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推理小説 7

  

「探偵ガリレオ」 文春文庫
東野圭吾 著

  探偵ガリレオ (文春文庫)


突然、燃え上がった若者の頭、心臓だけ腐った男の死体、池に浮んだデスマスク、幽体離脱した少年…警視庁捜査一課の草薙俊平が、説明のつかない難事件にぶつかったとき、必ず訪ねる友人がいる。帝都大学理工学部物理学科助教授・湯川学。常識を超えた謎に天才科学者が挑む、連作ミステリーのシリーズ第一作。


 シリーズ1作目。てっきり超常現象専門なのかと思ったら、普通のミステリーでした。

 トリックや容疑者を誘い出す点で面白かったのは「爆ぜる」。学問の世界と社会のずれが引き起こしたともいえて、読み応えがありました。

 映像で見たくなったのは「転写る」。このトリックはこんなにうまくいくのかな、と思いまして。撮影で再現できるか気をもみそうですね。

 学者の湯川と理系オンチを自称する草薙とのコンビは面白い。しかし、草薙サイドの人間(笑)としては、草薙がキーパーソンとして事件を解決するのをもっと読みたいです。

 次の巻も探してみます。
(2018.3.31)

 

「予知夢」 文春文庫
東野圭吾 著

  予知夢 (文春文庫)


深夜、16歳の少女の部屋に男が侵入し、気がついた母親が猟銃を発砲した。とりおさえられた男は、17年前に少女と結ばれる夢を見たと主張する。その証拠は、男が小学四年生の時に書いた作文。果たして偶然か、妄想か…。

 やっと歯車が合ったか?!
 いや、これまでこの著者は文章は好きなのに設定や展開が苦手で身構えてしまっていたので。

 物理学者・湯川と草薙刑事コンビの推理小説。うっかり2作目から読んでしまったので、なぜこの二人に超常現象がらみの事件が回って来るのか、いまひとつわかっておりませんが(こら)。

 面白かったのは、いかにも論理的な湯川が不可思議な出来事を科学的にやり込めるでも丸まま飲み込むでもなく、でもなんとなく受けとめているところ。
 事件の真相は、不可思議現象と思ったら科学的説明がついたり、謎は論理的説明をもって必ず解ける……と思ったらまさしくオカルトだったり、とさまざま。

 あとがきによれば、湯川は佐野史郎をイメージして創られたキャラクターだそうですが、TVドラマは福山雅治が演じているんですね。
 私はドラマも見たことがないのですが、このまま本を読み進んだらどちらで想像することになるか、興味あります。ひとまず、1作目を探そうかな。
(2018.2.2)

 

「容疑者Xの献身」 文春文庫
東野圭吾 著

  容疑者Xの献身 (文春文庫)


天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘の美里と暮らす隣人の花岡靖子に秘かな想いを寄せていた。 ある日、靖子の前夫・富樫が母娘の居場所を突き止めて訪ねてきた。金を無心し、暴力をふるう富樫を、靖子と美里は殺してしまう。 呆然とする二人を救うために、石神は完全犯罪を企てる。

 面白かった! 久々に次のページをめくる手を止められず(電車が駅に着いたのに!)、読了後も思わぬ種明かしに呆然となりました。これこそ推理小説だなあ。

見どころはトリックなので感想が書きにくいけれど、最初から犯人も犯行状況も読者にわかっているのに更なる謎を仕込むという点が圧巻かと。

今回は湯川の人間くささが意外でした。いや、物理オタクで人情とか人心の機微は草薙刑事の専門かと思っていたので。
湯川と石神の学生時代からの奇妙な友情関係――湯川が、学生の頃から風変わりな天才で通っていた石神の数少ない理解者だったからこそ、犯行の小さな綻び、いや綻びの無さに気づいて事件を解決へと導いていく。もちろん、草薙刑事もなくてはならない存在だったのですが。

そして、湯川は旧友の動機も真相もわかった上で、その天与の才が生きる場を奪われることを心底悲しんでいる。石神は花岡母娘のために、その緻密な頭脳とその身を捧げようとする――。この二人の動機に思わずほろりとしました。
推理といい人間描写といい、見事としか言えない。推理小説を読んでこれほど切ない気持を抱くとは思いませんでした。
(2018.4.20)

 

「ガリレオの苦悩」 文春文庫
東野圭吾 著

  ガリレオの苦悩 (文春文庫)


“悪魔の手”と名のる人物から、警視庁に送りつけられた怪文書。そこには、連続殺人の犯行予告と、帝都大学准教授・湯川学を名指して挑発する文面が記されていた。湯川を標的とする犯人の狙いは何か? 常識を超えた恐るべき殺人方法とは?

