒呼ばわりするんですか〜」という疑問もときほぐされていきました。そして、変化していく時代にどう対応しようかと模索していた教会会議の成り行きも、なるほどと思いながら読めました。
 また、この本のキーワードとも言える「usura ウスラ(=用益)」。中世初期には「利益」そのものを指したこの言葉が、しだいに「不正な利益」という意味合いに変わっていったことが丁寧に書かれてあります。

 しかし、私にはキリスト教的思考&論理がよくわからなかったです。高利貸を疎んじる考え方までは想像もできるのですが、彼らを救済する煉獄という発想の生まれることが理解できない。どうも、ご都合主義に思えてしまいます。
 パンのみで生きるのではない、とは言いつつ、やはりパンもなければ生きられないわけです。そして、もりもりとパンを食べる人に向かって「食べすぎは駄目だけど、少し(←って、どのくらい?)大目くらいならかまわないよ。あとで運動すればいいことにしてあげる」と言ったとしたら。それは、とどのつまりは皿を勧めてるってことになるんじゃないのですかね? 
 ここを突っ込みはじめると、あとは神学の沼地を歩くことになるのでしょうが、そこへ進んで行く勇気がない(笑)です。でも、中世に関する本をせっかく続けて読んできたので、この著者の「煉獄の誕生」という一冊は見つけたら読んでみようかな、と思います。

 そして、素人考えながらも疑問だったこと。高利貸に対して、当時の教会側の思考は書かれているのですが、都市民や農民が抱いていただろう感情が見えない。「悪い高利貸しは終いにはこうなってしまうのだよ!」と脅す教訓逸話はいくつも紹介されているのですが、こういうのって話す側の意図を示しているだけではないかな、と思うのです。ここが物足りなかったです。
(2006.2.28)

「中世の人間―ヨーロッパ人の精神構造と創造力― 法政大学出版局
J・L・ゴフ 編 鎌田博夫 訳

   中世の人間―ヨーロッパ人の精神構造と創造力 (叢書・ウニベルシタス)


十人の著者による、様々な中世人の姿。取上げられているのは修道士、騎士、芸術家、商人などの職種、そして女性や異端者など中世において特別な立場にあった人々。

 とても盛りだくさんで、一度では読みきれず……まずは概要を説明したル・ゴフによる序論と修道士、騎士の章を読みました。
 俗世から離れたところで祈りの生活を送ろうとする修道士たち。全人口からみれば、ごく少数にすぎない彼らの築いた文化がどのように世の中に影響を及ぼしたのかが「修道士」の章に描かれます。
 また「戦士と騎士」の章では、キリスト教社会の中で戦士はどんな立場にあったのか、軍事行動を正当化する論理がどのように作られていったのか、書かれています。

 序論では、階級や男女、職業の違いなどを超えて、中世の人々が共通して抱いていただろう物事のイメージや人間像についての考え方がまとめられてます。この序論を読んだだけでも、あふれるインスピレーションに酔いそうでした。ほろ酔いどころかハイ(笑)。続きを読むのが楽しみです。

 編者であるル・ゴフは他の著書の中で「中世はヨーロッパにしか存在しない」と書いています。東欧以東の地図などまともに作られなかった時代であることを考えると、これも当然の表現なのですが。そうしてみると、現代の人間がどうしてこんなに昔の人々のことを研究してるんだろうと、ちょっと不思議な気分がします。
(2006.3.10)

「モンゴルvs西欧vsイスラム
―13世紀の世界大戦―
講談社選書メチエ
伊藤敏樹 著

   モンゴル vs.西欧 vs.イスラム 13世紀の世界大戦 (講談社選書メチエ)


13世紀、世界制覇をめざすモンゴル帝国、西欧の十字軍とそれに対抗するイスラム勢力の間では、武力と外交力によって三つ巴になっての戦争が行われていた。異なる宗教、文化を持つ三大勢力の衝突を描く。

 前から気になっていたフリードリッヒ二世やルイ九世の周辺の話が読めると思って買ってみましたが、加えてルイ九世の弟シャルルやエジプトのスルタン、バイバルスといった魅力的な人物についても読むことができて収穫でした。

 イスラム、モンゴル、西欧の三つ巴、と書かれていましたが、六つ巴、いやもっと、というくらいややこしい情勢が書かれていました。やや西欧寄りの視点を感じることもありましたが、モンゴル、イスラム各勢力内の抗争もわかりやすく説明されています。地理的にこれらの戦争の中心にあった東欧、ビザンツ帝国の事情についても、もっと読みたかったです。
 また、人物に焦点をあてて書かれており、物語を読むような気持ちが持てるので、飽きずに読み通すことができました。そうは言っても、中身はしっかり歴史のお話。モンゴル帝国と西欧とがそれぞれの目論見のもとに団結してイスラム勢力に立ち向かった、第七次十字軍前後の経緯は特に興味深かったです。