 容疑者X〜は長編でしたが、また短編集に戻りましたね。面白いけど、また長いのを読みたいです。ワトソン役が草薙刑事から内海薫刑事に代わっていますね。最初は違和感も覚えましたが、馴染んでくるとむしろ草薙刑事よりも「相棒」としてのバランスはいいのでは、なんて思ってます。

「さすがだね。草薙が頼りにするのもわかる。君には彼にないものがたくさんあるからね」
「えっ、そうでしょうか」
「たとえば女性特有の直観力、女性特有の観察力、女性特有の頑固さ、女性特有の執念深さ、女性特有の冷淡さ……もう少し続けようか」
「結構です」



 結構ですね(^^;)

 トリックが面白かったのは「落下る」。そして、人間模様がじっくり描かれたのは「操縦る」。湯川と同窓生が恩師の家を訪ねた時に起きた事件は胸苦しいほどの家族の情愛が生んだもので、終わり方もどこか切ないです。

「君は変わったな。昔は科学にしか興味がなかったはずなのに、一体いつの間に人の心がわかるようになった」
 湯川は微笑した。
「人の心も科学です。とてつもなく奥深い」


(2018.7.2)

 

「誘拐遊戯」 実業之日本社文庫
知念実希人 著

  誘拐遊戯


東京・白金で暮らす女子高生が誘拐された。身代金は5000万円。犯人を名乗るのは、4年前の女子中学生誘拐事件の犯人「ゲームマスター」。交渉役には元警視庁刑事・上原真悟を指名。ゲームマスターのミッションを果たすべく、上原は池袋、豊洲、押上など、東京中を駆け回るが……。

 著者は本業が医師。twitterでお名前を見かけていたので、読んでみることにしました。

 冒頭から刑事と誘拐殺人犯「ゲームマスター」の息詰まるような緊張感が続き、次々に出される犯人の指示についていこうとするスピード感もあって、あっというまに読み切ってしまいました。

 一方で、登場人物の描写が細やかで、ちょっとした特徴とともに人物像をすんなり飲み込める――推理小説にはありがたいタイプの作品でした。ま、この人物描写に、犯人を示すヒントが隠れていたのですが。

 終盤、あまりに卑劣な愉快犯「ゲームマスター」の動機が明らかになるのですが、これほど優秀な人が良心や共感力を持てないことがあるのか、それによって何が引き起こされるのか、と考えて、前半以上に寒気が。読み応えありました。

 ひとつだけ、むむ、と納得できなかったのは、上原の行動をゲームマスターがどのように知りえたのか、というところ。これ言われちゃうと、読者は黙って引き下がるしかないですよねえ。
(2023.1.10)

 

「仮面病棟」 実業之日本社文庫
知念実希人 著

  仮面病棟


療養型病院にピエロの仮面をかぶった強盗犯が籠城し、自らが撃った女の治療を要求した。先輩医師の代わりに当直バイトを務める外科医・速水秀悟は、事件に巻き込まれる。秀悟は女を治療し、脱出を試みるうち、病院に隠された秘密を知る。

 作者追っかけで2冊目。医師である著者の守備範囲が舞台なので、どんな作品だろうかと期待していたのですが、消化不良な読後感でした。

 病院って、たまに訪れる人には一見とても安全に見えて、実はいろんな事情や精神状態を抱えた人がいる場所。そんな盲点を突くような設定のミステリー。入院患者を人質にとられたら事態はこうもこじれるのか、と緊張感がある展開も面白かった。

 ただ、患者の女性に恋愛感情を抱いたり、院長の不審な行動など安易なエピソードが多くて残念。編集側の意向なのでしょうか。ユニークな設定が生きてなくて惜しいなと感じました。

(2023.2.05)

 

「螺旋の手術室」 新潮文庫
知念実希人 著

  螺旋の手術室


純正会医科大学附属病院の教授選の候補だった冴木真也准教授が、手術中に不可解な死を遂げた。彼と教授の座を争っていた医師もまた、暴漢に襲われ殺害される。二つの死の繋がりとは。大学を探っていた探偵が遺した謎の言葉の意味は。父・真也の死に疑問を感じた裕也は、同じ医師として調査を始めるが…。