 西欧寄りの視点というのは(モンゴル、イスラム寄りよりも)私にとってはとっつきやすいのですが、そのせいか、ルイ九世がアレッポのスルタン、アル・ナシル・ユスフに向かって語ったという「邪教を信じるあなたは滅びに向かう。それが悲しい」という言葉は印象的でした。
 いや、手前勝手だなあ、と思うのです。相手も同じ事を考えた可能性もあるのですから。善意であったとしても、勝手を通そうとする……心情の対立というのは難しい。まして、排他的になることを信条のひとつにしてしまったら、争うことしかできないのではないだろうか、と身も蓋もないことを考えてしまいます。こんな争いが現代にまで続いているのですね。

 そういえばイスラム、モンゴル、西欧の三者の中では、モンゴルだけが宗教上の事情を戦争に持ち込んでいないのですね。著者は彼らを仏教徒と書いていますが、それでいいのか調べてみようかなと思います。何となくですが、殺生を戒める仏教徒のイメージと結びつかないので。とりあえず手持ちの本によれば、ジンギス汗の孫カダン(グユグの弟)やフビライは仏教僧を国に招いたり、宗教指導者の地位を与えたりしているようです。

 さて、この本の体裁としてありがたかったのが、まず系図。生没年や治世期間も書かれていたら、さらに嬉しかったといえば贅沢かもしれませんが。
 それと、人名による索引。三つ巴の各勢力を順繰りに描いているので、「この人、その前には何をしてたんだっけ」と調べたい時に重宝しました。こんな風に痒いところに手が届くようなつくりになっているのが良かったです。
(2006.9.20)

「聖王ルイの世紀」 白水社 文庫クセジュ
A・サン・ドニ 著 福本直之 訳

   聖王ルイの世紀 (文庫クセジュ)


フランス史の中で、ルイ9世の治めた13世紀は平和で経済的に発展した幸福な時代といわれる。後に聖人に列せられた理想的君主像と、彼が断行した改革、政策を紹介する。

 ルイ9世に関しての入門書的な一冊。上のル・ゴフ氏著の「聖王ルイ」を探していたのですが、えらく高かったので進路変更。でも、結果的にはこちらを先に読んで正解だったと思いました。
 最初、ルイ9世に的を絞った伝記のような本かな、と思っていたのですが、読んでみると一冊の半分近くが当時の社会背景(ヨーロッパ全体とフランス)の説明に費やされていて、ルイの継いだ王国の姿やどのような政治が行われたかがまとめてあります。

 たった12歳で即位、母后や側近の手腕に立てられながら成長した青年王時代のエピソードも興味深い。ですが、この人物が後世の人をひきつけるのは四十代以降の姿なのではないか、と思いました。
 失敗に終わった十字軍遠征やイスラム教徒のもとでの捕虜生活は、王にその立場と義務について深く考えさせるきっかけになった。「王の手による聖職、聖職者による国政」という理念を現実のものにしようとする、正しい判断ができるように神への祈りの応援を教会に頼む(意訳)……。これは中世的な思考だと思うのですが、そのために起こされた行動(不正の取締りや法の整備)はいつの時代でも為政者に求められるもの。こんなところが面白いです。

 ちょっと物足りない気がしたのは、「調停者としての王」の姿を思い描きにくいところ。自国内だけでなく、外国の紛争にまで手を貸してるらしいのに、何をしたか語ったか、あまり書かれていないのです。
 あと、最終章では発展を続けてきた王国の勢いに翳りが見え始める状況が説明されています。ここはとてもわかりやすくて面白かったのですが、その前の段階の説明がないので唐突な感じがします。ルイ9世の治世を取り上げた章は外交や国内の諸侯との関係に終始していて、王国の経済を支えた農業や都市の様子がよくわかりませんでした。自分で調べろってことですね(涙)。
 あとひとつ、「町衆」「地侍」などの訳語はちょっといただけません。日本人に親切なようで実は不親切だと思う。この言葉から甲冑姿や石畳の町並みは思い描けませんもの。

 機会があれば「聖王ルイ」も、そして邦訳が出るならば、ルイ9世の忠臣であったジョアンヴィルによる伝記も読んでみたいものだと思います。
(←2007.12読了)
(2006.3.20)

「聖王ルイ  - 西欧十字軍とモンゴル帝国 - ちくま学芸文庫
J・ド・ジョワンヴィル 著  伊藤敏樹 訳

   聖王ルイ―西欧十字軍とモンゴル帝国 (ちくま学芸文庫)