 作者追っかけ、引き続きです。出版社が違うとどうなるかな、と思ったら、やっぱりこちらの方が面白かった。

 複数の事件、複数の動機、家族の確執が複雑にからんでいて、読みごたえがありました。最後まで犯人がまったくわからなかった。
 いや、こんなに謎が多くなくても大丈夫です(^^;) でも、ぎっしり詰め込まれた緻密なエピソードに満足。

 父親との関係に悩む裕也が残された家族と向き合うことで前向きに強くなっていく――終盤に向けて大切な過程だったのだな、と最後になって感じました。それくらいに、終盤のあれこれには読者はぶちのめされる。。。

 読み応えあって満足したのですが、真犯人と共犯者の過去には胸が痛みました。正直言って、この謎解きのために読後感はかなり悲しいものになりました。
 前半がわりとスピーディーな展開、痛快なアクション(医者なのに・・・)もあったので、すかっとする結末を期待していたせいかな。

 重苦しい推理小説が悪い、というわけではないのですが。この著者で、さわやかに読み終えられる作品をもう少し探してみようと思います。

(2023.2.18)

 

「ビール職人の醸造と推理」 創元推理文庫
エリー・アレグザンダー 著  越智睦 訳

  ビール職人の醸造と推理 (創元推理文庫)


原題「Death on Tap」。南ドイツに似た風景が広がる、ビールで有名なアメリカ北西部の町・レブンワース。町で一番のブルワリーを夫とその両親と切り盛りするわたしは、幸せな日々を過ごしていた―夫の浮気が発覚するまでは。わたしは家から夫を追い出し、新規オープンするブルワリーで働くことに。開店初日は大盛況。しかし翌朝、店で死体を発見してしまい――。

 スィーツ大盛りのコージーミステリーに珍しく、ビールをモチーフにした設定。新しいフレーバーというところか。クラフトビール好きにはたまらないです。スィーツも良いのですが、「芳香」が加わるとまた読むのが楽しくなるんですよね。ブルワリーの特徴はビールだけでなく料理や従業員によってもがらりと変わるし、ホップ入手をめぐる業界事情も面白かったです。

 しっかり者の主人公・スローンは遊び好きの夫の浮気を機に夫を家から追い出し、町に新オープンするブルワリー(醸造所)「ニトロ」で働くことに。
 ニトロの経営者ギャレットはいいビールのレシピを持つものの、運営に必要なフードメニューの開拓や宣伝といったところには疎く、そこで力を発揮するスローンは生き生きとしています。
 新生活の船出はまずまずだったものの、開店翌日に醸造場で他ブルワリーのビール職人が死体となって発見され、容疑者として夫・マックの名が挙がったことからスローンは事件の渦中に――という展開。

 主人公のスローンが働き者で優しく、自立心旺盛なところも好きです。時々、里親に厳しく育てられた子どもの頃のつらい体験を思い出すこともあるけれど、だからこそ今の生活を大事にしたい、という素直さに好感が持てます。

 また、レブンワースの住人が生き生きとしてます。スローンの義理の両親はドイツ系移民で人当たりよい苦労人、マックの弟・ハンスは家業には携わらないものの常識的で穏やかな人物。
 通りを歩けばみんな知り合い。噂好きで町中で煙たがられているエイプリルや親方気質でややアルコール中毒気味のブルーインなど味のあるキャラクター。
 小さな町では困った時にはちょくちょく様子を見あうのが当たり前。新規居住者は「ウェルカム・ワゴン」という、町に馴染めるような贈り物で出迎えられるらしい。

 スローンはひょっとしたらマックよりもクラウス家やこの町に恋したんじゃないかなあ。

 しかし、物語後半に差し掛かると「おや」という展開も。
 容疑者は確かに初登場から怪しかったのですが、直球で「怪しい!」と言われても困ります、というところ。義理の両親の老舗ブルワリー「デア・ケラー」の経営問題は、もう少し小出しに見せて欲しかったなあ、という気持ちも。
 結末への収束は、推理小説としても現代小説としてもご都合主義が否めない、かな。

 2作目があるようなので、そちらも探してみます。登場人物もレブンワースという町の設定も好きなので、期待しています。

(2021.6.22)

 