原題「Histoire de Saint Louis 」または「Vie de Saint Louis」(写本によって表題が違うため)。13世紀にフランス王国の枠組みを整え、聖王と慕われたルイ9世。その忠臣であったジャン・ド・ジョワンヴィルによって王の人柄や逸話が描かれた伝記。また、モンゴル、イスラム、十字軍が対立していた中東、地中海世界を描く第七回十字軍遠征の記録史料でもある。

序章 王の人間像
第一部 英王、国内諸侯との領土争い
第二部 エジプト遠征
第三部 パレスチナで
第四部 帰国後のルイ。第八回十字軍
時代と背景


 著者ジャン・ド・ジョワンヴィルはシャンパーニュ伯の大家老で、ルイ9世が率いた第七回十字軍に主君のかわりに参加。やがて王の直臣となり、信仰心篤く高潔といわれた王の姿を間近に見ることになります。この本は後年、ルイ9世の孫フィリップ4世の妃に「いずれ国王となる息子ルイ10世のために」とたのまれて書かれたものです。

 ルイ9世という人は、「キリスト教義が汚されるのを聞いたなら剣を使うべき」と語るなど苛烈な一面もあったようですが、この時代ならば不思議ではないのかもしれません。むしろ、同時に公正で信心深い人物であったことが強く印象づけられました。
 戦場では異教徒との取り決めをかたく守り、手ずから戦死者の埋葬をおこなう。また、自国においては清貧を心がけ(王にしては、ですが)、弱者のための施設を造らせ、病人の中にも進んで入っていきます。
そして、著者はその王を敬愛する主君であり、親しい友人として描いています。
 ジャンは言いたいことをずばりという性格だったらしい。王の信頼を得て、ごく近くで言葉を交わしているのですが、「王が私の軽率を嗜めた」「王が私の意見を酌んで下さった」と繰り返し書かれているのを見ると、彼がルイに男惚れした様子が伝わってきて面白いです。

 遠征地での出来事を記すジャン自身の視線も偏見の少ない、好奇心に満ちたものです。
 十字軍騎士からみた異教徒(イスラム、モンゴル)文化は奇妙で怖気をふるうものではあるけれど、同時に西欧よりも進んだ医学や敵の武将の尊敬するべき点にも触れているのがいいと思いました。
 また、駐留地の様子も生き生きと書かれています。「西方世界の果て」であるノルウェー王国の噂話や、珍しい動物ライオンを狩する様子。仲間の騎士に「ろうそく」などとあだ名をつけたり、食事中の天幕に石を放り込んでいたずらする騎士の姿が書かれているのが微笑ましいです。

 そもそも、この本を読みたいと思ったのは、前に手にとった「中世とは何か」の中で『ルイ9世の聖人伝ではない。近しい人間による回想で、人間的な姿も描かれている』と触れられていたからでした。
 そして実際に読んでみると、王の姿だけではなく、それを見ているジャンの心情が私には印象的でした。

 著者の目を通して描かれているのは、冗談に笑い、嫁・姑問題で悩み、下痢に苦しむ王の姿です。なるほど同じ人間なのだという感じが伝わってきます。しかし、それと同時にジャンは王の聖性を疑うことはありません。王が聖人に列せられた時には、格の低い「証聖者」にとどめられたことを不満に思っています。また、王の没後には彼が夢枕に立ったといって、「聖なる亡骸のご遺骨」を祀れば御意にかなうのでは、と記しています。これは、聖遺物のような扱いです。
 これはいったい何だろう、と何とも不思議な気分になりました。
 現代人の目から見ると、「人間ルイへの愛情と聖人への畏怖の感情を、どうして同時に抱けるのだろう?」と思ってしまいます。昔の人の気持ちはわからない。
 人間的な王の姿を描いたといっても、あくまで聖人。「聖人がこれほど私の近くにいる!」というような驚き、幸福感を感じたのですが、これは想像力はたらかせすぎでしょうか。

 それにしても。この本の執筆を頼んだ仏王妃ジャンヌは、もっと違う内容を期待していたのでは、と想像して可笑しくなってしまいました(すみません、私の書く感想は想像・妄想ばかりです)。
 この本が書き上げられた1309年には王妃ジャンヌはすでに亡く、ルイ10世は二十歳の立派な若者に。彼はこれをどう読んだのでしょうか。こう、下世話な譬えですみませんが。「海外へ長期出張、体調をくずして下痢に見舞われながらもデスクから離れようとしなかった」曽祖父の話を、かつての部下が本にまとめて献上してくれるって、複雑な気分がしそうです。いや、面白いですけど。