「ビール職人のレシピと推理」 創元推理文庫
エリー・アレグザンダー 著  越智睦 訳

  ビール職人のレシピと推理 (創元推理文庫)


原題「The Pint of no Return」。ビールで知られるアメリカの小さな町レブンワース。ドイツのバイエルン地方に似たこの町に、今年もオクトーバーフェストの開催が迫っていた。ビール職人のわたしは、別居中の夫と離婚するか悩みながらも、ブルワリー〈ニトロ〉で新作のビールの開発に精を出しているところ。そんな中、ビールをテーマにしたドキュメンタリー映画がレブンワースで撮影されることに。しかし、オクトーバーフェスト前日の夜、会場近くで映画の関係者が殺されているのが見つかって……。

 オクトーバーフェストの楽しみ満載 チェリーやりんご、松を使った新作など、ビール好きの心を丸ごと持っていきました。クラフトビール、飲みに行きたい。。。お料理のレシピはもっと見たかったですね。

 謎解きは、、、う〜ん、残念。この著者さんは推理にはあまりこだわりがないのかな。
 性格破綻者すれすれに描かれるミッチェル・モーガンが、ファンに「この人なら何をしても許される」と言わせてしまうほど魅力的な俳優という一面を持ってる、なんて事件の真相に関わっていそうじゃないですか。おいしいモチーフなのにこれは生かされず。
 また、途中からスローンの生き別れの母親探しのエピソードが強く押し出されてきて、どちらつかずな感じでした。

 また、レブンワースの雰囲気も、今回はちょっと微妙。穏やかな人の描写が少なかったせいもあるのでしょう。魅力的な登場人物の力を信じてストーリーを展開してくれたら、と思ってるのですが。

 でも、小さな町とクラフトビールが好きなので、もし3巻も邦訳されたら読みます。待ってます〜。

(2021.7.22)

 

英国ひつじの村 シリーズ 1
「巡査さん、事件ですよ」
原書房コージーブックス
リース・ボウエン 著  田辺千幸 訳
  

  巡査さん、事件ですよ (コージーブックス)


原題「Evans Above」。雄大な自然の広がるウェールズ地方のちいさな村。都会から赴任してきた巡査のエヴァン・エヴァンズは、畑荒らしやアップルパイ泥棒の捜索、住民どうしのけんかの仲裁などにあけくれていた。悩み事といえば、大家さんの作る食事がおいしすぎてズボンがきつくなり始めたことと、パブのウェイトレスが猛アタックをしてくることだった。そんなある日、多くの登山客が訪れる山で死体が発見された。準備を怠ったことによる不幸な事故かと思われたが、エヴァンズはどうしてもひっかかることがあり……。

 著者追っかけで手に取りました。新シリーズかと思ったら、「お嬢さま」シリーズよりも先に書かれた作品らしい。期待どおりに面白そうです。

 舞台はイギリスはウェールズののどかな村、スランフェア。時代は現代で『湾岸戦争やボスニア紛争の後』らしい。でも、携帯電話は普及していない様子。
 村人みんなが知り合いというのんびりした雰囲気ではありますが、ここにもウェールズ人のイングランド人への反感や対抗心もある。教会には説法の言語(英語とウェールズ語)は告知される。パブでなごやかに話す客たちもよそ者の前ではウェールズ語に切り替える。息子を軍務で亡くした母は「イギリスに奪われた」と話す――。
 こんなウェールズ人の複雑な感情が細やかに描かれて、小説の世界にすっと入っていくことができました。

 まだ1巻目なのでまだキャラクターに馴染めてはいませんが、誰もが個性的というか人間味が豊かです。
 見栄っ張りもいれば、隣人にライバル意識を燃やす老婦人もいたり。2つの教会の間にもおそらく対抗意識がある。のどかな村に建てられたスイス風の妙なホテルは村人の間でも賛否両論。いいですねえ、こんな村。
 そして、推理小説の肝、手がかり&謎解きもしっかりしていて嬉しい。やはりリース・ボウエンは格別にうまいなあ。

 さて、主人公のエヴァン・エヴァンズはスランフェア村の巡査。どうやら都会で人間関係か仕事環境に疲れて、子供時代を過ごした土地にやってきたらしい。
 穏やかで落ち着いた雰囲気の好青年ですが、気が弱いというか、大家のミセス・ウィリアムスやパブのお色気たっぷりのウェイトレスに押され気味。ちゃんと片思いの女性ブロンウェンもいるので、女性への甘い態度がちょっと心配です。

 面白かったのは、警察が舞台の小説の定番エピソード。
 アメリカではコーヒー好きの警官がたくさん登場しますが、ここの警官はやっぱり紅茶の味にうるさいのです。勤務中にありついた紅茶に「まずい代物だ……」と呟くのもお決まりですね。

 ひとつだけ物足りないのは、翻訳で「イギリス」となっていること。もちろん文脈によりますが、ウェールズ人が対抗意識を持つのは「イギリス」ではなくて「イングランド」と思うのですが。

 ともあれ、嬉しい新シリーズ。2巻も楽しみです。
(2020.9.18)

 

英国ひつじの村 シリーズ 2
「巡査さんと村おこしの行方」
原書房コージーブックス
リース・ボウエン 著  田辺千幸 訳
  

  巡査さんと村おこしの行方 (コージーブックス)


原題「Evan Help Us」。エヴァンが巡査として働く村にほど近い山で、遺跡が発見された。アーサー王伝説を証明するものかもしれない、ウェールズで有名な聖人の墓かもしれない、これでやっと村の名前が地図に載るかもしれない!遺跡を発見したのは、毎年夏の休暇を村で過ごす退役軍人の老人。村人たちからおおいに祝福されたがその翌日、橋の下で遺体となっていた。祝杯の飲みすぎによる事故かと思われたが、エヴァンの目には不自然に映る。

 面白かったです〜。登場人物たちに馴染んできたし、真相にむかってぐいぐいと話が進むので、読むのをとめられません。しかし、ネタバレせずに今回の巻について書くのは難しい。

 実は、中盤まではエヴァンの捜査がなかなか進まないのでやきもき。ロンドンへ出かけただけで犯人が見つかってしまうのかしら、と脱力しかけたところ……さすがリース・ボウエンはそんな小説は書かないのですねえ。パズルのピースがはまり始めるとどんどん絵が見えてくるように、終盤はスピード感のある捜査でした。
 エヴァンの推理を披露されて、「え、こんな人出てきたっけ」「え、こんなに怪しげな態度だっけ?」と思って慌てましたが、たしかに前のページを読み返すと、その通りの描写なんですよね。読者が気づかないくらい自然にヒントをちりばめてあるのが憎いです。

 エヴァンは気がやさしく力持ち……ですが、「常に人の気分を損ねまいとするのが欠点」。なるほど。村の女性たちの誰にも優しいのは、こういう性格だから仕方ないのか。エヴァンとはかなりいい関係を築いているはずのブロンウェンは苦労しそうです。

 今回のお気に入りはパブのセクシーなウェイトレス、ベッツィ。
 襟ぐりの深さとスカートの短さが売りの女の子の気まぐれかと思ったら、本気でエヴァンのことが好きみたいで。ブロンウェンに一時休戦と共同戦線を持ちかけるしたたかさもあるらしい。エヴァンがどのように彼女らとつきあっていくのかも、気になります。

 ところで、タイトルのスランフェア村の「村おこし」の行方は、予想通りの展開でした。がっかりした人もほっと胸をなでおろした人も居るのですが、今でもこれだけバカンス集客があれば十分ではないかしら。テーマパークやら、スランフェアベズゲレルトなんて名前も必要ない気がしますよ(^^)
(2020.10.29)

 

英国ひつじの村 シリーズ 3
「巡査さん、合唱コンテストに出る」
原書房コージーブックス
リース・ボウエン 著  田辺千幸 訳
  

  巡査さん、合唱コンテストに出る 英国ひつじの村 (コージーブックス)


原題「Evanly Choirs」。詩の朗読、ダンス、刺繍などのコンテストが行なわれるウェールズ伝統の芸術祭が近づいてきた。村の男たちは聖歌隊を組んで合唱コンテストに参加することに。うまくはないけれど練習後のビールを楽しみに歌っていたところ、静養のために村にやってきた有名なオペラ歌手がメンバーに加わることになった。陽気で酒好きな彼は村じゅうから歓迎されたが、だんだんと困ったところが目立ちはじめる。