 語りが魅力的なので第一級の史料にしては楽しく読めましたが、私にはちょっと荷の重い本ではありました。第一部は人名だらけで挫折。注釈もかなり飛ばしてしまいました。もう少し地固めしてから、また読み直したい本です。

以下、覚書。
・このエジプト遠征については「モンゴルvs西欧vsイスラム」で、イスラム/モンゴル世界からの視点も読み直したい。
・12〜13世紀には西欧では(宗教的内容だけでなく)さまざまな文学が書かれるようになった、とどこかで読んだような気が……。この本の書かれ方と関連があるのか、気になるので探さねば。「12世紀ルネサンス」については気にかけながらも放置していたので、そろそろ手をのばしたいもの。
(2007.12.10)

「シーパワー 海への挑戦」 日本放送出版協会
L・カイバース 著 漆間 汎 訳 

   シーパワー 海への挑戦


公の道である海は、昔から物や異国の文化を運び、人を運んできた。海を制することが、いくつもの国家を世界の重要な地位に押し上げてきた。古代エジプトやギリシャ時代から今日までの人と海との関わりを語っている。

 著者が様々な船(コンテナ船、豪華客船、空母など)に乗って、そこから語りかけてくるという構成。古代の交易の様子や大航海時代の船乗りたちが手探りで未知の世界を目指す様子が面白かったです。よく読む海洋小説が18〜19世紀の物語なので、それ以降の時代の話についてはなかなか読みこなせません。また、いつか読み返してみようと思います。
(2004.4.1)

「大砲と帆船 ヨーロッパの世界制覇と技術革新 平凡社
C.M.チポラ 著 大谷隆昶 訳 

   大砲と帆船―ヨーロッパの世界制覇と技術革新


中世のヨーロッパの戦争と領土拡大の歴史を技術革新を通して論じている。大砲製造の技術の進歩がやがて海を越え、アジアや新大陸へも影響を及ぼすようになる。

 武器(大砲)に焦点をしぼった鉄の話が興味深かったです。大砲の構造の変化という技術面の話だけでなく、各国の懐具合や財源であった植民地においての政策にも触れてありました。新しい技術や思想がどのように人々に受け入れられたかについての一文が印象的です。「(技術革新とは)一見すると単に新しい製造法とそれに適う道具や機械の導入の問題にすぎないように見える。しかし実際に関わってくるのは・・・社会的信念と実践における巨大な変化なのだ」
(2004.3.25)

「アメリカの歴史 T」
〜先史時代から1778年〜
集英社文庫
S・モリソン 著 西川正身 翻訳監修 

   アメリカの歴史〈1〉先史時代 1778年 (集英社文庫)


先住民の文化の紹介から、新大陸としてヨーロッパ人に発見され植民地化される歴史、そして独立戦争までの説明。(1778年のサラトガの戦いまでを扱ったT巻まで読みました)

 何故彼らはこうしようとしたのか。当時の考えを丁寧に説明しているのでとっつきやすい感じがしました。ワシントンが弟にあてた手紙、進軍するイギリス軍のことを語る老人の言葉などが紹介されていて、人の姿を感じられました。植民地時代の論文や法案の中に、後のアメリカ建国理念の原形を捉えているところが興味深かったです。ただ、説明が詳細なだけにおおまかな流れや年代や知っておかないと、細部の物語にはまりこんで全体を思い描くのが難しくなりそうです。
(2004.15)

「帆船時代のアメリカ」上・下 原書房
堀  元美 著 

  帆船時代のアメリカ〈上〉 (新戦史シリーズ)

  帆船時代のアメリカ〈下〉 (新戦史シリーズ)

ヨーロッパとアメリカ大陸の出会いから植民地時代を経て、やがて独立していくアメリカ合衆国と海や帆船との深い関係を描く。(1812年の米英戦争までを扱った上巻まで読みました)

 最初、アメリカの独立戦争頃だけを扱った本かと思ったのですが、その内容の濃さに圧倒されました。新大陸の発見から移民を生み出すヨーロッパの当時の状況、造船技術の進歩、植民地世界の形成と、視点が広い。その中でアメリカがどのように発展し、イギリス本国と関わっていたかが書かれてます。アメリカとヨーロッパを結ぶ交易航路が経済にどんな意味を持っていたのか、ひとつの海戦が戦況全体にどんな影響を及ぼしたのか。海と船が当時の世界をどのように作っていたのか解きほぐすように説明してくれます。

 当時はまだ子供のうちに父親の船に乗り組み経験を積んで、青年になると独立して自分の船を持って遥かアジアまで交易のために出かけていく。今とは違う社会を垣間見ることができるのが楽しかったです。
(2004.1.28)
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