 合唱コンテストだけでなく、他にもダンスや朗読、刺繍などもふくめたウェールズ伝統の芸術祭にまつわる巻でした。
 かつて採石がさかんだった頃に荒くれ山男たちのささやかな楽しみとして始まったウェールズの唄いの集まりですが、今は若者は見向きもせず、エヴァンもお風呂場で歌っていた声を見込まれて参加することになります。 なかなか前途多難ですが、指揮者の古い知人のオペラ歌手が現れて、村は騒動に巻き込まれることに。ちなみに、刺繍や朗読部門ではあいかわらずスランフェア2教会の勢力争い(笑)が続いていました。

 さて、はた迷惑マイペース唯我独尊男のアイヴァー・スウェリンを殺したのは誰か。気弱な妻か、父親にふりまわされてきた息子と娘か。いや、アイヴァーに恨みをいだく人間など山ほどいる、という言葉にエヴァンたち警官はため息をつきたくなったでしょうね。
 中盤では犯人候補(?)が数人いて、誰が犯人でもおかしくはなく、しかしそれでは解けない謎が残ってしまう、という珍しい状況になりました。やっぱり、リース・ボウエンの推理は面白い。
 エヴァンがついにつきとめた犯人の自暴自棄ともいえる独白はせつない。どう考えてもアイヴァー・スウェリンの人間性が事の発端なのですけどねえ。

 さて、芸術祭の会場ではブロンウェンとエヴァン、エヴァンの過去の女性が顔を合わせるという緊迫した場面も。やっぱり、エヴァンにはつらい過去の思い出があったようですが、それをブロンウェンと話せる関係になっているようで嬉しいですね。(しかし、ちらっと先の巻のあらすじ紹介を読むと彼女との距離はさほど縮まっていない様子で!)

 エヴァンの静かな日常と、美味しいマッシュポテトとソーセージの朝食が戻ってきて、ひとまずは万事解決といえるのかな。
(2021.3.26)

 

英国ひつじの村 シリーズ 4
「巡査さん、フランスへ行く?」
原書房コージーブックス
リース・ボウエン 著  田辺千幸 訳
  

  巡査さん、フランスへ行く? (コージーブックス)


原題「Evan and Elle」。村のすぐ近くにフランス料理店ができた。大きな町まで行かなければ立派なレストランがなかったこのあたりでは大ニュース。パリで料理を学んだシェフ自らが教える料理教室も人気で、エヴァンの恋人も、住む家の大家さんも、喜んで通うようになった。しかし、なにもかも順調にみえたある日、レストランに脅迫状が届く。

 静かなスランフェア中がひっくりかえる大事件――それはフランス料理レストランができたこと。
 しかも、ただの外人ではなくフランス人シェフ。フランス人なら色っぽい美女に決まってる、というのが男たちのお決まりの想像。村の女性たちも興味深々で料理教室へ殺到します。
 しかし、その騒動は意外とあっさり決着。フランス料理はウェールズ人には少なすぎました。読者としても、ポロネギのピューレよりも、ミセス・ウィリアムスの絶品シェファーズ・パイの方が食べたかった。

 さて、閑話休題(最初っから横道かい)。
 そのレストランで火事がおこり、火災現場からは謎の死体が見つかった。閉店後の店にはシェフのイヴェット以外は誰もいなかったはずなのに。そして、直前までそこで食事をしていたエヴァンは地元では見かけない一人客の正体が気になっていた――。

 イヴェットの過去を調べるためにイングランド、さらにフランスへ向かうエヴァンとワトキンス巡査部長。昔気質でちょっと不器用なワトキンスと、異国で落ち着けない先輩をフォローする好青年のエヴァンはなかなかいいコンビ。ネットや電話だけでなく、実際に足を運んでわかることがある、という展開が面白かったです。

 今回の新登場人物は、警察署のデイヴィス巡査。
 階級としてはエヴァンと同輩になるようですが、英語。フランス語、ウェールズ語に長け、コンピューターにも強い。向上心と野心を兼ね備えたスマートな女性巡査はエヴァンにも影響を及ぼしています。
 シリーズ4巻目にして、自分の仕事と将来を考えこんでしまったエヴァン。のどかなスランフェアに安住せず、もっと精力的に昇進を狙うべきなのか。

 でも、その迷いにすっぱりと答えを出してくれたのは、やはりブロンウェン。二人の関係に少しだけ進展も見られてほっとした終盤でしたが、ちょっと不穏なラストシーン。次の巻が楽しみです。
(2021.4.17)


英国ひつじの村 シリーズ 5
「巡査さんを惑わす映画」
原書房コージーブックス
リース・ボウエン 著  田辺千幸 訳
  

  巡査さんを惑わす映画 (コージーブックス)


原題「Evan Can Wait」。エヴァンが上司に命じられたのは、村にやってくる撮影隊を手伝い周囲の交通整理をすること。村からほど近い湖に沈む飛行機を引き揚げるドキュメンタリー映像を撮るというのだ。どうにかカメラに写ろうとする村人たちをなだめるのに必死なエヴァンに試練が降りかかる。撮影隊のなかにブロンウェンの大学時代の友人と、元夫がいるというのだ! 悩み事ばかりが増えるなか撮影隊の間ですれ違いが起き始めた。

 今回は、スランフェアでのドキュメンタリー映画撮影と第二次大戦中の青年視点と、二つの物語が交互に進んでいきます。
 湖に沈んだ飛行機、炭鉱で働く男たち、軍用病院で看護婦となった女たち、戦火を逃れて坑道に隠された美術品――第二次世界大戦がのどかなウェールズの片田舎にも影を落としていたことが随所に書かれていて。他の巻よりも少しだけ暗めのトーンだった気がします。

 ウェールズ人のイングランドへの不満も目につきました。
 ウェールズの山に隠される絵画は世界の宝だけれど、あくまでイングランドのもの。イングランド人はいいものは決して手放さない。それにイングランドの戦争に駆り出されて自分たちウェールズ人が命を落とすのだ、と。

 そんな反感は現代のエヴァンの時代にも悲しいかな生きています。村の名前を呼んで(読んで)もらえないウェールズ人との距離はなかなか縮まりませんよ。この巻の殺人事件も、結局は「イングランドの奴ら」がよそから持ち込んだゴタゴタということで。「そう言われればそうだよね」と苦笑いしてしまった。

 ほっこりとしたのは、ブロンウェンの元・夫の登場に落ち込むエヴァンの動揺。いや、当人には笑い事ではないのだけど。ブロンウェンもちょっと元・夫の面倒をみすぎではないかな。いやいや、エヴァンだって気もないベッツィに優しすぎませんかね。

 優しすぎる二人ですが、そこが似た者同士と言えなくもない。事件の解決後にはお互いの気持ちを確かめあうことができたようで、ほっとしています。
(2021.10.17)

 

英国ひつじの村 シリーズ 6
「巡査さんと超能力者の謎」
原書房コージーブックス
リース・ボウエン 著  田辺千幸 訳
  

  巡査さんと超能力者の謎


原題「Evan to Betsy」。パブの看板娘ベッツィは未来が見えるかもしれない!? 超能力開発施設に通う彼女の様子をみるためエヴァンズ巡査は施設を訪れるが……

 今回はベッツィが活躍。ケルト人の不思議な力を受け継いでいるとおだてられ、超能力の研究者に引き抜かれてパブを辞めて研究所へ働きに行ってしまいます。
 いや、研究対象として呼ばれたのに従業員の仕事をさせられてるあたりでおかしいと思うのですが。でも、思い込みの激しさとおばかなところ、でもエヴァンに対してまっすぐなところが可愛いです。

 一方、エヴァンはといえば、ベッツィに気をもみつつも、行方不明の旅行者を探したり引っ越したり、ブロンウェンの見舞いに、と忙しい。愛するブロンウェンのために自立しなければ、と一人暮らしを始めたのですが、料理が最大の難関。捜査に忙しく、まともな食事にありつけない。
 そんな状況で判断力も怪しくなってしまった――どうにも女性に甘いエヴァンスの過ち、でしょうか。ブロンウェンが気の毒すぎる!今回は、すこしばかりエヴァンの株が下がってしまいました。ブロンウェンはあいかわらず心が広く穏やかで優しいのに。

 そして、丁寧な描写は相変わらずで安心して読めました。
 たとえば、登場人物たちの服装の違い、ウェールズの片田舎に突如現れる南イタリア風建築の違和感などから、スランフェア村とアメリカ発の怪しげな超能力研究がいかにかけ離れているかわかるし、ヒーリングセンターの胡散臭さがじわじわと感じられるのですよね。

 当面の心配の種は、エヴァンの女性関係ですかね。
 ベッツィはその一途さが何らかのかたちで報われて欲しいし、ブロンウェンにももっと幸せな思いをさせてあげてほしいな、と期待してます。
(2023.3.20)

 

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